表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/1079

死ぬと言う事





 勢い良くドアを開けて、まず視界に入ったのは、僕を見つめる、大男の眼だった。


 対面シートの間に座り込み、信じられないものを見る眼差し。


 小さな目を見開いて、固まっている。


 丸まって、固く眼を閉じたナディアを、まるで護るかの様に、左脇に抱えたまま。


 ……コイツは、悪党だ。

 

 感情のない、悪意のロボット。


 今も、何か腐った様な悪臭を口から漂わせている。


 さっきも、言ったかもだけど、僕は今まで、誰かをこんなに憎んだことは無い。


 なのに。


 ナディアをさらった男がナディアを護っているように見える……


 何言ってんだこいつって思ったろ?


 だってさ。


 大男の口を塞いで、刃物を喉に潜り込ませている、ナディアパパのほうが、ずっと邪悪に見えたんだ。


 薄暗い車内。


 僕の背中を灼く、夏の日差しが、大男の背後から胴に巻きついてる長い脚と、黒いサングラスを陰気に照らす。


 いつもの穏やかな、パパの声。


 正直にいうよ。


 大男より、ずっと不気味だった。


「この刃は、0.5ミリ。動かなければ、助かる……娘を離せ」


 ナディアに巻き付いた左腕が、動いた。

 抱き寄せる方向に……!


「わからん人だな」


 パチンと音がした瞬間、魔法の様に、男の左二の腕に、ナイフが生えた。


 男の喉から漏れる、悲鳴……ではなく、ゴボゴボという音。

瞬間的な動きで、喉に突き立った、薄い刃が、滑らかに傷口を広げる。


 腕と喉から噴き出す血を浴びる前に、ナディアは、男の腕から脱出した。


 僕は柔らかい体を、思い切り抱き寄せ、背後に庇った。


 ……ナディアパパから少しでも引き離したかったんだ。


 男は油汗を流し、口を金魚の様にパクパクしながらも、動きを止める。


 動けば、さらに喉の傷が広がって行くのを理解したんだ。


「お客さん、出ますよ」


 運転席に、人がいた。

 助手席にも。


 ただし、そっちはピクリとも動かない。

 

 運転手はパパの仲間が片付けたのか?

 

 ……それ以上考えないようにした。


 パトカーの、『道を空けてください』の声が、近づいてきた。


「ナディア、林堂君。リーファ君も聞こえてるか?殺したかったんだろ、コイツを……願いが叶いそうで、ハッピーかい?」


 僕は蜘蛛が獲物を捕獲した様なその光景から、目を離せず、ただ震え続けた。

 

 僕の背中にしがみついて、泣きじゃくるナディア。


「パパ、ごめんなさい……お願いです、殺さんといて、殺さんといて下さい!」


 ナディアの悲痛な願いを無視して、ナディアパパは言った。


 「誰かを殺すって言うのはこういう事だ。どちらも惨めだろ?……出せ」


 車内を周囲の眼から、遮断していたSGは、悪夢を断ち切るかの様に、スライドドアを閉め、鋭く言った。

 

「走れ、お嬢のところまで……ママは、痴漢に襲われただけ、痴漢は逃げ、オマエラはこの場に居なかった!」


 無理だろ、スタッフも見てたのに!?



 僕とナディアは、物も言わず、泣きながら、入り口に向かって走った。


 SGも、速足で大通りに向う。


 チクショウ!

 チクショウ、チクショウ、チクショウ!


 なんだよ、ナディアパパ、まんまプロの殺し屋じゃんかよ!?


 だれだよ、マダオとか、逃げ足だけのメタルスライムとか……


 リーファパパより、ヤバイって!

 

 なんていうか、リーファパパの属性が「炎」だとしたら、間違いなく、「闇」だ、あれ!


 ハチマキマスクを取って、涙を拭いながら、僕とリーファは、自動ドアをくぐった。


「ベル、クララ!」


 リーファが、エスカレーターの最上段から叫ぶ。


 2階の柵ごしに、人が鈴なりで下を覗き込み、僕らの姿を見ると、ワッと湧いた。

中には何人もスタッフが混じっている。


 これ、大会中止決定だろ?


 ナディアママがぶたれただけじゃなく、ナディアは誘拐されかけた。


 何十人の目撃者の中で。

 

 僕は、皆に恨まれる未来しか見えず、心が重くなった。

 スマ勢のみんなに、どうやって説明しよう?

 

 りょうちんの親父さんが、ガラの悪い細面を真っ赤にして喚く。


「よー、こん中で、大会中止になって欲しいヤツいるー!?」


 あ、東京卍リベンジャーズの、あのセリフじゃん。


 ざわつくだけで返事なし。

 

 一段とばしで駆けるナディアが、腕を広げたママの胸に飛びこんだ。


返事がないのにもめげず、りょうちんの親は叫ぶ。ネタとかじゃない、本気だ。


「このネーチャンは痴漢に襲われた、お嬢ちゃんは、トイレに行ってた、俺達は痴漢が逃げるのを見てただけ!」


スタッフのお姉さんが、叫んだ。


「勝手に話を進めないで下さい!偽証は犯罪ですよ!?」


 あ、さっき、りょうちんと僕にキレてたお姉さんじゃん。あの人、エラかったのか。


 それを無視して叫ぶ。


「敵を間違えんな?このネーチャンは、襲われただけ。トイレに引きずり込まれたんだぜ?殴られてだ!なんか、この人ワリィのかよ!?」


 静まり返る、フロア。


「みんな、練習してきたんだろ?親に叱られたり、バカにされたりしながらよ?これしかねえヤツ……一杯いるんだろうが!」


 スタッフのお姉さんが喚き返す。


「それとこれとは、話が別です!目撃者が何人……」


 人混みの中で、女性が手を上げ、言った。


「あ、私見ました、その痴漢。マタギのカッコした大女でしたわ」


 しれっと言ったのは、うさ山さんだった。


 スタッフさんだけじゃない、涙を流してるママも、僕らも、あんぐり口をあけている。


 かたわらのラビさんが、顔をしかめて言った。


「ウソはだめだろ、ウソは……」


 ラビさんは、スタッフさんを見つめ、キリッとした顔で言った。


「僕が見たのは、サリーを着たインド人でした。ヨガのポーズで、エスカレーター乗ってたから、間違いないッス」


「ちょ……」

 

「ナンダヨ、俺と同じじゃん!ウマ娘のヌイグルミ持ってたよな?」


 抗議しようとした、スタッフにりょうちんがかぶせる。


 そこから、周りの悪ノリが、始まった。


 中でも、さっきβランチって叫んでた……えーと……名前忘れた……奴が、「犯人は、幸薄そうな親子でした」には、ツッコミが集まった。


 僕は興奮した。


 これだけ、みんなの証言が食い違ってたら……下手すりゃ、この騒ぎ自体が無かったことになる!


 りょうちんの親父さんが、ニヤニヤ笑いをやめた。


 エスカレーターを登ってくる、警官の群れを横目で見ながら、スタッフを拝む。


「な、アンタたちも、警備体制の不備がどうとかヤだろ?痴漢されたネーサンが、訴えないって言ってんだ。お嬢ちゃんも無事だしさ?」


 何、この、カッコイイ生物?

 僕、一生ついて行ってイイ?


 さっきのナディアパパの悪夢も忘れて、僕は震えてしまった。


 ナディアとリーファの二人も、呆然と呟く。


「カッチョエエ……」

「悔しいけど、同意せざるを得ない」

 

 りょうちんのオヤジさん、パチンと指を鳴らす。


 NOルックで差し出した手のひらに、りょうちんが、紙切れ2枚を載せた。


「それとこのチケット、落としてたぜ……好きなのかい?」


 渡されたチケットを見て、りょうちんの親父さんに喚こうとしたスタッフのお姉さん……


 光の速さで、手許を二度見した。


「好きなんだな……関ジャニ?」


 お姉さんは神々しいものを見る目で、ソレを見てたけど、神速でワイロをポケットに突っ込んだ。


「速い!」


 りょうちんが息を呑む。


 お姉さんは、眉根を寄せて、真顔で言った。


「……好き? ヒナ(村上)の為なら死んでもいいって思ってます」


 



 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ