神の御許で
「離さんかい、ワリャあ!」
宙に吊り上げられたままのナディアが、捕まった野鳥みたいに暴れた。
ヤバイ、ナディアもママみたいに殴られる!
……悔しいけど、こいつは頭の回らない、デクの棒じゃなかった。
くるりとそのまま、半回転すると、何かを掲げたスキンヘッドとの間にナディアを入れて、盾にしたんだ。
「このガキ、地上までぶん投げるぞ?」
コンビニはそこだ、みたいな平坦な声。
下手にドスがきいたわめき声より、よっぽど、本気くさかった。
泥棒ひげのスキンヘッドがかざしたのは、警察手帳だった。右手を突き出し、叫ぶ。その手に銃はない。
「警察だ、その娘を降ろせ!」
えっ!?警官だったの?
眼、青いのに、日本語メッチャ上手いし!?
ナディアを盾にし、自動的に降りてていく大男。それを追いかけ、エスカレーターを逆走する、スキンヘッドに、リーファが叫んだ。
「SG! 殺れって……」
ピンと来た。きっと、警察手帳はニセモノだ。
「ナディア、危ない、動くな!」
ごまかす為に僕は叫んだ。警察にリーファが命令するのはおかしいから。
遅かった。
静かになったナディアの陰から、大男が言った。
「オマエ、ニセサツだろ?」
スキンヘッドが、ややあって言い返した。
「表の黒塗りのバン、オマエの仲間だろ?その娘を降ろせば追わん。置いてけ」
リーファが叫んだ。
「SG!」
「黙ってろ、トモダチを助けたけりゃ。オマエは後で説教だ」
「ナディアっ!」
りょうちんを振り切った、ナディアママが、駆けてきた。
「あんたもだ!必ず助ける、そこにいろ!」
スキンヘッドーSGーは、ナディアをかざしたまま、後ろ向きで器用に降りていく大男について逆走しながら、立ち尽くすナディアママに叫んだ。
「このアキヒコに任せろ!」
ナディアが、そして、ナディアママが息を呑む気配。
アキヒコは、ナディアパパの名前だ。
SGは、それを、大男にわからない様にして僕らに伝えた。
来てるんだ、ナディアのパパが。
リーファもそれに気付いていて、目を見開いた。
「……え、あの、ゴメン」
リーファが、戸惑った様に呻いた。
「だから?」
そーだよ、ホンそれ!!
ナディアママにケツを刺されたり、僕に500円借りて、プチ家出を楽しんでる、キング・オブ・マダオだぞ!?
ゼノブレ2のガチャで引いたら、舌打ちして、ソッコー、コアクリスタルに還元、『お別れはさみし……』とか、ほざく前にᗷボタン押すレベルじゃん!パーティに加えるなら、ナディアママ選ぶわ!
この、命がけの場面で何考えてんのって?
ナディアの命がかかってるから、キレてんじゃんかよ!
……けど、ナディアの眼が覚悟を決めたようにすわった。
「ナディア……そういうわけだから」
ナディアママの、何か、諦めた様な声に僕は思わず振り向いた。
ナディアママの冷たく、そして憐れむ様な眼差し。
「わかった」
ナディアの感情が消えた返事。
リーファが噛み付く。
「ちょ……」
「ベル。アリス。うちは大丈夫じゃけ、こんといて」
ナディアの悲しそうな声、そのまま消えてしまいそうな恐怖に、僕は理性を無くして叫んだ。
「駄目だ!」
「頼むけん……」
ナディアの眼から、涙が溢れた。
下のフロアに着いた大男と、SGは、ナディアを挟んでジリジリと入り口に向う。
騒ぎに気づいてなかった1階の人達も、慌てて逃げ出す。
逆に、僕のいる2階はどんどん人が集まって来た。
中には、受付にいたスタッフも混じっている。大会は、中止だろう。
もう、そんな事、どうでもよかった。
ナディアさえ、無事なら!
……なんで、僕はあの時、ナディアの飛び膝を止めなかったんだろう?
ナディアが、このままさらわれたら………
僕は一生許さない。
あの男を。
自分を。
大男とSGが、睨み合いながら、自動ドアをくぐった。
何事かと散る、外にいた人達。
窓まで黒塗り、オンボロの車体に『境清掃サービス』と書かれた大型バンが、バックで滑り込んで来た。
男は、大人しくなったナディアを掲げ、後ろ向きのまま、じりじりとスライドドアに辿り着く。
遠くに聞こえる、パトカーのサイレン。
「開けろ」
男はSGから目を離さず、警戒したまま言った。
ナディアは、もちろん離さない。
ナディアパパ、期待してないけど、どこだよ!マジで役に立たないな!?
いいとこ見せないままかよ!?
SGも、銃を抜かない。
信じた僕達がバカだったのか!?
このままじゃ、ナディアは……
「ナディアを離せ!」
無駄だと知りつつ、僕は叫んだ。
男の背後のスライドドアが、開く。
僕は飛びかかろうとした。
SGが嗤った。
「ゴールだ……アデュ」
暗がりから湧き出た二本の腕が、大男のアゴと肩を捕らえた。
どれだけのパワーの持ち主なのか、大男は背中からあっという間に車内に引きずり込まれ、ゲップするように、スライドドアは閉じられた。
「ナディア!?」
僕は駆け寄る。
SGが、止めた。
「ガキ……俺のクビにかけて、あの娘は無事だ……見ねえ方がいい」
「離せ!」
SGは、あっさり身を引いて嗤った。
「一応止めたぜ?」
僕は、真っ赤になった頭で、スライドドアを開いた。
その時見た光景を、僕は一生忘れないだろう。