星に願いを
声の主は、立ち上がって、呆然とこちらを見ていた。
僕らと同じ、出場者を示すパスを首から掛けていて、『H』と表記されてる。
身長はリーファより少し高いくらいで、ヤセ型。短めの髪が立ってるけど、セットしてるとかじゃない。目つきも鋭く、こう、サムライっぽいイメージだ。
出場者と、その保護者は、出番直前までステージの前で、三角座りして観戦してるんだけど……
「ちょっと、サト、座りよし」
眼鏡を掛けた女の子に裾を引っ張られている。
ナディア達も不思議そうに、そのサトって呼ばれた男子を見た。
どこで買ったのか、ポケモンのサトシが「100万Vだ!」ってイイ顔で叫んでる横で、ピカチュウが、「見本見せてもらってイイッスか?」ってキレてる絵柄のTシャツを着てる。
しかも、著作権を気にしてか、どちらにも、目にモザイクがかかっている。
「なんじゃ、あのシャツ」
って、ナディアも半笑いだ。
「どあほう!オマエが、コスプレ駄目や言うから、このシャツにしたんやんけ!……俺はやるぞ、この程度で終わらん!このシャツはオマエが着ろ!」
「いらへんわ、ダッさい……配信でそんなもん着て、何万人的に回すつもりよ。もーえーから座ってご飯呼ばれよし……Aランチ弁当やんね?ハイ」
「βランチ!」
「ちょ、カレン起きや……起きぃって」
「シカトか……ならば振り向くまで……βランチ!」
「うっさいわ!」
なんだコイツラ。
僕は笑ってしまった。ナディアもだ。
周りにもウケてるけど、メガネの女子は恥ずかしそうだ。
「写真撮ります。Bブロック代表、ステージへ」
その声で、ソイツらの事は忘れちゃった。
その時は。
「いやー、いい絵が撮れました!世界中に流れてもオッケーな奴ですよ!」
さっきの電光掲示板の前で、みんなで座って昼ごはんの続きをたべながら、ご満悦のメグに苦笑する。
マネジャーさん達は、お昼を食べに行ってる。
「クララ姉さんも、アリス姉さんも、いよいよデビューですね?芸能人への第一歩です!」
「やめなよ、メグ、大袈裟」
「そうじゃ、ウチらなんか……」
そう言って、メグをはたくのかな、と思ったら、肩に手をのせただけ。
二人とも、ニヤけるのをこらえるあまり、口許が震えている。
これ、スマブラの大会って事を覚えておいででしょうか、キミタチ?
見てるの、ガキンチョか、スマ勢だけですよ?
ああ、ウイッグが重い。外して、思いっきり掻きたい。
「何言ってんです、ウチみたいな、エキストラ専門弱小プロでも、ジャニーズと共演した事あるんですよ?姉さん達なら……」
「「なんやて!?」」
ドスの効いた喰いつきをみせる二人に、ひっ、と怯えた声を漏らすメグ。
「こわいですよう、バラエティのちょっとした端役で私が……」
「だっ、誰?」
「関ジャニか?関ジャニなんか!?」
「……キスマイ」
キャーと黄色い声が上がり、何事かと皆が見る。
リーファ、無表情でその悲鳴やめれ。
ナディアママも、目を丸くしていた。
「お姉さん達、近い近い!私、あんまり興味ないから、アレですけど……メッチャ顔小さかったです」
この一角だけ、昼の教室みたいになってるんですけどー?
そろそろ練習したいんですけどー?
僕がネスの切り札、PKスターストームを使えたら、ここでᗷを押してたと思う。
僕は、ナディアママの手づくりらしい、ハンバーグの欠片を口に放り込み、一言、言ってやろうと口を開いた。
「うち、ちょっとトイレに言ってくるけん……緊張してきた」
出ばなをくじかれた。
「一人で行動しちゃダメよ?ママも行くわ」
さっきモメた、りょうちんの事もあるから、まとまって行動する約束だ。
僕らはナディアママを見送った。
ここには、小学生しか残って無いわけだけど、人目が多いからどうにでもなる。
リーファに声をかけようとすると、スイッチを準備し始めてる。
「始めよっか、ベル」
「忘れてなくて良かったよ、アリス」
「ジャニーズに会わなきゃだし……冗談よ」
口許を押さえてケラケラ笑うメグを見てたら、スマホが鳴った。
リーファのスマホが歌ったんだ。
『星に願いを』
僕とリーファは顔を見合わせた。
二人とも、みるみる血の気が引いていく。
緊急時にだけ鳴る、メロディ。
青く、冷たくなった顔で、リーファがインカムに触れた。撮影時以外はずっと着けてる。
リーファが北京語で返答したちょうどその時、
僕の電話も鳴った。lineじゃない。
目を丸くしているメグを庇うように立上り、僕は、通話を押した。周囲を警戒しながら、僕です、と応える。
相手はリーファパパ、 前置き抜きで言った。
『林堂君、ナディア君が狙われてる。パキスタンで君を殴ったヤツら、ハシム家が、人を雇ったんだ……復讐だよ』