一方通行の手紙を書いています 3
アビーからの返事がないのは、きっと、自分の手紙の内容がよくないせいだ。
義姉の助言に従って、自分の思いの丈を素直に綴った手紙を書くこと通算六通。返事を待ち、届かずに落ち込み、たまらずまた書く。その繰り返しの日々を送り、気付けば三ヶ月がたっていた。
彼女との出会いは確かに現実だったはずなのに、自分は夢で出会った存在しない人に、手紙を書いているのではないかと思えてきた。
「君の妹は息災だろうか?」
ある日、鍛錬のあとにスティーヴと一緒になり、ついそんな問いかけをしてしまった。
「元気……といえば元気? なのかな」
汗を拭きながら、含みを持たせた返答をするスティーヴに、思わず苛立つ。
鍛錬のあとで、興奮していたせいもあるだろう。
「なぜ、曖昧なんだ?」
棘を隠そうともせずに、スティーヴを睨みつけるが、彼は意に介した様子もなく続ける。
「病気はしていないけれど、いろいろお悩みのようだね。年頃だから」
「年頃?」
明るい性格の彼女でも、悩みはたくさんあるだろう。それはわかる。しかし、年頃の悩みというのは一体何なのだろうか。
アビーは今、将来の伴侶を探す年齢だ。いつ婚約して、いつ結婚してもおかしくない。そんな彼女が抱える悩みの中に、自分という存在が少しでもあるのだろうか。
手紙を無視されているジュードが、彼女の心のどこかに入り込んでいるとは思えない。
「スティーヴ……君は、彼女と連絡をとりあっているのか?」
スティーヴに話しかける口が苦く、そして重くなってくる。彼女のことを聞きたい、知りたいと思う反面、知れば知るほど、何かが壊れていく気がした。
「もちろん、家族だからね。まあ、アビー自身は多くは語らないけれど、他の家族はアビーのことばかり書いてくる」
「何か……」
自分のことが手紙に書かれていないだろうか。
そう問いかけたが、途中でやめた。
「いやいい」
もういい。充分だ。家族同士のやりとりのついでにすら、返事をくれない。その事実だけで充分だった。
踏ん切りをつけるために書いた七通目の手紙。
自分のことをどう思っているのか? 他に誰か相手がいるのか? 質問ばかりして、最後の一行にこう綴った。
一言でもいいから、返事が欲しい。
それからしばらくして、ユホスの街からジュードに手紙が届く。しかしそれはアビーからの返事ではなかった。
差出人は、マニギス・バーネット。彼女の父親だ。
* * * * *
ジュード・ノリス殿
突然の手紙で、驚かれることと思うが失礼する。
こうしてペンをとったのは、我が最愛の娘について、貴殿にどうしても伝えたいことがあるからです。
娘は最近、ピアノを弾くのをやめ、大好きだった絵もほとんど描いていません。
原因は、貴殿から送られてくる手紙にあるのです。
娘は、貴方のことで酷く思い悩んで、追い詰められてしまっている
もう放置してはおけません。
私は娘がかわいそうで仕方がないのです。
娘のことを思うのなら、どうかそっとしておいてほしい。
娘はこの穏やかなユホスの街で、これからも生きていきます。
もう手紙は送ってこないでいただきたい。
これは私の勝手なお願いだ。しかし、どうか、どうか。
マニギス・バーネット
* * * * *
「なんなんだ、これは……どういうことなんだ」
送られてきたマニギスからの手紙を、思わず握りつぶして、捨ててしまいたくなった。
今すぐ隣の部屋に押し入って、スティーヴにどういうことなのか問いただしたい。
しかしジュードの、無駄な男としてのプライドがそれを阻んだ。
手紙の内容からは、アビーを悩ませていたのがジュード自身と、自分が送り続けた手紙が原因であることがうかがえる。しかし彼女を追い詰めるような言葉は書いていないはずだった。
わからないことが多すぎる。
それでも、ひとつだけはっきりしていることがある。
彼女の父親が、アビーと人生を共にする相手として、ジュードを認めないということだ。今も、そしてこれからも。正式な求婚を待たず、先に拒絶された状態なのだ。
親の承諾なしに結婚はできない。世の中には駆け落ちをして添い遂げる者もいるが、相手にその気がなければ話にならない。
逆に、女性側に気持ちがなくとも、相手の親と話をつけてしまえば、婚姻は成立する。ジュード自身は、そんな強引なやり方は好まないが、とにかく父親の意思が優先されるのが現実だ。
文面から伝わるのは、マニギスのただひたすら娘を思う切実な親心。それが余計にジュードを暗闇に落としてくる。
優しいアビーは、自分の好意を煩わしく思っていたのだろうか。女性から断ると逆上する男もいる。事実、今ジュードはそうなりかけている。そういうものを恐れて、返事を出すことができなかったのだろうか。
その夜、ジュードは街に出て、浴びるように酒を飲んだ。
これ以上情けない男にはなりたくない。一方的に気持ちを押しつけたあげく、応えてくれなかった相手に、裏切りのような感情まで抱いてしまう。幼い日の思い出までもが汚された気分になる。
そんな負の感情を、酒が流してくれることはないと知ったのは、まともに歩けなくなってからだ。
官舎の近くまで戻ってきたのに、あと少しの気力がない。
道の脇に倒れ込んで、なんとなく空を見上げていた。
「星はきれいだ」
手を伸ばしても届かないと知っている。だから星を恨むことなどない。
彼女のことも、このように割り切れたらいいのに。
夜の風の冷たさと満点の星は、ジュードのやり場のない怒りを、少しだけ鎮めてくれるような気がした。
しかしその静かな夜に、誰かの足音が聞こえてくる。そして、星が見えなくなってしまう。
「何をしているのかな、君は」
近付き、仰向けに寝そべるジュードの顔をのぞき込んできたのは、スティーヴだった。
「うるさい……今、お前の顔はみたくない」
彼の整った中性的な顔は、ほんの少し、彼女に似ているのだ。兄妹なのだから当然だが、忘れようとしているのに、スティーヴを見るとまた思い出してしまう。
帰ってこないジュードを心配して、探しにきてくれたことはわかっているが、その優しさを今は受け取ることができなかった。
手は借りるものかと意地になって起き上がり、またふらふらと歩き出す。
スティーヴはしばらく黙って後ろを付いてきた。しかし、官舎の門に入る直前で話しかけてくる。
「ジュード、あの子は君になんて言ったんだい?」
「……もう、忘れた。思い出したくもない」
「そうか、ならいいよ。悪かったね」
ジュードはそれからもう、アビーに手紙を送っていない。