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一方通行の手紙を書いています 2

 この国の郵便事業は、周辺の国よりかなり進んでいる。

 花の都ローメリナから、アビーの住むユホスの街までの配達なら三日か四日ほどで届くはずだった。

 もし、最短でアビーの手元に届き、すぐに彼女が返事を書いてくれたとしたら、一週間ほどで返信があるはずだ。


「今日も届かない……」


 最初に手紙を出してから一週間たっても、彼女からの返事はない。次の日も、その次の日も、そのまた次の日も。気付けば、ジュードが手紙を出してから二週間が経過していた。


「内容がだめだったのだろうか」


 素っ気なさすぎて、返信に困った可能性を考えた。しかし書いて送ってしまったものは取り消すことができない。


 任務がある時は気が紛れてまだいいが、休日になると特に趣味のないジュードは、アビーのことで頭がいっぱいになってしまう。休日のこの日、たまらず二通目の手紙を書くことにした。



   * * * * *



 親愛なるアビー嬢へ


 あなたの美しさを表現するのは

 哲学を理解するより難しい

 金糸に夕焼けから零れ落ちた絵の具を溶かせば

 あなたの髪になるのだろうか


  忠実なる信奉者、ジュードより



   * * * * * 



「これで……どうだっ!」


 前回と違い、一度で満足できる内容を書くことができた。

 長くなりすぎず、自分が彼女のことをどう思っているのか、しっかりと表す。完璧だ。その達成感から、思わず一人で叫んでしまった。

 ここが一人部屋で本当によかった。しかし、官舎の壁は薄い。そして隣人は、この手紙の宛先の令嬢の兄なのだ。隣人、スティーヴは応援すると言ってくれたが、それが本心なのか、よくわからない。

 それに、この手紙を同僚に見られたら心に致命傷を負う。


「……落ち着け、私は一体何をしているんだ。騎士たる者、どんな時も平常心だ」


 ジュードは呼吸を整えてから、部屋を出た。

 兄夫婦と食事をする約束をしていたのだ。手紙を出しに行きながら、実家のノリス家に向かうつもりだった。


 ジュードの実家であるノリス家は、この国では名家と言っていい由緒正しい家だ。両親と兄夫婦は、このローメリナにある屋敷での生活を基盤にしている。ジュード自身もローメリナ育ちなのだが、兄の結婚を機に自立のために官舎暮らしをはじめた。

 家族仲は良好で、今でも頻繁に会いに行っている。

 しかし最近両親は、ジュードに早く結婚してほしいと考えているようで、少々面倒だった。

 それを知っている兄夫婦は、両親不在の隙を狙って、この日に誘ってくれたのだった。


「ジュードおにいちゃま!」


 ジュードの姿を見て、真っ先に家から飛び出てきたのは姪のマイアだ。今のところ、「叔父さま」ではなく「おにいちゃま」と呼んでくれていることに満足しながら、ジュードはマイアを抱き上げた。


 兄夫婦にはこの三歳になる娘マイアと、さらに義姉のお腹の中には二番目の子がいる。

 

 皆で昼食をともにしたあと、マイアから遊んでとせがまれたので、庭に出て兄を含めた三人でかくれんぼなどをして遊ぶことになった。身重の義姉は、テラスの椅子に座り、その様子を見守っていた。


 かなり長い間外で遊んでいたので、マイアはくたくたになってしまい、眠たそうにしはじめる。


「ジュード、お前はお茶でも飲んで休んでいろ。私はこの子に昼寝をさせてくるから」


 子煩悩な兄がそう言って、マイアを抱いて一度屋敷の中に戻っていった。

 ジュードはまだテラスにいる姉に手招きされ、彼女のもとにいく。


「起きたあと、あなたがいなかったらマイアはきっと泣くわ。もしよかったらもう少し私たちに付き合って」

「はい。義姉上、もちろんです」

 

 よくできた使用人達が、すぐに紅茶と菓子を運んできてくれる。


「義姉上、体調はいかがですか」

「とてもいいわ」

「それはよかった」

「……」

「……」


 ジュードは義姉のことが嫌いではない。兄と相思相愛で、両親とも良好な関係を築いてくれる、とても尊敬できる人物だ。しかし、女性と話すのはあまり得意ではないジュードと、おっとりしている義姉の二人では会話が続かない。

  

 しかし、この日は努力して、いろいろ話をしてみたいと思っていた。

 ジュードには女性の心がわからないから、義姉から参考になる話を聞き出せればと考えたのだ。 


「突然ですが、たとえばの話ですが……」

「なにかしら?」

「義姉上は、もし兄上から手紙をもらうとしたら、どんな内容のものが嬉しいですか?」

「そんなことを尋ねてくるのは、つまりジュードさんにそういうお相手がいるということなのかしら?」


 おとなしい性格だったはずの義姉が、突然前のめりになって問いかけてくる。


「いや、義姉上……たとえばの話です」

「ごまかしはきかなくってよ。私の恋愛嗅覚を侮らないでちょうだい」


 普段と違う義姉の態度に、ジュードが困惑していると、控えていた使用人がそっと教えてくれる。


「若奥様は、恋のお話が、こちらのアップルパイよりもお好きなのです」


 義姉の瞳は、「はやく聞かせろ」と言わんばかりに輝いている。

 ジュードは、さっそく相談相手を間違えたと後悔していた。

 しかし、対面に座る義姉は何やら自信満々だ。


「私は、古今東西数千冊の恋物語を読んできた、恋愛の伝道師を自負していますの」

「そ、そうですか。しかし……父や母には内密に。……ただでさえ早く結婚しろとうるさいのです。私に思う相手がいるとわかれば、暴走して事態が悪化する展開しか見えません」

「確かにそうね。わかったわ、約束します!」


 逃れられないと判断したジュードは、自分の思い人について打ち明けはじめた。


「実は、幼い頃に出会った相手なのですが、先日思わぬ再会をしまして」

「まぁ! まぁ! まぁ! それだけで妄想がとまらないわ」

「義姉上、落ち着いてください。お体にさわります」


 ジュードがおさえようとしても、義姉は「恋の話は栄養」と言い張って続きをせがんでくる。

 そこで、幼い日の出会いから、先日の再会の話まで一通り義姉に聞かせた。


「……彼女はローメリナに住んでいないので、手紙を送ることにしたのですが、どんな内容が喜ばれるのか、さっぱりわかりません」

「そうねぇ、素直が一番かしら? 好きなら好きとはっきり伝える。かわいいと思っているのなら、ちゃんと口にする。とにかく褒めなさい。あなたが心の中で思っていることをすべて出し切りなさい」

「たとえば、手紙は短い方がいいですか? 長い方がいいですか?」

「難しく考えたらいけないわ。心のままに書けば、それが一番なのではないのかしら? 作為的なものは相手に見透かされてしまうと思うの」

「なるほど」

  

 とにかく褒める。心のままに。ジュードは義姉の助言をしかと心に留めた。


(まずい……だとすると、二通目でも不足があったのでは?)


 数時間前に出した二通目では、アビーの美しい髪を褒めた。それは偽りのないものだが、髪だけだと思われてしまったら一大事だ。彼女の素晴らしさは、他にももっとたくさんあるはずだ。


 はやくも三通目の手紙を書きたくなってきたジュードだが、その後もアビーからの返事は届かなかった。

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