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離れた街のあなたに手紙を送ります 3

 領主館に戻ったアビーは、正餐までの間に、また部屋で絵を描いていた。

 スケッチブックに浮かび上がってきたのは、精悍な男性の顔。黒鉛で描かれた白と黒の世界ではあるが、騎士の持っていた金色の髪の輝きは、見事に表現できた。

 ラフ画のできに満足して、ふーっと息をついたところで、アビーは我に返った。

 

(私、いったい何をしてるのかしら?)

 

 人物の絵を描きたくなった時は、いつも本人に許可をもらってからにしている。

 勝手に描いたら嫌がる人もいるだろうと、一番上の兄から教えられていたからだ。約束ごとだから、今までは必ず守っていた。


「だめだ。処分しよう。……なかったことに」


 スケッチブックからその部分だけを切り取って破こうとしたが、手をつい止めてしまう。捨ててしまうのが惜しいのだ。

 迷っている間に、誰かが部屋のドアをノックしたので、アビーはあわててスケッチブックを引き出しにしまった。


「お嬢様、お時間ですよ」


 食事の時間を知らせにきたホリーだった。


「今、行くわ!」


 処分してしまう機会を逃したことにほっとしながら、アビーは部屋を出て、家族の待つ食堂に向かう。


 下の階に降りると、なんだかいつもより使用人達が慌ただしく動いているように感じた。

 すぐにホリーを見つけて、声をかける。


「忙しそうね……手伝いましょうか?」


 バーネット家の使用人の数は、それほど多くない。そして、家族みな貴族らしからぬ勤労精神を持っている。だから、いつもなら気軽に役割が与えられる。しかし今夜に限って、ホリーはそれを断ってきた。

 

「いえいえ! お嬢様は、まず応接室に向かってくださいませ、お客様がいらっしゃいますよ」

「お客様?」

「さっきの騎士様です」


 にっこりとした表情で、さあさあと促してくるホリーの表情を見れば、期待がふくらみだす。

 てっきりもう会えないと思っていたが、この街に、客人は滅多に訪れないから良い宿もない。もし彼が、王や身分が高い人物の命でここにやってきたのだとしたら、領主である父がもてなすのは、ごく当たり前のことだ。

 

「お父様! お兄様!」


 アビーは、ついそこから駆け出して、応接室に飛び込んだ。

 そこには、すでに三人の男性がいた。二人はアビーの家族、父のマニギスと、長兄のレイモンド。そして残りの一人は客人、あの金髪の騎士、ジュードだった。

 

「こらこらアビー走ってはいけないよ」

「あっ、ごめんなさい」


 父のマニギスにやんわりと注意され、アビーはあわてて止まり、何事もなかったかのようにゆっくりと歩き出した。

 そうして、三人の前までやってきて、お辞儀をする。

 

「ローメリナからの客人だよ。アビーは昼間お会いしたそうだね」

「はい!」

「ジュード殿だ。スティーヴと同じ近衛騎士団の隊に所属されているそうだ。歳も同じで仲良くしていただいているようだよ」


 次兄と同じ年齢であれば、アビーより四つ上の二十歳になるのだろう。

 その年上の騎士は、マニギスからの紹介のあと、アビーに一歩近付いてきた。

 

「改めまして、ジュード・ノリスと申します。お見知りおきを、アビー嬢」

「だから、また会おうっておっしゃったのね?」


 ジュードは、アビーの家の名前を知った時点で、すぐに再会できることを知っていたのだ。

 先に教えてくれれば良かったのにと、頬を膨らましていると、くすりと笑われてしまった。


 そこから全員で食堂に移動し、正餐がはじまる。


 話題は、もっぱら森の老画家メイナードのことだ。

 国王の命により老画家を訪ねたジュードだが、話も聞いてもらえず、薪割りや顔料作りを必死に手伝うことになったのだとか。


「正直、繊細な絵を描かれるメイナード氏があんな乱暴な方だとは思わず。手伝うだけ手伝わされて、最後は斧で追い払われました」


 バーネット家の者は、どっと笑った。

 画家というより傭兵のような出で立ちをしたメイナードが斧を振り回す姿が、一家には簡単に想像することができたからだ。事前に知らされていなかったジュードは、絵からは想像できない熊のような男が出てきて、さぞ驚いただろう。 

 

「……でも、なぜスティーヴお兄様はご自分でいらっしゃらなかったのかしら? スティーヴお兄様が一緒なら、森の案内ができたでしょうに」


 それに、帰省の口実にもなる。ここに次兄がいればもっと楽しかったはずだ。

 他の任務で忙しかったのだろうか? 

 アビーが首をかしげていると、ジュードは渋い顔になった。

 

「実は……当初はスティーヴ殿が一緒にこちらへ派遣されるはずでした。しかし……出発してすぐに謎の腹痛に襲われたのです」

「スティーヴお兄様が腹痛!」


 アビーはおかしくて思わずふき出した。腹痛は、病気知らずの健康な身体の持ち主の次兄が、仮病のときによく使う手口だ。

 

 スティーヴは、森に住んでいる老画家の性格を知っているから逃げたのだと家族ならわかる。

 そしてあきれたように語るその口調から、次兄の仮病に、この騎士は気付いていることも伝わってきた。

  

「ジュード殿。弟がご迷惑をおかけした」


 真面目な長兄レイモンドは、遠く離れて暮らす弟のために深々と頭を下げる。

 

「慣れていますから、大丈夫です」

「なおさら申し訳ない……」

 

 次兄スティーヴはいつもひょうひょうとしていて、自由気ままだ。アビーの性格はスティーヴに似ているといわれる。昔はよく二人でいたずらをして遊んでいた。

 きっと今でも同僚の騎士を巻き込んで、問題をおこしているのだろう。

 そして、そんな次兄のことを理解している様子から、ジュードが本当に近しい存在なのだということもわかる。

 レイモンドがあまりに申し訳なさそうな態度をとるので、恐縮したジュードは「本当にお気になさらず」と言いながらこう続けた。

  

「しかし、たまには旅も悪くないものです。おかげで、その……素敵な絵を描くご令嬢に、冒険の地図もいただけた」


 なぜか急に、ジュードの言葉がたどだとしくなる。きっと紳士のマナーで、どうにか目の前の娘を褒めようとしているのだろう。

 しかし、その言葉でマニギスは顔色を変えた。客人にはわからないだろうわずかな反応だったが、アビーは敏感に感じ取ってしまう。

 

「田舎ゆえ、することがあまりなくて絵など嗜んでいますが、娘はピアノも弾けるのですよ。おそらく花の都ローメリナのご令嬢と比べても、遜色ない腕前だと思います」


 父がそう必死に言い出した理由を、アビーはわかっている。

 絵を描くことは、世の令嬢が習得すべき教養に入っていない。でも、ピアノはうまく弾けたほうがよいとされている。

 決してジュードに娘を売り込むつもりはなく、ただ、外に出歩いて絵など描いている変わり者の娘という評判を、都で広めてほしくないのだ。

 

「では、ぜひあとで一曲聞かせてください」


 社交辞令か、ジュードが興味を示してくれたので、食事のあとに応接室に移動し、皆の前でアビーがピアノを演奏することになった。

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