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願いごとを綴れば叶いますか 2

 一週間後、スティーヴからの返事が届く。ただ一言「わかった」と。

 そして、それからさらに数日後、バーネット家にローメリナからの客人がやってきた。



「ごきげんよう、みなさん。……随分ご無沙汰ですけれど、お元気だったかしら?」


 館の入り口の横につけられた、白い豪奢な馬車から降りて来たのは、まぶしい銀色のドレスをまとった貴婦人だ。かつてこのバーネット家からローメリナに嫁いでいった、イザドラ・バロウズ……マニギスの姉である。アビーにとっては伯母にあたる人物だ。


「伯母様!」

「久しぶりね、アビー。私のかわいい姪御さん。あなたがちっとも遊びに来てくれないから、私から来たわ……二年ぶりかしら?」


 イザドラは大きなつばの帽子の影から、もう六十歳になるとは思えない若々しい顔を覗かせた。

 

「二年も会いに行けなくてごめんなさい」

「いいのよ、すべては頭の固いマニギスのせいなのだから、そうでしょう!」

「姉上……」


 イザドラはなかなか激しい気性の女性だが、この日はより一層マニギスに対して厳しかった。

 理由がわからないマニギスは、たじろぎながらイザドラを屋敷の中に案内する。皆に話があるということなので、マニギス、レイモンド、そしてアビーも一緒に応接室に入った。

 それから紅茶の準備もできないうちに、椅子に浅く腰をかけ凜とすましたイザドラが話をはじめた。


「今日、ここに来たのは言うまでもありません。アビーの社交界デビューについてです。この子はもう十六歳ですよ? それなのにいつまでたっても準備すらしないで! もう待てません。アビーを私に預けなさいな。私はこのこの母親から、娘をよろしくってお願いされてますからね」

 

 イザドラはマニギスの実姉だから、亡くなったアビーの母親とイザドラは、当然血縁関係にない。それに、アビーの母がこのバーネット家に嫁いできたとき、すでにイザドラは結婚してローメリナにいた。それでも二人はとても仲が良かったのだ。

 唯一頼れる女性の身内として、イザドラはいつもアビーのことを気にかけてくれていた。

 以前は頻繁に会っていたのだが、二年前、アビーはローメリナに遊びに行き、大きな「失敗」をしてしまった。それ以来、アビーはローメリナに行っていない。父も嫌がっていたし、アビーもまた失敗してしまうのが怖く、願い出ることができなかった。

 イザドラもそれを察していたのだろう。季節のプレゼントは届いても、「遊びにきなさい」というお誘いはなくなった。

 そして今、彼女がここにいるのは、スティーヴがアビーのローメリナ行きを頼んでくれたからなのだとわかる。


(スティーヴお兄様すごい!)


 自分は近衛騎士の任務もあって、忙しいはずだ。それなのに半月かからずに現実にしてくれるとは思わなかった。

 アビーは自分のローメリナ行きを確信し、もう大丈夫だと心を躍らせはじめる。

 しかしマニギスは、渋い顔の皺を余計に深くする。

 

「姉上。前から申し上げていますが、アビーにはこの街で相手を見つけてやるつもりです」

「では具体的に、誰か候補となるお相手がいるのかしら?」

 

 イザドラが、じろりと横目で睨みながら問いかけた。


「……まだ打診はしていませんが、ある商会の跡取り息子が今のところ――」


 言いかけたマニギスの言葉に、アビーははっとする。濁しているが、だいたい誰のことを指しているのかわかったからだ。


「お父様、待って! そんなの勝手に決めないで!」


 思わず声を荒げたアビーを見て、マニギスもレイモンドも驚いた表情になる。

 ユホスの街にある一番大きな商会。その跡取り息子はアビーよりひとつ年上の、おっとりとした青年だ。悪い人でないし、彼のことは嫌いでない。でも、お互いそういう相手としてみていない。

 彼はとても控えめだから、街の花屋の娘に恋をしているのに、デートに誘えずにいる。アビーが外で絵を描いているときに、たまに横で恋の話を勝手にしている。そんな人なのだ。


「……ほらね? アビーが嫌がってるでしょう。私も、もちろん反対ですよ。領主の娘なのですから、嫁いでアビーが蔑ろにされることはないでしょう。でも商人の女主人が務まるとは思えない。もちろん、あなたの懸念もわかりますが……。私はアビーをもっと広い世界に連れて行きたいのよ。この子のことをきちんと理解して守ってくれる人が、必ずいますから……お願いよ」

「伯母様……」


 アビーは思わず席を立ち、イザドラの前で跪いて手を握った。

 いつも強気な伯母が、娘でもないアビーのために、マニギスを説得しようと頭まで下げてくれたのだ。


「伯母様、本当にありがとう」


 その優しさに触れ、涙がこぼれそうになり、アビーはこらえるのに必死だ。

 しばらく誰も口を開くことができなかった。

 続く重い沈黙。それを破ったのは長兄レイモンドだ。


「……アビーお前はどうなんだ? お前はローメリナに行きたいのか?」


 アビーは一度イザドラの手を強く握った後、それを離して立ち上がった。


「お父様、お兄様、私……行きたいです。伯母様と一緒にローメリナに行きたい」


 はっきりと、自分の意思を告げる。

 ローメリナに行き、ジュードに会う。会って話をして……それからのことはよくわからない。それでも、行かないまま後悔する日々を送りたくはない。


 じっと、マニギスとレイモンドを見つめる。本当は不安だらけだ。あの輝かしい場所は、アビーには優しくないことが多いのも知っている。だから本当は怖い。でも、彼らの前で迷いは決してみせないようにした。


「わかった。……しかし、背伸びなどしないでくれ。辛くなったらすぐに戻ってくる。それを約束してほしい」

「はい。約束します」


 少し悲しそうな顔をしていた父のささやかな願いに対して、アビーは何度も何度も頷いた。

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