八「始点」
早朝に降り出した雨は、九時前にはスッカリ止んでいた。どうやら、俄雨だったらしい。
濡れた服を着替えてから、八分の一に切った西瓜を載せた皿と水を入れた丼を持って庭に下りると、よっぽど喉が渇いていたのか、犬は嬉しそうに尻尾を振りながら水を飲み出した。
「あー、ホントだ。帰ってるー」
庭から縁側に上がって客間へ戻ろうとしたところで、ようやく起床した自称低血圧のお姉ちゃんとすれ違い、庭に犬がいるのを見たお姉ちゃんは、間延びした声で感想を口にした。
彼氏と半同棲中でなければ、お姉ちゃんにも犬の世話を手伝ってもらうんだけど。
そんな、恨み事とも嘆き節ともつかない雑感を胸のうちにしまいつつ、わたしは次なる作戦に向けて動き出していた。
作戦決行は、日曜日の午前十時。
空は、抜けるような青空。清々しい秋晴れで、非常に気持ちが良い。
前日に図書館へ足を運び、犬の躾け方や、仕草と感情の関係なんかを調べ上げ、ついでにフリスビーについての豆知識まで身に付けた。
フリスビーの考案者の遺言で、彼の遺灰が練り込まれたフリスビーが造られたそうだ。へぇ~。
犬という生き物は、目の前で動いてる物を見ると、ついつい追い駆けたくなる衝動に駆られる。その習性を引き出せれば、勝ったも同然だ。
だが、その前に入念な下準備を行なっておく。
本番で遠くへ投げる前に、プレテストとして適当に近くへ置き、犬に拾って持ってこさせるのだ。持ってきたら褒め、持ってこなかったら叱る。
これを繰り返すことで、この五芒星の円盤を拾ってくると、飼い主が喜ぶということを学習させる。
地面に置いたフリスビーを取ってくるようになったところで、いよいよ、フリスビー本番に移る。
歯形が目立たなくなった右手に五芒星の円盤を持ち、プロ直伝の構えで前方を見据え、掛け声とともに三拍子で抛り投げる。
「ユー」
「エフ」
「オー!」
わたしの投げたフリスビーは、アサッテの方向へと飛んで行き、犬は前足で器用に頬杖をつき、秋桜の蜜を吸う紋白蝶を、尻尾を振りながら眺めていた。
う~ん。人犬一体となってフリスビーで遊べるようになる日は、まだまだ先になりそうだ。
人生、そう簡単には、うまくいかないものである。ただ、惰性で流れていた生活の中に一つの目標が出来たことは、悪くないことだろうと思う。





