表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

六「傷心」

 時刻は、午後七時半ちょっと前。

 その日の夕食は、唐揚げと、茄子と小海老の白和えだった。

 どちらも嫌いな料理ではないし、体育のあった日はお腹が空くから、おかわりだってするところ。

 けれど、この時のわたしは胸がいっぱいで、ろくに食事が喉を通らなかった。


「もう、ごちそうさま?」


挿絵(By みてみん)


 お母さんは、夏バテしてるんじゃないかと心配してくれているようだったけど、お父さんは夕刊を広げたまま見向きもせず、大学生のお姉ちゃんは、わたしが残した唐揚げに箸を伸ばしていた。

 わたしは、京都や熱海のペナントと一緒に、メダルを獲得した時のお父さんの大判写真が飾られているダイニングから一刻も早く立ち去り、さっさと自分の部屋という聖域に避難したい気分だった。


 それから、患部を避けるようにして適当にシャワーを浴びた後、スター柄のパジャマに着替えたわたしは、自分の部屋で物思いに耽っていた。

 お笑いコンビのポスターを貼っている壁にクッションを立て掛け、それに背中を預けるように長座で座り、今日一日のことを振り返っていた。

 英語の時間に、初歩的な単語のスペルを間違えて笑われたこと。社会の時間に、担当のお爺ちゃん先生の社会の窓が全開だったこと。どうでもいいことから思い返しているうちに、だんだん、河原に置き去りにしてきた犬のことが気がかりになってきた。

 窓の外が宵闇が深まっていくのに比例して、心配の種も大きくなっていき、やるせない気持ちに耐えられなくなってきたわたしは別のクッションを胸の前に置き、伸ばしていた足を体育座りのように折り曲げ、それらを両腕でギュッと抱え込んだ。

 そして、顔をクッションに埋め、シーツをつまむようにキュッと足の指を曲げた。

 そんな悲痛なわたしの姿を見ていたのは、甘海老の握り寿司に目玉を付けた風貌の、ゆるキャラのぬいぐるみだけだった。


挿絵(By みてみん)


 心に渦巻くのは、後悔とも、感傷ともつかない、言葉にならない情念の雲霞だった。

 グルグルととりとめのない考えが堂々巡りさせながら、わたしは、いつの間にか睡魔に身を委ねていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ