六「傷心」
時刻は、午後七時半ちょっと前。
その日の夕食は、唐揚げと、茄子と小海老の白和えだった。
どちらも嫌いな料理ではないし、体育のあった日はお腹が空くから、おかわりだってするところ。
けれど、この時のわたしは胸がいっぱいで、ろくに食事が喉を通らなかった。
「もう、ごちそうさま?」
お母さんは、夏バテしてるんじゃないかと心配してくれているようだったけど、お父さんは夕刊を広げたまま見向きもせず、大学生のお姉ちゃんは、わたしが残した唐揚げに箸を伸ばしていた。
わたしは、京都や熱海のペナントと一緒に、メダルを獲得した時のお父さんの大判写真が飾られているダイニングから一刻も早く立ち去り、さっさと自分の部屋という聖域に避難したい気分だった。
それから、患部を避けるようにして適当にシャワーを浴びた後、スター柄のパジャマに着替えたわたしは、自分の部屋で物思いに耽っていた。
お笑いコンビのポスターを貼っている壁にクッションを立て掛け、それに背中を預けるように長座で座り、今日一日のことを振り返っていた。
英語の時間に、初歩的な単語のスペルを間違えて笑われたこと。社会の時間に、担当のお爺ちゃん先生の社会の窓が全開だったこと。どうでもいいことから思い返しているうちに、だんだん、河原に置き去りにしてきた犬のことが気がかりになってきた。
窓の外が宵闇が深まっていくのに比例して、心配の種も大きくなっていき、やるせない気持ちに耐えられなくなってきたわたしは別のクッションを胸の前に置き、伸ばしていた足を体育座りのように折り曲げ、それらを両腕でギュッと抱え込んだ。
そして、顔をクッションに埋め、シーツをつまむようにキュッと足の指を曲げた。
そんな悲痛なわたしの姿を見ていたのは、甘海老の握り寿司に目玉を付けた風貌の、ゆるキャラのぬいぐるみだけだった。
心に渦巻くのは、後悔とも、感傷ともつかない、言葉にならない情念の雲霞だった。
グルグルととりとめのない考えが堂々巡りさせながら、わたしは、いつの間にか睡魔に身を委ねていた。





