第7話 記憶を辿って
奈緒と別れ、やりきれなさと喪失感が残る中、健太郎は車を飛ばして家に帰ると、健太郎の家の入口には、真っ黒い灰や、焦げて炭のようになった薪が残っていた。
そういえば、今日でお盆は終わりだった。
藤田家ではおそらく、幸次郎が送り火を焚いたのだろう。
隣の家では、深夜というのにまだ送り火を焚いていた。
送り火が終わると、今年のお盆も終わり、町の人達はまた日常の生活に戻る。
奈緒との楽しい日々が終わり、お盆が終わり、来週からは仕事も始まる。
健太郎は、胸にぽっかりと大きな穴が開いたような感じがした。
翌日、健太郎は幸次郎と共に、先祖の眠る墓の掃除に向かった。
お盆の間、墓参りに来た人たちが色々とお供え物をして帰るものの、最近、墓荒らしが出没しているようで、供物を持ち逃げされたり、花が抜き取られたりしているのを見かけるようになり、自治会ではお盆の前後、毎日パトロールするようにしている。
町内にある墓地を1か所ずつ歩いて見て回り、まだ点検していない墓地に行こうと、石垣の塀で囲まれた小径の前にさしかかった。
その時、健太郎は、奈緒のことが頭をよぎった。
彼女は、どうやって、ここから帰っていったのだろうか?
奈緒は、とうとう最後まで、自分の家を健太郎に案内することは無かった。
「奈緒さん・・いつも、ここで別れたんだよな。そして、そのまま小径を歩いて、どこかへ消えてしまうんだ。」
「ふーん・・」
「この小径・・真っすぐ行ったら、家が見えてくるかな?そこが、彼女の家だと思うんだけど。」
二人は小径をしばらく歩き続けると、道路は山に阻まれ、行き止まりになっていた。
「あれ?ここでおしまい?」
「そうみたいだね。というか・・ここ・・墓じゃね?今日、点検して行く墓地の1つだよ。」
「ええ??ぼ、墓地?」
行き止まりとなった小径の両側には、古いお墓がずらりと並んでいた。
その周りには、民家らしきものもなく、墓地しか見当たらなかった。
「どうなってんの?彼女は確かに、こっちに向かって歩いていったんだけど・・。」
「兄貴・・本当にこっちなのか?俺の知る範囲でも、この辺には民家はないぞ。この小径も、墓地につながる連絡路みたいだし。」
諦めきれない健太郎は、墓石を1つ1つ見て回った。
彼女につながる手掛かりがあるのでは、と思い、墓石に書かれた名前を確認した。
「彼女の名前、何ていうんだっけ?」
見るに見かねた幸次郎も、一緒に墓石の確認を始めた。
「たしか・・坪倉・・奈緒だったと思う。」
「坪倉さんねえ・・この辺にそんな洒落た苗字の人、いないと思うけど。」
蝉の声がけたたましく響き渡る中、蒸し暑い墓地で、汗だくになりながら、二人は墓石を1つ1つ確認した。
「だめだ・・だめだ、坪倉なんてお墓は、どこにもないよ。」
健太郎は、ため息をついて、へたり込んだ。
「兄貴・・きっとさ、キツネか狸だったりするんじゃねえか?このあたりでも、目撃情報あるしさ。たぶん、化けて出てきたんだよ。」
「そんなわけないだろ?マンガじゃないんだから、そんなの現実にあるわけないじゃないか?」
「というか、今兄貴が俺に話していることも、マンガみたいだぞ。数日間だけ、墓から人がよみがえって、この世に出てきた・・だなんて、どこのマンガだよって感じ。」
「ま、まあ・・そう言われたら、そうかもしれないけどさ。」
「とにかく、墓地の点検は終わったし、今日は帰ろうぜ。暑いし、腹減ったしさ。」
健太郎は幸次郎に肩をポンポンと叩かれると、がっくりと肩を落としながらもうなずき、小径を再び歩き出した。
「なあ、幸次郎・・近くのコンビニでさ、若い女の子が夜に立ち尽くしてたの、見たことあるかい?」
「・・知らないな。彼氏との待ち合わせとかでコンビニの前に立ってる子達とかなら、何度も見たことはあるけど。」
「こう、髪が長くてさ・・色白で、背が高くてさ。」
「う~ん・・ない・・なあ。」
地元から出たことのない幸次郎の記憶にないのであれば、ほかを当たるしかない。
実家に帰ると、健太郎は、今は物置にされている自室へと向かった。
ここなら、中学や高校時代のアルバムとかも残っている。
健太郎は、片っ端からページをめくり、1つ1つの写真を確認した。
そして、最後のページに掲載されている、同級生の住所一覧もくまかく確認した。
「ないなあ・・奈緒なんて名前の子、いないよな。」
小学校、中学校、そして最後に、高校の卒業アルバムをめくったその時、健太郎は1枚だけ、気になる写真を見つけた。
気になったのは、健太郎の所属していた合唱部の集合写真であった。
集合写真には、3年生だけでなく、1年生、2年生も一緒に写真に入るのが合唱部の伝統である。
「あれ・・この子・・奈緒に似てるなあ。長身で、髪が長い・・肌の色も白いし。」
健太郎の真後ろに立つ、1年生の女子生徒の列に、その子の写真があったのだ。
健太郎は、幸次郎の元へと走った。
「幸次郎、この子・・見覚えあるか?」
「ないなあ・・あ、この子・・確か。」
「確か?」
「兄貴の成人式の日、この家に来て、「健太郎さん、いますか?」って言ってた子に、何となくだけど似てるな。」
「!?」
健太郎は、合唱部のOBに連絡をとった。
合唱部の1年後輩で、唯一健太郎と今でも付き合いがあり、東京でラーメン店を経営している、篠原和希に連絡した。
アルバムの写真を撮り、LINEで和希に送信した。
その後10分足らずで、着信音があり、確認すると、和希からの返信だった。
「この子・・佐藤さんかな。佐藤奈緒。俺の1年後輩ですよ。」
「佐藤・・奈緒・・?やっぱり、合唱部の子だったんだ。」
「大人しくて目立たない子でしたからね。一緒に1年半活動したといえ、俺もあまり記憶がないんですよ。後輩の女の子に聞いてみますか?」
LINEを通してではあるが、和希から嬉しい答えが返ってきた。
「頼むわ。それと、俺からその子に直接連絡してもいいか、聞いてみて。」
しばらくすると、再びLINEの着信音が鳴った。
「後輩の岡田みゆきって知ってますか?先輩が3年の時、1年生ながら部の会計やってた子です。彼女が同級生で、色々知ってるみたいなんで、彼女のLINEアドレス教えますね。」
健太郎は、早速、和希から教えてもらったみゆきのLINEアドレスに、メッセージを送信した。
「お久しぶりです。テナーやってた藤田健太郎です。元気ですか?みゆきさん、突然ですみませんが、同級生で同じ合唱部だった、佐藤奈緒さんのこと、知ってますか?」
メッセージを送ってしばらくは返信がなかったが、昼食を食べ終えた頃になってようやく、着信音が鳴った。
「お久しぶりです。岡田です。お元気ですか?奈緒ちゃんとは3年間、一緒のクラスで、合唱も一緒でしたよ。」
「奈緒さんは今、どうしてるか、知ってますか?」
「・・・もう、亡くなりました。ちょうど20歳の時かな。」
「ええ?そうだったんだ。じゃあ、中川町には家族だけが住んでるのかな。」
「いや、彼女が高校卒業する頃にお父さんが病死し、奈緒ちゃんはお母さんと一緒に、東京に出て行ったんです。」
「そうなんだ。じゃあ、ご家族はお母さんだけ残されたんだね。」
「奈緒ちゃんのお葬式にはお母さんが出ていたんですけど、その後のことはわかりません。」
「・・・そうなんだ。わかりました。」
「ところで先輩、何で急に、奈緒ちゃんのことを?」
「いや、知り合いが、どうしてるか知ってる?って、俺に聞いてきたんで。」
「そうですか。奈緒ちゃんは高校の時、あまり家族のこととか話したがらなかったから、余計な詮索はしない方がいいかもしれませんよ。」
「わかりました。ありがとう。また何かあれば連絡しますね。」
健太郎は、スマートフォンをポケットに仕舞うと、再び、小径の奥にある墓場へと走っていった。
最初は、奈緒の苗字である「坪倉家」だけを意識して墓石を調べたが、今度は「佐藤家」の墓石があるかどうか調べた。
しかし、佐藤姓はこの辺では多い苗字なので、佐藤家と刻まれた墓石は4、5か所もあった。
「う~ん・・確か、墓の横に、戒名とか刻まれてるんだっけ?」
健太郎は、佐藤家と刻まれた墓石の、それぞれ横側を確認した。
そしてついに、1件、奈緒の名前が刻まれていた墓石を確認した。
「坪倉奈緒 二十才 平成二十一年三月二十六日 没」
ああ・・やっぱり奈緒は、既に10年も前に死んでいたのだ。
健太郎が見たのは、お盆の迎え火に迎えられてやってきた、奈緒の亡霊だったに違いない。
彼女が、昨日までしかいられない、と言っていたのは、昨日が盆の最後の日で、送り火の中、「元の世界」へと帰っていかなければならなかったからに違いない。
奈緒の脇には、亡くなって一緒に埋葬された親族の名前が刻まれていた。
祖父母、そして病死したという父・・。
この墓に埋葬された親族のうち、奈緒だけが「坪倉」姓であった。
おそらく、父の死後この町を離れた時に、母方の姓に改姓したのだろう。
健太郎は、うすうす感じてはいたものの、奈緒が故人であったという事実を知り、すっかり落ち込んでしまった。折角出会った彼女が、まさか亡霊だったなんて・・。
これでは周りに、付き合っている彼女がいます!だなんて、堂々と言えるわけがない。そして、年齢が彼女のいない期間であるという不名誉な記録は、またしても途切れなかった。
やがて、目の前に、奈緒と出会ったコンビニが見えてきた。
その時健太郎は、入り口付近に不思議なものを見かけた。
路側帯に置かれた、百合の花束と線香、その近くには昨日焚いたと思われる、送り火の跡が残っていた。
一体誰が、この場所に・・?
そもそも、奈緒はなぜいつも、墓地へと続く小径ではなく、この場所から出現したのか。
健太郎は、コンビニの店主なら、奈緒のことを色々知っているのではないかと思い、店内に入り、店主への面会をお願いした。
「いらっしゃいませ。」
いつもレジに立っている、初老の男性・・・おそらく、このコンビニの店長だろう。
「すみません、つかぬことをお聞きしますが、この人、知りませんか?」
健太郎は、スマートフォンに収めてあった奈緒の写真を見せた。
「ああ・・この子ね。知ってますよ。」
店長らしき男性は、躊躇なくサラリと答えた。
「この子って、いつもこのお店の辺りで、うろうろしてませんでしたか?」
「そうですね。」
またしても、サラリと答えた。
「すみません、お店の皆さんなら、この子のこと、ひょっとしたら、何か知ってるんじゃないかなと思いまして。」
すると、男性は少し考え込んだ後、
「ちょっと待ってもらっていいですか。お客さん来てるんで。そのあと、お話しますから、店の奥の控室へどうぞ。」
そう言うと、健太郎は男性にレジカウンターの後ろにある控室へと案内され、ここで待っているよう伝えられた。この男性・・奈緒について、ほかの誰もが知らない何かを知っているに違いない・・そう思い、しばらく待ち続けることにした。
4、5分ぐらいして、男性が控室に入ってきた。
「待たせてすみませんね。レジは妻にお願いしてきたんで、ご心配なく。」
そういうと、男性はドアを閉め、しっかりと施錠した。
そして、健太郎の正面に腰を下ろし、うつろな目でみつめた。
この町で奈緒をよく知る人は、この人しかいない・・健太郎はそう確信し、緊張の面持ちで、男性の顔を見上げると、一礼した。
「藤田健太郎と言います。よろしくお願いします。」