設定とずれた事してるのは本作の主人公本人です。
「美味い!」
黄色いプルプルのとろとろのプリンならぬプディングが今日の俺のおやつだ。
スプーンの上に乗ったプディングはぷるぷると揺れ、俺の口に運ばれた。
ああ、まさか「前」のスイーツがこの世界にもあるなんて。
この世界は「前」に比べて機械類の発達が遅く、スマホやテレビ、ラジオすら無かった。食に関しても、蛙と蛇のパイとかいう奇想天外ヘンテコ料理が存在するわりに、アイスクリームやコーラは無かった。
しかしプリン、正確にはプディングだが、ほぼプリンと等しいスイーツが存在しているとは。
「ご馳走様でした。」
おやつの時間が終わると特にする事もないので今朝届いた新聞を読むことにする。
文字は何故か日本語と全く違うはずなのに読め、レオン・セイ・ファウンドの頭脳を持っているからか、どんどん知識が頭に滑るように入ってくる。おかげで新聞や難しい本を難なく読めるようになった。
「ふぅん、大人気スイーツ店candyjewelry行列三時間待ち、か…」
candyjewelryとは飴細工の店らしく、それは神の見技と言われるほど美しく精巧な飴らしい。都市に出来た新しい店で、噂が広がって人気になったようだ。
「行くか!」
見てみたいし食べてみたい。この情報を放っておく訳にはいかない。
使用人に馬車を用意させて行く準備をする。
俺はこの世界に生まれてから一度も財布を持ったことがない。お金を払う瞬間すら見たことがない。俺が欲しいという前に既にある場合が多い。
つまり今日は俺が初めて買い物をする日なのだ。
馬車に揺られること30分。馬車から降りて使用人についていくと大勢の人間が並んでいるのが見えた。並んでいる人間をたどり、店を確認しようとするが、中々長蛇の列は終わりが見えない。そしてやっと見えたそれは新聞で読んだcandyjewelryの店だった。
しかしこの長蛇の列を並んで待つのは気が引ける。面倒だし時間の無駄だ。
どうしようか考えていると、ふと目に入ったのは飴を持った6歳くらいの女の子だった。
都市にいる人間の殆どは華やかでそれなりの身なりをしているが、この子は違った。皺がつき、よれよれの服を着ていた。おそらく貧乏な家庭に生まれたのだろう。そんな子が何故決して安くはない飴細工を持っているのだろうか。
ツインテールの赤毛は何処かで見たことがある気がしたが、今は女の子が持っている飴細工に釘付けで思い出そうとすら思わなかった。
飴細工は確かに神の見技と呼ばれるだけあって、それはそれは美しい、目を惹かれるものだった。
考えるより先に体は動いていて、気づけば俺の手には、先程女の子が持っていた飴細工が握られていた。俺が飴細工を手に入れるのは、何時間も並ぶよりもずっと早かった。
女の子は瞳を潤ませ、自分の手から宝物を奪った相手をじっと見ている。
俺は飴細工を持ったまま、馬車に大急ぎで何かから逃げるように走って戻った。
馬車に揺られながら飴細工を舐める。見た目が美しいと食べるのがもったいないが、味も気になる。好奇心には勝てない。
チロリと一舐めすれば口に広がる仄かな甘さと酸味。これはイチゴだ。イチゴ味のそれは充分美味と評するに値し、俺は満足だった。
結果的に女の子から奪った形になるが、まあ、飴細工も女の子に食べられるより俺に食べられる方が幸せだろう。