レオン・セイ・ファウンド
俺は乙女ゲームが好きだ。細かく言えば乙女ゲームに出てくる主人公の女の子が好きだ。乙女ゲームなだけあって、主人公の女の子は誰からも好かれる優しくて健気で正義感があって才能と美貌に恵まれているキャラだ。そんな女の子が俺は好きで好きで仕方がない。同士の方は握手願う。
俺は乙女ゲームが好きだ。歩きながらプレイしてしまうくらい。
そしたら自分に向かって来ている車に気付かずあっけなく逝ってしまった。
そして今に至る。
現在を詳細に説明させていただきますと、俺は今お風呂に入れられている。それだけならばまだいい。(いや本当はあんまりよくないが)
ぶっちゃけあれだ。嬰児だ。今の俺は泣くことしか出来ない。手も足も満足に動かせないし、表情筋も声帯も未発達すぎて、鳴くことしか出来ない虫と大差ない。
これはあれか?転生ってやつか?
俺が幼児といわれる年になって最初にしようとしたことは、「前」住んでいた住所や電話番号を地図や電話帳で調べることだった。
結果、地名も住所も何一つ見つからなかった。というか電話帳はそもそも無かったし、日本という国すら無かった。予想できた結果ではあるし、今更「前」の同級生や家族に会った所で向こうは今の自分に気づくはずもない。ただ、レオン・セイ・ファウンドとして二度目の人生をしっかり歩もうと心に誓うに留まった。
この世界について俺はそれなりに知識がある。いやバリバリある。「前」の記憶無くなってなくて良かったー。つまりこの世界は、俺が死ぬ直前まで歩きながらやっていた乙女ゲームの世界なのだ。
「ふぅん、俺はレオンになったのか。」
鏡の前に立って自分の姿をしげしげと見ながらそんな独り言を呟いた。
もともと「前」の礼音という名前とゲームのレオンという名前が一緒なので、もしやとは思ったが予想通りだったようだ。
レオンは一応攻略対象の一人だが、登場するのはレオンが15歳、主人公の女の子が14歳になってからなので、小さい頃の姿は公開されていない。
しかし、幼児のレオンを見たことが無いにも関わらず、今鏡に写る幼児のレオンは─しかも三次元─充分あのゲームに出てくるレオン・セイ・ファウンドたと認識できた。
艶やかなブロンドの髪も、青い青い瞳も、ハンサムな顔立ちも、小さい頃からレオンは何ら変わっていないようだ。
「貴族に生まれたからには、こんな生半可な地位じゃ満足しないぞ。絶対に女王と結婚して玉の輿してやる。」
主人公の女の子は実は皇族の娘だ。別に俺が主人公と結婚出来なくたって追放されたり殺される訳じゃない。でも俺はこの地位に甘んじる気はない。
「レオン様、昼食の御時間に御座います。」
「わかった、今行く」
使用人に呼ばれて部屋を出る。食事部屋にはバカデカイ机とたくさんの椅子が綺麗に並べられている。
既に父と母が席について待っていた。俺も席につくと何も言わなくても使用人がエプロンをかけてくれた。
「頂きます。」
今日の昼食は白パン、クリーミーチキンのタルト、鹿肉のシチュー、兎のロースト、鰻のサフランソース煮、淡水かます、にしんの塩漬け、デーツのサラダ、野菜の煮込みスープだ。
どれも綺麗にお皿に盛り付けられていて、見た目も栄養も味も全て完璧だ。
フォークとスプーンの使い方ももう慣れたもので、無駄な動きを一切せず、肉を切っていく。
「あらあら、そんなに慌てて食べないの。時間はたっぷりあるし、お代わりだっていくらでもしていいんだから。」
母はにこにこと笑いながらそう注意した。かなり育児には甘い母で、この人に怒られたことは一度もない。父もよく喋る方ではないが、子供への愛情があるのはわかった。
そしてこのあと俺は7回お代わりしてやっとご馳走様を言ったのだった。