ナイトとハユルと、そして
誰にだって忘れてることはひとつくらいあるだろう。
何年も前に友達から借りてたゲームソフトが押入れに入ってたり、何十年前親しかったクラスメイトの名前をしばらくたてば忘れている。重要な仕事を丸ごと見落としたり、予定をダブルブッキングしたり、忘れてないと思ったことを案外忘れていたりもする。
そんなのが人間って生き物で、俺もその性質には抗えなかったようだ。
つまり、
「魔軍第十四大隊が十五小隊と合流した模様、敵軍約四百! 内ゴーレムは三十! 現在自軍四二大隊が応戦中、十一小隊を向かわせます!」
「戦局分布図最新版を発行完了しました。十一番から十四番飛んで十七番の壁が突破されました。右側はほぼ壊滅です!」
「くっそ敵軍に残存兵力の四文字はないのか……ッ!」
魔女の存在をすっぽり忘れていた。
魔帝退治を早めに報告したのがいけなかった、魔女を退治しに行く準備を整えてる途中で祭り上げられあろうことか一国の王になりてんてこ舞いな毎日だったのだ。そして魔女のことを完全に忘却! やっちまった!
つまりこれは魔物対人間の再衝突、戦争だ。
ラスボスはもちろん魔女。
ついに七年の静寂を破って攻撃しに来たのだ。
これで滅ぼせなければ今度は俺たちの国、強いてはこの世界の人間ごと苦しい立場におかれるのだろう。
俺はこの国を守らなければいけない。
俺が一番最前線で行くのが一番なのだが、どうにも部下が許さない。
「正直もう押し切れると思っていたからな」
防衛大臣が苦々しくつぶやく。
「国民への報告は『魔物の大量発生による特別討伐期間』と銘打って情報統制しておりますがこれ以上規模が拡大するとそれでは収拾がつかなくなります」
内政大臣も続けた。
「特別退避命令を近隣の村に出しますか? 恐らくこのまま壁の突破を見過ごせば被害者は約三千をくだらないと推測が出ています」
軍事会議委員長の提案に俺は退避指示を出した。
農耕大臣も続ける。
「近くには国営の有機栽培モデル研究田畑『アグリカルチャ』がありますが、現在での研究結果は著しく栽培モデルの研究機材も高価で有用なものばかり、失いたくないというのが我々農耕省の見解にございます。しかし機材は持ち運べるものが非常に少なく防衛ラインの復帰が本命であると」
そこで経済大臣はあいも変わらず空気が読めないらしく、農耕大臣の言葉をさえぎりこう言った。
「そんなことより、この戦いの責任はどこだ」
「今は対策会議であると認識しておりますが」
「そんなものは現状を鑑みそれぞれで対処すべきだ」
内政大臣の言葉に耳も貸さず喚く経済大臣。
……こいつマジで何言ってんだ。
貴族のボンボンがコネで無理やり入閣したくせになめたことしてんなよ?
「しかし、大体の目的は――」
内政大臣の言葉はさえぎられた。
不穏な知らせによって、だ。
「魔物側! 十一から十四の壁に多数の援軍を排出した模様! 到着は推定十五時間後! 防御に回っている各隊の兵力では持ちません」
「友軍の到着はまだか!」
「外務省です。隣国からの援助はほぼ絶望的の模様です」
「なんだとッッ!?」
状況は困窮を極めていた。
人員が足りず、圧倒的に戦力不足、近隣国家は未だ友軍を出さず自国の軍は半壊。
俺は決めた。
「もういい、俺が出る!」
やはりそれが最速だ。どうせ魔女と戦うのなら俺が出てきて解決しなければいけない問題だ。
しかし内政大臣は反対する。
「困ります。この国は貴方のための国です! 戦死ともなればこの国の国交はほぼ振りだしに戻り、弱体化した国は制圧されるのが世の常。この国は建国から僅か七年、東の大国が攻めれば一瞬にしてこの国は滅ぶのです!」
「だからって今ここで食い止めないとみんな死ぬんだぞ」
「しかし我が軍にも残存兵はいます、彼らに任せてこちらは指示を……」
「下がれ」
「しかし……」
「命令が聞こえないか? 私は下がれ、と言った」
凄む。威嚇だけで魔物を散らしたことすらあるのだから相当なものなのだろう。多分。
しかしここには鏡はない。
「……はい」
内政大臣は渋々下がってくれた。
「この全対魔物闘争作戦チームに告ぐ! これから私、東奈射斗が出陣する、範囲は大体十一から十四の壁全域だ。討伐に向かう。私が到着し次第残った兵は休憩後十七へ向かうこと!」
「了解十一から十四防御に回る各隊へ通達、これより王がそちらへ向かわれます! 各員は戦闘配置を中止、防衛ラインを維持しながら移動を開始せよ」
慌ただしく管制室が動き始める。
「お送り致します」
内政大臣の申しつけを、俺は断った。
「いらない。これから自分の身一つで戦いをやるってんのにこんな平和な街の近くで護衛をつけて歩くなんておかしな話だろう?」
自室に戻り、鎧や刀を取り出す。あんまり重いのはつけてて不快だからとただの鋼材で作った軽量な鎧に、日本刀みたいでかっこよかったという理由の剣。
どれも高価ではない。普通の冒険者でももっと良いものを使ってるだろう。
しかし、これ以上に俺の戦いに合う装備はない。
たったこれだけでずっと俺は戦っていたのだ。今更これ以外に必要なものなんてない。
俺は誰にも見送られずに城を出た。
そして、門には向かわずに城下町への道を下った。
たどり着いたのは一軒のバー。裏路地にある小さなお店の扉を開ける。
「いらっしゃいま……せ……」
そのバーのマスターである麗しい女性は俺をみて険しい表情をした。
「行くんですね。戦場に」
「あぁ、俺が戦場に行くのが一番早く解決できる。なんなら魔女とかち合って全力で戦ってやるつもりだ」
「帰ってきますよね?」
「流石に愚問だよ。逆に俺を殺せる奴を紹介してくれ」
「……ナイトが帰ってくるまでこのお店は閉めませんから、また扉を叩いてください」
「そうする」
一瞬の静寂。
緊張で心臓の鼓動が早まる。でも、逃げてはいけない。
言わなければならないことがあるって知ってるから。
伝えなければいけないことがあるから。
「ハユル、客じゃなくて男として言わせてくれ」
ハユルが息を呑むのがわかる。
「ハユル、一生君を守らせてほしい」
俺は彼女の前にひざを突いて手を差しだし、言った。
それは世界共通の求婚の姿勢、プロポーズ。
「国王やってるけど、本当に守りたいものは君だった。もちろんこの国にだって愛着はあるしここにいる国民は全員守らなきゃいけない。でも選べって言われたら君なんだ」
言ってしまった。取り消せない言葉を、取り消したくない言葉を。
ハユルの表情は見れなかった。恥ずかしいし、ハユル自身も見せたくないかのようにそっぽを向いている。
どれくらいたったか。五分か、十秒か。時間間隔を忘れてしまうような静寂の後だった。
「もう、七年もいるのにずっと言ってくれなくて。これから一生言ってくれないんじゃないかって不安になったじゃないですか」
手にすべすべとした手の感触を感じた。俺の手より小さい。
ハユルは泣いていた。頬を流れた水滴を拭い、俺の手を取りなが言う。
「私長生きですよ?」
「知ってる。俺だって相当長生きできる」
「身分の違いはどうするんですか?」
「どうせこの戦い終わったら責任取らされて退位させられるんだろうし。このバーにずっといられるならそれでいい。逆に俺こそ一緒にお酒飲んでて楽しい?」
「あなたがする話ならなんでも、そうでなきゃずっと一年間話なんて聞いてられませんよ?」
「なら家事は? 正直今俺全然家事できないんだけど」
「料理ならおつまみから本格派までなんでも、じゃないとバーなんかつとまりません」
二人で問答を続ける。自分のできないことや不安な点はとめどなく出てきて確かめては答え、問い返す。何度も、何度も。
そして、質問の糸が途切れて俺達はどちらからともなく笑みをこぼす。
「こんなに問題がないなら、絶対帰って来なきゃな」
「えぇ、待ってます。ずっと」
バーの扉を開け、外へ行く。
戦争中のためか人通りは少なくついでにこのおんぼろな鎧のおかげか俺が国王だと気づかれることはなかった。
さぁ、魔女を討伐だ。
……ところであのプロポーズが死亡フラグっぽくなってたなと思ったのは戦争開始から一ヶ月、魔女を倒してからすぐのことだった。
最終回! ここまでありがとうございました!
この後の二人がどうなったか、この世界はどうなるのか、まぁ深いことは書きません。
結局お酒っておいしいよねって話です。ぜひワインを回しながらお読みください。
ご愛読! ありがとうございました!