内政大臣とウィスキーと未決の答え
要はなかなか決め手に欠けるということだ。
自信を持って好き嫌いのマルバツをつけることは簡単ではない。
嫌いと割り切るのは自分の価値観を狭めていると不安になるからだ。
自信なんて持てない。一任されても決断できないから民主制にしてみたり、毎クール切るアニメを選べなかったり、一世一代の告白も関係が壊れることを恐れて出来なかったり。
自信がないのだ。
自信があれば味噌ラーメンか醤油ラーメンで迷わないか、自信があればリストラする社員を選べるか、自信があれば切り捨てるものを選べるのか。
二択の質問が来たとする。
俺はウィスキーとブランデーを選べるだろうか。
それ以外にも、ある。
例えば、
俺は壊れる覚悟をしてでも関係が変わることを選べるのだろうか?
「ウィスキーとブランデー、どっちが好きですか?」
ハユルは真面目な顔をしてたずねた。
「それは蒸留酒としての麦芽か果実かの闘争を始めようとしていることに違いない、そうだろ」
俺も真面目な顔で聞く、ハユルは首肯した。
「そのとおり、アルコール度数の高さを取り上げられることは多いですがそれだけでなくとても味わい深いもの、命の水、蒸留酒。そのなかでも特に王道のこの二つに優劣をつけよ、私はそう言いました」
「クッ……なんて小癪な質問だ!」
パンとデザートフルーツ、どっちが好きですか?
そんなこと聞かれたら俺は確実に「いやそれ同列に語れるものじゃないから」と答える。
フランスパンとりんご、バターロールとキウイ、この際ニョッキと葡萄という聞き方もできる。
要は穀物と果実を同等に語るには難しいことこの上なく、実際条件を一致にするなれば穀物を乾燥したマメの状態で食さないと同等に語ることはできない。
しかしもし、同じような加工でパンとフルーツ、つまりは穀類と果実を語れるものがあるとすれば?
それこそがブランデー、ウィスキー問題なのだ。
結局俺のだした結論はこうだった。
「どちらもおいしい、選べるわけがない!」
「そのとおり、選べないんです! だからはい!」
ハユルはカクテルグラスに液体を注ぎ、俺と内政大臣の二人に出した。
「ブランデーとウィスキーの最強カクテル。ハントです」
ウィスキーにさくらんぼのブランデー、まさにハンターだった。
「うん、最高だぜ」
一口飲み、俺とハユルはそろってサムズアップした。
「……いやいやいやいや、なんなんですかこの茶番は」
しかし唯一内政大臣だけがついていけてなかった。
話は数時間前に戻る。
「ここですか。王のよく通われるお店は」
扉の前で内政大臣が感慨深げに言った。
「そう、君の娘さんはきたことあるけど君自身は初めてだよな?」
「はい。そうですねでもこれで……」
「これで?」
「いやぁ、格段と王を探すのが楽になりました」
「やべぇ教えるんじゃなかった」
俺は頭を抱えた。
「そんなわけで今回は内政大臣を連れてきた」
「いつも王にお世話になっております」
「あらまぁ、お噂はかねがね聞いてます。どうぞおくつろぎくださいね」
「はい」
内政大臣はハユルの美しさにびっくりしていた。この店もハユルも俺のとっておきなのである。
ちなみに元魔王なのだが、気づいた様子はない。
こいつも前は国営魔王討伐組織の頭だったらしい。もちろん魔王討伐のための魔王に関する情報もたくさん入ったと思うがそれでもハユルが魔王だったことは気づかれていない。それほどのトップシークレットだったのだろう。
「さて、今日は何を飲みますか?」
「う~ん、大人っぽいやつって言うとワインか?」
「ワインですか? いいですね~」
「……お二人は仲がいいんですね」
今日のメニューについて歓談していたら内政大臣がそう呟いた。
「ああ。まぁ酒場娘の時からのお得意様だからな」
そういうと首を引っ張られる。
ハユルが耳打ちした。
「ちょっと! その設定は聞いてないです!」
「まぁ話をあわせてくれ。こいつ官僚の経歴あるから並の設定じゃ嘘を見破っちゃうんだよ」
「怖い!」
内政大臣が水をすすりながら言う。
「まぁ王の恋愛事情は国を大きく動かしたりしてしまいますのでご内密に。熱愛報道は特にタチが悪いですから」
「はいはい。気をつける気をつける」
一瞬ハユルが何か言いたげだったが、どうせ内政大臣のお小言は流していかないと捌ききれないので、俺は無視し、内政大臣は水割りをすすった。
「お前水割りでいいの?」
「あぁこれ水です」
「水かよッ!」
思わず立ち上がった。
「せっかくバーに来たんだから酒を頼め!」
「いやいや、最近の隣国知ってます? 大戦でも起こすのかって言うくらいの戦力をかき集めているんですよ? 今このとき宣戦布告が出されても対応できるようにですね……」
正論も正論なのでとりあえず座る。
「でもお前、それで酒を楽しんでいる時間とか作れるの?」
「特殊な会合以外では内政大臣就任以降禁酒ですが」
「見上げた仕事への熱意だがそこまでくると病気だな!?」
こいつの爪の垢を爪の垢百パーセントで農業大臣に飲ませてやりたい。
あの酒乱セクハラジジイめ。
「そんなわけでお酒は飲めません。俺の酒が飲めねぇのか、と言うのでしたら話は変わりますが」
「いや大丈夫だ。ただし俺はいつも通りの勢いで話すからな」
「どうぞ」
「おーいハユル。こっち来てお酒飲もう」
「今日はお連れ様もいるのでビシッと店員対応したいのですが……」
「大丈夫、こいつ身内だしこれから盛り上がる気配もないからこのままだと寂しい回になるし」
「……しょうがないですね。何にしますか?」
「オススメは?」
「今だと……一昨日美味しいウィスキーが」
「じゃあそれで」
「これです」
所謂ウィスキーのボトルが出てくる。
「このお酒なら……やっぱりストレートですよね」
ハユルの独断だが、ハユルの選ぶやり方が外れたことはないしストレートも好きな飲み方だ。
「お待たせしました。ベルカハルヤのストレートです」
目の前には、コップ一杯の水と、ストレートのウィスキーが置かれる。
この水、チェイサーも俺がハユルの店を好む理由だ。
美味しかったというユーザー理由から硬水主体のこの国でハユルは軟水を買っている。わざわざ海外から取り寄せるほどのこだわりだ。
「このベルカハルヤは、特別なんですよ。アルコール度数はウィスキーの中では低いのに、凄く芳醇な麦芽の香りがします。秘密は熟成期間と長さと一度に熟成する酒量の少なさだと言われていますが、熟成工程はとても複雑なので、詳しくはわかっていません。でもこの製法が評価されて特別なお酒とされています」
コップを覗きこみ、匂いを嗅ぐ。
きつい高濃度アルコールの匂いの中に感じる芳醇な香り。
味わうために俺はキスをするようにウィスキーを舐めた。