ワインと国王とハユルの一面
「お酒はやめられなくなるからやめなさい!」
……お兄さんが酒豪になってアル中で死んでしまった父の言葉だ。
「呑まれるくらいなら飲まないようにしなさい!」
……お酒に呑まれて重要書類を無くした母の言葉だ。
みんながお酒を否定して、みんながお酒を悪者だと口々に言う。
でもみんなの助言は悲しきかな。今の俺は……。
おいしい酒を買うお金と肝臓内の強い消化酵素は有り余っている。
……消化酵素が有り余るものなのかは知らないけどね。
そんなことを思いながら繁華街をコートを纏って歩いた。消化酵素の数的な意味でも俺は人類最強だったみたい。知り合いをこの店に連れて行って潰れさせたことがあるので反省して以来お酒はハユルと一緒か一人のみである。ここにくるまではお忍びだ。ハユルみたいに変身魔法が使えれば楽なんだろうな……。でも掛けた人じゃないと解けないってのがこの世界の魔法のお約束だからなぁ。
一回掛けてもらって意気揚々と帰ったのはいいもののどうやっても解けなくて重要会議に出られず部下からガチ説教を食らったのを思い出した。あの鬼気迫った部下の顔は今でも恐怖である。人間が一番怖いってよく言うでしょ、ね。
結局困って翌日もバーに行った時のハユルの「してやったり」顔のほうが忘れられないけれど。あんなに自慢げなドヤ顔見たことないですよほんと。
てなわけで今日も外交を終えて外交官をうまくごまかしてバーに向かう。帰ったらまた大目玉だろうけど、俺はもう気にしない。そんな強い精神で生きていきます。
今日も裏路地にあるバーを開ける。コップを綺麗にしていたハユルがこちらを向いて微笑んだ。
「あら、珍しく頻度が高いですね」
「全くもって不思議なことだ。一度お酒を飲むと明日も来てしまいたくなるからね」
「魅力ですね……原因がお酒であることが少し残念ですけど」
「……どういう意味だ?」
「いーえ何でもありませんよ」
ハユルはたまに独り言を言っては聞かれるとごまかす癖がある。内容は気になるけどたまに聞こえても意味がよくわからないことばっかりだ。
「じゃあ今日は愚痴なし……ということでしょうか?」
「そんなことができる酒癖のいい王様はいません!」
「断言しちゃうし酒癖が悪いのも認めるんですね」
ハユルは呆れ顔だ。
「ナイトさん、今日は珍しいお酒にしましょうか。普段はアルコールが強すぎてお客さんに出せないのがあるんです」
ハユルは後ろのワインラックからボトルに入ったワインを持ってくる。
白のラベルに『レグレイプルコア』と書かれている。
「グラスは……レドロンですかね?」
レドロンとはこの近くのワイングラスで、いわゆるブルゴーニュ型だ。甘みを強めるタイプのワイングラスだ。
ゆっくりと注がれる。既に二人の近くには甘い葡萄の匂いが漂っていた。
では。
「「乾杯」」
グラスに口付けして、ゆっくり味わうように飲む。喉にスッと入っていくように設計されているのも特徴だ。
そして、アルコールが強すぎてぶっ倒れた。
「アガッ!」
「うわ、結構飲みましたね……」
酒によって倒れるような消化酵素をしてるわけではない。これは……物理的に喉がやけてる!
「水です」
ハユルの用意が速かったので被害は少なく食い止められた。強すぎませんか? これ。
「このワインですが……これ人間側の北の大地ありますよね?」
「あそこか……たしかうちの隣国に喧嘩売って怒った隣国の剣聖国が無理やり悪魔側の戦線に連れ出して死傷者を出させまくったから国際裁判始めようとしてるアレね。隣だからってウチにもスパイ送るのマジやめてほし――、あ」
「ふふ、結局愚痴になってますよ」
「情けないなぁ俺」
「いいですよ? 私はそれでも。女は弱い男の子が好きになるっていうジンクスもあるくらいですしね」
「そうか……ん? じゃあハユルは俺のこと好きになるの?」
それはあまりにも軽率な質問だった。ハユルが突然あわてだした。
「そそそそ、それはですね! もっとトップシークレットで唐突だからなななななんと言ったらいいのかというか時間を置いて少しずつといいますか! それにこんな急だと私も緊張しちゃいますし――ッ!」
「落ち着け、うん。聞いた俺が軽率だった。ごめんごめん」
うろたえるハユルの肩をポンポンとたたく
「いいいい一般論の話ですからね! ね!」
「分かってる分かってる」
そんなに顔真っ赤にして全力で否定しなくてもいいじゃないの……。
まぁ、社交辞令に困る、というのもよくあることなのでもう気にしないでハユルの解説の続きを聞くことにした。
「北の大地ですが、あそこにはアルコールを精製する葡萄の木があるんです。その地域では待たずに飲めるお酒としても有名です。その代わり葡萄の風味が引き立たず全体的に薄味で、ついでにアルコールの強さがまちまちなのでどれを飲むかによって酔い方が別で危険だそうです。というか、危険でした」
「……危険でしたというのは?」
「はい、行ってきました!」
ハユルはお茶目に微笑むと敬礼のようなポーズをした。
「いつの間に……」
「ナイトが知らない私だっていますよ。人が知ってる相手のことなんてその人自身がもってる棒大な自分への情報の氷山の一角ですから」
「たしかにそうだな」
「お酒の話に戻しましょう。酒のなる木としては有名ですが葡萄の味が貧相すぎるんです。味を熟成させるには発酵させる以外に手がないので自然発酵を待つのですが、結果アルコールも強くなってしまいます。そうしてできたのがこのワインです」
「アルコールを飛ばしたら?」
「そういうワインもありますよ。『デグレイプルコア』という姉妹製品です」
「あるんかい!」
「ええ、だからこそレグレイプルコアのほうは人気もないんです。強いの大好き北在住民の方々は別ですけどね」
「寒いからなぁ」
「えぇ、強いのを好むんですよ……。本当にこのワインを飲んだ後に強めのビールを飲まされたあの時のことを思い出すと今でも……うぅ」
「大丈夫か!? 思い出が胃の中をかき乱してるぞ!?」
ちょっとして落ち着いたのかハユルは再び話し始めた。
「どうでもいいんですけど、彼らはこのレグレイプルコアを飲ませて私にこういいました。『この酒は葡萄の味がする』とね」
「うへぇ」
「アルコールであれば何味でも関係ないんですよ。私も酒を愛する一人ですからこのワインは買いましたけどね」
話が別方向にそれまくったおかげか二回目の味は少しアルコールが飛んでいて、葡萄の味を強く感じた。
「そうです。これがレグレイプルコアの本当のおいしさ。普段は強すぎるアルコールの陰に隠れていますが葡萄自体の甘さが物凄くひきたっているんです。でないとあのアルコール信仰派が葡萄を感じることはできませんから」
「どうしたんだハユル。毒がもれてるんだけど……」
俺の知らないハユルもいるんだということを、俺はこのとき深く知った。
久しぶり、というかあまり聞いたことのないハユルの愚痴をつまみに俺はワインを仰いだ。
友人や知り合いの知らなかった一面。それを知るのがいいか悪いかは紙一重ですよね。
自分の思っていた人のイメージと違うと思ったら好感度が下がる、的な。なんか悲しいですよね。
とりあえず私は固定的な印象を持っていた人の別な一面をみても一度受け止めたいと思います(出来てるとは言ってない)