魔王を殺し損ねた俺は牢獄の中で恋をした。
「んぐっ、ぐあぅぅぅ.........、」
強い目つきをした男、愉快に高笑いしている男、その他数人の人間に俺は拷問を受けていた。
ここは人間の住む国『アウン』にある数々の囚人を閉じ込める監獄街、通称『デッドタウン』。
その地下深くに作られた俺専用の拷問部屋だ。
ここに来てから3ヶ月ほどは経ったのだろうか。
最初は脱走を考えていた俺だが手足につけられた魔力を封じるやけに頑丈な枷のおかげで今ではただただ拷問を受ける日々を耐えている。
「さて、じゃあ次はお前の大好物の感度増強薬だ。あんまり動くと針折れるから動くなよ?つっても動く気力もねぇか!かはは」
何が大好物だ、何が感度増強剤だ。
ただ痛覚を何倍にも引き上げるだけの薬だろうが。
首元に突き刺さる少し太めの針から身体に嫌なものが流れ込んでくるのが分かる。
「うぐっ、がぁ、ぐぁぁぁああ!!!」
今まで負っていた傷の痛覚が何倍にも膨れ上がる上に、更に魔法によって作られた炎が俺の背中を炙り、息が詰まりそうになるほどの痛覚が俺の身体、そして精神を蝕んでいった。
「おっと、そろそろ飯の時間だな。さっさとこいつを独房に入れて飯食いに行こうぜ」
「そっすね!んじゃ最後に一発!」
ドゴンッ!
「ングッ…」
俺の顳顬を一発殴るとスッキリしたと言わんばかりに手の枷に繋がれた天井から伸びている鎖を外すとグイグイと引っ張って部屋を連れ出された。
もちろん拷問が足を無傷にしてくれている訳ではなく、歩くどころか立つのすら辛いが早いペースで歩く男に頑張ってついていく。
俺の独房へ着くと牢の鍵を開けて俺は中へ投げ込まれた。
ゴンッ!と頭を打ってもがく俺を鼻で笑うと男達は鍵を閉めて去っていった。
「くっそ、今日はやけにキツイ1日だったな。」
ハァァ。と、とても、とても深いため息をつく。
特に最後に使われたあの薬。あれだけは何度やられても慣れるもんじゃない。
初めて使われる時にあいつらが言っていた話によるとあの薬を使われた奴らは大抵がショック死してしまうそうだ。
これまでに10回ほど使われたが、使われた日の拷問が一番辛いのは確かだ。
「ハァァ......。」
またため息を着いていると小さな足音が近づいてきた。
最近足音に恐怖を感じてしまっている俺だがこの足音だけは安心出来る。
「食事です。」
両手にパンと飲み物を持った少女が顔を覗かせた。
「ありがとな。俺の天使様。」
檻の細い隙間から入れられた食事にさっそく手をつける。
「私はクロのモノじゃないよ。それに天使なんかじゃ全然ないよ。」
「いいじゃん、俺の癒しになってるんだからさ。可愛いし。」
「またそれ。私は可愛いって言われても別に嬉しくなんかないんだからね。」
ぷいっと顔を背ける少女の横顔は少し紅くなっていた。
「可愛い!可愛いよ!すっごく可愛い!」
「うるさい。余り連呼してると明日から食事の半分を私が食べちゃうよ?」
「調子に乗りました、ごめんなさい…。でも可愛いのは本当だから」
「分かった。明日からパンは全部私が食べる事にする。」
飲み物しか与えてくれないと?!
「冗談だよ。でも私を天使なんて言うのはやめて。………凄く自分に腹が立つから。」
「……………」
目を閉じた彼女は強く拳を握っていた。
「じゃあ私はもう行くね。それ残さず食べてね。明日を乗り切る為に」
「あぁ。……………ファナ、お前は今に満足しているか?」
ふと投げかけた質問に少女、ファナは足を止めずに答える。
「その答えを一番よく知っているのはクロでしょ?」
そして彼女は去っていった。
「ハァァ...。ほんと、情けないな、俺。」
残っていたパンをパクパクと口に押し込んでから水で腹に流し込む。
「ったく、血の味しかしねぇよ。......寝よ。」
もうすっかり慣れてしまった硬い床で俺は眠りについた。
✴︎
朝、俺を拷問する人間共がくる前に目が覚めた。
夢を見た。ここに来る原因となったあの時の夢を。
俺は魔族。本来は魔王の為に働きこの命を魔王の為に使う魔族だ。
だが俺は違う。
俺の父親は俺が産まれるよりも早く、人間と魔王軍の戦争に参加して死んだ。母親曰くそこらの魔族とは比較にならない強さでそこに惹かれて結婚したらしい。
そして母親は…………。
俺の母親は魔王によって殺された。
理由は魔王が新作の魔法の試し打ちに窓を開けると遥か前方を飛ぶ1つの影、俺の母親を的として射抜いたんだそうだ。
はらわたが煮えくりかえった。
今まで怒りというものを感じた事のなかった俺にとってあれは酷く深く憎しみを心に刻み込んだ。
そして誓った。
母親の仇だけじゃない。あんな奴が魔王をやっていてはいつまで経ってもこの無駄な戦争は終わらない。俺が魔王を殺して新たに魔王になろう。と。
それから何年もの月日が流れ、俺はひたすら自らを鍛えた。鍛えて鍛えて鍛え続けた。
ただ魔王を殺す事だけを考えて。
そしてあの日、俺は遂に初めて魔王と殺し合いをした。
今までの俺の憎しみを全てぶつけて俺は魔王と戦った。
結論から言うと殺す事は出来なかった。
お互い深い傷を負い、魔王は探しに来た幹部の一人に連れられて逃げていった。
だが別に勝った訳ではない。あの時幹部が俺を殺そう思えば容易に殺せたはずだ。だがそれを魔王は止めた。そんな決着は魔王自身望んでいなかったのだろう。
まぁ、そのお陰で俺はその後、瀕死の状態で人間共に捕まりこんな目に合わされているのだが。
魔王の弱点や、魔王軍の勢力、その他内部の情報を聞き出すのが目的だったのだろうが、何も話さない俺に対して、今では娯楽の1つとして拷問しているようにしか思えない。
コトコトコトコト
ガヤガヤと話しながら歩いてくる人間共の足音に背筋が凍る。
嫌な足音だ。
「よぉ、今日もきっちり仕事させて貰うぜ。」
そして俺は牢から引きずり出された。
さて、今日はどんな拷問をされるのだろう、まぁ、そんな事は考えるだけ無駄か。
考えるのはただ1つ。
夕方、ファナに会える事だけを考えよう。でないと心がもたない。
✴︎
ドタン!
檻の扉が閉められ人間共は去っていった。
「ハァァ。」
あれが終わった後ではため息しか出ない。
タッタッタッタッ!
と、俺がズキズキと疼く身体を寝かせていると珍しく走る足音が聞こえた。
この安心させてくれる足音、間違いないファナのものだ。
でもまだ食事には早いし、そもそも走ってくるなんて今まで一度だってなかった。
数々の不安が頭をよぎる。
そして足音は近づきファナの姿が確認出来た。
手には食事を持っていない。一層の不安が俺を襲った。
「お、おい、一体どうしたんだ?」
相当疲れたのだろう、息を荒げながらファナはバン!と檻に手をついた。
「はぁはぁはぁ、手……出して。」
チャランとファナの手に握られた物に俺は息が詰まった。
「っ?!お、お前まさか!」
「早く!」
出会って以来一度だって声を荒げた事のなかったファナが初めて。
俺は手足の枷を檻の外から届くように突き出した。
「はぁはぁ、私……ずっと考えてた。私はどうしたいのか、私はクロをどう思っているのか、私がクロの天使になるにはどうすればいいのか。」
焦っているのか息が上がっているからなのか、震える手で手足の枷の鍵を1つづつ外していく。
「私……ね。好きだよ。クロの事。」
「っ?!」
「だから、たとえクロが魔族でも、たとえこれから先一緒にいる事は出来ないって言われたとしても、私はこの枷を外すよ。クロには幸せになって欲しいから、クロの事が大好きだから。」
「ファナ………。」
「テメェ!自分が何してるのか分かってんのか!クソ女!水雲切!!」
その瞬間、俺の見る世界がやけに遅く感じた。
そしてハッキリ見えた。
刃を模した水がファナの華奢な身体をズタズタに切り裂く所が。
バサッ。
ファナはその場に崩れるように倒れた。
「…………ぁぁぁぁぁああああっ!!!」
胸を締め付けるこの苦しみ。今までのどの拷問よりも苦しく辛い。
この感覚、母親が死んで以来だ。
「ファナ!ファナ!ファナ!……ファナ......。」
みっともなく泣き噦りながらひたすらファナの名前を呼ぶ。
「みっとも……ない、ね。」
「っ?!ファナ!」
うっすらと目を開けたファナは相当苦しそうにしながら手を俺の枷へと伸ばした。
「これ……で、全部だよ」
カチャン!
俺の枷に刺さった鍵を残った僅かな力で捻るとファナはうっすらと笑みを浮かべながら目を閉じた。
「………ファナ、本当に、ありがとな。こらから先一緒にいる事が出来ない?ふざけるな。お前が一緒に居たくないって言っても俺はお前から絶対離れねぇよ。だから少しだけ我慢してくれ。すぐにここから出よう。」
俺は立ち上がった。
「ふっ!」
檻に手をかけて力を入れるとグニャリと曲がり俺が抜け出せるだけの大きな穴が出来た。
「っんなぁ!!くそっ、遅かったか!」
ファナを傷付けた男はそう言うと持っていた小さな結晶を地面へと叩きつけた。
と、途端にヴゥーン!ヴゥーン!と建物中に響き渡るほどのサイレンが鳴り響いた。
俺が牢から出たのを他の連中に知らせたのだろう。
俺はそんなサイレンの中、ファナをすくい上げた。
お姫様抱っこして男へと向き直る。
「さて、と。」
「おい、このサイレンが聞こえるだろ?これですぐにここで働いてる連中全員がお前を捉えに来る!大人しく牢に戻れば殺しはしねぇ!どうする!」
男はニヤッと頬を吊り上げながら叫ぶ。
どうする?
そんなの選択肢は1つしかない。
「テメェを殺してからここを出る。それ以外に何があるってんだ。」
「俺を殺した所で上にはこういう事を想定してまだまだたくさ「うるせぇよ。」」
男の言葉を遮って俺の振るった手が男の首と胴を切断し、男は力なく崩れた。
「さて。行くか。」
✴︎
「固まるな!散って全方位から攻撃しろ!」
「な、なんなんだよ、こいつ!まったく攻撃があたらねぇ!」
「ゆ、許してくれぇぇぇえ!」
そう言ってガヤガヤと俺の周りを駆け回る連中を問答無用で殺していく。
邪魔する連中を倒しながら階段を登り30mほど登った頃だろうか、閉じられた分厚い扉を見つけた。
これが出口……みたいだな。
後ろから襲いかかる男に回し蹴りをお見舞いしてから扉へと向き直る。
「闇裂!」
扉へと手を広げて幾重もの闇の刃が連なった魔法を放つ。
グギンッ!
扉へ触れると俺の魔法は炸裂し、金属が捻じ切れるような大きな音と共に厚さ50㎝程の厚さの扉は大きく引き裂かれた。
そしてその隙間から差す光に安らぎを覚える。
扉の奥へと足を進めるとちょうど夕日がこちらへと向けて光を放っていた。
地上。何ヶ月ぶりかの地上だ。
「ファナ、お前のお陰だよ。もう少しだ。我慢してくれ。」
別に外に出たからと言って終わりではない。
俺が出れたのは地下からであってここはまだ監獄街。闘いはこれからだ。
俺は目に映る何十もの兵士にフゥーと息を吐き出した。
「忠告しておく!俺の邪魔をしなければ攻撃するつもりはない!でも俺を止めようっていうのなら問答無用で殺す!死にたくない奴はじっとしてろ!」
俺が本当に殺したいと思ったのはファナを傷付けたあの男だけ。
それ以外は別段どうでもいい。
そして俺は地面を蹴って駆けだした。
別に向かってくる敵全員を殺す必要はない。今俺がすべき事は1つ。
ファナを一刻も早く回復魔法が使える奴に診せる事だ。
だが、俺の忠告虚しく殆ど全員が俺に立ち向かってくる。
「邪魔だぁぁぁああ!!」
ファナを抱いていて腕は塞がっているから足で立ちはだかる奴らを蹴り飛ばす。
魔法を使われるよりも早く攻撃が出来れば魔法なんて使わない方が有効な攻撃手段だ。
そして300mほど敵を蹴散らして走った頃、この街を囲むように仕切る大きな壁に着いた。
街と言っても所詮は監獄街だ。本来の街と比べれば随分と小さい。
「残念だがここまでだ。これより先には行かせんぞ。」
俺とファナの行く手を塞ぐように身の丈程の大剣を担いだ身長2mはあるガタイのいい男が立ちはだかった。
「っく、他の奴らよりはできそうだな。」
鍛え抜かれた身体に研ぎ澄まされた魔力、それに強者特有の雰囲気。それらがこの男からは感じとれた。
「無論だ。10年前までは冒険者として国に貢献していたこのダルク。なんとしてもお前をここから出しはしない!」
冒険者......。
騎士などと違い実践によって力をつけている連中だ。
「……ここは見逃してくれないか?俺はこいつを死なせたくない。一刻も早くここを出たいんだ。」
「断る。魔族の頼みなど聞けるか!」
だろうな。もしこの頼みを聞けば魔族の味方をした、つまり人間を裏切った事になる。
同族を敵に回したくないのは誰だって当然だ。
「じゃあ容赦しねぇからな。常闇暗雲」
俺の裸足の足に黒い煙のような闇が渦を巻く。
「んらぁ!」
その足を振り抜くとグォォォオ!と闇は宙を舞い、一瞬にして辺りを覆った。
さて、逃げるか。
今の俺の身体は限界ギリギリまで消耗している。
いくら魔法が使えてもこんな奴を相手にしていては時間を無駄にしてしまう。
無様でもなんでもいい。とにかく急がないと。
俺の魔法に警戒しているのだろうか、動かない男を回り込むようにして横を通り、壁へと走る。
と、その瞬間、俺にしか聞こえない程度の微かな声で男が呟いた。
「絶対助けろよ」
ん?
男の発したその言葉に振り返ろうとした次の瞬間、斬撃が俺の真横を通って壁へと直撃した。
ズダァァォァアアン!
けたたましい音と大きな砂煙を上げて壁は一部粉々に砕けちった。
今の斬撃、あの男……ダルクが?
振り返るとダルクは大剣を変わらず肩へ担いで背を向けていた。
……ありがとう。
声には出さずに俺はダルクの作ってくれた道を駆け抜けた。
あの斬撃、あんなのが出来るのは人間の中でもごく僅かだろう。もし正面から戦っていれば今の俺じゃ負けていたかもしれない。
✴︎
「はぁはぁはぁ、んくっ......、」
監獄街を出てから一時間と少し、走り通しだった俺の身体は既に悲鳴を上げていた。
とはいえ、ここは既に監獄街から一番近くにあった街、『ケシリアス』だ。
魔族と言っても俺の容姿はパッと見は人間と変わらないお陰ですんなりと街に入れた。
この時ほどそれを有り難く思った事はない。
あとはファナを治療してくれる人を探すだけ......。
一歩踏み出すだけで身体が押し潰されそうな状態で回復魔法を使える人を探す。
「だ、誰か、こいつを助けて……くれ。」
息は苦しいがなんとか振り絞って声を出す。
だが誰も俺には手を差し伸べてはくれない。
…………くそ。
「だ、だれか、助けてくれよ......。」
そう言った途端に足の力が抜けて俺はその場へ膝を着いた。
ファナを見てみると顔を青くなり、傷口からは血が流れている。息も大分小さくなってる。
…まずいな、
……俺も。
だんだんと意識が遠くなってきている。
もう、死んじまうのか?
なんて考えた時だった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
俺の前に屈んだ少女が俺の顔を覗き込む。
「お……前は?」
「私はテンウだよ。この街に住んでるの。お姉ちゃんが人を治すお仕事してるんだけど、治してもらえるようにお願いしてあげよっか?」
「た、頼む!」
「ついてきてー!」
テンウはそう言うとスタスタと走って行く。
おいおい、俺が怪我人だって事を忘れてないか?
牢へ連れて行かれる時よりもタチの悪いペースに死ぬ気で足を動かして付いていく。
そして3分ほど走ると少女がようやく立ち止まった。
「ここだよー!はやくー!」
無理を言わないでほしい。
「はーやーくー!」
わかってる。今行くから少し待ってくれ。
「はぁはぁはぁ、死にそう...。」
気を抜けば今にも意識を失ってしまいそうな状態でようやく少女の元へと辿り着いた。
「おねーちゃーん!怪我人を2人連れてきたよー!」
チリンチリンとベルのなる扉を開いて少女は建物に入っていった。
さて、俺も…………あれ?身体が動かな………。
そして俺は意識を失った。
✴︎
「んっ、く、ここは?」
頭がボーっとする。
見慣れない天井にふと呟く。
「ここは魔法具店よ。主に治療のね。で、私がここの店主のハクウよ。」
隣から覗き込んだ女性の言葉にだんだんと意識がはっきりとしてくる。
「……そうか、テンウに連れられて……っ!!ファナは!ファナはどうなんだ!?」
寝てる場合じゃない!とベッドから飛び降りる。
「落ち着きなさい。ファナっていうのは貴方が連れてた女の子の事ね?」
「あぁ。」
「まだ死んではいないわ。ただ、」
「ただ、なんだ?」
「この街には回復魔法なんて高度な魔法が使える人はいないわ。私が出来るのは『アステル』っていう魔力を強制的に身体の治癒に当てる薬を飲ませる事くらい。でも、どういう訳か、あの娘にはその魔力がないの。」
「………」
「今は色々な措置を取っているけど、もう長くはもたないわ。」
「…………うそ、だろ...。」
俺は呆然としてそのままベッドへと腰を落とした。
「でも、ね。1つだけ方法があるの。」
「方法?なんだよ。」
「貴方、魔族でしょ?それならあの娘と使い魔として契約しなさい。そうすれば貴方の魔力を使って彼女を治せるわ。」
「使い魔?」
「えぇ、貴方があの娘を助けたいのならそれしか方法はないわ。」
「そうか。分かった。使い魔になろう。」
「迷わないのね。」
「当然だ。それでファナの命が助かるなら迷う余地がない。ファナは何処にいる?」
「こっちよ。」
ハクウはそう言うと部屋を出て、向かいの扉を開いた。
そこには弱々しいファナの姿。
「ファナ、待たせたな。」
ファナの頬を手で撫でる。
体温が随分と低い。
さて、それじゃあやるか。契約。
「悪いな。お前が眠ってる間に初めては貰うぜ。」
俺は唇をファナの唇へと押し当てた。
ファナへと血と共に己の魔力を流し込む。
別に契約手段はキスだけではない。
もしそうだとしたら、男同士の契約でキスしろなんて言われれば困ってしまうだろうし。
だが、それなのに俺がこの契約手段を取った理由。
まぁ、そりゃ、これが一番俺が幸せな気分になれるからというだけなのだが。
「さて、あとはお前が俺を受け入れるだけだぞ。ファナ。」
ジーッとファナの顔を見つめていると、次の瞬間、ファナの身体が魔力に包まれた。
「契約出来たみたいね。」
「あぁ。そうだな。」
「アステルはもう飲ませているの暫くすれば傷が癒えるはずよ。」
心なしかもう顔色が少しだけ良くなっている気がする。
「良かった、本当に…。」
「貴方ももう少し休んだ方がいいわよ。アステルで傷は殆ど癒えてるけど、そうとう疲れてるでしょう?」
アステル。
そうか随分と体が動かしやすい思ったら俺も治してくれていたのか。
「あぁ。でも大丈夫だ。ファナの顔を見ていたい。」
ファナの寝顔はレアだからな。
「そう。それじゃ、ごゆっくり。」
「あ、ハクウ。」
「なに?」
「ありがとな。ほんと、助かったよ。」
「仕事だからね。ちゃんとお代は払ってもらうからね。」
「あ、あぁ……わかった。」
パタンと扉をしめてハクウは出て行った。
✴︎
「………クロ?」
「おはよ、ファナ。」
すっかり顔色も良くなり、傷口も塞がるとファナは目を覚まして小さく俺の名を呼んだ。
「………どうなったの?」
「あの後、お前を連れて抜け出したんだよ。んでここは近くのケシリアスって街にある魔法具店だ。」
「…………クロは?怪我してない?」
「見ての通りピンピンしてるよ。」
「……よかった。」
笑顔を見せてくれたファナの目からは涙があふれた。
「なぁ、ファナ。」
「?」
「好きだよ。辛い生活の中でお前だけが俺を癒してくれた。本当に感謝してる。だからこれからも俺を癒してくれないか?」
「…………」
ファナは何も言わずに、ただただ涙を浮かべて驚いていた。
「まっ、嫌だって言っても俺はお前に癒してもらうけどな!」
するとファナは身体を起こしてから俺に抱きついた。
「ううん、嫌じゃない。嫌じゃないよ。私がクロを癒してあげる。これからもずっと。いつまでも。」