6055 ある富豪の享楽②
黒幕:ますたぁ、黒幕ちゃんは今ドーソンにいるのです
夜叉神:ふーん。で?
黒幕:はっ!? ひどい! で? って! で? って!?
先月。
常々「ギルドのメンバーでオフ会を」と騒いでいた黒幕が、耕太に賭けを持ちかけてきた。
黒幕曰く。――もし今回開かれるワールドチャンピオンシップで【究極の八人】の一角に自分が入れたなら、夜叉神家でオフ会を開いて欲しい。と。
「お断りします」――耕太は当然のごとく賭けを拒否した。
賭けというものは互いの欲するものが並んでこそ初めて成立しえる。
耕太が黒幕に欲するものは特別ない。契約通りの仕事してくれる以上何も望まない。
ゆえに即断の拒否を突き付ける。
「じゃあ女の子だけで行くから」
「その限定条件に何の意味があるのか」
「ハーレム?」
「ノーサンキュー」
「サービスを期待してもいいよ?」
「イベントでの成果のみを期待する」
「オフショットシャワーシーンとか?」
「要りません。ごめんなさい」
耕太はきっちりと拒否した。少なくとも同意したと取られる言動はなかったと記憶している。
依頼者である耕太が代理人である黒幕に対し、ゲーム内での成果物を要求する行為は正当なものだ。
対価は金銭という報酬で毎月きちんと支払っている。
ワールドチャンピオンシップで【究極の八人】の一角に彼女が入れたなら。支払われるのは契約に定められた追加の金。
契約にある通り。それがすべてであり、それ以上のものでもそれ以下のものでもない。
彼女の要求はこのギルドの根底にある前提条件をはき違えているといわざるを得ない。
ところが先日。
「マスター。今回はマスターを入れて五人がチャンプを獲った記念でオフ会やるって本当?」
その確認に来たのはギルドで最もまじめなサブリーダー、コロナであった。
「なん……だと?」
八人しか存在しない覇者の内、五名がウチから誕生したのは確かにめでたい事だ。
だがオフ会の話は耕太が言い出したものではない。寝耳に水である。
「マスターは? この功績を讃えて? その褒賞としてチャンピオンメンバーをリアル慰労するために? みんなを招待してくれます」
そう言いふらした奴がいた。
曲解の魔術師・黒幕である。
「マスターの提案じゃなかったの? みんな凄く張り切ってて、私も有給とっちゃったけど」
「――っ、黒幕……」
「え? だって黒幕ちゃんは? 賭けに勝ったので」
一方的な布告だけをし、さもこちらが参加の意思を示したかのように振舞う。
なんと悪辣な行為か。それは詐欺を通り越しもはや暴力の域。
「マスター。私、参加したいです」
「えええ! コロさんと黒ちゃんずるーい! あたしも行きたいー!」
「待て、サイファーはともかくザクア、お前はチャンプじゃないだろ」
「そうだよぉ、ザクちゃはお留守番だよ? これは選ばれし者だけの? オフ会なのです」
「お前はどこの勇者だ、むしろ黒幕だろ。――いやそうじゃなく、やるとは言ってないだろ」
「マスター。実は、まんざらでもない。私、参加したいです」
「サイファーちょっと待ってて」
「あーたーしーもー」
「ザクは黙れ」
一方的に賭けの清算を迫られた耕太はメンバーの態度に疑問を感じずにはいられない。
確かに黒幕の有言実行は見事だった。
ワールドチャンピオンシップで【究極の八人】の一角に食い込んだ黒幕の執念。
良い意味で驚かされたこの件については惜しみない賞賛を送りたいと耕太は思う。
だがしかし、これは事件だ。
耕太は今のやり取り、その雰囲気で【夜叉神家押しかけオフ会】計画の全てが、ギルドメンバーによる企みであると察した。
そしてその扇動をしたのは――黒幕。今日この瞬間のシチュエーションをセッティングするため奴が根回ししていたに違いない。
ここに至るすべてが黒幕の絵図。
だとすればこれは民主主義の利己的利用であり、首長に対する反逆である。
――オフ会だと? そんなもの認められるか!
とはいえ論戦は個対多である。
ギルドメンバーの物量的論説に押され耕太の旗色は悪い。
彼が咄嗟に出した言い訳は、仕事の都合で深夜しか時間がないという【設定】であった。
「実は俺の住んでいる場所は田舎でな。電車もバスもない。おまけに今は会社が繁忙期で夜しか自由時間がないんだ。お前たちの要望は極力汲んでやりたいと切に思う所ではあるが、このやむを得ない事情を理解してほしい」
誰しも仕事を理由にされては無理を通せまい。
実際仕事は忙しい。耕太はこの理由ならば彼らとて引き下がらざるをえないだろうと考えた。
のだが――
「大丈夫。お手間はとらせませんし? お構いなく」
「黒幕がマスターから大まかな住所聞いたっていってたけど、ココであってる?」
「ん? ――ブッ!」
耕太はデータを見て噴き出す。
示された住所は最寄りのコンビニのものだった。
「黒幕さん。持て余すハッキング技能で勝手に人の住所を割り出すのやめてもらえます?」
「え!? ――黒幕、まさか……」
「大丈夫。それ、ただの推理だから?」
驚くコロナにとぼける黒幕。
だが優秀な番犬をこんなことで処分するのは惜しい。
恐らくは耕太がそう考えることまで見越した狡猾な魔術師の罠。耕太はAssassin幹部メンバーの来訪が避けられないものであることを覚悟する。
「むぅ。……まぁ、むぅ。来るなら、来てもかまわないが、何もないぞ。もてなすことは出来ない。俺も仕事で引きこもりお前たちは俺のいない俺の家で暇な時間を過ごすことになるぞ。きっと腹も減るし喉も乾く。しかしそこには誰もいないし何もない。どうだつまらなそうだろう。まぁそれでもいいというならば俺としては構わないがおすすめは出来ないしやめておいた方がいいと思うがな」
暗に来るなといった。耕太としてはかなりわかりやすくいったつもりだ。
そうしたらだ。
奴らは来た。
臆面もなく。
非常識にも。
深夜に。
◇
夜叉神:いや。マジで来てんの? 嘘だったらはったおすけど?
コロナ:マスター、私も来てるよー!
黒幕:コロちゃんも一緒なのです。マジ美少女でびっくりした。口だけだと思ってたのにくやちぃ
コロナ:おい小娘。お前は年齢詐称幼女だろ。学校行けよ
黒幕:あーん。コロちゃんがいぢめるぅ
IoTコンタクトレンズEyes screenに映し出されたキャラ達を眺め、耕太は考えた。
――まさかホントにドーソンまで来るとは。
耕太はあきれを通り越し、なんとも切ない気持ちになった。
だがその裏には、名状しがたい複雑な、嫌ではない気持ちが隠れている。
持て余す感情を味わいながら、しばし3Dスクリーンで二人の漫才を眺めていた耕太だったが、やがて彼は決断する。
夜叉神:やむを得んな。今後の万魔殿運用の件もある。本当に本当に遺憾な事態ではあるが、まぁ今回に限り、迎えに行ってやろう
黒幕:やったー!
コロナ:おおー!
喜びを表すエモーションと同時にアイテムの百花花火が豪快に点火され、画面は一瞬で鮮やかなピンクやオレンジや赤に染まった。
黒幕:ますたぁ、ロールスロイスでお願いします
夜叉神:出来なくはないが面倒臭い
黒幕:コロちゃん足が痛いっていうんだもん。おばさんだから
コロナ:おいこらガキ今なんつった。埋めるぞ。口の利き方に気を付けろ
黒幕:はぅ! コロちゃんが殴った!
夜叉神:お前は少し絞められた方がいいと思うよ?
コロナ:だよねマスター。マスターが来るまで絞めておくね♪
黒幕:あーんやだぁ。あ、ますたぁそういえば、ザクちゃも来たいってゆってた
夜叉神:あいつは本当にトラックで来たならアプルーブとする。普通に来たらホールド。やり直しを要求する
黒幕:うはっ! 相変わらず鬼ね。ザクちゃ泣くと思うの。なじるさん飛んでくるお?
夜叉神:じゃあ今から出るから少し待て
黒幕:はぅ!? スルー!? スルーなの!?
耕太は席を離れ上着を取りに行った。
◇
吐く息が白い。遅れて寒さが肌を刺す。
――外に出るのは本当に久しぶりだ。
鼻をつく懐かしい冬の匂い。
見上げれば上弦の月。
耕太はいつもより澄んで見える夜空にむけて、はぁーっ、と大きく息を吐いた。
広がった白い霧は、広がりきって夜空の星明りに消えた。
耕太はふと、気象予測データを思い出す。
今年は史上稀にみる寒波の影響でこの辺りも大雪になる。
――当たるな。雪、降るな。きっと。
耕太は自分のその自信が一体どこから来るものなのかと苦笑する。
現実世界の物理的情報を知覚するのは久しぶりであり、それも極稀だというのに。
それでも、耕太には根拠になりえないその根拠がしっくりきた。
後ろで鳴るオートロックの音を合図に、彼は車庫へと歩き出す。
彼は思う。最後にこの檻を出たのはいつだったろうか。と。
子供の頃は飼っていた猫と毎日のように外で遊んでいたのだ。
だが今は室内で何もかもが完結する。
何もかも――生活も仕事も、直接面識のない様々な人種達によるコミューンへの参加も。
挙げればきりがない全ての何もかも。
「そういえば、前にも同じ事を考えたな」
車庫の前で思考を中断し、彼はふと自嘲した。
◇
――ロールスロイスはないが、リムジンならいいだろ。広いし。
耕太は車庫前でハマーリムジンの出庫操作をする。
コンビニに行くのにこんな車で行くのは少々間抜けな気もする。が、せっかく来たのだ。少しくらい楽しませてやろうと彼は考えた。
全自動式車庫から出庫された車に乗り込み、耕太は自動運転システムを起動する。
光彩認証後、周りに響く軽快なエンジン音はただの演出である。
電気駆動式なので中は非常に静かだ。
モニターを確認し行先をコンビニに設定してスタートボタンを押す。
それだけで、車は音もなく静かに動き始める。
――あのコンビニに行くのは初めてだな。
ヒーターが車内を適温まで温めるのには一分かからない。
耕太はぼんやりと外の景色を眺めた。
――こんな些事で俺が外出する気になるとは、な。
耕太は買い物だけを理由に外に出た経験がない。
生活に必要な物資はあらかじめわかっている。それらは業者に手配をしておけば彼らが定期的に揃えてくれる。
オートメーション化したコンビニにはせいぜい休憩所くらいの利用価値しかない。
昼には暇を持て余したご婦人たちが集まる。
夜には酒を酌み交わしたい陽気な者たちが集まる。
皆店の中に用意された物資を自由に利用し交友を深める。
それが、耕太の持つコンビニのイメージだ。
コンビニは商売だ。物を売って対価を稼いでいる。
商品を入荷し、陳列し、客に利用させることで金銭を回収している。
コンビニでは商品が売れるようにPOPを作る。店内を清掃・装飾したり、陳列場所を工夫したり。
だが、それだけではない。公衆トイレを完備したり、防災設備を整えたり。
売り上げに直結しそうな作業の他に、簡易医療施設の併設等々間接的取り組みも行っている。
金を稼ぐ事はとても崇高な行為だ。人間が生活を営む上での必要条件である。
しかし効率と最短は別次元のものと考えなければいけない。
最短では――駄目ではないが足りないのだ。コンビニの進化は如実にそれを物語っている。
一つを得るために一つをして一つを得ることは効率が良い。
しかし一つを得続けるには、一つをしていては効率が悪い。
――このオフ会も、趣旨的には同じか……。
金を払う行為は必要条件ではあるが、それ故にいくら追加で金を払おうともそれは必要条件止まりなのだろう。
耕太は考える。コンビニを切り口として、気持ちを整理するために思考する。
労働とは対価を得る為の手段。
コンビニは物を売り続けるためにそういう進化をした。それは装置であったからだ。
人間は装置ではない。
装置ではない人間には、労働に対する十分条件が必要だ。
十分条件を満たすからこそ、人は熱意と情熱を傾け続けられる。
確かにそうかもしれない。しかし、本当にそうなのだろうか。
昔はそれが正解だった。けれど今の時代、すべてがオートメーション化したこの時代において、それは本当に正しいと言えるのか。
耕太の出した答えは否だ。ちまたの労働者との見解とは違う。
全く不要。仕事は好きか嫌いかだけで決めればよい。労働に付加価値を見出そうとする行為は全く持って愚行である。
何かを楽しみたいなら客側になるべきだ。
労働の中にそれを見つけようとする行為は効率の悪い試みと言わざるを得ない。
時間的にも熱中度の質的にも、自由を縛る制約の中で人は楽しみを楽しみ切れないと耕太は考える。
人は雇い主の下にいる限り、その熱中は必ず妨げを受けるものだ。理不尽な理由によって介入を受けるものだ。そんな不十分な楽しみの消化をしていては損だ。その時間は人生の損失でしかない。
ならばどうするのか。――耕太は提唱している。人は仕事によって金銭を稼ぎ、それによって自由を獲得するべきだ、と。
不自由の中で自由を見つけるくらいなら、もっともっと多くの金銭を貪欲に稼ぐべきだ。
自らの自由を自らの手でつかみ取る努力をするべきなのだ。
今回の場合でいうなら、黒幕は追加の報奨金を上乗せすべきであったと耕太は思う。
彼女は考えるべきだ。オフ会など開いて何の意味があるのかと。
たった数時間の半端な交友でいったい何を得られるというのかと。
時間の損失だけでなく、中途半端に形成されるイメージがどんなデメリットを及ぼすか、彼女は理解しているのだろうか。
被雇用者である彼女は雇用主との立場の違いを明確に把握し、金銭と労働の交換効率をもっとシビアに考えるべきだったのだ。
今回の提案はその為の武器を無駄に消費した愚行でしかない。
――が、それは――俺が指摘すべき事柄じゃない。
耕太は軽く頭を振り思考を中断する。
彼らは優秀な人材だ。ハッカーとしてのスキルも、開発者としてのスキルも、プレイヤーとしてのスキルもどれも一流である。雇用主側としては、このオフ会にメリットが無いわけではない。
払う金以上にメリットが見込めるなら――デメリット以上のメリットが期待できるなら――オフ会を開くこともやぶさかではない。
ましてや無知で蒙昧な貧民層を相手にするわけではなく、最低限の見識と知識を備えているだろう人間を相手にするのだ。意見交換をリアル世界でやったとしてそう苦痛ではないだろう。
――馬鹿とリアルでやり取りするのは本当に疲れるからな。まぁそうなったらお開きにして叩き出せばいいだけだが、アイツらなら心配ないだろう。
感情でしか物事を判断出来ない泥臭い貧民と話をするのは本当に疲れる。耕太は過去に経験した苦い記憶をぼんやりと思い出して顔をしかめた。
あの時のアレは人語を解するだけの獣だった。感情を振り回すその姿はまるで暴れ狂うイノシシのようだったな。と。
――人類の電脳化にはまだ時間がかかる。が――はぁ。急がせたいものだな本当に……。
早く気が付け。哀れな子羊たちよ。せめてもっともっと自らの頭で考え悩み抜き行動してくれ。門はいつでも開かれているのだから。
そう耕太が内心でため息をついた矢先の事だ。
T字路からドリフト走行で曲がってきた大型トラックが、曲がり切れず横転すれすれで対向車線に突っ込んできたのは。
「がふぅ!?」
そして耕太の視界は暗転した。