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ヘテロレクシスの鍵韻典(ユーブンゲン)  作者: にーりあ
第一部◆異世界練習帳(ユーブンゲン)―― gabarit《テンプレート》
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4703 ある富豪の享楽①


八神耕太は投資家である。

祖父の支援による資金を運用し、十三歳にして億を超える資産を保有するにまで至った。

そこからわずか五年足らずで世界中に複数の持ち株会社を持ち、その異質な手腕で世界経済の特異点となった。

そんな異色の経歴を持つ彼は、見た目普通の青年である。

母親似の童顔。どう控えめに見ても、数々の際どい勝負をあちこちへばらまいては勝ち抜いてきた男の顔ではない。

うわさに聞く恐るべき手練手管も、彼を目の前にしては、どうしてこのような子供が――という心象を抱かずにはいられない。

世界七番目の巨大経済勢力の長となった彼は、知恵者の中では「金の髪の毛三本の悪魔」になぞらえた「金髪三本小僧」の蔑称で経済界に名を馳せている。


彼――八神耕太という人間は、ありていに言えば所謂(いわゆる)身も蓋もない在り様をしていた。

彼に対して否定的感情を持つものは決して少なくない。

その発想も行動もその時代としては稀有なものであったから、様々な憶測から異端視され、不気味に思われたのは必然であったかもしれない。

彼の元に集った後の世にパイオニアと呼ばれる者たちも、その得体の知れなさに拍車をかけた。

こぞって耕太のことを、清々しい壊れ方をした新時代のカリスマと称し、崇め担いだのもよくなかった。

その根拠は逆説的見地によるところが多く、先達らにはその是非を計ることができなかった。

つまりは一部の人間らにしか、耕太の価値を知りうることが叶わなかったのだ。


この事件が起きた背景も経緯も、そういったところが大きい。








1-1 ある富豪の享楽


株式会社ガーデンリンクアソシエーション(GAC)は、耕太によって作られたゲーム情報を扱う法人である。

VRMMO――非現実世界・空想世界を舞台とした電脳仮想追体験装置によるこのゲームは、最近になって急速に普及しだした世界的娯楽だ。

GACはそれらゲームの情報を収集・集約し、動画や記事にして特別閲覧者からは情報料を、一般閲覧者からは広告収入を得るなどするのが表向きの主事業であった。

しかし本当の顔は、耕太というカリスマに導かれた若者たちが集う学府、ないし結社である。

その実態は世界に通用するサイバーエージェントの育成機関。

彼らは耕太がVRMMORPG【La neige】(日本タイトル終雪の園)を効率よく遊ぶため雇われたプロゲーマー集団であり、同時にとある国家プロジェクトに関わる研究員集団であった。


とはいえそれは偶発的な流れによって結果そうなったという話。

最初は会社でプレイヤーを常時雇用しておけば、好きなタイミングでいつでも複数人で遊べるという思い付きで始まったのだ。

ゲームの最新情報も彼らに調べさせ、都度教われる。

面倒くさい作業の類は彼らに代行させる事もできる。

彼らも好きなことをして金銭を得られる。

耕太がゲーム情報を解析できる高い技能を有した人材を国中から集めたのは、ただゲームを遊びたかったからだ。

子供のみならず大人までもがプレイするゲームVRMMOは、今や巷に溢れる極々普通の、一般的な娯楽である。耕太の趣味もこのVRMMOと呼ばれるゲームの一つをプレイすることであった。

研究員たちが日夜VRMMORPG【La neige】(日本タイトル終雪の園)の解析に取り組んでいるのは、耕太のオーダーによるものだ。

趣味の為に会社を興す費用。起業にかかる初期投資。継続させる維持運営費。

娯楽の為だけに費やされたその金額は決して小さくはない。

けれど彼の場合、そうしたほうが安くすむ。

大衆と同じように遊ぶことで膨らむだろう時間ロスに比べれば、極めて安い。

彼がゲームを心から楽しむためには【万全】が必要であり、ゲームで有利に遊ぶ為のシステム【課金】だけでは全く満足できない。多忙を極める彼だからこそ娯楽にスキームを導入し徹底する必要があった。

たかが娯楽に対して、その取り組み方は常識で考えるなら十二分に異常だ。そこまでしてやるか――という心情がこの世界の多数派を占めるのは間違いない。

しかしそれを形にしてしまうのもまた、八神耕太という人物なのである。


◆◇


そんな彼がゲーム内で繰るキャラクター【夜叉神(やしゃがみ)】は、ゲーム内最弱職といわれていた。

効率を求めた彼が選んだ、ゲーム内で成長に最も時間のかかる最弱職【冥闘士(ハンブルフェイカー)】。

冥闘士(ハンブルフェイカー)は【道化師(アルレッキーノ)】【冥界楽師(サタナキア)】等八つの上位職を経て解放される最上級職である。

持つ特技は戦闘で解析した魔物のスキルデータを収集し、真似て使用するというもの。

しかも効果は本家の八割未満。

尚且つ他の最上級職が持つ強力な固有戦闘スキル【超絶技巧】を持たない。

【超絶技巧】は幾らかの制限さえあるモノの、他の大技と違って出が早く隙がない。

このデメリットは――とりわけ対人戦(PvP)においては相当に大きい。


しかも【冥闘士(ハンブルフェイカー)】の特技である【術式複製(ミラーリングレイド)】――敵を解析する事によって取得した技能を再現するスキル。通称物真似スキル――は、発動させるのが難しい。

その発動条件は制限時間内にスキル分類ごとに設定されているパズルを解かなければならないというものだ。――具体的にはルービックキューブを視線で操作し面を揃える、などの精密な操作を要求するもの。

戦闘という緊張状態の中で極限の集中を要するその操作仕様は、プレイヤーに苦痛を強いた。

条件であるパズルはせいぜい三割合わせられれば優秀といえる難易度。その仕様故に、三割の力という想定で、効果範囲など諸々が調整されていた。

育成に最も手間暇がかかる割にパッとしないと揶揄される低評価の所以。使うごとに疲労を加速させストレスを堆積させる厄介な仕様。

一般の評価は脆弱。地味。面倒くさい。


それら全ては妥当であった。

しかし機械的補助を用いて生活している耕太にとっては、その仕様は何ら枷にならなかった。

AIサポートを用いた正確無比な操作は常時設定の限界値を叩き出した。

合わせて湯水のように注がれる課金アイテムが、その効果を押し上げた。

その相乗効果は時に本家である敵NPCの能力を凌駕する。【冥闘士(ハンブルフェイカー)】は壊れになった。

【壊れ】とは、ゲームバランスを崩す極端なナニかを示す言葉だ。

【壊れ】と呼ばれた耕太は、ゲーム内最大の大会でその名を世界に轟かせることになる。


世界頂上決戦【究極の八人】を決めるイベントを制したのは、誰もが見下していた最弱職。

AIサポートと課金アイテム。それらと非常に相性の良いキャラクターデザイン。彼の繰る【冥闘士(ハンブルフェイカー)】という職は、要はその設計をピーキーにしすぎたのだ。

闘技場を歩く夜叉神は、色々な意味でさながらレイドボスの再現であった。

耕太が究極の八人を制した時の【冥闘士(ハンブルフェイカー)】に対する不満、大会後に寄せられた反発の声が大きかったのは無理からぬことだ。耕太の母国を除く各国から相当な数の修正要望が上ったという話は今なお残る伝説である。

だが、耕太の一例だけをもって【冥闘士(ハンブルフェイカー)】を修正する事に運営は難色を示した。

冥闘士(ハンブルフェイカー)】は取得するのも運用するのも最高難易度。事前にそう宣伝していたし、なによりゲーム制作会社の肝いりで作られた職である。

運営会社は世界の不満に対し、修正ではなく宣伝で対応した。

突如インターネット放送企画を打ち出し、そこに開発会社の重鎮を引っ張り出し、こう公言させる。

いわく「【冥闘士(ハンブルフェイカー)】に手を入れた場合、全職の相対的弱体に着手しなければならない」


開発現場現職のトップにそう発言させる事は、ゲーム業界でも異例中の異例であった。

運営会社はこれを契機に、徐々にではあったが事態の鎮静化を成功させる。

それは表向きには、たった一人の為に全体がデメリットを被る事を多くのプレイヤーが嫌った結果とも取れたが、運営側の強硬な意思の裏に何かを感じ取ったユーザーが少なくなかったとも取れる反応であった。


世界各国では不満噴出だったこの事件。

一方、彼の母国では擁護の声の方が大きかった。

その理由は距離感。つまりは仲間意識だろう。


耕太は【冥闘士(ハンブルフェイカー)】取得の為長きに渡って上級職以下の職の育成を行ってきた。

その中で彼は沢山の初心者を助け、沢山の知己を作り、沢山の冒険を乗り越えてきた。

彼がいなければ高難易度クエストをクリアできなかったと感謝するプレイヤーは数知れない。

その重課金プレイスタイルの派手さも耕太をカリスマに押し上げた要因であった。

互いに容姿のわからないゲーム世界だが、彼が元来持つ甘い声もプラスに働いた。

彼の効率化視点から生まれていたその余裕も優しさも、受ける側には頼もしく見えていた。

世界からチーターと揶揄される彼に憧れを持つプレイヤーは、決して少なくなかったのだ。

最上級職に辿り着くまでの数多のクエストをこなさなければならないという縛りは、彼の意図しないところで英雄譚を織り上げていた。


確かに彼は世界屈指の【冥闘士(ハンブルフェイカー)】に違いない。だが、それ以上に――彼の生まれたサーバーでは――彼は【古参の英雄】であった。

ツールを用いて複雑な操作を自動処理化させる事により、多彩な戦術と連続多重行動を可能にした耕太の【冥闘士(ハンブルフェイカー)】夜叉神は、VRMMOというジャンルにおいてあまり好ましくない【圧倒的な能力】を誇る怪物であったが、前述した理由も重なり、彼ならばと思うプレイヤーも次第に増えていった。

今では彼は世界サーバー対抗戦時における大日本帝国サーバーの切り札であり、その存在は自国プレイヤーの間では概ね好ましく受け入れられている。

彼のしてきた冒険こそが、結果的に巡り巡って彼自身を助けることに繋がっていた。



そんな彼が率いているギルド【Assassin】には、やはり強者が集っていた。

そのギルドには、世界から選ばれる【究極の八人】のうち五人が所属していた。

アジアパシフィック最強、世界五指に入る戦闘ギルド。

トッププレイヤーたちが所属している華やかなギルド。

けれどその評判はあまりよくはない。――正確にいえば、複数ある同盟ギルドのいくつかが、その評判を下げていた。

それは彼らの活動方針の内【PKK】と呼ばれる遊びを是としていることに端を発する。


盟主夜叉神はPKを禁止している。それは単に手間を省くためだ。

ネット世界には様々な人間がいる。そしてネット世界特有の【匿名】は、無法を助長する。

そこではある種の正しさ(マナー)など機能しない。

秩序が意味をなさない世界と関わるのはリスクしかない。だからPKはしない。

しかしだからと言ってやられっぱなしの無抵抗主義ではゲームを楽しめない。

そういう意味でのPKK許可方針である。――のだが。

組織が大きくなると解釈もぶれてくる。

正義の名の元におせっかいをする正義マンが暴走すると、PKKという名のPKが横行する。

悪意ある人間の所業を善意を持った人々が、それとは違うと主張しながらも同じ結果を生む行為。

そういう流れを完璧にコントロールすることは極めて難しい。

盟主夜叉神の人気に反し、ギルドには懐疑的な目を持つプレイヤーは事実少なくない。

結果彼らは、プレイヤーを狩り殺す集団なのである。

「仇を取ってくれる義勇兵団」

「PKをPKする偽善者集団」

プレイヤー達はいつからかPKKに勤しむ彼らの事を【黒の極点(ベガ)】と呼ぶようになった。

黒の極点(ベガ)とは、ゲーム内サポートNPC集団、天翼人【白の極点(ポラリス)】が過去に滅ぼしたとする魔羽人らを示す名前である。

PKKが行われる度、彼らは【黒の極点(ベガ)】の名を挙げる。

ある者は逆説的な英雄への尊敬を込めて。

またある者は「馬鹿」をもじった、怒りと嫉妬と軽蔑を込めて。


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