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この世界に完璧という言葉は存在しない。  作者: 人生負け組
彩道 純也という男。
6/6

この世界にフリッカー値という言葉は存在する。

 瞬きをすると目の前の景色が先程と違うのが分かる、どうやらもう校舎内の様だ。

 校舎は志都美が言っていた通りしっかりと自分たちが通っている学校を再現している。


「もう始まっているみたいね」


 警戒しながら御影は首を左右に動かし辺りを見渡した。


「ああ、そのようだ」

「ここらへんには誰もいないみたいね」


 彩道と御影がテレポートで飛ばされた先は教室。御影は教室と渡り廊下を見渡し安堵の表情を浮かべた。


「どうやら他の生徒たちとは一定の間隔は開いているようだな」

「ええ、そうみたい。ここからどうする?」


 机に腰を下した御影が難しい顔の彩道に尋ねる。


「待機だ」

「待機? そんなんでいいの?」


 彩道の言葉に疑問を抱いた御影が再度尋ねる。


「ああ、何しろまだこの授業の詳細が理解出来ていない。下手に動くよりかはそっちの方が良いだろう」

「……なるほど」


 その言葉に手をポンと叩き、納得する。つづけて、


「しかしネズミを捕まえるってどうするんだろう? あんな小さな生き物」

「ああ、それも気になって……」


『現在、魔導ネズミは東棟二階、渡り廊下を進行中』


「「……!?」」


 彩道の言葉を遮ったのは機械声である。その声は彩道と御影の左手から聴こえた。


「これか!」


 そちらに視線を向けると、開始前に配られたリングであった。リングは赤色に光り、魔導ネズミの位置を三回程繰り返し伝えている。


「そういうことか! 行くぞ、茶毛」

「え、ちょっと! 待ちなさいよ」


 リングの声を聞き、笑みをこぼす彩道とそんな走り出した彩道に戸惑いの顔をしながら御影は後を追った。



「ちょっと変人、なにしてんのよ」

「さっき言ってただろう。ネズミを捕まえるってどうするんだろう? と。その答えはこのリングにあったんだ」

「それは私も分かったわよ。私が聞いているのは、今あんたはどこに向かっているのかって事よ!」


 リングが魔導ネズミの位置を教えてくれることはさっきの状況を見れば誰にでもわかる。御影が聞いているのは彩道が向かっている先だ。

 リングは〝東棟二階〟と言っていたが、今彩道は迷いなく〝西棟〟に向かっている。


「いいから来い!」


 彩道の言葉の意図が読めず御影は眉をひそめる。しかしこの男の足が止まらないので仕方なくついて行くことに。

 やがて彩道は足を止めた。そこは西棟二階。魔導ネズミの出現位置とは真逆の場所だ。


「やってるぞ、見ろ茶毛」

「はぁはぁはぁ。な、なによ!」


 膝に手をついて息を切らす御影。何故、この男は息を切らしていないのか? という疑問が頭によぎったがそんな事聞いたところで意味はないのでやめておく。大きく息を吸い、御影は顔を上げると、


「なに……!」


 目の前――窓から見た反対の東棟。そこには複数のクラスの者が鬼の形相で廊下を一方向に走っている。そしてクラスの者たちは己の魔導を使って〝何もいない前方に攻撃を仕掛けている〟そのためか校舎は崩壊し、黒い煙が上がっている。


「その正体はあれだ」


 彩道は目を細めクラスの者たちの前方を指さした。御影も定規の様なしっかりとした目を向ける。


「な、なにあれ!?」


 御影は目を皿の様にして驚いた。それもそうだ、クラスの者たちの前方にうっすらだが小さな光みたいな物が廊下をブンブンと高速で移動してるのだ。


「あれが魔導ネズミだろうな。そしてそれを捕まえようとしているクラスの奴らだな」

「あ、あれが……ネズミ!?」


 御影は窓に頬をくっつけ、もう一度小さな光を見つめる。ここからでは小さな球体状の光としか認識出来ないためネズミとまでは断言出来ないが、この光景をみればそれが何なのかは分かる。


「ネズミねぇ……ん? って! ここからどうやってあのネズミを捕まえるのよ!?」


 納得、疑問、驚きとこの短時間で三つの表情をした御影は再度視点を彩道に合わせる。

 こいつは忙しいなと思いながら彩道は小さく溜息をついた。


「落ち着け茶毛。いいか、この授業はここに来る前から始まっているんだ」

「どういうこと?」

「志都美先生の言葉を思い出せ。今回の授業は頭と魔導を使えと言っていただろう。それにここの連中はエリートと自称しているバカが多い。だから志都美先生は最後にあんなやっすい煽りをしたんだよ」


 彩道が真剣な表情で話している最中御影は、目をパチクリさせ黙っている。


「どうした茶毛」

「いや、あんたってそんな感じだったけなぁって。もっと、ハッハッハ! 私が神だ! みたいな感じじゃなかった?」

「お前は私をバカにしているのか。そんな事は言わん。それにここに来てから笑う場面もなかっただろう」


 彩道は眉間に(しわ)を寄せふたたび溜息をついた。ちなみに御影の彩道のモノマネは70点といったところだ。


「……確かにそうね。ごめんなさい。話の腰を折っちゃって」

「つまり志都美先生は自称エリートの奴らを煽っても魔導ネズミが捕まらない自信があるという事だ」

「なるほど。そういうことね」

「ああ、まあ見ておけ」


 彩道と御影は魔導ネズミを見失わない様に廊下を走りながら追っていると東棟にて一つの動きがあった。

 魔導ネズミを追っていた複数の生徒から一人の生徒が単独でリードし始めていた。どうやらその生徒が魔導ネズミに最優先で攻撃が出来そうだ。

 単独でリードした生徒は自らの魔導で爆弾を作り出し、その爆弾を使った前方――魔導ネズミに投げつける。しかし魔導ネズミの速度は落ちていない、それを見た爆弾生徒は何かを大声で発している。

 大声で発した先は魔導ネズミのさらに前、そこからコンビであろう生徒が現れた。

 魔導ネズミの前方に現れた生徒は、両手を広げると同時にその手がどんどんと膨らんでいく。その大きさは二十メートルはあるだろう、まさに巨人の手。

 あまりに大きくなった手に校舎の壁が突き破れ崩れていく。流石にこの場はこのコンビの攻撃だと悟った後ろの生徒たちも足を止めて静かに見つめている。

 目の前に巨人の手が現れても魔導ネズミは止まらない。

 巨人の手となった生徒は校舎の破壊に何の感情も宿さず、まるで蚊を潰すかのように両手で魔導ネズミを潰した。


「ちょ……あんな魔導、チートじゃない」


 目を白黒させながら御影は東棟を見つめており、彩道もその光景をみながら固唾を呑む。

 巨人の手から放たれた攻撃によって東棟は半壊した。上層階は傾き、何人かの生徒がその攻撃の巻き添えを受け、脱落となっていたが重要なのはそこではない。

 魔導ネズミが生きているか、そこが重要である。下手したら今の一撃で授業が終了してしまった恐れがあるからだ。みなが息を呑むなか、


「ねぇ、ちょっと、あれ!」


 目をこらしめていた御影が彩道の肩を叩き、指さす。彩道は御影が指さした先を目を凝らしながら見ているとそこには小さな光が。その光は巨人の手からうっすらと現れ、ついさっき見せた速度で巨人の手の持ち主の背後を走り抜けていった。

 予想外だったであろうその光景に東棟にいる者たちは止まっていたが、やがて時が動いたかのように魔導ネズミが逃げた先に走って行った。


「あれでも捕まらないんだ……」


 未だ驚きを隠せない御影が、もう誰もいない東棟の渡り廊下を見ながら口にする。


「やはりか、ハハハハハ! やはりそうか!」


 何かを確信づいたのか、いつもの大笑いを彩道はする。


「ど、どういうことよ? 何かわかったの?」

「ああ、やはりあれは単なる魔導ネズミではない。まだどういった魔導かは分からないが、きっとネズミの性質に関わっているだろうな」

「性質?」

「茶毛よ、フリッカー値という言葉を知っているか?」

「ふりっかーち?」


 彩道の言葉から出た意味不明の言葉に、御影の頭上にはクエッションマークが浮かぶ。


「高頻度に点滅する光を使い、光をちらつかせ、光がちらついて見える限界の頻度値のことだ。それを用いた実験で一つの結果が分かっている。それは新陳代謝が高かったり、体の小さい動物ほど限界値が高かったんだ」

「ちょっと、待って! 全く分からない。どういう事? 分かりやすく説明求む」


 さっきから彩道の言葉に理解出来ていない御影が、戸惑いの顔をする。


「んーそうだなぁ」顎に手を当て彩道はしばらく考え「その実験では人間は16Hz以上の光は見分けられなかったらしい。しかしネズミやハエはそれ以上の光を見分けられたのだ。つまり、ネズミの視点ではその高頻度の光は人間よりもゆっくりに見えたことになる。例えるなら、ハエとかを潰そうと思いっきり手で叩こうとしても逃げられるだろう? それはハエにとってその思いっきり叩こうとした手が止まって見えているから当たらないんだ」

「えっと、ネズミから見えている世界と人間から見えている世界では速さが違うという事?」

「そう! それだ茶毛」


 御影の言葉にピンときたのか指をパチンと大きく鳴らし嬉しそうな顔を彩道はした。


「だからさっきからクラスの奴らの魔導も魔導ネズミには当たらないってことなの? 私たちからは素早い攻撃に見えても魔導ネズミからは止まって見えるから……」

「そうそう! それが言いたかった!」


 うんうんと頷きながら彩道は笑みをこぼす。どうやらこいつは説明が下手らしいと御影は新たな発見を頭の片隅にメモしとくことに。


「でもそれじゃあ捕まえられないじゃない? 何か策はあるの?」

「今はない!」彩道は元気よく答え「まあまだ時間はある。これから考えるさ」

「もしかしてあんたが西棟(こっちの棟)に来たのって魔導ネズミを観察するため?」

「ふん。茶毛よ、お前も分かって来たじゃないか」彩道はハハハと小さく笑い、御影の頭を何度か叩き、「これは自論なんだが、こういった何も分からない状況で有利に立つにはまず観察だ。環境、ルールそして敵、それらが一通り分かって初めて考え、行動する。それが出来ない者は敗者となる。どうやらクラスナンバーワンは嘘じゃないようだ。あの真喜羅という男は短気の男と思っていたが、どうやら冷静さもきちんと持ち合わせているらしい。この授業の趣旨を理解しているようだな」


 彩道は御影から一度視線を東棟に移す。


「……あっ!」


 彩道の視線の移動で気付いたのか、御影も理解した様だ。


「あの場にあの男がいないのがその証拠だ。この授業は魔導ネズミ(獲物)だけじゃなく、鬼同士で共食いをする鬼ごっこでもあるということだ」

「私たちの武器はギアだけ。絶望的ね」

「案ずるな。私たちには知力がある。誰よりも考えるんだ」


 彩道は自信満々な表情で廊下に視線を向ける。その表情を見て御影の表情も緩んだ。



 静かな教室で机に足を乗せ座っている生徒。

「始まったようだな。待ってろよ――彩道 純也」

 不敵な笑みを男は浮かべる。






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