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この世界に完璧という言葉は存在しない。  作者: 人生負け組
彩道 純也という男。
3/6

この世界に奈々という言葉は存在する。

 純白のカーテンが静かな風に乗って(なび)いている。

 教室よりも一回り程小さいこの空間には白いシーツが敷かれたベッドが二つに机が数台、その上に診断書をしまう引き出しやスケジュール表の紙が貼り付けられている。

 静かなその空間に一つの音が鳴り響く。


「先生! 茶毛は……大丈夫なのか?」


 音の主は一人の男である。その男はベッドで眠っている生徒を見ながら隣の老婆へ問う。


「うるさいのう。黙っておれ。気を失っておるだけじゃ、心配せんでいい」


 老婆は小さな声で男を説教する。


「そうか……良かった」


 男は安堵の表情を浮かべると、ベッドから一歩引き、大きく息を吐く。


「おい! 御影はどうした!?」


 男の安堵と同時に扉が開き、次は綺麗な声色の女の声が響いた。


「志都。お主も黙っておれ。ここは保健室じゃぞ! 反動で意識を失っているだけじゃ」


 老婆は声を荒げ、扉を開けた女……志都美に説教する。


「そうか。なら安心だ」


 老婆の言葉を聞き、志都美は胸をなでおろすと壁に寄りかかった。


「茶毛に一体何があったんです?」


 男は何が起きたかまるで分っていない様子で志都美に尋ねた。


「彩道……お前もいたのか」近くにいた男、彩道にそこで気付いた志都美は、彩道から視線をベッドで寝ている御影に移し、口を開いた。


「お前、反動については知ってるな?」

「……軽くしか」

「そうか。ならその反動について説明しよう。私たちの体には魔導石が埋め込まれているだろう? その魔導石を中心に私たちの体全体に魔導が流れている。そして、その魔導を外に放出する事によってその者の魔導は発動する。しかしだ、元々、魔導石は外部から取り込んだ物。魔導発動には体に大きな負荷がかかる。それを反動と呼ぶんだ」


 志都美は真面目な顔であった。時折、視線を御影から彩道に移している。

 志都美の話を彩道は静かに聞いている。


「反動は例外なく誰にでも起きる。空腹でなければ発動しない者、発動後嘔吐してしまう者、その反動の種類は十人十色だ。だから御影も自分の反動で気を失っているって訳だ」


 志都美がそこまで話すと一度、大きく息を吐いた。


「そうだったんですか。何故それを授業でやらないんですか?」


 彩道は今の話を聞いて素朴な疑問をぶつける。


「……!?」その言葉を聞いた志都美は一度目を大きく見開き「お前バカか、それは小学校で習う事だ。要するに知ってて当たり前の常識だ」

「そうだった……のか!」


 彩道は自分の頭を押さえている。どうやらショックだったらしい。


「よくそれでここまで生きてこれたな……ところでお前は自分の反動を知っているのか」

「ええ、まあ。と言っても私自身反動についてそこまで知らなかったので、てっきり私にしかその反動といったものがないかと思ってました」


 彩道は最後にいつもの大笑いとは違い、小さく笑った。


「ハハハ。お前らしい。まあそう錯覚しても仕方あるまい。お前の反動は呪いみたいなもんだからな……」


 志都美たち教員は生徒達の入学にあたって全員の魔導、反動について把握している。


「ええ、ですがそれは仕方ない……何故なら私は、神に試練を与えられた幸せ者なので、ハッハッハッハッハッハ!」

 

 彩道は腰に手を当て、のけ反りながらまたしても笑う。すると、


「お主ら黙っておれ!」


 保健室で大きな声で笑った彩道を老婆が叱る。彩道は失敬と一礼をし、再び志都美に視線を移す。


「全くお前はおかしな奴だ。だからこそ乗り越えられているのかもしれないが……」

「何の事ですか?」

「お前にこれを渡しておこう」


 彩道の疑問に志都美は懐から出した物で答える。


「これって……」


 志都美から受け取った物を見ながらそんな声を漏らす。


「小型のギアだ。以前コントロール訓練の時に使ったろう? それよりも威力は遥かに劣るが自衛用としては十分、持っておけ。その意味は言わなくても分かるな?」

「……はい」

「お前も御影もこの歪んでしまった世界でさぞ生きづらいだろう。でもなお前らは他の者が見えていない部分を知っている。どん底を知っているからこそ、見えている物がある。私はな彩道、今の世界が嫌いだ。人の中身も見ずに、魔導のランクで全てが決まるそんな世界が。私はお前らを高く買っている。お前らならそんな世界を変えられるのでないかとも思っている。だから、お前と御影がコンビになった時は運命だとも感じた。これは教師としては間違っているかも知れないが、私はお前らに今のこの歪んだ世界を壊して欲しい、そんな事を願っている自分がいるんだ」


 志都美は時折、辛そうな表情をしていた。


「ハハハ……ハッハッハッハ! 先生、任せてください。この彩道 純也という男が世界を変えてみせましょう。ハッハッハッハ!」


 そんな志都美の言葉を静かに聞いた彩道は、自分の顔に手を当て、腹の底から笑った。


「だから黙っておれ!」


 再び老婆が彩道に声を荒げる。彩道もすかさず体を丸めて静まった。


「フフ、全くお前もだが、私もそうとう変わっているのかも知れんな。今のクラスはそんな歪んだ世界とまるで同じ状況だ。私もクラスで何が起きているか把握している。以前私が聞いた時、お前がその事を伝えなかったから深くは聞かなかったが、我慢はするんじゃないぞ。辛くなったら相談しろ」


 志都美が一瞬、切なそうな表情を浮かべるが、すぐにいつもの顔へ戻った。


「ええ、分かってます」

「うむ、それでよい。では私は次の授業があるからここで行くとする。御影の事を頼んだぞ」

 

 彩道の肩をポンと叩いた志都美は扉の方に歩いて行き、出口に着いたと同時に振り向き、


「あっ、奈々ちゃん。いつも申し訳ないが私の生徒をよろしく頼む」


 白い歯を見せ志都美は保健室を後にした。


「……奈々。その者とは……?」

「ここじゃ」

「……そんな者どこにも」

「ここじゃって言っておるだろうが!」


 その瞬間、彩道の頭に二つの衝撃が走った。一つは物理的衝撃。何かで頭を殴られたそんな衝撃だ。そしてもう一つは……。


「な、な、な、な、奈々!? ご、ご老体のお名前ですか?」


 戸惑い、動揺が隠せない彩道は横にいた老婆に事実確認をした。


「そうじゃといっておるだろうが」

「そのような若そうなお名前だったのですね。ってきり、鶴子とか、サダとか光子とか。そう言った感じだと思ってました」


 とても失礼であるが無意識のうちに彩道の中ではそんな名前で老婆……奈々のことを思っていた為、動揺が隠せなかった。

 しかし、彩道がそう思ってしまうのも仕方がないだろう。

 目の前の老婆こと奈々は腰が曲がり一般女性の腰ぐらいの身長で、杖をつきながら体全体がケータイのバイブレーションの様に震えている。


「ったく、今時の若者は。わしゃ、ピチピチの96歳じゃ」

「そ、そうですか…奈々さん」

「奈々ちゃんとお呼び」

「え……はい」


 流石の彩道でも戸惑ってしまう。

 何しろ自分よりも遥かに年上の人に〝ちゃん〟付けとは今まで経験のないことだから……。


「全く、お主もそうだが、志都のクラスは毎年毎年賑やかじゃのう」

「志都って志都美先生ですか」

「そうじゃ、わしゃあ、あいつがここの生徒の時からしっておるからのう。全く昔も今も変わらんよ志都は」

「そうなんですか」

「さっきのお主と志都の話を聞いておったが、お主が噂のFランクの奴じゃな」

「……はい」

「そうか、そうか。この世の中じゃ、お主はさぞ、苦労してきたじゃろう。じゃがな、若造よ。これは〝お姉さん〟の戯言だと思って聞いてくれればいい。死にたいと思うほどに苦しい時、〝苦しいから、もう少し生きてみよう〟と思え、苦しみの峠にいる時、そこから必ず下り坂になる。そしてその頂点を通り越す時に味わった痛みが、苦しみが、大きいほど人は強くなる物じゃ」


 奈々は一つのキーワードを強調して言ったが、あえて彩道は触れなかった。

「ハハハハ! ご老体……」奈々の言葉を静かに聞いていた彩道はいつもの様に大きく笑い、話をしようとするが、


「奈々ちゃんじゃろ」

「……奈々ちゃ……ん。ゴホン、その言葉、この彩道の胸にしっかりと刻んでおこう」


 出鼻を挫かれてしまう。どうもこの奈々という人物には調子を狂わされてしまう、そんな事を彩道は思っていた。


「んぅ、んー」

「起きたようじゃな」


 ベッドから一つの唸り声が聞こえる。


「茶毛!」


 彩道と奈々は御影の元に行き、


「んー。ここは……」

「保健室じゃ」

「……そっか、私気絶しちゃったのか」


 御影は思い出したかのように天井を見ながらポツリと呟く。


「大丈夫か、茶毛」

「……変人」


 心配そうな顔で、彩道は御影の隣にいる。


「すまなかった。私が……」

「あんたバカなの?」

「え」


 頭を下げようとしていた彩道に御影はまっすぐな視線を向け、


「何であのタイミングでストレッチしてたのよ。それに必殺技の名前もセンスないし」

「それは……」


 思いがけない事を言われ、彩道も言葉を詰まらせている。


「……まああれよ。その、これで貸し借りなしって事で。コントロール訓練の時にあんたも私のこと……助けてくれたし、ね。これでちゃらね」


 御影は寝返りを打ち、彩道に背中を向けながらそう言った。


「……お前がそれでいいなら」


 てっきり怒鳴られても仕方ないと、覚悟していた為、そのような事を言われ拍子抜けであった。


「お主、目が覚めたからと言っても次の授業は出ずに、ここでやすんでいるのじゃ。それと若造。お前もパートナーが起きたのじゃからもう授業に帰ってもよい」

「ええ、わかりました。じゃあ、また後で来る」


 ベッドに向かって彩道が言うと、御影は手を挙げて答えた。


遅れました。第三話です。今回は魔導についてのお話です。

そして世界観にも触れておりました。このような世界で、彩道の様な人間はどのような扱いをされてきたのかは、過去の話の描写で分かると思います。

今回は志都美先生の心情が少しあらわになった話でもあると思います。教師として、一人の人間として様々な葛藤が彼女にもあるようですね。

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