この世界に完璧という言葉は存在しない。
2016年。とある洞窟で一つの石が見つかった。
その石は不気味な輝きを放ち、見る者たちを不快にさせるそんな光であった。
人々はその石を魔導石と呼んだ。
何故、魔導石と呼ぶようになったかは簡単な事。その石には不思議な力があったからだ。
研究者たちは魔導石を解明する為の組織を作り、解明に専念した。
※
それから二十年が経った時、一つの実験の成果が世に発表された。
それは人と魔導石の融合、つまり一体化に成功したのだ。その成功によって人々は魔導という不思議な力を操れるようになった。例えば炎……自らの体から炎を生み出す事が出来る者。例えば重力……一定範囲の重力を変化させることが出来る者。魔導石によって力は十人十色ではあったが、魔導石は人類の進化に大きく貢献した。
※
2046年。ここは魔導学園 エスティマ。
様々な魔導を操る生徒たちが通う有名な学園だ。
今の世の中では魔導をより強く、より完璧に操れるものが世界を動かせるそんな世の中となっている。
そして何よりこの魔導学園 エスティマは魔導学校の中でも10本指に入るぐらいに有名な学校だ。その為にここの学生達はみな優秀のはずなのだが……。
「はい、あなたはBね」
「はい、あなたはC。もう少し頑張ろうか」
一人の真っ白な白衣を着た男が生徒たちの心臓部分に手を当て話している。
「では次、あなたは……Fね。…………!? F!?」
男は画面に表示されているアルファベットを見ながらそれを生徒に伝えていたのだが、急に目を大きく開き、二度見いや、三度、画面を見た。
「えっと……君の名前は」
「フハハハハ。よくぞ聞いてくれた。ドクター。私の名前は彩道 純也……だ!」
「君……えっと、その……あのー、魔導石は?」
「もちろんある。ドクターが手を置いているこの胸の中にな」
彩道は大きく笑い、白衣の男に物申している。
魔導石の一体化によって例外なく魔導石は胸の部分に埋め込まれている。
「君の魔導ランクが……Fなのだが。何かあったかね?」
彩道の目の前にいる真っ白な白衣を着た男は小声で彩道に尋ねる。
それほどにこのFという文字は常軌を逸していた。
魔導にはランク付けが義務づけられており、そのランクによって強さの基準が決められる。
ランクは七段階。
S-Fと分かれており、Sに近い程、優秀な人材となる。一般市民は基本的にEとなっている為、彩道という男はそれ以下となる。
こういった魔導学校に通う者達は平均的に魔導ランクが高い。低くてもDと言ったところだ。
ちなみに魔導の道ではDランクの者はほとんどおらず、一般的にDは落ちこぼれをさす。
そのDランクより二つ下のランクに彩道 純也という男がいる。
これには白衣を着た男も驚きを隠せない。何しろこの道十年のベテランでも見た事ないからだ。
「何もないさぁ。私は魔導士希望のどこにでもいる高校生だ!」
いちいち声がでかいなこの男、と思いつつドクターは聞いた。
「高校生にこんな事を言うのは酷だろうけど、君は向いていない。辞めた方がいいだろう。ここまで低いランクを見たのは初めてだ」
ドクターは胸を痛めながら言う。
何しろ高校生の夢を自分が踏みにじろうとしているのだから。それでも言ったのはまだ高校生であるからだ。将来の道はいくらでもある。
「ハハハハハ! ドクター、あなたはさっきから何を言っているんだね。まだ始めてもいないのに無理? それは臆病者の考えだ。私は違う。例え目の前に大きな壁があろうともそれをよじ登っていく。だからドクターよ、こんな私に忠告をありがとう」
「君……」
「では失礼するよ、ドクター。後が支えているからな。では、さらば!」
彩道の顔は真剣その物であった。言葉から一切の虚言がない。自信で固まった言葉である。
ドクターと呼ばれていた白衣の男は彩道の後ろ姿にただ、呆然と立ち尽くしていた。
これが入学三日目の出来事である。
※
二日が経った時だった、彩道 純也という男の噂が校内に広まったのは。
きっかけは簡単。とある生徒が彩道の魔導ランクが記された紙を見てしまい、それがきっかけで広がった。
「おい、あいつだぞ」「あ……魔導ランク論外の」「変人でもあるらしいな」そんな囁き声が彩道の通る道では必ず邪魔をした。
しかしそんな事は彩道には関係ない。言わせておけばいい、そんな心構えである。
「では次の授業は移動だ。お前たち遅刻するなよ」
教室での授業が終わり、担任の志都美先生が言う。
生徒たちは次々と席を立ち、志都美先生に言われた教室へと向かう。
その教室はいつもの教室とは違って広々としていた。
「よし、全員集まったか。では今日から魔導実践授業を始める」
「おっしゃ」「これを待ってた」
志都美は声を張り上げ、生徒達に向かって言葉にした。その言葉にほとんどの生徒が喜びをあらわにしている。
「まあ、魔導には色々と種類がある為、得意、不得意はあるだろうが、君たちが魔導士になる為には乗り越えてもらう必要がある。分かったか?」
「「「はい!」」」
普段の授業よりみな声が出ている。それもそうだ。
普段の授業はどこの学校でもやっている一般的授業が多い。ここにいる生徒は〝魔導〟を学びに来ている為、その分野が一番興味を持つに決まっている。
「ではまずコントロールだ。君たちは優秀な魔導を持っているが、それをコントロール出来なければ意味が無い。よって最初は基礎ということでコントロールを磨いてもらう」
志都美先生が指をパチンと鳴らすと、射的場にも似た設備がどこからか現れた。
「ではやってもらう」
大体十メートル離れたところに的が出現した。どうやらその的を狙えばいいらしい。
「では出席番号一番から始め。一人三回ずつな」
「先生! 私は普段、魔導を使えないです!」
出席番号一番は……彩道だ。
出鼻を挫く、ではないが、明らかにクラスの雰囲気をぶち壊してしまう。
「フフ。恥ずかしいやつだ」「まじかよ。だったら辞めろよ」
またしてもそんな声が周りから漏れる。
「そうか、そうだったな。だったらこれを使え」
志都美先生が腕に巻くバンドの様な物を彩道に渡した。
そのバンドの様な物はそこそこでかい。それを彩道は装着し、
「先生、これは何ですか? 私の真の力を引き出す兵器か何かですか?」
「バカ。違う。それはギアといってザックリ言うとバンド型のピストルさ。魔導の中には中距離攻撃が出来ないのもあるからな。そう言った奴用の武器だ」
「はぁー。つまり私を強化するweaponということですね」
「まあ何でもいい。てかお前発音いいな……ってそんな事はどうでもいいから早くやれ」
志都美は彩道の発音に一瞬、気を取られるが、すぐに我に返った。
「まあ見といてくださいよ。この世界最強の彩道 純也という男を!」
彩道はギアをのぞき込み、十メートル先の的を狙う。
「いっけぇぇぇぇ!」
彩道の大きな声と共に小さな破裂音が教室に響き渡り、ギアから弾丸が飛び出た。
「「「おっ?」」」
思った以上にギアの音が響いた為、生徒達は的を見つめる。
「ふぅ……私にかかればこのくらい」
「はい、論外。もう一度」
彩道はギアから出た硝煙を息で吹き消してどや顔で的を見る。そんな彩道の言葉を志都美は無残にも切り裂いた。なにしろ的は無傷だからだ。弾丸は悲しくも的の後ろの壁に当たっている。
「だっせぇー」「これだからFは」
そんな笑い声の中、志都美は彩道を見つめる。
続いて二発目が放たれる。二発目も大きく的を外した。そして三発目、
「どれどれ……」
彩道はギアをのぞき込み、発泡する。
ギアから放たれた弾は真っ直ぐと飛び、そして……的に命中した。
しかし的のど真ん中ではない。ギリギリ的を捉えた端っこであった。
「ふぅ。先生ありがとうございます。この彩道。また一歩進化しました」
彩道は軽く頭を下げ、生徒たちの群れへと消えて行く。
「あいつ……」
志都美は彩道から受け取ったギアを見ながら小さく呟いた。
そこからはテンポ良く授業は進んでいった。
彩道も少し離れた所で他の生徒達の魔導を静かに見ていた。
中でもひときわ目立っていたのは終盤に出て来た男であった。
筋肉質の男で顔は悪顔だが、その男の登場はクラスを沸かした。
どうやら有名らしいが彩道は知らない。周りに興味を持っていないからだ。
しかしクラスが沸いただけある。その筋肉悪顔は己の魔導を駆使し三発とも、ほぼど真ん中に命中させていた。それでさらにクラスは沸いた。
筋肉悪顔もまた自分の結果に満足したのか周りの連中に手を振っている。
バカらしいと彩道は思ったが、結果が結果だ。仕方ないだろう。
しかし筋肉悪顔で沸いたクラスも次の出番で一気に冷めて行った。それは人気者の出番が終わったからではない。もっと悪質で陰湿な感じの冷め方だ。
彩道もそれには幾度となく経験しているから分かる。
自分以外にもそんな者が居るのかと珍しく彩道は興味を持ち、視線を向ける。
その者は赤色にも似た茶色の長い髪で表情を隠し、下を向きながら志都美の元に歩み寄っている。
「えーっと、そうか。お前もだったな。ほれ」
志都美は先程彩道が使ったギアを少しいじった後、その者に渡した。
「おい、落ちこぼれだぞ」「楽しみだな」
クスクスとクラス全体に笑い声が漏れる。志都美に気付かれないギリギリの大きさで。
そして、破裂音が響いた。
的から大きく外れている。結果全て外した。
その結果に満足したのかクラスの連中はまたしても笑い始める。中にはワザと聴こえる様にバカにする者まで出て来た。
「お前たち……!」
パチパチパチ。志都美の言葉を遮る様に、一定のリズムが刻まれた。志都美を含め、クラスの連中達はその方を見る。
「いやー見事だ。そのギアをあそこまで操れるとは」
静寂を壊した声は……彩道だ。
「…………は? 何言ってんの? 全弾外れてんじゃん」
少しの沈黙の後、一人のクラスメイトが言う。
「だからなんだ。そのギアはとても難しいweaponだ。男の私でさえ、反動を押さえるのがやっと。しかし見たまえ。彼女はその細い腕で扱えている。確かに的には外れたが、三発目は惜しかったではないか」
「当たんなきゃ意味ねーだろ」
違う生徒が反発をする。
「だったら! だったら君も使うと良い。そしてそれを踏まえてもう一度私と話そうではないか」
「……」
その生徒は黙ってしまう。
「フン。バカバカしい。挑戦する気もない人間がそんな大口良く叩けたもんだ。いいか! この世界には完璧という言葉は存在しない。みな何かしらの欠点を背負って生きているのだ。その欠点に寄ってたかって集まる者を私はこう呼ぶ……弱者と」
彩道の声は静かな教室に十分に行き渡った。