王女とお忍びと忍び寄る影
視察も二日目となった。今日の夕方に、国王の一団は帰ってくるらしい。
今日も暇だったが、姫君たちからのお誘いも面倒なのでフローレンスは部屋にこもって刺繍をしていた。のだが・・・。
「・・・あぁっ、つまんないわ!わたし、刺繍って好きじゃないのよっ。」
ぽいっと布と針を放り投げ、ソファーに倒れ込む。
お茶の時間には早い。が、そろそろ国王の一行も王都にはいっているはずだ。
もともとじっとしているのは好かないたちなのである。
じっとヘレナとマリアを見つめていると、さすが長い間一緒にいるだけある。何を考えているか伝わったようだ。
「だめです、フローレンスさま。」
じとっとマリアが低い声で言う。
「いいじゃない少しだけ!」
「だ、め、で、す!」
「えぇ~?お願い、お願いっ。退屈なのよ~。」
うるっとした目で見上げれば、マリアとヘレナ母娘はうっと声を詰まらせた。
「・・・仕方ないですね。」
なんだかんだフローレンスに甘い2人なのである。
「やった!行くぞ、城下へ!」
そう言っていそいそと着替え始めたフローレンスに、ため息をつくマリアとヘレナだった。
簡素で動きやすいドレスに着替えて、お忍びのお姫さまコーデは完璧である。王都とにぎやかな街並みに視線を奪われつつ、愛嬌のある看板娘が試食を配るパン屋や、色とりどりの花で埋め尽くされた花屋を冷やかし歩く。
「すてきねぇ~マリア、ヘレナ。」
「そうですね~」
ヘレナはお菓子に興味があるようだ。
似たもの同士の乳姉妹を見ながら気が気ではないマリアは、きょろきょろとあたりを見回す。
「どうしたの、マリア。」
「いえ・・・一応注意を」
えー?とフローレンスはよく分かっていない。
良くも悪くもこの姫君は目立つのである。人さらいでも来てしまったら、女三人では太刀打ちできないのだ。箱入りの姫君はそれが分かっていないので、マリアは胃が痛くなってしまいそうなのだが。
「ねぇ、フィリップ殿下たちはどちらかしら?」
何気ない風だが、いつもより声に落ち着きがない。わずかに頬を染めるフローレンスを見て、マリアは気づいてしまう。
「もうそろそろだと思います。近くにいるのではないでしょうか?」
「本当!?」
きょろきょろと見回し、背伸びをしてみたり。
「ヘレナも探して!」
「はいっ、姫さま!」
少女二人はどんどん進んで行く。人ごみに紛れ込み、姿が埋もれてきた。二人とも小柄なのである。フローレンスの金髪と、ヘレナの亜麻色の髪が見えなくなってきた。
「姫さま!ヘレナ!」
慌ててマリアは追いかける。しかし、二人の姿が見当たらない。己としたことがしまった、とマリアは歯がみした。
「姫さま!フローレンスさま!」
ヘレナ!と娘の名も呼ぶが、返答はない。
「しまった・・・」
どんっと誰かにぶつかる。
「あっ、すみません!」
慌てて避けると勢い余って転んでしまった。ぶつかった相手はもういない。
「なんなのよ、もう・・・」
立ち上がって、ぱんぱんとスカートの土を払う。するとカサッと何かが落ちた。
「えっ?」
白い封筒。マリアのものではない。状況的に先程ぶつかった相手が落としたとしか考えられない。
仕方がないなぁ、と封筒を拾ってマリアは目を見開いた。
「フローレンス姫の・・・乳母殿、へ?」