王女とお茶会と弟の独り言
オリヴィエに迫られ、フィリップに助けられた翌日。
イザリエ国王レオンハルトは各国の大使を連れて王都とその周辺の視察に出かけた。王子たちも、もちろん一緒だ。
城に残った暇を持て余す姫君たちを招いて、アメリア王妃がお茶会を開いていた。
「ねぇねぇ、フローレンスさま。本当のところ、フィリップ殿下とはどうなんですの?」
「どう、とは何のことでしょう?」
「まぁた、とぼけないで下さいな。」
「そうよ、恥ずかしがらずに正直におっしゃって!」
「はぁ・・・」
周りに迫る麗しい姫君たちに、フローレンスは困惑していた。どうやら、フローレンスがフィリップの恋人かなにかかと勘違いされているのだ。
「あの・・・わたし別にフィリップ殿下とは何の関係もなくて。」
と言っても信じてくれていない。
ここに集まる姫君たちはみんなフィリップの妃候補なので、もっと妬まれたりされるかと思っていたのだが。
「じゃあ、どうしてあんなに親しげに話していらっしゃったのよ。」
どこかとげとげしい声が聞こえた。
(そう、どちらかというとこちらの声の方が正しい・・・いえ、わたしはフィリップ殿下の恋人ではないのだけど。)
「そ、それは・・・イザリエ王家とフレライン王家は何度も姻戚関係を結んでおりますし。」
そう言うと、とげとげしい声の彼女ーーーファレーン王国の第一王女アデライードがにやりと笑った。
「でしたら、わたくしをフィリップ殿下にすごくすごく推して下さらない?ただの親戚なのなら、構わないでしょ。」
何だかすごく高慢だ。いや、王女とはそういうもので、自分がおかしいのだろうか。
とにかく、あまりいい気はしない。
「はぁ・・・良いですけど、言って聞く人ならとっくに婚約者くらいいたでしょうね。」
そうほいほいと言うことを聞くのもしゃくだし、フローレンスには何の得もない話だ。
それに何だか心がもやもやして、いらつく。
「ま、まぁ、言ってくだされば良いのよ。」
おほほほ、と何かを誤魔化すようにアデライードが笑った。まあ、いつものプリンセススマイルとは比べものにならないほどだが。
負けないくらいに笑みでと思い、フローレンスは微笑んだ。
「良いご報告が聞けることを祈りますわよ、アデライードさま?」
ふふふ、おほほ、と笑い合う王女二人を見ながら、周りの姫君たちは背筋を凍らせる。
「ちょっと急用を思い出しましたわ。みなさま、ごきげんよう。」
上品に微笑んだアデライードがお茶会を去り、フローレンスはほっと息をついた。
「大丈夫ですか、フローレンスさま。」
「アデライードさまなんかに負けてはいけませんわよ!」
そうですわ、そうですわと姫君たちが言う。
なぜだか、みんながフローレンスの味方のようだ。
「・・・みなさま、ありがとう。少し疲れたから、お部屋が戻りますわね。ごきげんよう。」
ようやくお茶会から抜け出し、フローレンスはゆっくりと庭を歩き出す。すると、後ろから呼び止める者があった。
「フローレンスさま!」
「まぁ、ヴァイオレットさま、リリアンさま。」
ファドリック侯爵令嬢ヴァイオレット・ブラッドフィールドとリリアン・ブラッドフィールドの姉妹だった。彼女たちの母は、確かレオンハルト王の従妹だったはずだ。
ヴァイオレットが父譲りの理知的な瞳を輝かせてフローレンスを見る。
「よろしいこと、フローレンスさま。アデライードさまをなめてかかると痛い目をみますわ。でも、大丈夫ですわ。彼女は賢い人よ。・・・そう、」
そこでリリアンが言葉を引き続き、フローレンスの耳元にささやく。
「自らの異母兄ーーファレーン王太子よりも。」
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最近、ジュリアンの兄はおかしい。
生真面目、堅物、仮面笑顔、が兄・フィリップの形容だったはずなのだ。
しかし、最近それが崩れている。
ちらちらと庭を見てはちょっと休憩だと言って仕事の手を止める。何やらぼんやりと一点を見つめてはため息をつく。・・・極めつけには、とある少女を見て心からの笑みを浮かべる。そんな顔で見れば、フィリップがその少女をどう思っているか一目瞭然だというのに。まわりは気付いている。ただ、幸か不幸か少女に気付いていないようだ。
そう、もはや疑うべくもないだろう。
これは恋わずらいである。
本人は認めないだろうが。
王太子の兄はなかなか厄介な立場なのである。
前方の兄の背を見ながら、ジュリアンはため息をつく。馬に乗り、きらきらと銀髪を輝かせる兄はまさしく王子さま、だった。
仕事に追われ、無能な高官にいらいらする兄を見るたび、ジュリアンは思うのである。
第一王子に生まれなくてよかった、と。
どうせなら、兄を支えつつ楽にやっていきたいと思う第二王子ジュリアンなのであった。