王太子は王妃さまに怒る
彼女とは幼馴染みというやつだ。
フレライン王国の天真爛漫姫、フローレンス・ヴァレット=ランドディアス。
フレライン王家とイザリエ王家に婚姻を繰り返しているため、彼女とは遠い親戚である。
幼いころから、フローレンスに会うたびにフィリップは彼女に振り回されていた。
「で、またフローレンス王女はやらかしましたかぁ。」
ジュリアンに話の顛末を腹を抱えて笑いながら聞いていた。
「笑いごとじゃない。おかげで余計な手間をとった。ただでさえ忙しいのにあいつめ・・・」
手にした書類を握り潰しそうになり、慌ててサインをして書類を箱に戻した。
「しかも、夜会のときもフローレンス王女のフォローをしたのでしょう?」
「あぁ。」
父の命令で、社交界デビューしたばかりのフローレンス王女をエスコートしてやれと言われればやらざるおえない。
・・・彼女のエスコートはある意味大変だった。フローレンス王女は男たちの視線を集めたのだ。
「なんっ、なんだ、あの娘は!」
ぐしゃ。
今度こそ思い切り書類を握り潰した。
「・・・兄上、書類。」
「・・・ボツのやつだ。構わない。」
紙をぐしゃぐしゃと丸めた。
「ま、まぁまぁ、兄上。落ち着いてください。今頃、招かれた姫君たちは奥庭で母上とお茶会のはずですから、文句のひとつでも言いに会いにいってはいかがですか?」
「・・・そうする。おい、何だそのにやけ顔は。」
「いーえー、何でもー。」
端正な顔に満面の笑みを浮かべたジュリアンを執務室に残し、フィリップは奥庭へ向かった。
・・・・・・・・
(はめられた・・・)
ジュリアンに教えてもらったとおり、フローレンスは奥庭のお茶会にいた。しかし・・・
(こんなに大勢いるなんて聞いてないぞ、ジュリアン!)
紅茶を飲み、花を愛でる余裕もない程、フィリップの周りには女性が集まっていた。
(帝国の皇女、王女に公女に、公爵令嬢・・・侯爵令嬢もいるか?)
要はお妃選びの罠にはめられたのだ。
「ねぇ、フィリップ殿下。こちらのケーキが美味しいわ。」
「いいえっ、こちらのお菓子をお召し上がりになって!母国から取り寄せた品ですの!」
「あ、ありがとうございます。」
無意識に頬が引きつった。
こんなことをしている場合ではないのに。
「・・・大変ですねぇ。」
ふいに聞こえた同情の声に、フィリップはこめかみをぴくりと動かした。
「そう思うのなら・・・助けろっ。」
小声で後ろにいたフローレンスにまくしたてる。
「えぇ?・・・だって怖いんですもの、みなさま。」
・・・確かに。
「・・・じゃあ、どうすれば良い?」
「・・・さぁ。」
役に立たないやつめ。
「まぁまぁ、フィリップ。楽しそうねぇ。」
のんびりとした声を、一瞬でも助けだと思った自分が馬鹿だった。
「王妃さまっ!」
姫君たちはきれいに礼をとった。
イザリエ王国王妃アメリア。フィリップの母こそが、彼をこの罠にはめ・・・というか罠を閃いた張本人であろう。
「はーはーうーえーっ!」
堪忍袋の緒が切れる、とはこのことを言う。
「ちっとも楽しくありません!何度いったら分かるのですか。私の妃は私が自分で決めます!こんなお見合いめいたこと、なさらなくて結構です!」
力いっぱい叫ぶと息がきれた。
「そんなふうに言ったらみなさんに失礼でしょう?」
母は愛らしく小首をかしげて見せる。
しかし、目が笑っていない。
少女のような可愛らしい女性だが、その実父と並ぶ程の政治手腕を持っていた。
「・・・それは失礼しました!」
そう吐き捨てると、フィリップは足早にその場をたち去った。