王女は王太子の腕の中に
「フローレンス!」
オリヴィエを見かけたとの報告を受け、駆けつけた王宮の賓客棟の一室でフィリップはフローレンスを見つけた。
体をオリヴィエに押さえつけられ、今にも口づけをしそうな距離のふたり。その姿を見て、フィリップの中のなにかが爆発した。
「フローレンスを離せ!」
思い切りオリヴィエを蹴り飛ばして、フィリップはフローレンスを抱きしめる。
「大丈夫か、フローレンス?」
そう聞くとフローレンスは少し青ざめた顔で小さく笑った。
「大丈夫ですわ、フィリップ殿下。」
「・・・馬鹿が、心配させるな。」
「ごめんなさい・・・」
しょんぼりとしたフローレンスをぎゅっと抱きしめてから、オリヴィエを見ると彼はよろよろと身を起こしながらにやりと笑った。嫌みったらしい笑みだ。
「・・・王太子殿下ともあろうお方が、他国の侯爵を蹴り飛ばすとは・・・品行方正と歌われた王子さまが聞いて呆れますね。」
近くにあったソファに腰を下ろして、オリヴィエは足を組み、大げさな身振り手振りで語る。
「こちらもとある偉いかたからのご希望でね。あぁ、あの方が自分の思ったとおりにならなかったと知ったらどうなるかなぁ?・・・戦争かなぁ?」
「あの方というのは、アデライード王女のことか?」
「おや、ご存じでしたか。・・・しかしまぁ、王太子殿下がそこまでフローレンス王女にご執心だとは思わなかったな。どうせ外に兵を待たせているのでしょう?どうぞこの身をご自由に。国交がどうなるかはわかりませんがね。」
べらべらと饒舌に話すオリヴィエをフィリップは冷めた目で見つめていた。
「・・・まぁ、わたくしのお部屋が何やら騒がしいと思ったら、オリヴィエじゃあないの。何事かしら。」
白々しく、台詞をはいてやって来たのは、この部屋の主で事件の首謀者と思われるアデライード王女だった。
「ちょうどよかった、アデライード王女。この男があなたに命令されてフローレンス王女を攫ったと言うのだが、それは誠か?」
「まぁ・・・」
心底不思議そうにアデライードは首をかしげた。
「わたくし、そんなことは命じていなくてよ?」
「なっ、王女殿下?!」
主の裏切りにオリヴィエが焦りだす。
「・・・あなたはわたくしによく尽くしてくれていたのに、まさか主の名を語ってこんなこと・・・」
よろっとよろめいたアデライードを、いつの間にか見物していたジュリアンが支えた。
「・・・あの、今どういう状況でしょうか?」
きょとんとしたフローレンスがフィリップに小声で問う。
「これには深い訳があるのだ。後で説明しよう。」
「分かりましたわ。」
こくりとフローレンスは頷いた。
「さて、そろそろ茶番は終わりにしよう。衛兵、その男を軍部の方へ。」
「御意。」
「さてフローレンスにも説明しよう。アデライード王女、着いてきていただけるな。」
フィリップが問いかける先には、先ほどの少し馬鹿そうな淑女の姿はない。いるのは、鋭く聡明そうな眼差しの王族であった。
「もちろんです。ご協力いただいたのですから、こちらにも説明する義務があります。」
「だそうだ、ではフローレンス。」
さっとフローレンスの乱れた髪を撫でつけると、フィリップはフローレンスを横抱きで抱えた。
「フ、フィリップ殿下!?自分で歩けますわ!」
「こら、ばたばたするな、落ちるぞ?」
「降ろしてください!」
「嫌だ。」
喚くフローレンスの頬に口づけると、彼女は顔を真っ赤にして押し黙った。