戸惑う王女と侯爵
「・・・痛っ。」
両手首が後ろ手に縛られていた。
近くにヘレナが同じように縛られて横たわっている。
「ヘレナ・・・ヘレナ、大丈夫?」
「姫さま・・・」
大丈夫ですか、とヘレナが心配そうな視線をよこした。
「大丈夫そうね。」
「はい、ここはどこでしょうか?」
お決まりのようにどこかのおんぼろ小屋ということはなく、上等な客室である。しかも、とても見覚えがある。
「ここ、王宮じゃないかしら。ほら、わたしの部屋とほとんど同じデザインだわ。」
「・・・姫さま、わたし犯人に心当たりがあります。」
「奇遇ね、わたしもよ。」
ヘレナと目を見合わせてため息をつく。
「誰か来るわ。」
足音が近づいてくるようだ。二人で息を潜める。
「・・・あら、もうお目覚めだったのね。」
犯人の予想は的中していた。
「アデライードさま。」
ファレーン王国の王女アデライードが、フローレンスたちを攫った犯人のようだった。
「・・・なんかベタな展開ね。」
「何かいったかしら?」
「いいえ、何も。」
思わず呟いた言葉を聞かれてしまったようで、慌てて首を横に振った。
「ところでどうしてわたしを攫ったのでしょう?」
フレライン王国とファレーン王国の国交は悪くなかったはずである。
しかし、この発言がアデライードのかんに障ったようで、ただでさえつり目がちの目をさらに吊り上げてフローレンスを睨んできた。
「あなた、ご自分でおわかりにならないの!?」
「えぇ、残念ながらさっぱり。」
「なんですって!」
アデライードがフローレンスに詰め寄ってきた。きつい香水の香りがして、フローレンスは眉を潜める。しかし、アデライードという人物はこんな人であっただろうか。この間のお茶会のときもそうだが、以前ファレーンに外交で訪れたときはもっと賢い人だという印象を受け、実際ファドリック侯爵令嬢姉妹もそう言っていた。
「・・・本当に心当たりがないと。」
「まったくないわ。」
「・・・わたくしから、わたくしからフィリップ殿下を奪ったくせに!」
「はぁ?」
アデライードの言葉にフローレンスは目を丸くした。
「え、いや、奪うも何もあなたのものではないのでは?」
婚約者ですらないはずだ。
「わたくしはフィリップ殿下を妃の有力候補だったのよ!」
「候補、でしょうが。・・・あの、一応言っておきますが、別にわたしが殿下の妃になるわけじゃないですよ。恋人ですらありませんし・・・しいて言えば、幼なじみかしら?」
そう、恋人ではないのだ。好きだと言われたこともなければ、言ったこともない。
「・・・でも、あなた好きですわよね、殿下のこと。」
「・・・」
フローレンスは応えられなかった。
悪態をつきながらもなんだかんだ優しいところとか、本音を言うとき耳を赤くするところはかわいいし。責任感が強すぎてくじけそうになっていれば、支えたいと思って・・・あら?
「どうしよう・・・わたし、好きなのかもしれないわ。」
おろおろとしながらアデライードを見上げると、彼女は意地の悪そうな顔でふんっと笑った。
「・・・やっぱり、あなたには妃候補から外れてもらわなくちゃいけないわね。」
そう言って、部屋の外から一人の男を呼んだ。
「フォンティーヌ侯爵!」
それはあの危険な香りのする侯爵だった。
「お呼びですか、王女殿下。」
「その子猫ちゃんを食べちゃって頂戴。」
「それはそれは、よろしいので?」
オリヴィエ・ラ=フォンティーヌがぎらついた目をフローレンスとヘレナに向けてきた。
「構わないわ、好きにして。」
「かしこまりました。」
アデライードが部屋から出て行った。
「さてさて、可哀想な子猫ちゃん?我が主のご希望で、君たちを食べることになったよ。意味、分かるよね。」
さすがにそれくらい分かる。
「あなた、正気?」
「これ以上なく。王女さまをわが物にできて光栄ですよ。」
「そうよ、王女よ。わたしはフレラインの王女。そのわたしに手を出したら国際問題なのよ、分かってる?」
恋人同士でもないのに。
「あなたこそ分かっているのですか?もし今ここに人がきて、私とあなたが恋人同士だと誤解したらどうでしょう?思い合っているのだとしたら、名誉を傷つけられたことにはならないのでは?そして噂が広がったら、あなたがいくらそういう関係ではないのだと言っても誰も信じない。」
もしそんなことを言ったら、フローレンスは恋人でもない男に身を任せたことになり、噂を湾曲する。そのリスクを犯してまで、助けを呼ぶことは出来なかった。
オリヴィエがフローレンスの淡い金髪をつかむ。そのまま頬に手を伸ばし、するりとなでて顔を仰向かせた。
「姫さま!この無礼者っ、姫さまから手を話せ!」
ヘレナが叫ぶ。
「うるさいなぁ、君のこともあとで可愛がってあげるから少し静かにしててくれるかい?」
どんっとヘレナを突きとばす。
「ヘレナ!」
「・・・どうしようかな、王女さま。あなたが良い子にしていたら、彼女だけなら助けてあげられるかもしれない。」
「本当に?」
「あぁ、あなたが無駄な抵抗をしなければね。」
「・・・抵抗なんて出来やしないわ。」
ゆっくりとオリヴィエの唇がフローレンスの唇に近づいてくる。吐息の感じられる距離に、フローレンスの肌は泡だった。
ーーーーーフィリップ殿下!
二人の唇が触れる刹那、慌ただしい足音がして。
「フローレンス!」
ずっと求めていた声が聞こえた。




