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怒りの王太子と黒幕

「みなさま、あと少しで城に到着します。」


 ファドリック侯爵がレオンハルト王の傍から声を上げた。

 ようやく帰ってこれた。社交になれたフィリップさえも、この視察はとても嫌なものだった。


(オリヴィエといったか、あいつの目が痛い・・・)


 恥をかかされたとでも思っているのだろうか。穏和なファレーン王太子の隣で、恐ろしい形相で終始フィリップを睨んでいた。

 先ほどからオリヴィエの姿が見えないので、ほっとしていたところだが。


(しかし、私は何も悪くないと思うのだがな・・・)


 まぁ、あそこでフローレンスを助けたのは偶然だったが、それ以外の行動は意図したものだ。


(潮時だな・・・認めるしかないか・・・)


 おっとりとしたフローレンスの微笑みを思い出し、フィリップも思わず微笑んでいた。


「・・・兄上、何一人で笑ってるんですか、気持ち悪い。」


「気持ち悪いとは失礼だな。」


「何を思い出されていたのか知りませんが、今の兄上の顔、母上と一緒のいる時の父上の顔と同じでしたよ。」


「私は母上似だ。」


「・・・そういうぼけは結構です。」


「・・・分かってる。」


 何かが吹っ切れた様子をフィリップに、ジュリアンは肩をすくめた。兄が自分の気持ちを認めたことに気づいたのだ。


 大通りの正面に、王宮が見えてきた。


「・・・やっと会えますね、兄上。」


 ジュリアンがからかうと、フィリップはおもしろいように頬をうっすらと染めた。


「お前・・・」


 和やかに進んでいた視察団の雰囲気がいっぺんしたのは、次の瞬間だった。


「フィリップ王太子殿下!」


 一行に向かって走ってくる、一人の女性がいる。年のころは母と同じくらいか。


「あれ?確か、フローレンス姫の乳母の・・・」


 ジュリアンがつぶやく。確かにそうだ。名前はマリアと言ったか。髪を振り乱して、一目散にフィリップのもとに走ってきた。


「国王陛下、王太子殿下、どうか姫さまをお助けください!」


 ぼろぼろと涙を流しながら、彼女はひざまずく。


「何があったのだ?」


 レオンハルト王が冷静に穏やかに問う。


「姫さまが、フローレンス王女が攫われました!」


「なんだって。」


 マリアの差し出した手紙を受け取り、レオンハルトは瞠目する。それをフィリップに渡してきた。


「なっ、なっ、・・・あいつ!」


 ふつふつと湧き上がる怒りを抑えながら、もう一度手紙の内容を目で追う。

 ぐしゃりと手紙を握りつぶすと、馬の腹を強く蹴った。

 目指すは王宮の賓客棟。ファレーン王女アデライードのもとである。


「・・・フローレンス!」


 ふるふると淡い金髪を揺らして怯える少女の姿が目に浮かぶようだった。



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