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ETAT DE SIEGE

 近頃縁のなかったお人と、二人で精力的に通話することになりました。おおよそ、5時間ぐらいでしょうか。その上昔から頑固で、兎に角倫理観の強い男が相手で酷く疲れました。これでも小学校の頃はお世話になって、意地の悪いやんちゃな小坊主から守ってもらったのに少し薄情な気が自分でもしてきます。

 兎にも角にも、その時の事についてお話したいと思います。

 彼ことはトゥバマロスと呼ぶことにしましょう。彼はどういうわけか私を「サントーレ」と呼びますのでそれに合わせて。普段の私なら侮られていると憤慨するものですが、トゥバマロスの論理性には普段から感服するものがありましたから全くそのような感情は抱かず、逆に若干ながら頭を下げたスタンスでおりました。そのようにして何年も、時間を空けながらもしゃべり続けていたので彼が好む話題を出すのは造作もないことです。戦国時代という弱肉強食の時代に悪徳金融として機能していた寺社勢力が信長との経済的摩擦によって焼かれたという話、また、信長が現代での障害者施設のような弱者救済の福祉事業のようなものを当時行っていたという事を熱心に話してくれました。少し笑ってしまいますが、未だにヒロイックな勧善懲悪を好むところが彼にはあって、先ほど言った強い倫理観などからも余りにも男らしい人間だと思っていました。

 そういうところが影響しているからか分かりませんが、薄々気づいたところ彼は酷く女性嫌いなのです。社会に女性が進出し男女平等が掲げられる世の中で、彼は常に、そして最も過激で原始的な男女の形態を支持しておりました。私はそこに幾つか感じていた疑問がありましたので、彼に機嫌よく細やかに喋らせて、その論理をおおっぴらにしようとしたのです。

「そういえば前から思っていたのですが、トゥバマロス、君は酷く女性を嫌悪されていますよね。それはなぜなんですか」

そう簡単に聞く彼は大きく手を振って話し出しました。

「ーーーヤツらが男の社会的立場を脅かしているからだ。今行われている女の正義は 

 常に、男に、向けられている。雇用機会均等法、共同参画社会基本法……男女格差の是正が促されているのに対して、一番問題とすべき貧富の格差は埋まらない。労働環境、流動性、雇用需要、これらが変わらない中で雇用を均等にするという事はどういう事に繋がるか?……それは男を追放するということだ」

「だが、それは、仕方ないのでは?労働可人口が増え、その中で選択される。能力のある者が社会に出るんです」

私の返答にトゥバマロスは雄弁に続けました。

「能力主義にはウンザリだ!それに、真っ当な仕事に就けない男が生まれるという事は真っ当な仕事に就ける女が生まれる事より警戒すべき事だ。よく言われるように、結婚できなくても男はやっていける。だが仕事を失えばどうなるか、男として最も弱い位置に立たせられる事になる

「ですが、それを問題視する人間は少ない」

「安易な自己責任のせいだ。政治家に関わらず、男で女の正義、いわゆるフェミニズムを批判する人間は殆どいない。女のせいにするのはカッコ悪いか、もしくはどうでもいいのだ。だからこそ、はっきり言わなければならない!これはまずもって解決されるべき戦争状態だ。社会の構成要素としての、男と女の」

「それは言い過ぎではないですか、国と国同士の脅威より、女が脅威なんて」

「イデオロギーよりジオグラフィーの問題だ。外国は遠い、だが女はどこにでもいる。政治、文化、経済、日本中の至るところで活動しているのは間違いなく、女だ。欲するままに男が必要としているものを現に奪っている」

獅子のように吠えるトゥバマロス、彼に私は確かに幾つもの違和感を感じました。しかし、それは彼の主張が全くの破綻に陥っているからとも思えません。誇張や感情の豊かさをマイナスと捉えなければ、女性進出が進んでいく社会で男が持つ考え方の一つでしょう。少し考えて、その違和感は彼のその異様な《女》に対する憎悪に関してだと気付きました。

「やはりおかしい。あなたはなぜそこまで女を嫌いになるのか。今まであなたがどういった人生を歩んできたか分かっていますが、女性に酷い目に遭わされたとか、あるいは余りにも女性と関われなかったせいで拗れたという感じはしませんでした。普通の男ならそこまで嫌いになれないでしょうに。……私にはそれこそ一番の疑問ですよ」

トゥバマロスのマイノリティ性はずっと前から感じていましたし、私はそれに関して人一倍興味を

持っていました。彼が他とは隔てられているのは彼の本質によってに他なりません。ここにおいて男としての性をトゥバマロスは全く持っていないのではないかとさえ思いました。そこで私は

敢えて、普通とは違うのではないかという言葉を彼に突きつけたのです。


「それは自覚している。俺のこのミソジニーを理解する人間は少ない。完全に理解するのは女に欲情しない人間だけだ」


「それは、勃起しないということですか」


「それはする。だが簡単に言えばヤりたいという欲求がまず先じて交際を試みるなんてのは欲情男だ。まあ、判断は難しいが。性的欲求というのは特に昇華しやすいものだ。だから分からないカタチで表れる事も多い。それが女にとっては良いものとして表れたり、男がそれに気付かないことがしばしばある。俺は欲情しないから、女というものを客観視できる。」



 その時、午前5時。お互いに沈黙しました。モニター越しからライターの摩擦音、一息、トゥバマロスは酷く静かになって、言葉を吐きました。


「男女というのは、喰らいなお喰われる、そういう関係だ。女はそれによく気付いている。だが男は気付かない。己を喰らうものとしか見てないのだ。弱い男であってもいつかは喰える

と盲信している。それを女は、自覚的にか自覚的にでないにしろ利用している」


「そろそろ時間だ。今日はよかった、また掛け直す」  

「分かりましたよ、トゥバマロス。またその話を聞かせてください」

通話が終わると私はノートPCを閉じて、部屋を見渡しました。暗い空はいつの間にか

薄く光を帯びて、部屋に浸透し目覚めの刻を演出しています。ただ私には意味ありませんが。

それにしてもトゥバマロスは奇妙な男です。誰よりも男らしいはずなのにその対となるはずの

女性とは酷く隔てられしまっている。月は消え、太陽が現れる。新たな時代の太陽に恋い焦がれて奪い合いが始まるのだ。そうトゥバマロスの言う通りにならないように祈って、私は眠りに就くのでした。


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