戦場大助の日常 二八話
涼子と分かれて十五分。
小守とくだらない話をしながら愛しのボロアパートに帰り着くぞというところだった。
「ん」
ボロアパートの目の前を庭箒で掃除をしている女性がいた。
柔和な微笑みを自然にしていて、なんだか自然にこっちも笑顔を返してしまいそうな、そんな柔らかさを備えた女性だ。歳は芽衣子さんと同じくらいだろうか、俺の周りにはいない母性愛を感じる人だった。
(芽衣子さんが新しく誰か住まわせたのか?)
とも思ったが、事前に何の話も聞いていないのはおかしい。
とりあえず、軽く頭だけ下げてアパートに入るか。と、考えた瞬間だった。
「戦場大助さんと、小守さんで、間違いないでしょうか?」
話しかけられた。
「え? ええ、そうですけど」
「大助、知り合いか?」
「いや、たぶん初対面だ」
うん、綺麗なお姉さんは見間違えることはないと思う。
……でもこの時に気付いておくべきだった。大体向こうから俺に来ることっていうのはトラブルが付いてくるのを。
「では、お手並み拝見。『掃え、邪を。掃き集めよ、愚かなる魂を』--えいっ!」
「大助! 何か来るぞ!」
ぶわああああ!
小守の忠告も意味もなく、俺の体は後ろ側に吹き飛ばされていた。
「がは!」
アスファルトの道路に思いっきり背中を強打する。超いてえ!
「大助!」
小守が駆け寄ってくるが、ダメだ。
「横に跳べ!」
俺の意図を察してくれるか、掛けだったが大丈夫だったようだ。
小守は右にジャンプ、俺は左側に体を転がす。
その直後、今まで俺らがいた直線状に何かが通り過ぎて行った。
「まあ、この程度はよけてくれないと困りますよね?」
謎の女性はあくまで柔和な顔のままだ。
「テメェ! 何モンだ!」
「さあて、何者でしょうか?」
なぞなぞやってるんじゃねーぞ! とにかく、起き上がる時間は稼いだ。
情報は得られそうにないので小守に注意を飛ばす。
「小守、あの攻撃は箒の動きと連動してるぞ。あの女の動きをよく観察しておけば攻撃をよけるのは難しくない」
「大助、あの箒が術のキーだ、おそらく箒神を元にしている術だと思うが、あの箒を何とかすればあの女は術を使えなくなるはずだ」
小守も小守で専門的な知識を伝えてきてくれた。
オーケイ、これで最低限の情報は出そろった。あの女から箒を取り上げて泣いて謝罪をさせる。これだ。
「流石、ここまで生き残っているだけはありますね、的確な洞察力と専門知識、そこから反撃の糸口を探す。これがお二人のスタイルなのですね」
「余裕かましてるのも今のうちだけだぞ。小守、方法は任せる、フォロー頼む」
そう言い残して拳を握り走り出す。
実は対策はもう浮かんでいる、あの攻撃は実は直線状にしか攻撃できない。そこで考え付くのが斜めに走るということ。攻撃はまっすくしかできないのならその射線上に立たなければいい、ただそれだけ。
弧を描くように走って近づけばギリギリのところまでは敵の攻撃は当たらない。
「二回しか攻撃を見てないのに対策を立てられますか。ですが……私がその対策をしてないとでも?」
女性が箒を動かす。
俺が考えられるのは二種類、一つはブラフで俺を揺さぶろうとしている。もう一つは先読み、俺の移動先に攻撃を放つ。このどっちかだと思う。
箒の動きをよく見る――――よし、先読みの方!
走る方向をずらし、これを回避、そしてこれで距離は一気に縮まった。くらえ、必殺泣いて詫びろパンチ!
「うぐ」
喉から変な声を出したのは、俺の方だった。
箒の柄の先端。持ち手側をまるで槍のように突き出して的確に胸元を突かれた。
「あら、もう終わりでしょうか?」
あくまで柔和な、微笑んでる女性は、倒れ込む俺を静かに見下ろしていた。バーカ。
ゴチン!
その表現が一番合っていると思う。
俺だけを見ていた女性は背後から近づいてくる小守に気が付かなかった。ただそれだけだ。
「よう小守、人間の後頭部をコンクリブロックで飛び掛かって殴ったら下手すりゃ死ぬぞ」
「まず第一にこのアパートがボロくて塀のブロックが取れるのがいけない。第二に先に襲ってきたのはこの術者の方だ」
まあ、そういうことだ。
術者の方は当然倒れてる。後頭部からヤバめな赤い液体たらしているが、こっちも危なかったんだ。小守の言うように襲ってきたこの女性が悪いということにしておこう。
というか、救急車呼ばなくても大丈夫かこれ……?




