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戦場大助の日常 二六話

 山の中、アタシは巨大な骨の妖怪とガチンコバトルをしていた。

 アタシの話を聞いたアリスちゃんってこれまた可愛い子は、術式を構築すると大ちゃんと一緒に身を隠した。

 アタシはその術式が完成するまでの時間稼ぎ。そういう役割だ。


「時間はいくらでも稼ぐけど――別に、アレを倒してしまっても構わんのだろう?」

「涼子、それはフラグだ」

「?」


 アリスちゃんはよくわかっていなかったみたいだけど、別にアタシはフラグのつもりではなく本気で倒そうと思っていた。

 実際、本気の蹴りを何度も同じところにぶつけてやると骨の体が崩れたし、これならいけるとも思ったけど。

 崩れたところを直すように地面から骸骨が出てきて欠けたところに同化する。

 意味が分からんな。一瞬で全ての骨を小石レベルまで砕いてやれば倒せるだろうけど、流石のアタシもそこまではできない。

 アイツから送ってもらったついでにヘリの中にあった爆弾取ってくればよかったなと後悔はしたけど、無いものねだっても仕方がない。

 つーわけで、大ちゃん、アリスちゃん、さっさと術式ってのを完成させてくれよ。





「さて、涼子さんががしゃどくろを引き付けているうちに対策術式を組みます」

「ああ、頼む」

 涼子がいかに人間離れしているといっても、あんなのと長時間、しかも一人で渡り合うのは自殺行為に他ならない。

「だけど俺には術云々のことは全く理解できないんだけど」

「そうですか。いえ、想定してました。組み立ては私が行うので、大助さんには発動をお願いします。大丈夫です、ちゃんと大助さんに使えるように術式を組みますから」

「助かる」

「では始めます」

 アリスちゃんは地面に座って目を瞑る。

「ベースは平家物語、物怪之沙汰(もつけのさた)、髑髏の怪。それと今昔百鬼拾遺の目競(めくらべ)を補完ベースに……」

 アリスちゃんは両手の間に何か、みえない何かを作り出している。

 小守に憑かれてから、なんというか、そういうのが分かるようになってきた。これが霊感というものなのか?

 しばらくして、アリスちゃんが口を開いた。

「涼子さんが教えてくれた話、覚えていますか?」

「さっきのヤツか? 清盛が出遭った無数の髑髏」

「はい、その髑髏が一つに合体して巨大な髑髏になり無数の目で清盛を睨みつけるんです。清盛も負けじと睨み返す。すると髑髏は消えてなくなった。こういう話でしたね。この話、今回のがしゃどくろに符合する部分が多くあります。おそらく、がしゃどくろの生まれにいくつか影響を与えているのでしょう。類似性があれば、対策もできる」

 いつの間にか、アリスちゃんの両の手の平には淡く光る玉が浮いていた。

「これは、がしゃどくろをその清盛が出遭った怪異に見立てて退治する術式です。これは大助さんに」

 そう言ってアリスちゃんは右手を俺に伸ばす。光の玉は俺の中に吸い込まれるように消えていった。

 特に体の変化は感じない。

「いいですか、清盛は髑髏の怪を睨むことで撃退しています。私がこっちの術式をがしゃどくろに撃ち込んだら大助さんはがしゃどくろと睨みあってください。にらめっこみたいなものです、できますよね?」

「骨とにらめっこかよ、わかった。やってみる」

「これが失敗しますともうまともな作戦はありません。決して負けないようにお願いします」

 ガイコツとにらめっこだなんて、なんというかもう意味が分からない。だけど、ここで俺が下手撃つとこの街は終わる。

 ――思えば、最初『影の会』とは敵対していたんだよな。それがこうして肩を並べて協力し合えるようになっている。

「では、私は涼子さんの援護と術式を撃ち込んできます、それまではここにいてください。術を撃ち込んだら合図をしますので、がしゃどくろのところまで来てください」

 そう言うと、アリスちゃんはがしゃどくろの方へと走っていった。

 たとえ背の高い木が多く生えている山の中だとしても、でかい図体してるのでがしゃどくろの位置を知るのにはそう苦労はしないだろう。

「あの子、何というか……詰めが甘いというか」

 前の時、俺の部屋で話し合った時もそうだったけど、話すべき内容を話していないことが多い気がする。 前の時はどんな妖怪と戦うのか、そして今は合図の具体的な内容。

「まあ、いいんだけどさ……」

 どうせいつもアドリブで乗り切ってきたようなものだし。

 なんて、思っていた時だった。

「ん?」

 目の前の地面が不自然に盛り上がっている。

 いや、目の前の地面だけではない、前後左右全ての方向の地面が盛り上がっている。

「まさか、ここまで来てまた貴様等(ガイコツ)かよ」

 全方位、全ての方向から俺を囲むように骸骨が地面から湧いてくる。こいつら、俺が一人になるのを待っていたのか、なんかセッコ!

 逃げようかと思ったけど囲まれているので当然逃げ道はない。なら、

「いいぜ、お前ら相手にやられる俺じゃねえぞ!」

 威勢よく啖呵切って相手するしかない。

 カチカチと骨をならし向かってくる骸骨に、負けじと俺も拳を握り迎え撃つ。

 次々と向かってくる骸骨を殴り、蹴り飛ばして、また殴る。長くて太い足の骨を拾って棍棒のように振り回して戦う。骸骨の持っているのは錆びた鉄くずのようなものだ、側面を強く叩けば簡単に折れる。だけど……。

 最初こそ威勢よく撃退できていたが、その均衡は崩れる。

 正直、キツイ。これが、涼子や柳さん、蓮浄白蓮さんみたいなスーパー人間だったら話は別だが、あくまで俺はカテゴライズすると一般人だ。自分でも一人でこれだけ持ったのは驚いているくらいだ。自分をほめてやりたいくらいだ。

 ましてやここには小守もいない。蹴とばしてバラバラにした骨どもはしばらくすると勝手に組みあがり再び俺を襲ってくる。

 正直じり貧、無限に近い敵の攻撃に流石の俺も息を切らす。

 そしてとうとう俺は数体の骸骨に組み伏せられて地面に伏す形となった。

「クソが! 放せよ!」

 目の前には他の剣よりか比較的錆びていない剣を持っている骸骨が出てきた。

 骸骨のくせに妙にニヤリと笑っているような気がした。

 抵抗しようにも今の戦闘で疲れたし、数人分の骸骨に抑え込まれているので足掻きにもならない。

 万事休す、これまで、か。

 なんて、諦めて覚悟しちゃっていたけどさ、


「はあああああああああああああああッ!!」


 俺を抑えていた骸骨と目の前にいた剣を持っていた骸骨は、全員腰骨のあたりで真っ二つになって砂塵と化した。


「大丈夫ですか! まだ生きてますよね!?」

 ベストタイミングで助けに来てくれたのは、なんと沖恵千里だった。

「むしろお前こそ、もう起きても大丈夫なのかよ!」

 起き上がって沖恵千里の背後をカバーするように互いに背中合わせになるようにする。

「大丈夫、とは言えませんが、骸骨(ザコ)相手なら片腕くらいで十分です」

 チラリと振り返ってみると沖恵千里の左手はだらりとしていた。おそらく聞き手であろう右腕で刀を持って骸骨の群れと対峙している。

「そうか」

「がしゃどくろが顕在化してもう二時間四五分ほど経ちます、残り時間はあと十五分ほどしか残っていません、何か作戦はあるんですか!」

「ある。さっきアリスちゃんががしゃどくろ用の対抗術式を組んでいた、俺とがしゃどくろを睨みあいさせて撃退するらしい。確か、ベースは平家物語、物怪之沙汰(もつけのさた)? の髑髏の怪。それと今昔百鬼拾遺? の目競(めくらべ)? をベースにしてる術式だ」

「術式を即席で組んだんですか!? あの人は、本当に底知れない……」

 なんか、勝手に戦慄しているけど、もしかして術者でもなんでもホイホイ好きなように術を使えるわけでもないのかもしれない。知らないけど。

 なんて思ってると、ほんの数秒だがパラパラと何かが降ってきた。

「なんだ?」

 また新たなイレギュラーかとも思ったけど、降ってきたものを確認して安心する。霰だ。ちっちゃな氷の粒だ。

「なんで急に?」

 沖恵千里は少し戸惑っているけど、俺にはわかる。

「合図だ。アリスちゃんががしゃどくろに術を撃ち込んだその合図だと思う。がしゃどくろのところに行かないと」

「ですが、相手もはいそうですかと通してくれなさそうですね」

 骸骨達は状況がわかっているように陣形を変えていた。ついさっきまでは俺らを取り囲むような布陣だったが、今は俺たちをがしゃどくろのところに行かせないように肉壁ならぬ骨壁のごとく厚く俺たちとがしゃどくろへと続く道を隔てている。

「私が道を切り開きます」

 俺の返事を待つことなく、沖恵千里は走り出した。

「たあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 一閃、光が煌いたその瞬間には、骸骨たちを切り飛ばして強引に道を開いていた。まさに早業、きっとなにか特殊な歩方(ほほう)でも使ったのだろう。

 その道を再び骸骨達が塞ぐ前に走り抜ける。

「沖恵千里! お前も早く!」

「いえ、私はここで雑魚(ガイコツ)の相手をしておきます」

 みれば地面から新しい骸骨が湧き出てきている。どうやら骸骨も決まった場所でしか湧けないみたいで、そこを沖恵千里が抑えることでがしゃどくろ撃退に支障が出ないようにということみたいだ。

「一度、このセリフを言ってみたかったんですよ、『私に構わず先に行ってください』って」

 そして沖恵千里はまた骸骨達に斬りかかる。

「この場所は頼むぞ」

 せめて俺はそう言ってやって、(がしゃどくろ)へと向かう。


 がしゃどくろはでかいから、目印がなくてもどこにいるかすぐにわかる。

 今、移動で十分ほど使ったから残り時間はあともう五分ほどしかない。急いでがしゃどくろを撃退しなければ。

 実は先ほどから、ナニカの気配がうっすらと出てきている。完全に顕現はしていないけど確かにいると確信できる。山の中であったことが幸運だった。うっすらとしか感じられないが、おびただしいほどのナニカの気配だ。これが全て顕現すればひとたまりもない。

 そんな風にナニカ達の気配におののいているとがしゃどくろと戦闘している涼子とアリスちゃんを目に捉えた。

 アリスちゃんもどうやら俺に気が付いたようだ。

「大助さん、待ってました! はやくがしゃどくろの前に!」

 アリスちゃんの声も切羽詰まってきている。このナニカ達の気配に気が付いてもう一刻の有余もないことを分かっているのだろう。

 がしゃどくろは涼子を潰そうとしていて、ちょうど背後にいる形になる俺には気が付いていない。なので、

「がしゃどくろぉおおおおおおおおおおおお!!」

 奴の背中側から思い切りデカい声で呼んでみた。

 声につられてがしゃどくろは骨を軋ませて振り返る。


 瞬間、俺とがしゃどくろは二人だけの世界に入った。


(憎イ、憎イ、生アル全テノ者ガ憎イ)

 それは直接心に伝わってくる思念の類だと思う。

(コノママ時ヲ待テバ、コノ街ノ人間ヲ全テ消シ去ルコトガデキル。ソレヲオ前ラハ防ゴウト抗ウ憎イ、憎イ、オ前ラガ憎イ)

 純粋な憎しみ、生あるものに危害を加えたいとする気持ちがありありと伝わってくる。それに対して俺は、

「知るか、こちとらこの程度のピンチいくつも乗り越えているんだ。朝は小守を起こして涼子と登校してお昼休みは智香からおかずをいくつかもらう。下校したら柳さんところでバイトして帰り道に妖怪と出遭ってから帰って、芽衣子さんのご飯を砂糖さん達と食べるんだ。俺の日常を、戦場大助の日常をお前程度に崩されてたまるか!!」


 睨む。俺の日常を壊す要因になるがしゃどくろを。

 ありったけの敵意を込めて言ってやる。


「消えろがしゃどくろ!」





 翌日。目覚ましの音で目が覚める。

 正直寝不足で布団から出たくもないが、そうも言ってられない。

 小守は……まあ、昨日の今日だ。コイツも頑張ってくれたし、今日くらいはゆっくり寝かせてやろう。

 珍しく殊勝な気持ちになった俺は小守に布団をかけなおしてから学校へ行く準備を始めた。



 涼子と共に教室へ着くと蓮浄白蓮さんが話しかけてきた。

「あなた達が無事で、この街が正常だということはやったんですね」

 眼鏡の奥の瞳は相変わらず何を考えているのかわかんなかったけど、俺たちの勝利を好ましく思っていることだけは伝わった。

「ああ、心配をかけてその、スマンかった」

「いえ、念のために私は兄さんの近くにいましたが、それ以上に私が動くまでもなくあなた達ならやり遂げるだろうと思っていましたから」

 蓮浄白蓮さんはスッと目を瞑る。

「でも、私たちは同盟を組んでいるのに協力をしなかったのもまた事実です、なので、一つあなた達に情報を与えます」

 蓮浄白蓮は目を開き、まっすぐ俺と涼子を見据える。

「あの組織は、『影の会』は小守ちゃんのことを諦めていません」





 夢宮アリスは今回の報告のために『影の会』の本部、そこでアリスに任務を下した蓮浄宗谷に会いに来ていた。

 和室の奥に蓮浄宗谷は胡坐をかいて座っており、反対側にアリスは宗谷に頭を下げていた。

「――して、成果はどうだった」

 宗谷は平に伏すアリスに単刀直入できいた。

「は、今回『幻想化』の原因になると思われていた大妖怪、がしゃどくろは撃退に成功。あの町の霊力も安定とは言えませんが今すぐ『幻想化』したりすることはないと思われます。戦闘の際に現地の術者の沖恵千里が肋骨と左腕を怪我しましたが、死者はなし。あの規模であの人数でなら上々の結果だと言えます」

 アリスは伏しながら報告する。

「『そちらの方』は君が無事な所をみてるからわかっているよ。もう一つの『戦場大助勢力の詳細戦力』と『小守の暗殺の可能性』を測るのが君の本当の目的だっただろう?」

 宗谷は言う。

「…………、戦場大助は単騎で通常の妖怪や術者と戦うのには何の躊躇もないようです。現に、沖恵千里、骸骨、を倒し、鎌鼬にも立ち向かっています。そして妖怪辞典の小守の知識もあり、『我々』を相手にするのは手慣れているようです。諜報員の報告ではやはり鳳凰堂家とも繋がりがあり、宗谷さんの息子さん達とも交流があるようです」

「やはりか」

「しかし何より特筆すべきは、やはり寺門涼子でした。結果的にがしゃどくろは術で倒しましたが、寺門涼子はがしゃどくろを体術だけで捌き、砕いていました。あれは人間の領域を超えています。以上の点から、戦場大助勢力の危険度は高く、また小守の暗殺も厳しいという結論に至りました」

「そう、か」

 宗谷は、鼻からため息を出した。

「今回の件、ご苦労だった。しばらくは休むといい。行け」

「は」

 アリスは更に伏してから和室から出て行った。

 アリスが出て行ってから宗谷はニヤリと自分の口端が上がっていることに気が付く。

「そうか、いいだろう。しばらくはまた見逃してやろう、しかし、次に隙をみせたら……小守、戦場大助、せいぜい足掻いてみろ」

 フフフ、フハハ、宗谷はついに笑いだした。

キャラ紹介

夢宮アリス 怪異事件が起きた際、西へ東へと奔走して事件を解決するための『影の会』の戦闘員。

術は『雪女』をベースにしているが非常にあいまいで、似たような話をいくつか補完として使っている。


蓮浄宗谷 大助たちのクラスメイトの父親で、『影の会』では実質実力トップの人。

黒幕枠?

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