戦場大助の日常 二四話
夢宮有栖ちゃんの話を聞いた翌日の昼休み。
小守のこととか『幻想化』のこととか心配なことが頭の中でぐるぐると回っている。
こんなの俺らしくないとは思っているんだが、意外なことに数ヶ月の居候生活で小守は俺の中で心配するに値するくらいには親密になっているらしい。
(今更焦っても仕方がないか)
やれることはやったと思う、砂糖さんは相変わらず連絡が繋がらないし、涼子も急いで帰ってくるとは言ったが、まだ事件に巻き込まれている最中っぽかった。
だからこっちの頼みの綱は柳さんだ。柳さんとは幸運なことに昨日の時点で連絡が繋がって尚且つ数日は暇だという。事情を話したら二つ返事で快く協力してくれると言った。本当に柳さんは頼れる姉御だと思う。
一応、蓮浄兄妹の妹の方、蓮浄白蓮さんにも事情だけ話しておいた。彼女はもしもの時のために兄を守れるようにしたいと協力は取り付けられなかった。ダメで元々だったのでこれは仕方がないと割り切った。無償で協力しろという方が不躾なんだ、むしろ、もし俺らがダメだったときに次に繋がる可能性を残せたと考えるべきだ。白蓮さんは涼子とタメ張れるくらいの実力者だ、俺らがダメだったとしてもその失敗から分析して何とかしてくれるような気がする。まあ、完全な個人の思い込みだろうけどね。
(まあいいや、とりあえずメシ食おう)
購買でパンでも買って智香と一緒に食べようと考えていたら携帯が震えた。
登録されていない知らない番号だった。
「――はい」
『そちら戦場大助さんの携帯でしょうか?』
丁寧な女性の声だった。
「そうだけど。もしかしてアリスちゃん?」
『はい、覚えていてもらえて幸いです』
とりあえず一つだけ聞く。
「なんで俺の携帯の番号知ってるの?」
『むしろ、どうして『影の会』に宣戦布告してきた人物のことを調べないと思っているのです?』
あれ、もしかして俺、結構いろんな人に番号知られちゃってる? 今度携帯番号変えよう。
それはそれとして、
「アリスちゃん、君が電話を掛けてきたってことは」
『察しがいいですね。私は今、「ツバサ」という喫茶店にいます。大助さんにとっても馴染みのあるところですよね?』
「というかバイトしてるし」
それと、アリスちゃんは喫茶店と言ったけど、どう見ても喫茶店にしか見えないけど、『ツバサ』は喫茶店ではなく何でも屋だ。そこ間違えると柳さん機嫌悪くなるので要注意。
『そうでしたか。その「ツバサ」を私たちの仮拠点とします。今からこれそうですか? できるだけ急いでもらえると助かります』
「わかった」
昼飯はまだだったが、これは食ってる場合ではないようだ。
学校を途中でフけるとまた悪評が立ちそうだが背に腹は代えられない。俺は急いで何でも屋『ツバサ』を目指すのだった。
カランカラン。『ツバサ』のドアを開けると入店を告げるベルがなる。
いつもなら『いらっしゃい――なんだ、お前か』といったやり取りをするのだが、今日は緊急休日と書かれた プレートがあったので、入ってくるのは俺やその関係者だけみたいだ。
「よう、待ってたよ」
カウンターで出迎えてくれたのはこの店の店長、柳舞さん。
カウンターには当然のようにいる小守(多分、柳さんが迎えに行ったんだろう。鍵はちゃんと掛けてるんだろうか?)、電話を掛けてきたアリスちゃん、そしてなんと意外なことに沖恵千里が居づらそうに座っていた。
「お疲れ様です、柳さん。アリスちゃん、これはどういうことだい?」
「学校をさぼらせてしまいスイマセン、大助さん。ですが状況が驚くべきスピードで進行しているので仕方ないのです。元々、後数日くらいは余裕があったのですが、街に漂う、何というのでしょう、『妖怪がいても不思議ではないよねみたいな空気』といいますか、私たちは仮にそれを『信仰』と言っていますが、その数値が非常に高くなりだしています。多分これは、どこかの妖怪の存在が広がり、認められてきたのだと思います」
謝罪から入り、憶測をいうアリスちゃん。やっぱり妖怪が原因ならその元凶はやっぱり小守だ。意識してどうにかなる能力じゃないぶんたちが悪い。
カウンター席で所在なさげに~なんて、小守の性格じゃない。ヤツはそれでもフンと突っぱねた態度でチョコパフェを食っていた。
いつもなら回し蹴りの一つでも飛ばしてやるところだが、これでも俺は空気は読める方だ。ここは俺がアリスちゃんに謝っておく。
「スマン」
「いえ、こうなる可能性もちゃんとわかっていました。それでも強攻手段にでなかった私たちにも責任があります」
と、アリスちゃんは静かに言った。
「さて、それでは本題に入らせていただきます」
さっそく仕切るアリスちゃんだが、すまないと思いながらも俺はひとつ気になることを聞く。
「悪い、その前に一つだけ、なんで沖恵千里がいるんだ?」
話のターゲットになった沖恵千里は一瞬ビクンと肩を震わす。そして、バツの悪そうに俺から目線をそらす。
「……先に言っておきます。前にも言ったかもしれませんが、前回の沖恵千里の襲撃は『影の会』とはまったく関係ありません。あれは沖恵千里が勝手に動いたものです」
まずはそう注意をしてアリスちゃんは続きを話す。
「でもだからと言って、手出し無用だと厳重注意して言ってるあなた達に勝手に接触してお咎め無しというのはどうかという意見もありました。都合のいいことに沖恵千里はあなた達を襲った後もこの街に宿を借りているようだったので、今回の人手として使うことにしました」
沖恵千里はおそらく年下であろうアリスちゃんからのこの発言に不快感を表すどころか、少々怯えが入っている。
「――そうでしたよね、沖恵千里?」
「は、はい!」
なんか、よくわからないけど、沖恵千里よりもアリスちゃんの方が立場が上なようだ。
「あ、あの、せ、先日は本当に申し訳ございません」
「いや、別にいいけどさ」
みてたらなんか可愛そうになってきた。
「では、そろそろ本題に入りたいと思います」
今度こそ、アリスちゃんは現状報告を含めた説明を始める。
「今の状況は割と芳しくありません。というのも、先ほども説明したようにこの街の『信仰』の値が大きくなっているからです。これにより、我々には一刻の有余もなくなりました。また、『信仰』が濃くなったことで、今夜にでも大妖怪が発現されることが予想されます。以上の状況から、私たちの行動はこうです。今夜、発現が予想されるポイントに向かい、大妖怪が発現した瞬間にこれに攻撃、消滅させます。現状の『信仰』の濃さから考えて、発現から最大でも三時間以内に倒せなかった場合、この街は『幻想化』します」
アリスちゃんは淡々と説明をする。沖恵千里は驚愕に目を見開き、柳さんは面白そうにニヤリと笑みをこぼし、小守は興味なさげにフンと鼻を鳴らして、そして俺は、どこまでできるかわからないがやれるだけやってみるという気概を表すために胸元に拳を作った。
時間はあっという間に流れた。
場所は都市部とは逆の方にある山。といっても、智香の屋敷があるあの山ではない。その奥六キロほどのところにもう一つ大きな山が存在している。
舗装された道なんてはもってのほか、土むき出しの道すらない本物の山だ。こんな山は本来なら都市化のために崩されていてもおかしくはないのだが、所有者がどうやら複雑な事情を抱えているらしく、国も手が出せないようだ。かといって所有者が管理している訳でもないので、木や竹が伸び放題、草もぼうぼう、果ては野生の動物までもが出るという。
「そんな話が上がるほどの山よ」
と、柳さんがこの山の説明をしてくれた。
「いやいや、このご時世に流石に動物はでないでしょう」
俺は流石にイヤイヤと苦笑いを浮かべる。数十年前まではいざ知らず、だけど都会は一気に都市化が進み、動植物の居場所は一気にいなくなった。
この山はそんな動植物がわずかに生き残った場所である。
「ですが、何でしょうか。この嫌な空気は……。人の手はほとんど入っていないはずですよね?」
アリスちゃんが柳さんに確認を取る。
「んー、多分。つっても、流石に年中無人とまではいかないだろうけどな」
「それにしては、こう、すごく嫌な気配というか、そもそも、こういう気配に気付けることがおかしいレベルなのですが」
術者のアリスちゃん、そして沖恵千里のほうも居心地が悪そうにしている。
「なんか、古いような、だけど、全く薄れていない恨みや悲しみ、孤独感の気配が……」
沖恵千里は竹刀袋(たぶんこの中にはまた真剣が入っているんだろうな)を抱きしめて震える。
そんな中小守だけが調子が良さげだった。
「わたしにしてみれば力がみなぎってくる。なんともいい場所だなここは」
珍しく上機嫌だ。
「あー、もしかすると、アレ本当だったのかも」
アレ?
「柳さん、アレとは?」
俺だけではなくアリスちゃんも疑問に思ったのか、すぐにアレの正体を聞く。
「えっとな、その昔、名もなき無数の武将たちがここで大争いして死んでるんだ、そういう話」
「……なるほど、それならこの重苦しい空気もわかります。最悪ですね、そりゃあ、この場所が反応するわけです」
「――おい、お前ら。来るぞ」
小守が注意を促す。
その瞬間、ぞわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっと、俺でもわかるほどの力、これが妖力か、とにかく、地面から湯気がわくみたいに上がってきた。
あまりにのことに体が固まってしまううちに、次の動きが現れる。
地面だ。今のは目に見えない妖力だったが、次は実際にボコッと『ナニカ』が盛り上がってきた。
それも複数。十や二十なんて数ではない。目に見える地面がぐらぐらと動いていて気持ちが悪い。そんな中から白いモノが顔をのぞかせる。
若干のタイムラグはあるが、次から次へと地面から這い出てくるそれは、
「私知ってる、スケルトンっていうクソ雑魚モンスターだな」
こんな状況でも余裕があるのか、柳さんはカラカラと笑う。対する青い顔をしているのは沖恵千里だ。可愛そうに、地面から無数の骸骨が湧き出てくるのはきっとトラウマになったに違いない。
「小守、こいつらは?」
いつもの感じで解説を任せる。
「見ての通り骸骨だ。それ以上でもそれ以下でもない。詳しく説明しようにも、実は骸骨の怪異は印象ほど多くもなければ面白味もない。ただ見た目が怖かったり驚かせられただけだったりとそんなものだ」
「つまり?」
「ただの雑魚のはず。倒すのは容易なほうだろう」
「妖怪図鑑からのお墨付きも頂きました。みなさん、こんな雑魚でもいることで『幻想化』に繋がります。それにこんなにいたら邪魔です、出来うる限り倒してください!」
アリスちゃんはみんなに指示を出して、その上で自分も行動する。
「術式を展開します! 吹雪き日の世界のように――凍れ!」
目の前の十メートルちょっとを放射状に、全ての骸骨の動きが止まる。それはよく見ると凍っていて動けないのだ。
更にアリスちゃんは手元に氷の槍を造り、凍った骸骨達を叩く。それだけで骸骨達はバラバラと砕け散ってしまう。
同じく術者の沖恵千里も負けてはいない。
「其の刀身に名を映す、映された名の通りを示せ――その名は『鬼切』!」
竹刀袋から刀を取り出すとそれに術を掛ける。よく分からない恐ろしいものを無理やり鬼と解釈して、怪異全般に効果がある対魔刀とする非常に使い勝手のいい術だ。
身のこなしも悪くなく、「やあ!」と掛け声をあげ骸骨をバッサバサと切り裂いていく。斬られた骸骨は形をとどめぬまま消えてしまう。
一般人に分類される俺や柳さんだって負けてはいない。むしろ、柳さんはパンチやキックで骸骨どもをバラバラにする。
「うはははは! 楽しいなオイ! 無限沸きレベリングみたいだ!」
こんな感じでなんか楽しそうだ。
俺も一応蹴りで骸骨を崩して、それを目が紅くなった小守が妖力を奪って骸骨は砂塵のように形を失う。
小守は雑魚と評したが、雑魚は雑魚でもこれだけの数が集まれば思いの外脅威になる。
柳さんは楽しそうだったが、倒しても倒しても地面から湧いてくる骸骨を倒すのは、応返徒労というか、ただ疲労だけが蓄積されていくようだ。
アリスちゃんが目に見える全ての骸骨を凍らせて、沖恵千里と柳さんがコンビネーションでその全てを砕くが、三秒後にはまた地面から骸骨が湧いてくる。
「これは……少々面倒ですね……」
アリスちゃんは額に冷や汗をかいている。
「ですがこれはまだ前哨戦です。みなさん、気を入れて頑張ってください」
アリスちゃんたちだけに負担はかけられない。
俺もより一層骸骨を殴り、蹴とばし、標本のような体をバラバラにする。そして形が崩れたところを弱ったとみなすようで、小守が紅い目で妖力を奪い取る。
これをしないと崩れた骨がまた元に戻るので絶対必要なことだ。
あと小守は柳さんが砕いた分の骸骨も妖力を奪っている。どうやら物理ダメージだけでは本当の意味で倒せないみたいだ。
いったいどれくらい戦っただろうか、沖恵千里はそろそろ動けなくなるだろう、十分ほど前から肩で息をするようになっているし、心なしかアリスちゃんも辛そうに口呼吸している。
俺もちょっとキツくなってきたがまだ大丈夫だ。
柳さんは言わずもがな、心配するほうが無駄だろうし、小守は基本的に動かなくてもいいので消耗していない。
そんな小守が小さく「バカな」と口からもらした。
「どうし――」
どうしたと尋ねようとしたが、わかってしまった。
更にこの場の妖力が増したことと、山の奥、無数の骸骨の先にいる一際巨大な骸骨がいることを。
「……どうやら、ここからが本番みたいですね」
額に汗を流しながらアリスちゃんは言う。
「大妖怪、がしゃどくろ」
コイツを倒せなければ、この街は終わりだ。




