戦場大助の日常 二二話
「ただいま」
ボロアパートの扉を開けて、狭く散らかっている(散らかっている原因は主に小守のせい)我が家に帰宅する。
普通に『ただいま』と言い、冷静を装って靴を脱いでいる俺だが、今日はいつもとテイションが違う。
原因は俺のすぐ後から玄関口に入ってきた女の子。黒のセーラー服の長い髪の女の子、目つきが鋭く(涼子や小守のような三白眼というわけではなく、こう、目が細いような感じ?)て、睨んでいるような感じがするのは少々いただけないが、クールな感じがするのでこれはこれでとてもいいと思う。現状、俺の知り合いにクール系の女の子はいなかったからとても新鮮だ。
少し遠慮しながら「お邪魔します」と後をついてくる。黒のストッキングがいま、我が家に降り立った。うん、まあ、ちょっとだけ盛り上がっちゃっている訳だ。
だって、仕方がないじゃない! 言い訳をさせてもらえれば、俺、戦場大助は『まともな』女の子を自分の部屋に入れた経験は今回が初めてなのだから。
小守? 人外がまともな訳がないじゃん。智香? 常識は持ち合わせているけど、家柄の問題でそんな簡単には遊びにいけないらしい。涼子? 論外。以上。
「居候のヤツのせいで部屋が散らかっているけど……」
「構いません」
アリスちゃんはクールに言う。
「そうか――小守、今戻ったぞ」
畳の間へ続く扉を開ける。そこには、一度押し入れに直していたはずの布団が敷かれていて、その中に怠惰の化身(小守以外にいるだろうか、いやいない)が包まって眠っていた。
「ヤロウ、今寝てたら夜が眠れないじゃねぇか」
いつもなら、プロレスチックな技の一つでもかけて起こしてあげるのだが、今日はお客さんがいる手前、見苦しいところは見せられない。なので俺は優しく、布団ごと持ち上げて、開けっ放しの押し入れに……シュゥゥゥーッ!!
「んおおおおおおおお!?!?」
超! エキサイティン!!
「おはよう小守」
「死ね!」
アリスちゃん、ちょっと引いていた。
いつものようなやり取りを終えて、ちゃぶ台に座る。いつもなら小守とお互いが目の前にくるように座るのだが、今日はアリスちゃんを合わせて三角形になるように座る。
「で、なんだコイツは。霊力の気配がするから一般人ではないだろう」
小守は若干イライラしている。何かあったのだろうか?
「お前、結構前に気配とかそういうのってわかりずらいって言ってなかったけ?」
記憶の中で確かそんな感じなことを言っていたような気がする。
と、ここでアリスちゃんが会話に混ざってくる。
「それはそうでしょう。才能がある人はキロ単位で怪異の気配や術者の霊力を感じ取れるそうですけど、私含め一般の術者はせいぜい目視範囲内、五十メートルも離れている気配を感じ取れればすごいほうです。ですが、これだけ近ければ誰でもわかるようなものです」
「ふぅん」
術者に一般もクソもあるかとは思ったが、口には出さなかった。
「で、なんだコイツは」
小守は本日二度目の質問をする。
「自己紹介からさせてください。私は『影の会』所属、夢宮有栖です。本日は数日以内に起きる『幻想化』について少しお話をしに来ました」
「なっ!?」
驚いた。まさかその話が出るとは思わなかった。いや、少し違うな、うすうすは感づいていた。たまに夜の街に飛び出して街の掃除として怪異を、妖怪を小守と倒してきたが、割と逃げられていることも多かった。沖恵千里が俺らの代わりに妖怪狩りをしてくれているからどこか安心している時期もあったが、それだけではまだ駄目だったのかもしれない。
しかし、すがるような思いで僅かながらの抵抗を言ってみる。
「ちょっと待ってくれよ、確かに俺たちは逃げられることも多かったが顕れている妖怪を倒してきている、それだけじゃ足りないって言うのかよ!」
情けないかもしれないが少し声が震えていた。アリスちゃんたち『影の会』は元々こういうことが起きないために小守を消そうとしていた。それを俺と砂糖さんが脅しをかけることでギリギリのところで思いとどまってくれているだけだ。もし本当に『幻想化』が起きてしまうのなら『影の会』は躊躇なく小守を消すだろう。
「もちろん、あなた達の働きかけも沖恵千里が独断で行った妖怪狩りのこともコチラは知っています。普通に考えればこの街はまだ『幻想化』が起きるには早すぎるでしょう」
「だったらなんで!」
「大助、落ち着け」
熱くなっていた頭に小守の言葉が冷水のように効く。
「そう熱くなるな。多分『影の会』は我々に敵対するようなことは今はしないだろう。こいつらにしてみれば『幻想化』を起こす原因であるわたしを消せればいいのだから、わざわざお前と一緒にやってくるなんてお行儀よくしているうちは手は出さんはずだ」
「ご理解いただいて感謝します」
アリスちゃんは、腕を組んで不機嫌そうなツラした小守に謝礼を述べる。
「小守さんが言った通り、『影の会』は今はまだあなた達に手出しはしません」
「……わかった、スマン、勝手に熱くなってたな。話を続けてくれ」
気恥ずかしさで後頭部を掻く。そうだよ落ち着け、何ひとりで勘違いしてるんだよ。
「では話を戻します。数日内に『幻想化』が起きる原因、それはある妖怪が現れることにあります。今回、『影の会』は偶然にもその兆候を発見することができました。これが普通の妖怪なら、顕れても街のキャパ内に収まるんですが、そいつは一気に街の限界を超えてしまいます。そうなれば『幻想化』が起きるのは時間の問題でしょう。そこで、あなた達にはその妖怪が現れたら私たちと一緒にその妖怪を退治してもらいたいのです」
アリスちゃんは俺と小守を交互に見る。
「街のキャパを一気に超えるような妖怪、それって……」
そうとうヤバくないか?
言葉を失う俺の前に小守が楽観的に言う。
「なーに深刻そうなツラしてんだ。そんなの砂糖に任せりゃいいんだよ」
そう小守は言うが、
「なあ小守? その頼りの砂糖さんは今一体どこにいるんだ?」
「え?」
実は数日前に砂糖さんは『ちょっと仲間たちと旅行に行ってくるねー』と言って、数日間返ってきていない。携帯に掛けても電源が入っていないのか繋がらずにいる。
「じゃ、じゃああの人外! 涼子に手伝ってもらえば」
「アイツ今中国だってよ、なんか事件に巻き込まれてるっぽい」
「……マジ?」
小守は今になって事のヤバさが分かってきたようだ。
一応、涼子と砂糖さんにはもう一度連絡を入れようと思うが、だいたいこういうときは繋がらないのがセオリーなんだよなぁ。
あとこっちで頼りになりそうなのは柳さんと蓮浄兄妹くらいか。でも蓮浄兄弟はあんまり関わってくれなさそうだけど……。柳さんにも後で連絡を入れよう。
「そうですか、『架空兵器』さんはいらっしゃらないのですか。こちらは『架空兵器』さんを頼りにしていたのですが……」
アリスちゃんのいう『架空兵器』とは砂糖さんのことだ。
「こちらでも増員はしてみますが、『影の会』は意外と戦闘メンバーは多くはいません。あまり期待はしないでください」
「こっちでも頼りになりそうな人には当たってみる」
「ええ、お願いします。では、私はこの辺で」
そう言ってアリスちゃんは席を立つ。
「送っていくよ」
「いえ、お構いなく。では」
畳の間から出ていき、玄関が開く音が聞こえた。「お邪魔しました」そう言う声が聞こえて扉がしまる。
「しかし、厄介なことになったな」
客がいなくなったからか小守は足を崩す。
「声掛けれそうな人には片っ端から当たってみるよ」
「けーたいというのは本当にわからん」
「いい加減機械に慣れやがれ」
……こんな風に、小守とふざけ合えるのが後数日までかもしれないだなんて、本当に信じられない。
今俺にできることはすべてやり切ってその妖怪に備えよう。
「あ」
ところで、俺はその備えるべき妖怪のことを聞くのをさっぱり忘れていた。気が付いた時にはもう後の祭りである。




