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戦場大助の日常 二一話

 それは、やはり一人で下校中の時だった。

 そろそろ蒸し暑くなってきて、ああだるいなぁと思い始める時期である。

「へえ、じゃあお前いま中国にいるんだ」

『ああ、薬はもう飲んでよかったんだけど、別の事件に巻き込まれてなー』

 電話口から涼子の面倒臭そうな声が聞こえる。歩き電話中だけど、いいじゃない。どうせ誰も守ってないんだからさみたいな感じだ。

「よくやるよ、お前はよく色々なことに巻き込まれるな」

『ハハッ、すごいブーメラン言ってる自覚あるか?』

 実は少しだけある。

「でも、俺の中の厄介事って、半分くらいお前からのとばっちりだからな」

『あ、ざざざ、急にザザ電波の調子が』

 ブツッ! 電話は切れた。あの野郎、逃げやがったな。口でざざざとか言ってるんじゃねぇよ!

「チッ」

 舌打ちをして携帯をポケットに戻す。この舌打ちはもう癖みたいなものだ、勝手に出てしまう、仕方がない。

 まあでも、考えてみればこの後しばらくは涼子はいないわけだ。その間は平穏な生活が保障される。そういうことだろう。

 あれ、そう考えるとなんか楽しくなってきたぞ。いや、うれしい? なんかこう、やったぜ! って感じになる。別に涼子のことが嫌いなわけではないのだが、正直な話アイツの持ってくる厄介事はマジでメンドイ!

 アイツ自身はハイスペック少女で、厄介事を厄介事と思わず楽しんでいる節すらある。それは別にアイツの勝手だが、巻き込まれるこっちは何度か命の危機さえ感じている。そこんところアイツは分かっているのだろうか?

「まあ、いいや」

 そしてなんとなく雰囲気を感じて後ろを振り返る。

 電信柱の裏、俺に隠れるように何か小さな動物がいた。

「猫? いや、イタチか」

 だが待ってほしい、こんな街中で普通の動物が人前に姿を現すだろうか、答えは否!

 十中八九コイツは妖怪の類だ、最近また妖怪が現れるようになってきているし、間違いない。

 問題はコイツがどんな奴なのかわからないってことだ、どんなことをするのか禁則事項はあるのか弱点はあるのか、何なのか全くわからない。

 とりあえず、刺激しないようにゆっくりと後ろに下がる。下がりながらポケットに戻した携帯をまた取り出す。小守に電話をかけ――ようとしたところで、何かに躓いて後ろ向きに倒れる。

「うおわ!」

 俺が倒れるのを見て、電信柱の裏にいたイタチが動いた。

 こちらに向かって飛び出してくる。みれば、両手は鎌のように鋭く変形している。

 いくらこの業界の知識が浅いといっても、この見た目でコイツがなんの妖怪なのか分かった、両手が鎌のイタチで鎌鼬(かまいたち)だ。

「やられるかボケ!」

 倒れこんだといえども、無抵抗でいる気はない。

 鎌を振り上げてとびかかってくる鎌鼬を、座り込んだまま蹴とばす。

「よし」

 この間に体勢を立て直して、ひとまず逃げる。とりあえず一度、小守に連絡が取れればいいのだが――と考えて走っていたところ、また何かに躓いて倒れてしまう。顔思いっきし打った、いてぇ。

 伏した目の前を、イタチが通る。よく見るとさっきのヤツとは違い、腕は普通な感じのヤツだ。でもニヤニヤと野生の動物がしないような意地の悪い顔をしている。腹立つけど。

 そして倒れている間に後ろから鎌の腕したヤツがまた来やがった。

「チッ」

 降り降ろさせる鎌を身を転がせることで回避。態勢を整えてバックステップ、距離を取る。

(さてどうしたもんか、足止めする奴と攻撃する奴の二体。役割が決まっているっぽいが、このまま身動き取れなくなるならもういっそ潰すか? 鎌鼬は有名な奴だし倒してどうとか触れて即死とかそんなのはなかったはずだし)

 なんて一瞬のうちに熟考していると、後ろから声を掛けられた。

「もしかして、戦場大助さんでしょうか」

 冷たい声だった。

 声の主はツカツカと足音を鳴らして俺の隣に立つ。

 黒のセーラー服に長い黒髪。パッと見れば美人だろうが少し目つきが悪い。

「おい、ここは今危ない、早く来た道を戻れ」

 誰だか知らないが鎌鼬がこの人にターゲットを変えるかもしれない。

「お初にお目にかかります、私は『影の会』の夢宮有栖と申します。どうぞアリスと呼んでください」

 アリスと名乗る少女はこちらを向かないままそう挨拶した。

「お前、いま『影の会』と言ったか!」

 いろんなことを思い出す。『影の会』と言えば、昔真っ先に小守を消そうとしたところで、最終的に砂糖さん達と逆に脅しをかけることで小守の存在を認めてもらったりした因縁浅からぬ組織だ。最近では沖恵千里が襲撃してきたりとごたごたもある。

 ということはコイツは術者なのだろう、鎌鼬の相手をしながらこの黒服少女の相手もしなくてはいけないのか。

「本日はアナタにお話があって来たところですが、その前に手を貸しましょうか?」

 少女は右手を二匹の鎌鼬に向ける。

「俺を倒しに来たんじゃなかったのか」

「倒されたかったのですか?」

「いや、そうじゃないけど」

 会話をしながらも油断なく鎌鼬達を見張る。鎌鼬の方も、突然の来訪者に警戒して攻撃しづらいようだ。

「じゃあそこまで言うなら手を貸してもらおうか」

「――少しだけ後ろに下がってください」

 少女の言う通り一歩後ろに下がる。

「術式を展開、吹雪き日の世界のように――凍れ」

 長い髪とスカートが揺れた。途端に一気に寒さを覚えた、これはこの少女の術なのだろうか。

 変化はそれだけにはとどまらなかった。二匹の鎌鼬の内、両手が鎌になっているほうの目の前から氷の柱がはえてきた。驚く鎌鼬、更に後ろ側、左右と鎌鼬を逃がさない檻のように氷の柱が出てくる。完全に鎌鼬は閉じ込められた。

 もう一方の鎌鼬(手が普通のやつ)の方も変化があった。仲間の鎌鼬が捕らえられたというのに大人しいと思えば、よく見ると体を揺らしてした。意味が分からなかったが、よくよく見てみると鎌鼬の足元が凍っていた。アスファルトもあそこだけ霜がおりているように白くなっているし間違いない。

「捕まえました。見た目が動物なので、このまま体温を冷やせば弱って消えるでしょう。それにしても鎌鼬ですか、知っていますか? 元々は『構え太刀』が訛ったものみたいです。元は刃物が入っていたから人を傷つけるのでしょうかね。それから、鎌鼬は三匹で行動するとも言われています、一匹目が転ばせて二匹目が傷つけ三匹目が薬をつけて傷を治すそうです」

 少女は鎌鼬の知識を俺に教えてくれる。

「詳しいんだな」

 こういう役目はいつも小守がしてくれるので、少し新鮮だ。やっぱり業界の人間は知っていて当然の知識なのだろうか。

「鎌鼬はポピュラーな妖怪ですからね。術のベースになることもそこそこ多いので」

 術の云々は俺にはわからないが、割と知っている人は多そうだと思った。

「あの鎌鼬は三匹の伝承の鎌鼬のようですね。あと一匹どこかにいるはずですが……二匹がやられてるので出てくることはないでしょう。あのまま力を失って消えてくれることを願いましょう。では戦場大助さん、私の話を聞いてください」

 少女は目つきの悪い瞳で俺を睨んだ。

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