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戦場大助の日常 二十話

「ういーっす、大ちゃん。おはよー」

「涼子かおはよう」

 朝起きて着替えして、芽衣子さんのところで朝食を食べに来ていた時だった。

 久しぶりに見かけた涼子はすごく眠そうだった。フラフラとしたような感じで俺の隣の席に座ってくる涼子、ちょっと足取りが危なかったような。

「芽衣子さんもおはようございます」

「はい、おはよう。……大丈夫?」

 涼子の顔色が少し悪くて芽衣子さんも心配している。

「はい、大丈夫っすよ」

「珍しいな、寝不足か?」

「あー、うん。ちょっと吸血鬼を追っててさ。かーなーり疲れた。砂糖のボケめ」

「ああ、砂糖さんの手伝いか。え、つーか吸血鬼ってマジ? 大丈夫なやつ?」

「戦い自体は楽勝だった」

 そう涼子は言うが、顔は楽勝だった時の顔をしていない。

「それよりも待ち時間が問題だったんだよ」

「待ち時間?」

「ああ。吸血鬼を待ってる時間。20時間も薄暗いビルとビルの隙間みたいなところで待ってたんだぜ? 明らかに面倒な過剰労働だろう」

 涼子は熱にそう言った。それ聞くと確かにかわいそうだ。

「ま、それはもう終わったからいいんだよ」

 いいのかよ。

「そうそう、大ちゃん。ちょっとこれ見てくれよ」

「あ?」

 涼子はペロっと上着をまくってお腹を見せた。

「いきなりなんだ――え、なにそれ……」

「あらあら、これはなんなの?」

 芽衣子さんも驚いて手を口元に持って行った。

 涼子のお腹には、驚いたことに唇があったのだ。しかも、なんというか、すごくエグいことにホッチキスで止めてある。お腹の唇はもごもごと何か言おうとしているのだが、ホッチキスで挟まっているので声にならない。

 というか、芽衣子さんもこれを『あらあら』で済ませてしまうあたりそうとうなアレだと思う。常識人だと思っていたんだけど、よくよく思えばこの化け物の巣窟みたいなアパートの大家してるんだからこの程度で驚くほうがおかしいのかもしれない。

 話がずれた。とにかく、涼子のお腹にはホッチキスで閉じられた唇がもごもごしていた。

「森の中で野宿してたらよ、朝起きてみたらこんなのができてたんだ。帰りの話し相手には困らなかったんだが、流石にコレをそのままにしておくわけにはいかないだろう?」

 涼子は面倒臭げに言う。

「多分『怪異』絡みだと思うから、後で小守っちに聞きに行こうかと思ってさ」

「なるほどな、確かに小守なら何か知っているだろうし」

「あらあら、涼子ちゃん。それにしてもホッチキスはやりすぎよ? 女の子なんだから体に傷が残ることしちゃダメよ~」

 芽衣子さんは涼子用の朝ご飯を準備しながら注意を促す。

「う、アタシはどうも芽衣子さんは苦手だぜ」

「ハハハ、お前も少しはお淑やかになれってことだ」

 まあ、そんな涼子は想像もできないんだがな!



 そんな感じで朝食をとり、涼子を連れて自室へ。

 でもそういえば昔はコイツ、俺の許可なしに勝手に鍵をこじ開けて部屋に入ってきてたんだよな。それを考えればちゃんと俺に話して一緒に部屋に入るくらいの常識は身についてきたってことなのかもな。

 さて、この間片付けたはずの汚部屋に戻ってきて、まだ枕に涎垂らしているクソガキを見下ろす。

「ま、当然まだ寝てるよな」

「大ちゃん部屋きったねぇな」

「俺じゃねえ、小守のせいだ」

 大雑把な性格の涼子からみてもこの部屋は汚いらしい。マジで部屋の片付けを小守に覚えさせようと決めた瞬間だった。とりあえず、このクソガキを起こすところから始めようか。

「オラ小守! おはようの時間だ! 布団とはおさらばだオラァ!」

 今日はお客さんもいるので比較的穏便に、かぶっている上布団をひっぺがえす。

「んんんんんんおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお!?」

 布団をひっぺがえした瞬間、小守は奇声と共に敷布団の端を掴んで体をローリングさせる。セルフ簀巻きだ。ちょっと笑える。

「おはよう小守」

「死ね」

 そういえば押し入れに使ってなかったロープがあったな。

 ええと、どこにあるかなー。あった。

「ん、大助キサマ何をしている。オイ、聞いているのかうおおお? 転がすな!」

「なー大ちゃん、小守っち縛りつけてるところわりーと思うけどそろそろアタシの話に行ってもいいか?」

「んあ、ああ。そうだったな」

 敷布団にロープを巻き付け終わる。

「わたしはこの仕打ちに納得がいかないのだが……」

「まーまー、アタシの話ちょっときいてくれよ。あとでその簀巻き解いてやるからさ」

 涼子が小守の目の前まで近付く。

「ぬ、キサマがわたしに用があるとは珍しいな」

 小守は意外そうな表情をする。

「怪異専門家の小守っちにちょっと見てほしくてね」

 涼子は小守の前に座る。

「わたしは『怪異』ではなく『妖怪』が専門なのだが、まあいい。話してみろ」

 いつも通りの偉そうな話し方をしているが、今の小守は簀巻き状態だ。ちょっと笑える。

 まあ、そんな感じで涼子は例の痛々しいお腹を小守にも見せる。

「コレなんだが」

 さっきも見たが、お腹に唇があって、ホッチキスで止めている。二度目だけどエグいよ涼子。いくら自分の体だってそれは普通やらないわ。

 小守のほうは、まあ怪異に慣れているというだけあってお腹の唇を見ても特に驚いた様子はない。

「フム、人面瘡か? キサマ、腹に怪我でもしていたか?」

「怪我? うんにゃ、こうなる前に吸血鬼と戦ってるからな。怪我だけは気を付けて感染しないようにしていたぞ」

「お前は吸血鬼をどこぞのゾンビ映画みたいに考えているが、吸血されたときに吸血鬼になるんだぞ。ウイルス感染ではない」

「あ? そうなのか?」

「まー、アレは時代や地域によって微妙に設定が変わるからな。広く知られた怪異全般に言えることだが。非常に面倒なやつだ。まあ今はその話はおいておいて、お前のソレの話をしようか」

 脱線した話を戻す。小守はもう一度確認をとる。

「腹に怪我とかはしていなかったんだな?」

「ああ、それは確実だぜ」

「フム。ならもう一つ質問だ。痛みの有無を教えろ」

「痛みは、ホッチキスで止めてあるから少しは痛いぞ」

「ホッチキスじゃない痛みだ。まあ、その様子からすると痛みはないみたいだな」

「そうだな。痛みはなく。ほんとに急にコレが出てきたって感じ」

「ホッチキスで止めてあるが、これは話はできるのか?」

「そうだぜ、砂糖さんの仕事の手伝いで遠くまで行っていたんだが、その帰りにコレができてな。しゃべり相手になってもらったぜ」

「んー、痛みはなくてしゃべりはできるか。それはおそらく、応声虫がベースになってて、人面瘡のアレンジが加わっているかもしれないって感じだな。説明は必要か?」

 小守(簀巻き)は俺らを見回す。

「スマンが説明を頼めるか?」

「アタシも聞いたことがねーな」

「まず、人面瘡。これは字のごとく人の顔の形をした怪我だな。目やら口やらあって痛みを伴う。口に食べ物を入れると痛みは薄れる。貝母というアミガサユリの薬で治すことはできる。殺された人間の恨み等が原因だとも言われているな」

「ほーん。でもアタシは殺しまではしてなかったから人面瘡ではないな」

 涼子はニシシと笑う。誰を、とは怖くて聞けない。

「あくまで原因の一つだ。絶対に恨みでそうなるわけではない。あと法華経でも効果があるらしいな。でもわたしは法華経を聞いたことはないがな。蓮浄とかいう兄妹がいただろ、あいつらならできるんじゃないか?」

 割と適当に小守は言う。きっと知識のカバー外なのだろうな。

「次に応声虫だが、虫とはいうが見た目は角があるトカゲだ。症状は腹の中から問いかけの返事が返ってきたりする。やはり食べ物を与えると食べるし、拒むと熱を出させて宿主を苦しめたりする」

「あー、そういえばちょっと熱っぽいと思ってたら」

 と、涼子はおでこを触る。

「涼子熱あるのかよ。お前……バカは風邪ひかないってことわざ知ってるか?」

 流石に呆れるわ。そういえば最初こいつフラフラしてたな、熱のせいだと思えば納得いくわ。

 俺の煽りを丸無視して小守は説明を続ける。

「応声虫には雷丸という漢方が効果的だ」

「ほうほうなるほど。貝母と雷丸が効くんだな」

 涼子は立ち上がった。その時に少しだけふらつく。支えようとも思ったが、その前に自分でバランスをとりやがった。でも一応声をかけておく。

「おい、大丈夫か?」

「あ? ニシシ、アタシを誰だと思ってる? ちょっと疲れて熱もあるが、この程度どうってことないぜ。とりあえずいまからその貝母と雷丸を調達してくるわ。いやー助かったよ大ちゃん、小守っち」

「いや、俺はなんにもしてない。やっぱりいつも小守の知識が役に立っているだけだ」

「そうだ、わたしの知識のおかげだぞ!」

 お前はちょっとは謙遜という言葉を覚えろよ。

「まー何にしても助かったぜ、ありがとな」

「おう」

 涼子は軽く手を振るとフラフラしながら出て行った。

「……アレがフラフラなのは珍しいと思っていたら、そういうことだったのか」

 小守は妙に納得がいったという表情だ。

「というか、お前は手伝いにいかないのか? いつもなら助けたりするのに」

 小守がいつもの三白眼で俺を見てくる。

「うーん、助けてもいいんだけど、あいつが自分でやる気だからなあ、それに、俺が手伝おうとしてもかえって足手まといになるし、それに涼子なら全く心配する必要がないし」

 それが俺の中での涼子の評価だったりする。

「ふぅん、お前というやつは分からんな」

「そうか?」

「そうだ。それと、なんでわたしは布団に巻かれているのだ? それもわからんのだが……」

「なんでだろうなー」

 俺もなんでコイツを簀巻きにしたのか理由は分からない。ただのなんとなくでしかない。

「まあ、気にするな」

「そうだな――ってなるか! 早く解け! あとお前またわたしを置いて芽衣子の料理食ってきただろう!」

 急に騒ぎだしてうるさいので、さっさと学校に行ってしまおう。部屋の隅に投げ出しているカバンを持って部屋を後にする。

「あ、おい! 大助キサマ! まさかわたしをこのままにするつもりか! おい、おーい! え、嘘だろ? マジで置いていきやがったあの野郎! 畜生! この恨み晴らすべきかー!」

 後ろから騒音が聞こえるけど、これから学校に行く俺には関係ないことだ。

 じゃあ今日も行ってきます。

前、間違えて「異世界冒険」に投稿したやつです。

なぜ間違えたのか・・・

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