花
彼女の胸に芽が生えたのは二週間前の事だった。治療法の無い流行り病だ。花が咲いた時には死ぬでしょう―医師の言葉を受けた彼女は激しく取り乱しはしなかった。ただ茫然と泣いていた。私も茫然と、ただ泣いていた。
三日後に彼女は私に言った。貴方に病を移したくないからもう会わないで欲しい、私は実家に帰るから―と。私は弱かった。彼女より私の身のほうが大切だった。彼女を愛することより病への恐怖が勝った。結果その日から私は彼女に会っていない。
その二日後彼女から手紙が届いた。恐らく最後に私と会った日に書いたのだろう。私と彼女の家は離れている。文面は、両親が看病をしてくれて嬉しい―庭の梅をもう一度見たい―病を治してみせる―絶対に会いに来るな―という物だった。私は適当に返事を返して出かけた。
一週間前にもまた手紙が届いた。文面は、まだ寒く梅は咲きそうにない―貴方との結婚が先になりそうで悲しい―草はどんどん背丈を伸ばす―絶対に会いに来るな―という物だった。私は適当に返事を返して出かけた。
その三日後にまた手紙が届いた。否、届いていた。一日家を留守にしていたから気づかなかった。字体が変わっていて驚いたが彼女の母が代筆したようだ。文面には、蔓が体に絡まって思うように動けない―苦しい―死ぬのが怖い―会いに来ないでくれ―という物だった。私は適当に返事を返した。
その三日後にまた手紙が届いた。彼女の字で。文面をそのまま記そう。
貴方の事を愛していましたけど貴方は私の事を愛していなかったのでしょうか。病に掛かった私を化け物を見る目で見ていた事、私と関わるのが面倒だから適当に手紙を書いていた事、私を捨て他の女の家に行っている事、気付いていました。でも、嗚呼私はあなたの事を嫌いになれない。だから私は貴方を縛り付けましょう。私の花で。
この病はその花の胞子を吸うと発病します。だからこの花を私の胸から切った両親、郵便屋も多分発病するけどそんな事知らない。貴方を連れていけるなら。
ねぇ貴方、愛しています。先に待ってます。
その手紙と共に花が、紫のアザミのような花が添えられていた。
そして今日、私の胸から芽が生えた。