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エレン

ようやくつぎの町へついた一行は、山賊のエレンと再会する。船に乗る手配をしたかれらは町の人間の奇妙な対応にとまどうことになるのだが……。

 トラントンの町はまさに港町だった。

 海に面した入り江にごちゃごちゃとさまざまな家がたちならび、そのあいだを木の桟橋が道路がわりにつながれている。家を建てられる平坦な土地がせまいため、いきおい家々は三階建て、四階建てと上へのび、さらにそのうえにあらたな家が建てられていて、そのあいだを通路が空中をつないでいた。船はその家のあいだの水路におしこめられ、ひしめいている。

 町の入り口には木の柵があり、その上には兵士が弓をかまえている。

 四人が町の入り口に近づくと、見張りの兵士が誰何した。

「われわれは旅のものです。船に乗りたくてきたのですが」

 山田が兵士たちに説明すると、それまでふさがれていた入り口の扉が観音開きにあいてなかから数名の士官があらわれた。かれらは疑い深い視線で四人をじろじろと眺めた。

 そのなかのもっとも身分が高そうな士官が口ひげをひねりながら口を開いた。

「ふむ、トラントンにようこそ。わしは警備隊長のグラントという。まあ、立ち入りは許可するが、面倒をおこすことは許さんぞ。われわれはよそ者には特に注意しているからな」

 洋子は山田のとなりの御者席でぷっ、と頬をふくらませた。

「なによ、あの言い方。まるであたしたち、犯罪者だと思っているみたいね」

「よそ者はつねに犯罪者である可能性があるのだ!」

 洋子の声が聞こえていたのか、グラントは声をはりあげた。

「この町は港町であるため、つねによそ者が立ち入りやすく、いきおいそのなかには捜査の手をのがれるためここに流れてくるやからがおおい。だからわれわれとしてもつねに警戒しているのだ。わかってもらえたかな?」

「わかりました」

 山田はおとなしくうなずいた。ここで面倒をおこすつもりはない。

 グラントは尊大にうなずくと立ち去った。山田は手綱をにぎって馬車をすすめた。全員が門をくぐると、数名の奴隷が門の開閉装置を動かし、門扉がゆっくりともとに戻った。

 町に入るとすぐに馬車や馬の預け場がある。なかから兵士たちがとびだして立ちふさがった。

「とまれ! トラントンの町に騎馬や馬車ではいってくるものはかならずここでじぶんの乗り物をあずけなくてはならない。これはきまりだ! 預け料は無料だが、三ヶ月回収にこなければ没収となる。その条件でよければ預かるがどうだな? 預けなければ、これいじょう町の中にはいることは許されん」

 四人はその条件をのみ、木札でできた預り証をもらった。その預り証をわたせば、馬や馬車が返却されるしくみである。

「なーんか、いやな雰囲気!」

 洋子はつぶやいた。市川もうなずいた。

「ああ、同感だ」

 町のなかをすすむと、あたりは剣呑な雰囲気になってきた。昼間だというのに立ち並ぶ家々のおかげであたりはうすぐらい。そこらには地面にべったりと腰をおろし歩きさる四人にじっと視線をはずさず見送っている人々がいる。それらの視線はするどく、まるで獲物をねらう猟犬のようである。これみよがせにナイフをちらつかせたり、あるいはわざとらしく笑いかける男もいる。あたりには悪意が手に触れられそうにたちこめている。

「こりゃ、あの警備隊長がおれたちに言ったことも理解できるな。おれがこの町の住人だったら、よそ者は警戒してあたりまえだ」

 市川の言葉に山田はうなずいた。

「こうなったら早く船を見つけて、さっさと町をおさばらしたいよ」

「あ、あっちが桟橋らしいですよ」

 三村が指差す方向を見ると、なるほど帆船が数隻、桟橋に接岸している。みな山田が昨夜設定したような外輪をもつ蒸気帆船である。何隻かの船には船員が甲板で荷おろしや、あるいは積み込み作業を忙しげにおこなっている。

 接岸している船の中でもっともおおきな船に四人はちかづいた。その船はほかの船とはなれた桟橋にぽつん、と接岸していた。桟橋でロープをかたづけている船員に山田は船の名を聞いた。

「ありゃクマリ号でさ。船長はタバンといって、このあたりじゃ知られたひとだ。あんたら、あの船に乗りたいのかい?」

「ええ、目的地がわれわれと一致すればね」

 ぷっ、と船員はくわえていた爪楊枝をはきだし、あたらしい爪楊枝をくわえた。

「そうかい。まあ、クマリ号なら安心だ」

 そういうと、船員は目をそむけた。語尾がふるえていた。

 四人は船員に礼を言って船に近づいた。

 甲板では船長らしき人物が積み込み作業を指揮していた。帆桁に滑車をつなぎ、ロープで桟橋から荷物を積み込んでいる。かれがタバン船長だろう。

 でっぷりと太ったからだつきで、着ているのはひざまで丈があるフロック・コートだった。頭には船長の帽子をななめにかぶり、顔はもじゃもじゃのひげでおおわれている。片目には眼帯がつけられ、口にはコーン・パイプをくわえていた。そういった格好は、どう見ても海賊の親玉そのものである。

「こんにちわ」

 山田が挨拶をすると船長はじろりと四人をにらんだ。

 無言である。

「あの、この船の船長さんのタバンさんですか?」

 山田がそういうとかれはうん、とうなずいた。

「あのう、この船の目的地を教えてくれませんか」

「北の大陸だ。明日、出港の予定だが」

 船長の口調はうつろで、なにか台詞を棒読みしているようなぎこちなさがあった。が、タバンの返事に四人は顔を見合わせた。なんと好都合なことか!

「それならわれわれの目的地でもあります。四人分の船室はありますか?」

 うん、とうなずいたタバンは疑わしげにこたえた。

「ああ、あるとも。しかしあんたら、本気で北の大陸へゆくつもりかね?」

「ええ、それがなにか」

「それならなにも言うまい。わかっているだろうが、あっちじゃ魔王の軍勢とやらがうじゃうじゃいて、安全は保障できないよ。まあ、おれはあっちへ荷物をとどけるだけだからすぐひっかえすがね」

「それで結構です」

 三村船の甲板に桟橋から渡された板の橋をつかってあがると船長に四人分の船賃を前払いした。金を勘定して、船長はうなずいた。

「いいだろう。出港はあすの夜明けになる。おくれても、おれは待たないからそのつもりで」

 桟橋をはなれ、四人は宿屋のあつまっている通りへ移動した。

「さてと、船の予約もすんだし、あとは宿でねるだけだな」

 山田が両手をすりあわせた。市川はにやりと笑いかけた。

「なあ、みんな。どうせ明日の夜明けまでやることないんだろう? そんならちょっとこれでもどうだい」

 そういうと市川はカップをかたむけるしぐさをした。洋子は首をふった。

「あんた、そんなに飲みたいの?」

「いいじゃねえか。ここ数日、ぜんぜん飲んでないし、だいいち北の大陸とやらに行くことになったらいつ飲めるかわからねえからな。そうだろ、山田さん」

 市川の言葉に山田もうなずいた。

「おれも賛成だ。三村くん、きみはどうだ?」

「いいすよ。ぼくもこの世界の酒のあじになれてきたところですから」

「しょうがないわねえ。じゃあ、つきあってあげるわ」

 そういうことで、四人は肩をならべて歩き出した。

 宿屋がならんでいる通りにでると、両側からいっせいに客引きがわっとばかりに集まってきた。

「お客様! こちら親愛なる海賊亭でございます。うちでは食事つきで一晩おひとり十ゴールドでございますよ!」

「こっちのクラーケン亭では一階で踊り子によるショーをやっておりますです。いまならラインダンスがお楽しみになれますです!」

「まてまて、うちではおやすみ前にマッサージのサービスつきですよ! 旅のおかたにはたいへんご好評いただいておりますよ!」

 客引きのため四人は立ち往生してしまった。山田はかれらのあいだをかきわけ両手をあげた。

「待ってくれ、おれたちは夜明け前にクマリ号に乗るんだ! だから一晩だけでいいんだ」

 その言葉がおわらないうちに客引きの表情がかわった。気まずい空気がながれ、かれらはおたがいの顔を盗み見てそろそろとあとずさった。

「あ、あの。あんたがた本当にクマリ号に乗りなさるのかね?」

 ひとりの六十がらみの客引きの老人が山田の顔をのぞきこむようにしてたずねた。山田はうなずいた。

「ああ、そうだよ。それがなにか?」

「い、いや、なんでもねえ……」

 そういうとその客引きはそそくさとその場を立ち去ってしまった。それを見て、ほかの客引きもいっせいにその場をはなれていった。

 あとに残された山田と仲間たちはぽかんとそれを見送った。山田は三人をふりかえって口をひらいた。

「いったいどうなってんだ?」

 洋子は肩をすくめた。

「さあ、とにかく宿をきめないと」

 四人は宿屋街で部屋をとるため歩き出した。

 が、どの宿屋も四人がすがたをあらわすと部屋がないと答えるのだった。

「どういうわけだ。これで十件目だぜ」

 市川は憤然となった。四人が宿泊を断られた宿屋をでたすぐあとで、ひとりの旅人が部屋の予約をとったところを目撃してあぜんとなっていた。

「宿屋が部屋があるのに部屋がないと嘘をつくなんて……」

 山田はひとりうなずいた。

「どうやらおれたちのことが噂となってぱっとひろまったらしいな。とにかくクマリ号に乗り込むということがまずいらしい」

「そういうこと! あんたら、ほんとうにクマリ号に乗り込むつもり?」

 女の声に四人はふりかえった。

 そこに立っていたのは女盗賊のエレンだった。

 あいかわらず裸同然の衣装を身に着けている。

「あんたは……」

 三村が問いかけるような表情になると彼女は不機嫌そうな顔になった。

「なんだい、あんた。あたしの名をわすれちまったのかい?」

「いや。たしかエレンとかいったな。ぼくたちになにか用かい」

「この町にあんたらのうわさがひろまっているからね。それで顔を見に来たというわけさ」

「金はクマリ号に払っているからもうないよ」

「ちがうって! あんたの金はもう狙わないことにしたよ。それより、ほんとうにクマリ号に乗って、北の大陸にいこうっていうのかい?」

 三村がうなずくとエレンはにやりと笑った。

「やっぱりね! まったくあんたら命知らずというか、宿屋に断られるのもあたりまえさ」

「どうしてクマリ号で北の大陸に向かうのがいけないんだい」

「教えてほしいのかい。それなら一杯、おごってもらおうか。いい酒場があるんだ。それに宿もとってやるよ。あたしが口を利けば、なんとかなるよ」

 三村はほかの三人と相談した。

「どうします」

「このさいだ。まんざら知らないなかじゃないしな」

 市川はにやにやしていた。

「まったく定石どおりってやつだな」

 山田はうなずいた。

「いいよ。あの女盗賊に世話になろう」

 三村はエレンをふりかえった。

「案内してくれ!」

 エレンはうなずくと歩き出した。山田は彼女と肩をならべ、話しかけた。

「手下はどうした?」

「あいつらこの町じゃ手配書がまわっているからね。あたしはここでは仕事しないことにしているから入れるけど」

「なぜだ」

「そりゃ、あたしがここの生まれだからよ」

 エレンの答えに山田は目を丸くした。

「ふうん、それで宿もきみが口を利けるってわけなのか」

「そうさ。さ、あの酒場だよ」

 エレンが案内したのは裏通りにある酒場だった。木造の三階建てで、観音開きのドアをあけるとすぐカウンターがあり、ひとりの老人が床を箒で掃いていた。老人は顔をあげ、エレンを認めるとたちまち顔をほころばせた。

「エレンじゃないか! いつ帰ってきた?」

「昨夜だよ。ドハンじいさんも元気そうね」

「まあな、なんとか生きているよ。一杯やるのかい」

「うん。それにこの四人は客だよ。いっしょに飲むから、席を用意してくれ」

「それじゃ好きな場所でまっていてくれ。食事はするのかね」

 エレンは四人に話しかけた。

「どうする?」

 四人はうなずいた。

「それじゃ五人前だ!」

 ドハン老人はうなずくとキッチンに入っていった。すぐ料理の音がしはじめる。エレンと四人は奥のまるいテーブルに席を取った。

 酒場には五人だけでほかに客はない。席につくとエレンはすぐ話し出した。

「クマリ号はこのトラントンの町と、北の大陸のマッソの町をむすぶ定期便の運航をしているんだけど、あの船の乗組員はけっしてこの町に足をふみこむことはないのさ」

 三村は問いかけた。

「なぜだい」

「あの船はのろわれているからさ」

 しん、とした静寂が五人を支配した。

 洋子はいごこちわるそうにもじもじして口を開いた。

「のろわれているって、どういうことよ」

「タバン船長はもともとトラントンの出なんだけど、魔王によってのろいをかけられているんだよ。あんたら、魔王のことは知っているだろう?」

 山田はうなずいた。

「ああ、あちこちで魔王のことは聞いているよ」

「マッソの町は北の大陸でただひとつ人間が生活している町なんだけど、あの町は魔王に魔力を提供するために生かされているんだ。あの町の人間はひとりのこらず魔王に力をあたえるために生きている。そのために食料や、生活物資を必要としているんだけど、クマリ号がそれを運んでいるんだ」

「なぜ、そんなことを……。それじゃこの町も魔王に力をかしていることになるんじゃないのか?」

「そりゃそうさ。でももしマッソの町をトラントンが見捨てたら、魔王はすぐここにやってくるだろうね。それを食い止めるため、トラントンはマッソにクマリ号をつかって食料を運んでいるんだ」

「なんてことを……。それじゃ、マッソの町はトラントンの町の犠牲になっているということじゃないか」

「そうさ。あんたらタバン船長にあったかい」

「ああ」

「かれ、いくつくらいだと思う?」

「さあ、五十いくつかと思うが」

「ほんとうは百をこえているんだよ」

「ほんとうか?」

「魔王がタバンにマッソとトラントンをむすぶ定期便を命じたとき、やつの命を凍らせたんだ。それいらい五十年、船長はずっと定期便を運航している。年もとらず、五十年前のすがたのままなのさ。クマリ号に乗り組んでいる船員もおなじなんだよ。あの船が魔王にのろわれているというのは、そういうわけなのさ。だからトラントンの町の人間はなるべくクマリ号にはかかわらないようにしている。あの船に乗り込もうとしているあんたたちも、それだけで魔王ののろいにかかっていると思われているから、どの宿屋も泊めようとはしないんだ」

 市川は頭をふった。

「そんな……馬鹿な……」

「馬鹿でもなんでも、この町の人間は魔王のことを死ぬほどおそれているのさ。その北の大陸にあんたらどうして行きたいんだい?」

 四人のあいだですばやい目配せがかわされた。山田はうなずいた。

「おれたち、魔王を倒そうと思うんだ」

 エレンは無言だった。

 唇がふるえている。

 と、肩がこまかく動き出し、やがて全身をふるわせる笑いにかわった。

「あっはははは! こりゃすげえ! ドランのお姫様が魔王にさらわれて、その救出に四人の勇者が旅立った、と小耳にはさんでもしかしてとあんたらを追っていたんだが、まさか本気でそんなこと考えているとは!」

「なにがおかしい!」

 どん、と市川は顔をまっかにそめテーブルをたたいた。

 ひいひいひい、とエレンは笑いを必死におさめようと努力し、ようやく息をつげるようになってこたえた。

「なぜって、そんな無茶なことだれも考えないからさ。魔王に挑戦するといって、これまで何人もクマリ号で北の大陸にむかった連中がいたが、だれも帰ってこなかった。ここ十年くらい、北の大陸にむかったものはいないんだ。あんたらもそんな連中の仲間入りになりに行くつもりなのかい?」

「おれたちには勝算があるんだよ。かならず魔王はわれわれが倒す。これは決まったことなんだ」

 山田はしずかにこたえた。

 エレンはそんな山田の様子に眉をよせた。

「どうしてそんなことがわかるんだい? あんた、占いでもやるのか?」

「いいや。しかしたしかな証拠があるんだ」

「どんな証拠?」

「それは言えない。言っても信じないからね」

 エレンがなにか言おうとしたとき、ドハン老人が厨房から食事を運んできてきっかけをうしなった。

「さあ、飯だ!」

 山田はその食事をまえにし、両手をすりあわせた。かれは食欲をなくすということはいまだかつて経験したことがなかった。さっそく山田は目の前に盛りあわされた料理を手に取り、口に運んだ。そんな様子を見て、ほかの三人も食事にかかった。エレンはちょっと考えていたが、思い直して四人に仲間入りして食事を口に運んだ。

 しばらく五人はもくもくと食べていたが、ドハンがワインを運んで乾杯をしあうようになって態度がほぐれはじめた。

 三村が酒の酔いで顔をあかくしてエレンに話しかけた。

「きみ、われわれのことを小耳にはさんで追っかけてきたといったね。どうしてそんなことをする気になったんだ?」

「あたしが手下たちと一緒にあんたらを襲ったとき、あんたはあたしの命をたすけたろ? 妙なことをするな、と思ったのさ。どういうわけなんだい?」

「どういうわけって……」

 三村はこまったような顔になった。まさかそんなこと真顔でたずねられるとは思っていなかったのである。エレンの隣に席をとったドハンは目をまるくした。

「エレン、まだそんなことやっているのか?」

 エレンは肩をすくめた。

「いいじゃねえか! あたしの勝手だよ」

「おい、わしは言ったはずだぞ。盗賊働きはもうやめろ、と。そんなこといつまでやっていたら、いつか大変なことになる。あんたの父親も……」

「親父のことは言うな!」

 エレンはかっとなってさけんだ。

「そうかい。それならわしはなにも言うまい」

 ドハンは立ち上がり、厨房にもどっていった。

 そのとき足音がして、入り口の扉が開かれた。

 いつの間にか夕方になっていて、入り口からは夕日のオレンジ色の日差しがさしこんできていた。そこには数人の男がなかをのぞきこんでいた。

「やってるかい?」

 どうやら客のようだ。が、かれらは奥のテーブルで飲み食いしているエレンと四人を見てぎょっとなった。

「エレン、帰っていたのか……」

 エレンは体をねじってそのほうを見るとにやりと笑いかけた。

「よお! イシスのゴンザレスじゃねえか! 元気でやってるか?」

「ああ、まあな……じゃ、またくるわ」

 ゴンザレスと呼びかけられた男はくるりと回れ右をするとあたふたともときた道をもどっていった。男たちのあいだでひそひそとささやき声がかわされ、かれらは姿を消した。

「きみはずいぶん、怖れられているんだな」

 山田のことばにエレンは首をふった。

「ちがうよ。あいつはあんたらを見て逃げ出したんだ。もっとも、あたしもあんたらと食事を同席しているから、これからあたしを見る目がかわるだろうけどね」

「ふうん……悪かったかな」

 けっ、とエレンは肩をすくめた。

「気にしてねえよ! たかが船に乗り組むだけでのろわれるなんて、あたしは信じないからねえ。でも、あんたらの目的についちゃ興味があるんだ……」

「どういうことだ」

「あたしもあんたらについて行こうと思ってね」

 エレンはとろんとした目つきで山田を見た。酒でほほがあかくそまり、うるんだ瞳はひどく色っぽい。山田はどぎまぎした。そんなふたりを市川はこっそりと見てしたを向いてしまった。どうやら笑いをこらえているらしい。

「そんな……きみ、北の大陸にむかった冒険者はひとりのこらずもどってこないと言ったばかりじゃないか。なぜ、おれたちについていきたいんだ」

「わけがあるのさ……」

「ふむ、そうか」

 エレンはぽかんとした顔になった。

「あんた反対しないのかい? てっきり断られると思ったけどね」

 エレンは四人の顔を順繰りに見た。みな、にやにや笑いをうかべている。そんなかれらの様子に彼女はとまどっていた。

「断ったらきみ、あきらめるかい?」

 エレンはちょっと天井を見上げた。

「いいや。どうあってもあたしはクマリ号に乗り込むだろうね。あんたらが反対しようとしまいと。へえ、あんたひとのこころを読むのかい? ドワーフ族はそんなこともできるのか」

「おれはドワーフなんかじゃない。人間だ!」

「だけどどう見てもあんた……」

「うう……きみがおれを見てドワーフというのは勝手だが、おれはちゃんとした人間なんだ。とにかく明日はクマリ号で北の大陸にむかうんだ。ついてきたいというなら、タバン船長に船賃をはらうんだな。きみのぶんまで面倒みきれん」

「わかってる! そのくらいじぶんでやるよ。じゃ、一緒に行っていいんだね」

 四人はうなずいた。エレンは破顔一笑した。

「よし、それじゃ乾杯といこう」

 五人はさかずきをあげた。

 

 ドハン老人の酒場は宿屋もかねていた。最上階の三階に四人は案内され、おのおのベッドにもぐりこんだ。時刻はすでに真夜中をすぎ、まどからは月明かりがさしこんでいる。

「やれやれ、明日ははやいというのにこんな夜更けまで飲むことになっちまった。ちゃんとおきれるかな」

 市川のぼやきに山田がこたえた。

「だいじょうぶさ。あのドハンという親父が、出港のまえにはかならずおこしにきてくれると約束したからな。しかしこの数日、おれたち早寝、早起きの習慣がすっかりついちまったなあ」

 洋子はベッドにもぐりこみ、毛布から目だけ出してこたえた。

「そうよ、あたしが「タップ」で仕事してたとき、みんな夜中の二時、三時まで起きていて、目が覚めるのは昼過ぎがふつうだったわ。市川くんなんか、完全に昼夜が逆転してたもんね。まあアニメ業界の人間なんて、そんなのがふつうだと思っていたけど、こっちにきてすっかり早寝早起きになってちょっと驚いてるのよねえ」

 三村が薄笑いをうかべた。

「こっちにはテレビがないですからねえ」

 そのこたえを聞いて、山田はくっくっくっ……と笑った。

「違いない! なにしろ夜になるとやることはないし、馬車で旅していたときは明かりもなかったからな」

 市川はうなずいた。

「そうだなあ。しかしあのエレンという女盗賊がおれたちについていく、と言い出したとき、おれ笑うのをこらえるのに苦労したぜ。まったく定石どおりだもんなあ。命をたすけられた色っぽい女盗賊がおれたち冒険者の仲間にはいる、なんてなあ、つかいふるされた手だよ」

「いいじゃないか。ともかくこれでストーリーはつぎの段階にはいったんだから。まあ魔王の城につくのもこれでめぼしがついたというもんだ」

「そろそろおれ、魔王のキャラ設定をやったほうがいいかなあ……」

「やめとけよ。なんしろ酒がたらふくはいってるんだ。ちゃんとした線をひけるのかい?」

 山田にそういわれ、市川は頭をかいた。

「いいや、そういわれると自信がないな。まあいいや。船に乗ってからでも、なんとかなるだろう」

「そういうこった。さあさあ、明日ははやいんだ。みな、寝よう」

 山田の提案でみな毛布をかぶった。

 すぐ四人のベッドから寝息が聞こえてきた。

 と、部屋のドアが小さく開き、すきまからエレンの目がのぞいた。彼女はひっそりとつぶやいた。

「定石どおりだって……? なんのこと?」

 どうやら彼女は立ち聞きをしていたらしい。そろそろと彼女は足音をしのばせると自分の部屋へもどっていった。

 が、エレンの顔にはおおきな疑問符が描かれていた。


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