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仕事

奇妙な冒険をはじめた一行は、ついにじぶんたちの使命を知ることになる。かれらの使命とは?

「もう三日も旅をつづけてるぜ!」

 夜になってキャンプを張って、食事の用意をしていた市川はぼやいた。

「なんだか風景もかわりばえしねえし、おなじところをぐるぐる回ってるんじゃないかと思えてきた……」

 実際その通りだった。一行はまっすぐ北にむかう街道をたどってきたが、いつまで進んでもなだらかな丘に森が点在する風景がすすみ、変化というのがほとんどない。

「いつになったら魔王の城へつけるんだ」

「城がどこにあるかもわからないんだぞ」

 山田は手斧をつかって粗朶を切り落とし焚き火の用意をしてこたえた。

「とにかく北の方向へいけばいいんじゃないですか?」

 三村がこたえる。山田は首をふった。

「そう簡単にはいかないよ。いきなり魔王の城にたどりつくなんて、そんなシナリオいくらなんでも安直すぎる。たぶん、どこかの町か村で魔王の城にかんするヒントを手にいれることになるんだろう」

「あんたの言うことを聞いていると、おれたちただのアニメのキャラクターだってことをいやでも思い起こされるよ。それともRPGなのかな。それにしてもどこかの町か村って、どこにあるんだい?」

「それだ。そろそろおれたち本来の仕事をすべきじゃないかな」

「どういうことだい」

「だからつぎのヒントをもらう村の設定をすべきだろうということさ。おれがその村の美術設定を描くから、市川くんはその村にすむ村人のキャラを描いてくれ」

「それでどうなる?」

「そうすれば、その村がこの世界にうまれると思うんだが。まあばかばかしいとは思うが、やってみよう」

「でも紙も鉛筆もないんだぜ。道具がないのにどうやって描けるんだ?」

 市川の言葉にこたえるようにあの”声”が四人の耳にひびいた。

「それについては心配いらん……」

「わっ!」

 全員、とびあがった。

「山田はんのいう通りや。わしはあんたらにこの世界で冒険してもらいたい。ついでに物語つづけるための設定も、あんたらに頼みたいんや」

「あんただれよ! なんであたしたちをここに連れてきたのよ!」

 洋子は宙を見つめどなった。

「はやくあたしたち、もとの世界へ返してちょうだい!」

「だから山田はんの言うたことは正しいと言うとるやないか。あんたらに物語のつづきをやってもらいたいんや。それで魔王を倒せば、もとにもどるから……」

「冗談じゃないわ! そんなの、ほかのだれかがやればいいのよ!」

「そういうわけにはいかんのや。もともとこの世界をつくるきっかけは木戸監督やが、あのおひとは物語をつくる才能はあまりないようやな……。そのため、この世界がでけたんやが、どうにも宙ぶらりんでな……それであんたらに助けてほしいのや」

「どうすればいいんだ」

 山田がさけんだ。

「あんたがさっき言うたやないか。設定を描いてくれ! そうすれば、この世界におなじものが実在することになる」

 どさり、という音に全員はふりかえった。そこにあったものを目にし、全員ぽかんと口をあけた。

「紙と鉛筆だ。それに消しゴムもあるぞ」

 ちかよってそれらを手にして山田はつぶやいた。

「道具はわたしたで。たりなくなったら、また用意するからまああとはあんたらうまいことやってくれや。じゃ、さいなら」

「あっ、ちょっと待ってくれ! まだ聞きたいことが……」

 山田はさけんだが、”声”がふたたび聞こえることはなかった。

 市川は紙と鉛筆を山田からうけとると肩をすくめた。

「はいはい、わかったよ。それじゃはじめるか。おれが村人のキャラ設定だな。村ってことは村長とかがいるわけだな」

 山田はうなずいた。

「そうだ。その村長がおれたちに旅のヒントをくれるわけだ。そうだな、ついでに学者っぽいキャラもたのむ。村長より、そっちのキャラが知識がありそうだ」

「山田さん、その村の美術設定なんだろう。だったらその村にちょっとは楽しみみたいなものがほしいな。たとえば酒場とか……」

 山田はにやりとした。

「カジノ、売春宿とかな!」

「あんたたち、なに馬鹿なこと言ってんのよ! まじめにやりなさいよ!」

 洋子がかっとなってさけび、市川と山田は首をすくめた。

「それじゃ、ぼくは食事の用意をしてますから」

 三村はそう言うと焚き火のうえに鍋をかざし、なかに食料をいれはじめた。やがてぐつぐつという音とともにいいにおいが漂ってきた。三人は無言で焚き火のあかりで紙に鉛筆をはしらせていた。

「できた! ラフだけど、まあ設定としてはこれでいいだろう」

 山田はつぶやくとじぶんの描いた村の美術設定をひろげた。市川もキャラクターの設定がおわったようだ。そのふたりを見て洋子は腕をくんだ。

「で、あたしはなにすればいいわけ?」

 山田はキャラ表を洋子にわたした。

「そりゃやっぱり、色指定だろう。きみ色番号だけで色指定できるだろ?」

「できるけど、自信ないわよ」

 そう言いながら洋子はてばやくキャラ表に色指定をいれていく。

「市川くん、あんたやっぱり……」

 洋子は市川の設定したキャラ表を前にしてため息をついた。そこには肌もあらわな美少女が、色っぽいポーズをとっている。その衣装は、どう見ても踊り子か、売春婦といった格好である。

「いいじゃねえか、ちょっとはこの冒険に楽しみがほしいよ」

「でもねえ……」

「いや、市川くんの考えはただしいかもしれないぞ」

 山田がわってはいった。

「どういうことよ」

「つまりこの世界がTVシリーズの世界だとすると、登場人物がおれたちだけじゃ話が進まないだろう。こういったキャラが登場することにより、ストーリーに変化がでるということもある」

 市川はじぶんの設定したキャラ表を見直してつぶやいた。

「しかしずいぶん簡単に描けたなあ。ラフとはいえ、さくさくできたぜ」

 山田は目をむいた。

「そうだよ……おれも妙だと思ったんだ。いつもはこんなに早く仕事がおわることなんかないのに、今度は頭の中に勝手にイメージがわいてくるみたいだった」

 山田は頭をふった。

「まったく、妙なことになった。木戸さんはどこでなにをしてるんだ」

「おれ思うんだが、木戸さんもおれたち同様、監督としての仕事をさせられているんじゃないのかな」

 三人は市川の口元を見つめた。注目を集めた市川は頭をかいた。

「いや、おれたちがこんなことしているってことは、木戸さんも同じようなことになってるんじゃないかと……」

 山田はうなずいた。ふと気づいてじぶんの手に持った設定書を見つめた。

「さて、描き終わったけど、これどうすればいいんだ……。ま、いちおう三村くんにあずけとこうか。せっかく制作進行がいるんだから」

「はい、わかりました」

 山田の言葉に三村は苦笑いして受け取った。

「あっ!」

 三村がさけんだ。

 なんとかれの手に持ったキャラ表と美術設定がふらふらと空中に舞い上がり、そのまま夜空に溶け込むように消えてしまった。

 四人はぼうぜんと空を見上げていた。

「どういうこった?」

 市川は山田のくちもとを見つめた。

「おれだって説明つかないよ」

 山田は首をふった。

 

 木戸はようやく一話めの絵コンテを描きおわり、ふっと息をついた。

 なにかにとりつかれるようにかれは絵コンテを描きつづけ、木戸にしてはあっという間に仕上がってしまった。ほとんど描き直しをすることもなく、一気呵成に一話ぶんの絵コンテを描くことができるとは信じられなかった。何度か見直してみたがぜんぜん書き直す必要はない。

 その間空腹を感じることもなく、トイレに行きたいとも思わなかった。それに木戸は一日に五箱を空けるヘビースモーカーなのだが、一本も煙草を吸いたいという欲求はおきなかった。

「おい!」

 木戸は暗闇にさけんだ。

「終わったぞ! 第一話の絵コンテ描き終わったんだ! なあ……おれの仕事はこれまでだろ?」

「いいや」

 ”声”が聞こえた。木戸はびくっ、と震えた。

「まだや……あんたの仕事はまだすんどらん」

「すんでいないって?」

「そうや。この「パックの冒険」の物語、終わりまで仕上げてもらわんと」

「全話の絵コンテを描けってのか!」

「あたりまえやろ。あんた、このシリーズの総監督でしかも原作者や。さいごまで責任もたんとあかんで」

「そんな……ワンクールぶんの絵コンテを描けってのか? いったいいつまでここにいなきゃならないんだ」

 ワンクールとは十三週のことである。4クールで一年分になる。「パックの冒険」の企画はあとあとDVDなどになることを見越したミニシリーズで、ぜんぶで十三本制作されることになっていた。

「時間はなんぼでもある」

「でも……でも……キャラ表もないし、美術設定もない。その打ち合わせもしてない状態でどうやって描けっていうんだ」

「これを見い」

 ひらり、と空中から数枚の紙が出現した。その紙はひらひらと空中を舞って、木戸の机に舞い降りた。木戸はその紙を見て仰天した。

「あれ、こりゃ市川くんのキャラ表と山田さんの美術設定じゃないか。それにこりゃ、つぎの話しでおれが考えていた村とその登場人物だ……」

「それで描けるやろ」

「ま、まあ……」

「そのキャラ表と美術設定にあんたのOKサインをいれてもらおうか」

「なんでそんなもの?」

「まあ、それが決まりやからな」

 木戸はふらふらと鉛筆をとると数枚の設定書にサインを書き入れた。

 そのとたん、もうぜんと絵コンテを描きたいという意欲がわきあがった。

 あらたな絵コンテ用紙の束をとると、木戸は書き始めた。


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