姫君
コーラ姫を救った三村、山田、市川、洋子の四人はドラン国の大公に歓迎される。そこでおきる事件が彼らを冒険の旅へ導くのだったが……。
「おお、おお、あなたがたが姫をお助けしてくださったのですな!」
コーラ姫の父親のドラン大公は涙でうるんだ目で手放しで四人を歓迎した。姫の父親としてはかなり年寄りで、髪の毛はまばらで手は手探りするようしきりに動いた。ぐすぐすと鼻をならすとよちよちと歩いて三村の前にくるとその手を握る。
姫に同行して一行はドラン公国の首都であるドラン城にきていた。ドラン城とはいえ、木造の館といった外観で、そのまわりを城下町がとりまいている。ドラン城にたどりついたときは夕方になっていた。馬車がちかづくと城から兵士があわててとびだし、姫が姿をあらわすとかれらから歓迎のどよめきがあがった。
そしてまっすぐ城の謁見室に案内され、大公との対面となったのである。
どういうわけかかれらは三村がこの一行の責任者としてみなしていた。話しかけるのはつねに三村で、ほかの三人は無視された。
「どうか食事をともになさってくだされ。わがドラン公国はふけばとぶようなちいさな国ですが、一流のコックがそろっておりますぞ!」
そういうわけでかれらは城の食堂へと移動した。
食堂には木のテーブルがあり、そのまわりに四人とドラン大公、そのとなりに姫がすわった。大公が手をたたくとドアが開いて召し使いの数人があらわれ、食事を用意した。
出されたのは肉料理となまの野菜が数種、それにワインであった。パンは直径数十センチほどもある巨大なもので、それをおもいおもいにナイフで切り出し、とりわけるのだった。
「どうやら手づかみらしいな」
山田はつぶやき、野菜で肉をまいて口にはこんだ。
「うん、いける!」
それを見てほかの三人も料理を食べはじめた。
「三村殿はいずれのお国の若様でしょうかな?」
口をもぐもぐさせながら大公は三村に話しかけた。
「え?」
三村はぽかんとした表情で顔をあげた。
「いや、ぼくはただの制作進行でして、若様といわれるような……」
「しかしあなたさまのマントの紋章はどう見ても王家のものですが」
言われて三村はじぶんのマントをふりかえった。
「そう言われても……なんしろ目が覚めたらこの格好だったので」
会話はしぜんとかれらがこの世界につれてこられたいきさつになった。三村の説明に大公はじっと耳をかたむけた。
「信じられないことですな。しかしあなたがたは姫の命の恩人、わたしでできることなら協力しますぞ」
「それならひとつお尋ねしたいことがあります」
山田が口を開き大公は眉をあげた。三村以外の人間が質問するというのがかれにとっては意外なことらしかった。
「なんでしょう」
「姫さまが竜におそわれたことについてなにか心当たりでもありますか? あの竜はわたしたちに目もくれず、まっしぐらに姫の馬車を目指していたようですが」
布巾で口をふくと大公はため息をついた。
「魔王のしわざですわい! この数十年、北方で魔王の軍勢が勢力をましているという噂がここまで聞こえてまいりましたが、ついにわが国までその魔手をのばしてきたというわけです。娘をねらったわけはただひとつでしょう。娘がさらわれたと聞けばわしだけでなく、わが臣民すべてが悲しみにくれます。魔王はその悲しみを糧にしてちからをますのです。ひとの絶望、悲嘆、憎しみを魔王は食らいます。北方にあるいくつかの国はすでに魔王によって征服されました。魔王はあらたな獲物をねらっているのです」
「その魔王というのは?」
「正体は不明です。ある日とつぜんあらわれ、北の山脈のおくふかくに城を築いたと聞いております。そこからは生き物を殺す瘴気がながれ、ゆたかだった北の大地はあれはてました。いままで何人もの冒険者が魔王をたおすために旅立ちましたが、ひとりとして生還したものはおりません。わが国からも腕自慢の勇者が旅立っていきましたが、その後たよりもなく、死んだものと思われております」
食事はすすみ、食後のデザートになったが、魔王の話ですっかり場はしらけてしまった。その後、みんなは召し使いによって寝室へ案内された。山田、市川、洋子の三人はおなじ部屋で、三村だけべつの部屋に案内された。
「なんで三村だけ特別なんだ」
市川が頬をふくらませて口を開くと、山田がこたえた。
「たぶん、おれたちは三村の家来と思われているんだろう」
「家来だって!」
市川はかっとなった。
「怒るなよ……、三村の身につけているのはかれらから見ると王族のものらしい。あの食事の席での大公の態度からもわかる。したがっておれたち家来だということさ」
「しかし……」
「まあ、まて! とにかくおれたちの今後の行動を決めなくてはならない。どうすればもとの世界へかえれるのか考えなくては」
「魔王を倒すのよ。きまってるわ!」
洋子の言葉に市川は目を丸くした。山田はうなずいた。
「おれもそう思う。たぶん、おれたち勇者のやくをあたえられているんだ。ほら、原作にも魔王が登場したじゃないか。大公の言葉ではあまりその正体はわからなかったが、原作でもそんな詳しくは描写されていなかった。おそらくあの漫画を描いた時点でも、木戸さんも魔王のことについては考えていなかったんだろう」
「それにしてもずいぶん月並みな設定だな……ファンタジーならもうちょっと敵役の設定は凝るもんだぜ」
「しょうがないよ。原作がもともとそういう月並みな設定なんだから。でも月並みなら月並みでおれたちに勝機があると思っていい。相手が月並みな魔王なら、おれたちも月並みな冒険をすれば倒すことができるってわけだ」
「おれたちが倒せるとどうして思うんだ」
「そうしないと物語が完結しないからだよ。ファンタジーの終わりにはハッピーエンドになるというのが決まりだ。だからそのことについては安心していいんじゃないか?」
「それにしてもあたしたち、三村くんの家来ってのはひっかかるわね」
洋子はベッドにこしかけ、髪をいじりながらつぶやいた。あいかわらず彼女の身につけているのは最小限の布切れだけである。全員、城からは装備や服をあらたに提供されたのだが、彼女に提供されたのはまえに身につけていたような格好であった。洋子はだまってそれを受け取り着替えた。
そんな彼女をまじまじと山田は見詰めていた。その視線に彼女は気がついた。
「なによう、山田さん。変な目つきで見ないでよう」
「いや……」
山田は髭をしごきながらつぶやいた。
「気のせいかな、きみやせたんじゃないか?」
「え?」
洋子はぽかんと口をあけた。市川は山田の言葉に同意した。
「そうだ……なんだかプロポーションが変わったぜ」
「まさか……!」
洋子はたちあがり、部屋のすみにたてかけてある鏡の前にたった。全身を映してみる。
「本当……あたし、やせてる!」
彼女は頬をおさえた。
たしかに彼女のプロポーションは変わっていた。まえはどちらかというと太目のからだつきがすっきりとウエストがくびれ、胸の位置も高くなっている。さらに背も高くなっているようだった。
「市川くん、あなたも変わっているんじゃない?」
「おれが?」
いきなり矛先がむけられ市川はびっくりした。
「ちょっと、じぶんの姿見てごらんなさいよ」
洋子は市川を鏡にひっぱっていった。鏡に全身を映した市川もぽかんと口を開けた。
「本当だ……おれはこんな体つきじゃなかった」
市川の餓死寸前という体つきは変化していた。それまでなかった筋肉がもりもりとついている。ぶあつい大胸筋、それに二の腕にも二頭筋がついている。さらに猫背がなおり、背がぴんとなっていた。
「山田さんはどうなんだ?」
「おれかい? べつに変わったようには……」
そう言いつつ山田は立ち上がった。
「あれ? 市川くん、きみ背が高くなったか?」
山田は市川より頭ひとつ背が低い。が、いまはふたつぶんは低くなっている。さらに全体にまるみを帯びていた。
「おれ、ちいさくなっちまった!」
山田は悲鳴をあげた。
「どういうことだ!」
三人は鏡のまえで立ちつくしていた。
「そうか、さっきおれが言った役割にあった体つきになったんだ……。おれはドワーフ族という設定なんだ……畜生!」
山田はどん、と床をふみならした。
「じゃ、おれたちはなんだい?」
「市川くんと洋子さんは戦士なんだよ。これからの冒険にむかうというのに運動不足のアニメーターの体じゃ不足なんだろう。この世界の神様はおれたちにどうあっても魔王退治をさせたいようだな」
市川と洋子は鏡の前でいろいろポーズをとってためすがめす眺めていた。ふたりともいまのじぶんにまんざらではないようだ。洋子はふと思いついたように口を開いた。
「あたしたちがこういう体に変わったなら、三村くんはどうなの?」
「ちょっとかれの部屋へ行ってみよう。まだ起きているだろう」
山田の提案で三人はどやどやと部屋を出て、三村にあたえられた部屋へ急いだ。
「三村くん……あれ?」
ドアを開けた市川は立ち止まった。
「いないよ」
「いないって?」
山田は市川のそばをすりぬけ部屋へはいり、あたりを見回した。
「いい部屋だなあ」
山田はあきれた。
三村の部屋は豪華だった。高い天井に大理石の暖炉。ベッドはどっしりとした天蓋つきの、カーテンがついたもので、そのほかに凝った彫刻をした調度がそろっている。
「なあ、山田さん。さっきからこの城の中の様子、どっかで見たような気がしているんだが、おれの気のせいかね?」
山田は苦笑いをした。
「気のせいじゃないよ。おれがこの城の美術設定をやってるんだ。ほら、打ち合わせの前に資料が渡されたろ。あのなかにあったよ」
「ああ、そうか……あ、ちょっと待った!」
市川はこん、と自分の額をたたいた。
「この城が山田さんの設定したお城ってことは、おれの設定したモンスターもこの世界にいるってことか……冗談じゃねえ! あんなモンスターとおれたち戦うのかよ!」
「木戸さんはどんなモンスターをきみに発注したんだい」
「おきまりのスライムとか、昼間のドラゴン。それにオーク鬼とかそんなのだよ」
「待てよ、それなら魔王の設定は?」
「まだやってねえ。木戸さんは一話の設定を要求したからな。それでもリテークばっかりでぜんぜん仕事がはかどらなくてね……」
市川はぼやいた。
「それならまだこの世界に魔王はいないのかもしれないな。あの大公が魔王についてはいやにあいまいな言い方をしていたろ? まだ設定がしっかりしてないから、詳しいことを言えなかったんだ」
「待て待て! そんな無茶苦茶なことってあるかい! それじゃこれからおれたちが戦う魔王を、おれたちが設定しないとならないってわけか?」
山田はうなずいた。
「そういうわけだ。おれたちが魔王と戦って退治しないとおれたちはこの世界からぬけられない。しかしそれには魔王をおれたちがしっかり設定しないとあらわれない。きみが魔王の絵を描いて、洋子くんがその色指定をするんだ」
「山田さんは?」
「おれは魔王の城の設定をするんだ。そうしてはじめて魔王がこの世界にはっきりとした実体をえることができる。それでやっとおれたちが魔王を退治できる、というわけだな」
「なんだよ、この世界に連れてこられただけじゃなくて、さらに仕事のつづきをしなくちゃならないのか? やんなるぜ」
「あたしも頭にきた……」
洋子はぶらぶらと窓に近づいた。と、その顔色がかわった。
「ちょっと、こっち来てごらんなさいよ!」
そう言うと手招きをする。
「なんだい?」
「三村くんだわ……」
「ええっ!」
三人は窓枠に集まった。
窓は二階にあり、外は庭になっている。空には月がかかり、あたりに青白いひかりを投げかけていた。
三人が見下ろした先に噴水があり、そこを三村ともうひとりがそぞろ歩いていた。
「お姫さまじゃない……」
洋子はささやいた。
三村のそばを歩いているのはコーラ姫だった。いまは夜露をさけるためか手首まである長い袖のワンピースを着ている。頭にはさきがとんがった帽子をつけ、帽子のさきにはながいリボンがたれていた。彼女のスカートにはちいさな宝石が縫い付けられ、彼女の身動きにつれ、きらきらと輝いていた。
姫は噴水の縁に腰をおろした。
三村はたちどまり、彼女の顔を見下ろした。
「畜生……うまくやりやがって……」
市川はうめいた。
「三村くん、やっぱり姿が変化してるわ!」
洋子が指差し、市川と山田は目を皿のようにして注目した。
「本当だ。あいつも変わってる……」
三村の姿にも変化が生じていた。ひょろりとした姿はどことなくたくましくなり、髪の毛は肩までのびている。その髪の毛は前はぼさぼさだったのが、きちんと整えられ、さらにはやや茶色にそまっていた。全体に貴族的な風貌になっていた。
「あららら……本当に王子様だぜ!」
市川はあきれた。
「なぜ三村くんが王子様なのよ! 不公平だわ。あたしだってお姫さまの役がほしいわよ」
洋子は憤慨した。山田はうなずいた。
「それを言うなら、おれだってドワーフ族なんて役割はいやだよ……まあ、もとの世界に帰れれば、もとにもどるんだろうが」
「あたし、もとの体重にもどっちゃうの? そんなのいやだなあ……」
「おれももとのガリガリにもどるのか」
洋子と市川は変化したじぶんの体を見下ろした。なんだか複雑な表情だ。
山田は両手をあげた。お手上げ、といったところか。
「お、いい感じじゃないか」
山田は顔を窓ガラスにおしつけた。
三人の見守るなか、三村はコーラ姫のとなりにすわっている。ふたりは噴水のそばでなにか語り合っているようだ。いつのまにか三村の手が、姫のせなかにまわっていた。彼女は頭を三村の肩におしつけ、月をみあげた。
「おいおい、どうなっちまうんだ……」
ふたりの語り合いはいつのまにかやんでいた。いまはぴったりと身を寄せ合い、ひとときの逢瀬を楽しんでいる。
「見てらんねえ……」
市川はくーっ、と両手を握り締めた。洋子はうっとりとその様子を見ている。
ふと庭に影がさした。
山田は空に視線をうつした。
月に雲がかかっている。
ひゅう……。
風がでてきたようだ。
「なんだかいやな予感がするぞ」
山田はつぶやいた。
「TVアニメじゃこういう場面になるとかならず……」
そこまでつぶやいたとき、あたりが暗闇につつまれた。
ごおっ……!
風がいきなり強く吹きつけた。
がたがた……がたがた……!
窓枠が風でゆれる。
ぴかっ!
稲光がひかり、ごろごろごろごろ……と、雷鳴がひびく。庭のふたりはいきなりの天候の変化にぼうぜんとしていた。
と、暗闇にわははははは……という笑い声が聞こえてきた。
「な、なんだ!」
市川はうろたえていた。
「もしかするとこれは……」
山田は眉をひそめた。
「きゃあっ!」
姫の悲鳴がひびきわたる。
「お姫さまが!」
洋子がさけんだ。
「行こう!」
山田がさけぶと部屋をとびだした。市川と洋子はあわててあとを追った。
「なんの騒ぎだ! あの悲鳴は?」
一階の廊下でかれらは大公と出会った。大公は護衛の兵をつれているが、それまで眠っていたのか寝巻き姿だった。
「こっちです!」
山田は手招きをすると走り出した。みなかれのあとに続く。
中庭にはものすごい風がふきあれていた。夜空には稲光と雷鳴が轟きわたっていた。中庭の噴水近くに三村が空を見上げ立ちすくんでいる。
「三村くん!」
山田が呼びかけると、三村は蒼白な顔をねじむけた。
「あっ、山田さん。あれを!」
三村が指差す方向をみな見上げた。
あっ、と全員が口を開けた。
まるでそこは竜巻を下から見上げたかのようだった。旋風が渦をまき、上空へ漏斗のような口を開けている。そのまんなかにコーラ姫が空中に浮かんでいた。
「姫が……」
大公がうめいた。
コーラ姫は気絶している。ぐったりと全身のちからをぬき、手足を投げ出して空中に浮かんでいた。そのからだがしずしずと上へ登っていく。
「コーラ姫はもらったぞ……!」
その声は全員の耳に届いたようだった。雷鳴の轟音のなかでもその声ははっきりと聞き取れた。
「姫! 姫!」
大公はおろおろと運ばれていく姫を見上げ、その両目から滂沱と涙を流していた。
「くそ! 魔王め! なんということだ! ええい、だれか、だれか姫を助けてくれ!」
大公は地団太をふんだが、姫の体はなすすべもなく持ち上げられていく。やがてちいさくなり、渦を巻く雲の中へ隠れてしまった。
……。
いきなり嵐は来襲したときとおなじくぱたりとやんでしまった。
静寂が襲い、気圧の急変で耳がぽん、と鳴った。
月のひかりがぼうぜんとしたままの一同の姿を浮かび上がらせる。
へたへたと大公はすわりこんでしまった。そのまま顔を手でおおい、すすり泣く。
「おお、なんということだ……姫がさらわれるとは……」
「大公殿!」
その大公に三村が呼びかけた。大公は「え」という顔でかれを見上げた。三村の表情にはいままでなかった決意があらわれていた。
「コーラ姫はぼくがかならずお救いします! 約束します!」
わくわくと大公は唇をふるわせた。そのまま膝でいざると三村の手をとった。
「お願いいたす! ぜひ、姫を救ってくだされ! も、もし姫を救ってくださるならそのときはあなたを姫の許婚としましょう!」
「大公殿!」
みな大公の言葉に仰天していた。