木戸
五人のうち木戸監督だけ別の場所で目覚める。そこでのかれの役割は……?
暗闇。
べったりとした黒一色がそこを支配していた。
木戸はその黒一色の世界で立ちすくんでいた。
ここはどこだろう。
なにも見えない。
いや、自分の体は見える。見下ろすと、自分の両手と足元が見えた。が、踏みしめているはずの床はまったくの黒一色でなにも見えない。かれはひざまづき、床を手探りしたが、手に帰ってくるのはつるつるした感触だけである。
「おーい……」
こころぼそくなった木戸は思わずさけんだ。しかし声は反響のまったくない空間にすいこまれかえって不安がました。
思わずかれは駆け出した。
はっはっはっ!
懸命に足を回転させているのに足音はまったく聞こえない。
そのうち息があがって立ち止まってしまった。汗がどっと全身からふきだし、かれはぺたんとしりもちをついてしまった。
だめだ……すっかり体力がおとろえている。これでも学生時代、柔道で県大会まで出場したというのに。長年のアニメ業界でのくらしがすっかりからだをなまらせた。
「あんたなにやっとるのや……」
いきなり聞こえてきた”声”に木戸は飛び上がった。
「だ、だれだ!」
「わてのことなど、どうでもよろし……あんたにやってもらいたいことがあるんや」
「おれに?」
「そうや、あんたのせいやで。こんなことするのはほんとはあかんのやが、どうにもならんのや。だからあんたに責任をはたしてもらいたいんや」
「お、おれにどうしてもらいたいんだ?」
「あんた忘れたんか? ほれ、神でも悪魔でもええからなんとかしてくれえ、と」
木戸はあの雷を思い出した。と同時にぞっとした。
「神でも悪魔でも……まさか!」
「わては悪魔やない。でも神様でもないな。まあそんなことどうでもええんや。ともかくあんたにはあんたの仕事がある」
「仕事?」
「そうや、あれを見い……」
まったくの黒一色の世界にぽ、と灯りがともった。
なんだろう。
木戸は目をほそめた。
なんだかひどく見慣れた光だ。
かれはふらふらとその方向へ歩き出した。
!
光をはなっているのは蛍光灯の光だ。
それも動画机の透過ガラスの光である。
そこには木戸が制作会社「タップ」で使っていた動画机があった。
机には未使用のコンテ用紙がきちんと束になって積み上げられ、その横にはかれがいつもつかっていた鉛筆と消しゴム、それに鉛筆削りなどの文具がそろえられている。
「あんたの仕事、つづけてもらおうか。ここなら邪魔もはいらんから、仕事がはかどるやろ?」
「おれの仕事?」
木戸はおうむがえしにつぶやいた。
「そうや! さっさと「パックの冒険」のコンテきらんかい!」
”声”の調子がかわった。あきらかに怒りをふくんでいる。木戸はうへ、と首をすくませた。
「あんたが物語の途中でほっぽらかしたせいでわてはえらい迷惑しとる。なんとしてもあんたにはこの仕事終わらせてもらいたい。さあ、すわりなはれ!」
ぎくしゃくと木戸は椅子にこしかけ、机にむかった。
ぼんやりとしている木戸に”声”は命令した。
「さあ、鉛筆を握って、そうそう、仕事が待ってるで……」
木戸は機械的に鉛筆を握り、コンテ用紙に相対した。
と、猛然と木戸は鉛筆をコンテにはしらせた。
どういうわけかあれほど苦労したコンテ作成が、いまは楽々とできる。前はアイディアを出すのに死ぬほど消耗したのだが、いまはあとからあとから「パックの冒険」の場面が頭にわいてくる。ただそれをコンテに描くだけでいい。
木戸は一心不乱に描きつづけた。