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決戦

ついに魔王との最後の戦い!

四人はもとの世界へ帰れるのだろうか?

 ようやく最深部についたな……。山田はあたりを見回した。このあたりにくると、もはや地下室という雰囲気はなく、なにか生物の体内にもぐっているような感じである。あらゆるところが溶け合ったような状態になり、ぶよぶよとした質感になっている。足元も一歩踏み出すごとに、ぐねり……、とやわらかく沈み込む。壁面を見ると無数の血管が浮きあがりどきん、どきんとかすかに脈動していた。空気は重く、湿っぽい。

「やばいな」

 市川はつぶやいた。

 ぽたり! と、天井からなにかがしたたりおち、首筋を直撃した。うひゃ! と、市川はとびあがった。

 が、すぐに驚愕の表情になった。

「いててててて!」

 ばたばたと首筋をたたく。

「どうしたっ!」

 山田がちかより、市川の首筋をのぞきこんだ。かれの首筋は真っ赤に腫れあがっていた。

 くくくく……、と市川は苦痛にうずくまっていた。

「どうやらこいつは胃液みたいだな。消化液がしたたっているんだ……」

 みな山田の言葉に顔を見合わせた。

「はやく抜けましょう!」

 顔をあおくさせ洋子がさけんだ。全員うなずくと足をはやめた。

 ぶにゅん、ぶにゅん、と足元の床はやわらかく沈み込みまとわりつく。

「くそ!」

 三村は歯を食いしばると剣を抜き放った。手近の壁に剣をつきさす。ぐさ! と剣は壁にすいこまれた。

 ぶじゅうううう……!

 切り裂かれた壁からどっ、とばかりに血液と粘液がほとばしった。

 ぎええええ……

 通路内に怪物の悲鳴のような音が充満した。

「わ! どうなってるんだ!」

 山田はさけんだ。

 ぐにゃぐにゃと通路の壁が蠕動し、ひくひくと動いている。全員足をはやめる。

 どこまで走ったのか、全員立ち止まった。

「行き止まりだ!」

 市川が悲鳴をあげた。

 かれの言うとおり、通路は行き止まりになっていた。あともどりしようかと振り返った一同はうっ、とたたらをふんだ。

 なんといままで進んでいた通路もふさがっていたのである。

 ぼたぼた……

 ぼたぼた……

 天井からは大量の消化液が滴ってくる。消化液は見る見る床にたまり、あしもとをひたした。

 三村はふたたび剣をつきさした。

 山田は三村にふりかえった。

「おい、三村くん! なにをしようっていうんだ?」

 三村はこたえず、一心不乱に壁に切りつけていた。剣をつきさすごとに大量の血液と粘液がふきだしてくる。

「そうか!」

 市川はさけぶと三村のそばにかけよると一緒になって剣をつきさしはじめた。

 ぐさ!

 ぐさ!

 ぐさ!

 ついにふたりが隠れるほど穴はおおきくひろがった。

「みんな、通れるぞ!」

 三村がさけぶ。洋子と山田はふたりが切り開いた穴にとびこんだ。ぬちゃぬちゃする体液がふたりの手足にからまり、動きづらかったが、それでも必死になって足を動かす。夢中になって前へすすむと、ようやく広々としたところへ出たのを感じた。

「ふいーっ!」

 山田はおおきく口をあけ、空気をすいこんだ。あの壁を通り抜けるときは、大量にしたたりおちる粘液やら、血液やら、体液で口や鼻をふさがれ、息ができなかったのである。目をふさいでいるべっとりとした粘液をふりはらいあたりを見回すと、ほかの三人が地面にへたりこみ、肩で息をしていた。

 市川は山田に気づいてにやりと笑いかけてきた。

「ひ……ひどい目に……あったな!」

「まったくだ!」

 山田はうなずいた。ふりかえると巨大な大腸のようなものが見える。そこにさけめがあり、ごぼごぼと血液がふきだしていた。大腸のようなものはしばらく蠕動をくりかえしていたが、やがて切り裂かれた傷がとじはじめぴったりとあわさると傷口が消えてしまった。ずるり、べたり、と巨大な腸管は尺取虫のような動きで遠ざかり、闇に消えた。

「なんなの、あれ……」

 洋子は頭をふった。市川はよっこらしょっと立ち上がり、それにこたえた。

「木戸さんは、けっこうスプラッタものが好きなんだ。たぶん、木戸さんのアイディアだろうね」

「いやだ……。あのゾンビのときだって、さっきのあれだって、あたしべとべとになっちゃってさ! ああ、気持ちがわるい! ねえ、どうせならシャワーくらいどこかにないのかな?」

「すぐに乾くさ」

 市川のこたえに洋子は憤然となった。

「もう! いったいここはどこ?」

 洋子がさけんだそのときであった。

 ぐぉっぐぉっぐぉっ……

 闇の中に響き渡る笑い声。

 四人はぎょっとなって天井を振り仰いだ。

 !

 だしぬけに上方からオレンジ色の光がともり、まぶしさに四人は目をしばたいた。

「よく来た……勇者たちよ……」

 ごろごろと響く石臼のような声に四人はぞっとなった。その声はあきらかに人間のものではなかった。

 そこにそれはいた。

「魔王……」

 三村はつぶやいた。

 そう、たしかに魔王であった。

 身長十メートルはあろうかという巨体。まるで黒曜石を刻んだかのようなどっしりとした体つき。魔王は玉座にどっかりと座っていた。その顔は無数の岩盤を組み合わせたようなごつごつとした外見をもち、ふたつの瞳は内部からのほのおでめらめらと燃えているかのように輝いている。魔王はにやりと笑った。

 魔王を見つめていた三村は、その膝に目をとめ叫んだ。

「姫!」

 コーラ姫が魔王の膝もとにすわっていたのである。魔王の巨体にくらべコーラ姫のほっそりとした肢体はあまりにたよりなく、ほんのすこし魔王が身動きしただけでつぶされそうであった。彼女はぐったりと魔王の膝もとに横になり、あおじろい顔でぴくりとも動かない。死んでいるのだろうか? いや、その胸はかすかに上下しているようだ。意識をうしなっているだけらしい。

「おまえら、この姫を救出しにきたのであろう……? しかし姫を取り戻したくば、わしを倒さなくてはならぬ。おまえたちにわしを倒せるのかな?」

 三村は声をはりあげた。

「あたりまえだ! 今日こそ魔王、おまえの最後の日となるのだ!」

「よく言うた……では、わが手にかかって死ぬがよい!」

 ゆらり──、と魔王は立ち上がった。姫の体は魔王の膝からころげおち、地面でころころところがってとまった。

 わあああぁぁーっ! と、三村は剣をふりかざし絶叫して駆け出した。

 たたたたた……と全力で駆けると、魔王の手前でとーん、と跳ね上がる。ひととびで魔王の胸まで跳躍すると、ぐさり、と剣先をその体の岩のような皮膚のすきまにつきさす。つきさした剣につかまり、三村は魔王の体をよじのぼった。肩のあたりまでよじのぼると、三村は剣をふりあげ、魔王の顔めがけて切りかかった。

 ぐゎっ! と、魔王はその口をおおきく開き、鋼鉄のような牙で三村の剣を噛んだ。

 ぎりぎりぎり……

 魔王は三村の剣をがっちりとくわえ離さない。三村は脂汗をながし、くわえられた剣をひきぬこうとちからをこめる。

 ゆうゆうと魔王は右手をあげると肩にとまった三村を、まるで蚊がとまったかのように指先でびしり、とはじいた。

「うわあああ!」

 たった一本の指先ではじかれただけなのに、三村の体は宙にういてそのまま地面へまっさかさまに落ちていく。

 どさり、とかれは地面に落下し、激痛に身をそらせた。

 うむむむむ……、と三村は苦痛に顔をゆがめた。

 魔王は口にくわえた三村の剣をぷい、と吐き出した。剣はがちゃーん、とはでな音をたて地面にはねかえった。

「三村くん!」

 山田はさけんだ。

「くそお!」

 市川はさけぶと剣をもって走り出す。

「まちなさいっ、あんたひとりじゃ……」

 洋子も市川につづいた。

 市川は剣をめちゃくちゃに魔王の足めがけてふりおろした。

 魔王はそんな市川をうるさそうに片足をあげ蹴り飛ばした。

 ひゅう、と市川は弧をえがいて宙をとび、どすんとばかりに地面に背中をうちつけた。

「ぐ!」

 市川は白目をむき、苦痛のあまり身動きもできないでいる。洋子がかれに駆け寄った。

 どうしよう、どうすればいいんだ……

 山田はおろおろとあたりを見回した。

 魔王の圧倒的な強さに、四人はまるでなすすべもなかった。

 と、コーラ姫がさっきのさわぎで意識をとりもどしたのか、地面に横たわっている三村めざして這いよっている。

「姫!」

 山田は姫だけでも救おうと駆け寄った。

「姫、立てますか?」

 彼女の腕をとると、姫は山田の顔をのぞきこんだ。

「ああ、あなたは?」

「三村の友人です。救出しにまいりました!」

 姫はいやいやをするように首をふった。

「無駄です。魔王はあまりに強大……、人間にはかなうわけありません。あなたがたはここから逃げて! せめて三村さまだけでも助けて……」

 姫の絶望的な口調に、山田はふいに怒りがこみあげてくるのを感じた。

「なんですと! そんな馬鹿なことよく言えますね。われわれはあんたを助けるためどんな苦労をしてきたのか知っているのですか! ねえ、魔王の弱点を知りませんか? ここを攻撃すれば魔王を倒せるという」

「そんなものあるわけありません」

 姫は駄々っ子のように首を振る。

 どうすりゃいいんだ。

 山田は顔をあげた。

 魔王は三村を踏み殺そうとその足をあげ、ゆっくりと踏み込んでいるところだった。

 ずしり、と魔王の片足が三村の体にのしかかる。三村はぐ、と息をはきだし、必死になってのがれようとじたばたと手足を暴れさせている。

 と、山田はポケットになにか動くものを感じた。なんだろうと手をやると、まるいものがふれる。

 あの「賢者の石」だ!

 いそいで石をつかむと目の前にかざした。

 石は山田の手の中で青緑色に発光していた。

 なんだろう? 賢者の石はおれになにかを伝えようとしているのだろうか?

 石のなかになにか動くものが……。

 じっと目を凝らすと、それはひとりの人間の姿になった。

「やあ、また会ったな」

 それはあの魔窟で出会った老人だった。ぼろぼろだったマントはいまは真っ白に光り輝くローブにかわりその顔は神々しいといっていいほどのものに変わっている。賢者そのものの姿だった。

「あなたは……」

 賢者はうなずいた。

「そうじゃ。わしはかつて魔王の魔力を封じようと魔窟で戦った。なんとか魔窟の魔力は封じることができたが、魔王のちからそのものは封じることはできなかった。わしはみずからを霊体としてあそこにとどまり、チャンスをまった……。そしていま、そのチャンスがめぐってきたのだ!」

「魔王を倒してくれるのですか?」

「いいや、魔王を倒すのはあんたらの仕事だ。まず、魔王の強大な魔力を封じなければならない。その方法を教えてやる」

 山田は狂喜した。

「教えてください、その方法を!」

「魔王の真の名を知ることじゃ……。名を支配すれば、その力も封ずることができる」

「魔王の名前……、そんなもの知りませんよ」

「そこの娘が知っておる」

「え?」

 山田はコーラ姫に振り返った。姫は大きな瞳でまじまじと山田を見つめている。

「姫、魔王の名前を知っているのですか? それなら教えてください!」

 とたんに姫はうろたえた。

「し、知りません! そのようなこと」

 あわてて山田から逃げようとする。

 山田は姫の手をつかんだ。

「なぜです! なぜ逃げようとするのです! 教えてください、さあ、いますぐ!」

 石の中の賢者は首を振った。

「あわれ……、その娘は魔王の花嫁となった。婚儀のとき、娘は魔王の真の名を知ったのじゃ」

「なんですって!」

 ううううう……、とコーラ姫はつっぷし肩をふるわせた。

「死なせて! あたしは魔王の呪いで花嫁となってしまった!」

 山田は唇を噛んだ。

「それがどうしたってんだ! おれたちは魔王を倒すため、ここまできたんだ! それを無駄にさせるわけにはいかんぞ! さあ、言え! 名前を言え!」

 かっとなって姫のむなぐらをとりがくがくとゆさぶる。手荒にあつかわれたコーラ姫は怒りに山田の手をふりはらった。

「なにをするのです! 下郎が……わらわは姫ですよ!」

「だったら姫らしくしろってんだ! あれを見ろ! 仲間がやられそうになってんだ! さあ、魔王の本名を教えろ!」

 山田はさっと三村と市川を指差した。三村は胸に魔王の足がのしかかりじたばたしている。市川には魔王が片手をのばし、その体を握りつぶそうとしていた。洋子はひっしになって剣をふりかざし、その腕に切りかかっていたが、ひとすじたりとも傷をつけることができないでいる。うるさくかんじたのか、魔王は市川をつかんだままの腕をぶるん、と横になぎはらった。洋子は魔王の手の甲にはねとばされ、床にしりもちをついてしまう。

 コーラ姫は山田を見上げ立ち上がった。

「教えましょう。魔王の名前は……」

 山田は姫からそれを聞くとうなずいた。

「よし!」

 魔王のほうに振り向くと大股で歩み寄った。ぐっと全身にちからをこめると、両手でメガホンをつくって怒鳴る。

「魔王ダーゼン!」

 山田の声は魔王の間全体に響き渡った。

 その声を聞いた魔王はぎくりと動きを止めた。

 首をねじまげ、山田を見下ろす。

「なんと言った?」

 山田はふたたび声をはりあげた。

「おまえの名前はダーゼンだな! それがおまえの本名だろう!」

 ぐぐぐぐぐ……

 魔王は全身をふるわせた。

「おのれ……その名を口にするな! わが名を口にするものは許さぬ!」

 山田はさっと杖をふりかぶった。

「ダーゼン!」

 かれのやりとりを聞いていた三村も、市川も息をふきかえした。山田が魔王の名を連呼するたび、からだに力が蘇るようだった。

 さっと立ち上がるとふたりとも力をふりしぼり、大声でさけんだ。

「ダーゼン!」

「ダーゼン!」

 洋子もまたさけぶ。

「ダーゼン!」

 全員、声をあわせて魔王の名を呼んだ。

 魔王は耳をふさぎ全身を震わせた。

 山田は杖をかざした。

 と、山田の右手にあった賢者の石がふわりと宙に浮かび上がると、杖の先端にすいこまれていく。すると杖にかざられた色とりどりの宝石が発光していくではないか。

 なにがおきるのだ?

 山田は目をまるくして見守った。

 ぶううん……

 杖は振動し始めた。

 うううんんん……

 ううううんんん……

 杖の振動ははげしくなり、山田は必死になって両手でつかんだ。ちょっとでもちからをぬくと、あっという間にもっていかれそうだったからだ。そうしている間にも、杖の先端のひかりはますます強まった。

 先端の光のかたまりがまっすぐ魔王の額へとすいこまれた。

「ぐおおおおっ!」

 魔王は両手で額をおさえた。

 ばりばりばり……! と、魔王の全身を青白い放電がつつんだ。

 ぐああああぁぁぁっ!

 魔王は苦痛のためのたうちまわった。どすん、ばたんとあちこち体をぶつけ、壁には無数のひびがはいっていく。

 やがて顔をおさえた両手がだらりとしたにさがった。

「!」

 魔王の顔を見た四人はあぜんとなった。

 魔王の顔がすっかり面変わりしていたからだ。さきほどまでの岩をけずりだしたような表情は一変し、こんどは血も肉もありそうな魔物の顔に変わっていたのである。ぼろぼろと全身をおおっていた甲殻のような皮膚がはがれおち、なかからはまっしろな皮膚の肉体があらわれた。

「おまえら……」

 魔王の表情は怒りに満ちていた。ぶるぶると全身のちからをこめる。ふつふつとその顔に、そして筋肉に血管が浮き出した。

 ぐああああぁぁぁっ!

 魔王は咆哮し、くわっとばかりに大口を開いた。

 ごおおおおっ!

 魔王の口からはまっかなほのおが一直線にふきだし、あたりをなめた。四人はあやうくその攻撃をさけた。

 三村はさけんだ。

「いまだ! 魔王の魔力は封じられている!」

 市川と洋子は三村のさけびに勇気付けられ、剣をふるってたちむかった。

 ずばり!

 ちからをこめてふりおろすと、魔王の腹に横一直線に傷がはしった。なんと魔王の体も半分くらいに縮んでいたのである。

 魔王はじぶんの腹についた傷を認めてぎょっとなった。

 三人は剣をかざし、魔王に切りかかった。

 ぐさ! ばさ! どすん!

 めったやたらに切りつける。魔王は必死になって両手両足をふりまわし、その爪で応戦しているが多勢に無勢、しだいに全身から無数の傷跡をつけられ、そこからは滝のように血液がほとばしった。

 三村は両手で剣をささげもった。

 ぽ……、とかれの剣の刀身にあおじろいかすみのような光がまといついた。魔王の表情にはじめて恐怖がうかぶ。

 むん! と、三村は魔王の目の前で剣をふりかぶった。

 と、その両手から剣が宙にとび、魔王の胸にすいこまれた。

 ぎゃああああ……

 魔王の悲痛な悲鳴がこだました。

 じゅうじゅうと魔王の胸につきささった剣からしろい蒸気がほとばしり、魔王は苦痛にのたうちまわった。両手を天にさしのべるような格好になると、ぱくぱくと口を開く。

 どお、と魔王は仰向けにたおれこんだ。

 じゅうじゅう……

 魔王の体からは蒸気がとどめなくふきあがり、その体はじょじょに縮まっていった。ぼろり、はらり、と魔王の体はばらばらになり、ついには骨だけとなった。その骨もかさかさにひびわれ、さいごにはかすかな風で四散しあとかたもなくなった。

「やったな……」

 市川はふう、と息をはいた。

 三村はコーラ姫に目を留めた。姫はうつむいて床にすわりこんでいる。つかつかと歩み寄ると、その手をつかんで立たせる。

「姫、ご無事でなによりです」

「三村さま……」

 彼女はいやいやをするようにかぶりをふった。

「どうしたのです。お国へ帰れるのですよ」

「わたしは帰れません……。さっき聞いたでしょう。魔王の呪力でわたしは婚儀を受け入れてしまったのです。わたしはこの魔王の城で死にます。どうか、お父さまには娘は魔王の手にかかって死んだとお伝えください」

「そんなこと、忘れることです。しょせん、邪悪なたくらみにかかったのですから」

「できません。だいいち、魔王の花嫁になったわたしを、どこのだれが結婚相手として受け入れるでしょうか」

「ぼくがあなたに結婚を申し込んではいけないでしょうか?」

 はっ、と姫は顔をあげた。三村は真剣な表情で彼女の顔をのぞきこんでいる。

「おい、三村くん?」

 市川は声をかけた。

 三村は市川をむいた。

 どうするんだよ……というように市川が唇を動かす。三村はにっこりと笑って首を左右に動かした。

「まさか、きみ?」

 そのとき、ごごごごご……と、城の内部に振動がはしった。

 かれらはあたりを見回した。

 びしっ、びしびしっ!

 壁に無数の亀裂がはしる。ぼろぼろと破片が剥落した。

「やばいっ! 逃げろ!」

 市川がさけんだ。

 全員、無我夢中で走り出した。

 

 どかん、どん! どすん!

 すさまじい振動で城はゆれた。あちこちで崩壊がはじまっている。

 全員は揺れる床のうえをこけつまろびつ、必死になって脱出している。

「急げ! 出口だ!」

 一同を市川は先導して走った。かれの言うとおり、目の前に城の出口が見えてきた。五人が通りすぎると城はもうもうたる土煙のなか崩壊していった。

 どすどすどす……

 ついに魔王の城はあとかたもなく崩れ去ってしまった。五人はぼうぜんとしてそれを見詰めていた。

「終わったな……」

 山田がつぶやいた。市川がうなずく。

「うん」

 がらり……と、つもった瓦礫が動いた。はっとなった市川は剣をかまえた。

 ずぼり、とほこりのなかから手がつきだされた。その手はしばらくあたりをさぐっていたが、やがてそのしたから肩が、そして上半身があらわれた。

「ふうーっ、いったい、なにがあったの?」

 ほこりにまみれてあらわれたのはエレンだった。その顔はすっかりもとにもどっている。

「やあ、無事だったか」

 市川は声をかけた。エレンはかれの顔を認め目をまるくした。

「あたし、もどってる!」

 そろそろとじぶんの顔をさわる。と、いきなり全身に手をはわせ、さわっていった。

「もどってるわ!」

 山田はうなずいた。

「魔王ののろいがとけたんだ」

「それじゃ、あんたたち、ほんとうに魔王を倒したのね!」

 がらがらがら……、とエレンの背後で瓦礫が崩れる音がした。彼女がふりかえると何人かの人影がほこりのむこうからさ迷い出てくるところだった。みな、ふつうの村人ばかりである。

 それらの村人をじっと見つめていたエレンの顔がぱっとかがやいた。

「父さん! 母さん!」

 無我夢中に立ち上がり駆け出した。数人の村人のなかにとびこむと、ふたりの男女のもとへ走っていった。ふたりはだしぬけにあらわれた若い女性に戸惑った様子だったが、エレンの説明にじょじょに理解していったようだった。やがて三人は城の廃墟のなかでかたくだきあった。

「よかったよかった。これでめでたし、めでたしってわけか」

 山田がそう言うと、洋子は首をふった。

「たしかにね……、でも、あたしたちにとってはそうでもないわ。いったいあたしたち、いつもとの世界へ帰れるのかしら」

 洋子の言葉にこたえるようにあの”声”がとどいた。

「ご苦労はん。あんたらのおかげで魔王はほろび、大団円ちゅうわけや」

 四人ははっと顔をあげた。

「おれたち、帰れるのか?」

 山田はさけんだ。

「そうや、これからあんたらをもとの場所へ返してやるさかい、前へ出なはれ」

 ”声”がすると、かれらの目の前にふっ、とまるい窓が空中に開いた。窓をのぞいた一同はぽかん、と口をあけた。

「木戸さん……」

 窓のむこうに見えるのはあの演出部屋だった。動画机があり、木戸監督が背をまるめて机にむかっている。かれは四人の声にぎくりとなって顔をあげた。

「やあ、みんな……」

 にやり、と照れ笑いをうかべる。かれの顔はすっかり無精ひげにおおわれ、目は疲労のためおちくぼんでいた。

 と、かれの目がおおきく見開かれ、驚きの表情が顔にのぼった。

「みんな、その格好はなんだい? コスプレでもやっているのか?」

「ちぇ! あんたもおなじこと言うのか。それもこれも、みんなあんたのせいだぞ!」

 市川は憤然として肩をすくめる。

 なんのことかわからず、ぼう然とする木戸に、山田はこれまでの出来事を説明した。

 かれらが「パックの冒険」の世界で、木戸のキャラクターとなって魔王を滅ぼすための旅を続けていたこと、キャラや美術の設定書を描いていたことを。

「そんな、まさか……」

 木戸は戸惑いの表情になって唇を噛みしめた。

 そのとき木戸の手に握られているものを見て、市川が声をかけた。

「木戸さん、それ、もしかして?」

 木戸はおずおずとそれを差し出した。

 コンテだった。

 木戸の背後の動画机には、コンテが何冊も山となってつまれている。

「木戸さん、コンテ描き終わったのか!」

 市川は木戸からコンテを受け取り、なかをぱらぱらとめくって読み始めた。

 顔をあげる。

 その顔はなんとも奇妙な表情になっていた。

 山田にコンテを渡す。

 山田もまたコンテを読み始め、おなじような表情をうかべた。

 洋子、三村もおなじだった。

「まるでおなじだ、おれたちがやってきたことがそのままこのコンテに……」

 山田はぼう然としてつぶやいた。

 木戸のコンテに描かれていたことは、いままでの四人の冒険そのままだった。

 四人全員、木戸を注目した。

「ああ……なんとか描き終わったよ……。しかし……」

 木戸はそう言うと悩ましげな顔になった。

「いままで一枚も描けなかったんだが、このおかげですらすら描けた。どういうことだ……もしかして、あんたらが冒険していることと関係しているのか? おれのコンテはおれのアイディアなんかじゃなくて、あんたらが冒険したことをそのまま引き写したってことも……」

 洋子は首をふった。

「それはあたしたちも同じこと考えてた。あたしたち冒険して、いろいろなことをしたけど、結局木戸さんのコンテのままに動いていた人形じゃなかったかって思ってた」

 そのとき”声”がした。

「あんたらなにつまらんこと、ぐじゅぐじゅ悩んではるんや? どっちでもええやないか。

 あんたらの冒険も、木戸はんのコンテも、どっちも精一杯頭をふりしぼって、じぶんの考えで行動した結果やないか!

 どっちゃの考えがどっちゃのほうに影響したなんてこと関係あらへん!

 みんな自分の責任を果たした、それでええやないか?」

 ”声”に山田はゆっくりとうなずいた。

「そうか、それでいいのかもしれないな」

 市川、洋子、山田の順で窓をくぐってなかへはいっていく。三村は外にとどまったままだった。

 山田は三村にふりむいた。

「三村くん……。きみはこないのか?」

 穴の向こうで三村はコーラ姫の肩をだき、うなずいた。

「ええ、ぼくはこちらにとどまります」

 ひし、と姫は三村にしがみついた。目にはいっぱいに涙がたまっていた。

 そうか、と山田はうなずいた。

 なんとなく、こうなるんじゃないかと思っていたのだ。

 ”声”が聞こえてくる。

「これですべて終わったんや。三村はんは残るっちゅうことやが、あんたらは家に帰ることになる。

 ついでやが、あんたらがやった冒険の記憶は消させてもらうで」

 全員、抗議した。

「なんで?」

「そんなひどい……」

「あんたにそんな権利があるのか?」

 ”声”はかれらの抗議を無視した。

「権利も何も、あんたらにここのことを覚えていられるとこまったことになるさかい、しゃあないわな……。さあ、これであんたらは元通りや……ほなご苦労はん……」

 穴の向こうから強烈な光がさした。光のなかに穴の向こうの景色は溶けていく。だきあってこちらを見つめている三村とコーラ姫の姿も白く消えていった。

 その光に市川、洋子、山田、木戸の四人は意識をうしなった。

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