魔城
ついに魔王の城へ到達した四人。ここでの戦いはさらに激しく……。
飛行船はゲゼンの都をとびたち、魔王の居城のある山脈をめざしている。船長のヨーリは操舵室でするどい目で前方の雲をにらんでいた。そのうしろには三村、山田、市川、洋子、そしてエレンの五人が神妙にひかえていた。
飛行船の進路前方には、雲というにはあまりに異様な霧のようなものが漂っていた。どういう光の加減なのか、その霧は全体にオレンジ色にそまっている。もくもくとわいている積乱雲にもその色がそまり、雲というよりは空中にうかんだ岩山のように見える。
「これからは魔王の支配下にある領域です。あの山脈が見えますか?」
ヨーリは一同に窓の外を指差した。そこにはねっとりとねばりつくような雲につきだした山脈が見えていた。
「この飛行船がいけるのは、あの山頂までです。これ以上進むことはできません。なにしろ船の浮力そのものがきかなくなるのですから。理由はわかりませんが、とにかくあの山脈をこえると、飛行船の飛行能力がいちじるしく落ちるのです」
市川は窓ガラスに鼻をおしつけるようにして下界をのぞきこんだ。
「なんだろう……、小屋のようなものが見えるけど……」
「魔王の軍勢を見張っている、見張り小屋です。あそこには常時、何人かの兵士が常駐してなにかあった場合、烽火でゲゼンにしらせるようになっています」
飛行船は鼻面をさげ、降下し始めた。山脈の山頂の地面に飛行船の影がくっきりと落ちている。見張り小屋から数人の兵士がわらわらと飛び出し、口々に叫び交わして飛行船を見上げ、指さしている。飛行船の先端からロープがなげられ、地上の兵士たちはそのロープに飛びついた。ロープのさきが繋留塔に結び付けられ、飛行船はゆったりと地面に着陸した。
飛行船からヨーリ船長が降り立つと、兵士たちはたちまちその前に整列し、さっと敬礼をした。ヨーリは答礼して五人を手招きした。
「ここからは地上車でここの兵士たちがご案内します」
見張り小屋の兵士のうち、隊長とおぼしき男が進み出てにやりと笑いかけた。日焼けした顔に、髭が一面に密生している。
「ようこそ見張り小屋へ! 聞いておりますぞ。あなたがたが魔王と戦う勇者どのでありますな!」
隊長はひゅっ、と口笛をふいた。すると部下たちは見張り小屋に隣接している倉庫のような建物の扉を押し開いた。なかからあらわれたものを見て市川は驚きの声をあげた。
「あれは……戦車じゃないか!」
その通りだった。
がらがらと騒々しい音をたて、キャタピラが地面を噛み轍のあとを残して現れたのは鋼鉄の外板をもつ戦車であった。
「わがゲゼン軍のほこる地上車です」
ヨーリは誇らしげに宣言した。
市川は肩をすくめた。
「やれやれ、思いつきで描いた設定なんだけど、木戸さんは使い切るつもりなんだ」
ヨーリが不審な表情になったのを見て、市川はあわてて手を振った。
「いや、なんでもない! 忘れてくれ」
ヨーリはなんとか立ち直ったようだった。
「はあ……、とにかくここからの道筋はこのデイン隊長がご案内します」
名前が出てデイン隊長は髭面をほころばせた。
「よろこんで! さあ、みなさん。乗ってください」
戦車のうしろがわのおおきなハッチが開き、なかは数人がかけられる座席になっている。全員が乗り込むと、デインは部下とともに操縦席に乗り込んだ。
ヨーリはエレンを見つめ声をかけた。
「お姉ちゃん、やっぱり行くのね」
エレンはうなずいた。
「うん。どうしても見つけたいものがあるからね」
「気をつけてね」
エレンはふっと目をそらした。ハッチが閉じ、ヨーリの姿が見えなくなった。
ぐおおおん……。
戦車のエンジンが咆哮し、がくんと蹴飛ばされるようなショックがあって走り出す。
乗り心地は最低だった。がくがくと車内はゆれるし、騒音もひどい。山田は車体にちいさくあけられたのぞき窓に目を押し当てた。前方に雲が見える。戦車はその雲のなかに突っ込んでいった。
「いよいよ魔王と戦おうという勇者どのがあらわれましたなあ! 魔王がこの山脈に居城を築いてからというもの、わがゲゼン軍はなんとか倒そうと奮戦してきたのですが、魔王のちからは強く、そのちからをゲゼンの結界で封印するのがやっとでした」
騒音のなかでもデイン隊長の声はよく通った。指揮官の才能のなかでも、よく通る声というのは重要である。山田は身をのりだし、戦車の騒音にまけまいと声をはりあげた。
「いままで魔王の城をめざした人間はいないのですか?」
隊長は首をふった。
「そりゃ、いましたよ。しかし城に近づくことさえできないのです。ある程度まで近づくと……、いや、これは実際に体験しなければわかりません」
そういうと隊長はなぞめいた表情になった。
戦車は凹凸のおおい地面をそのキャタピラで踏破していった。すでにすっかり戦車のまわりにはオレンジ色の霧がおおっていた。
「なんだろう、この霧の色は……。夕方でもないのに」
市川はくんくんと鼻をきかした。色がついているほかはにおいもなく、ふつうの霧に見えた。
しばらく行くうち、隊長の様子が変わっていった。あきらかに緊張をしている。
「みなさん、もうここからは魔王の領地といっていい地域です。用心してくださいよ」
洋子は唇をかんだ。
「なんだかいやな予感……」
いいかけ、彼女はのぞき窓を見て目をまるくした。
まるでスープのようにこい霧のむこう、なにかがうごめいている。
ずし……
ずしん……
なにか重々しいものが近づく気配がする。
みな戦車ののぞき窓に額をあつめ、外をうかがった。霧のむこうになにかのシルエットが見えた。
ふいにそれがたちこめる霧をわって姿をあらわにした。
「サイクロプス!」
市川がさけんだ。
それはギリシア神話に登場するサイクロプスであった。一つ目の巨人である。すっぱだかで、片手に巨大な棍棒をにぎっている。身長はかるく五、六メートルはあるだろう。
ぎろり、とひとつしかない巨眼を動かし、サイクロプスは戦車を見下ろした。ぐぁっ、と巨人はあかい口を開き咆哮した。ナイフのような鋭い犬歯がむきだされる。片手に握った棍棒をふりかぶり、全身のちからをこめてふりおろす。
ぎゃりりりりん!
戦車のキャタピラが逆転し、あやういところでサイクロプスの棍棒をさけた。棍棒のふとさは一メートルはありそうで、その重さだけでも相当なダメージがありそうだ。いくら戦車の外板が鋼鉄でも、まともにくらえばただではすまないだろう。
「主砲砲撃用意!」
デイン隊長がさけび、部下がはしごをのぼって砲塔へ移動する。気違いじみたいきおいでハンドルをまわし、戦車の砲塔を回転させ、主砲のねらいをつける。
「撃て!」
隊長の命令で部下は砲撃した。
反動で車内はずしん、とゆれる。
わあ、と五人は悲鳴をあげた。
ずばぁぁんん!
砲弾がサイクロプスの胸に命中し爆発した。
ぐおおおぉぉぉっ……
サイクロプスは苦痛に悲鳴をあげた。煙がおさまると胸からはまっかな血がだらだらとながれている。怪物はじぶんの胸を見下ろし、あいている片手で傷をなぜた。まっかにそまった手のひらを口にもってきて、それをぺろりとなめる。
「!」
サイクロプスの顔に怒りの表情がうかんだ。さっきとはくらべものにならない咆哮が怪物の口からはなたれる。
びりびりと戦車の車内が振動した。
洋子は耳をおさえ、悲鳴をあげた。
どすん、どすんとサイクロプスは大股に戦車に近づくと棍棒を振り下ろした。
ぐわあぁぁん!
ものすごい轟音が戦車のなかに響いた。べこりと戦車の鋼鉄の外板がそとからへこむ。怪物は二度、三度と棍棒をふりおろし、戦車を打ち据えた。そのうち衝撃で戦車のフレームそのものが歪んだのか、エンジンから異音が発しはじめた。
ぐけけけけけ……
きゅるるるるん……
エンジンは咳き込みはじめた。そのうちキャタピラが止まってしまう。
「いかん! 逃げ出さなければ!」
隊長はまっさおになって叫んだ。後部ハッチにとりつくと、あわてて開いた。
「さあ、逃げて!」
五人と隊長の部下は戦車からとびおりた。巨人は風車のように腕をまわして戦車に攻撃を繰り返している。見る見る戦車の外形はへこみ、とうとうぺしゃんこになってしまった。
「なんてやつだ……」
市川はあきれてつぶやいた。
ぐるるる……
怪物はぎょろりと一つ目を一行にむけた。ぐわっ、と大口をあけだらだらと唾液をたらし憎悪の表情になる。
「やばい、くるぞ!」
ひゃあっ、と部下たちは算を乱して逃げ出した。どすどすと足を踏み鳴らし、サイクロプスは突進した。
「ど、どうする?」
市川は真っ青になった。
三村はすらりと聖都ゲゼンで受け取った剣をぬきはなった。
それをみて市川も決心がついたようだった。鞘から剣をぬき、構える。
「畜生、どうにでもなれ……」
うおおおっ!
三村は剣をかまえ絶叫した。だだだっ、と怪物に駆け寄るととん、と飛び上がった。
「すげえ……!」
市川は歓声を上げた。三村はかるく十メートルは跳躍したのである。くるくると空中で回転すると、怪物の頭上を舞い、その背中に飛び降り、ぐさりと剣をつきさした。
ぐわぁぁぁぁっ!
苦痛にサイクロプスは絶叫した。
「いくぞ!」
市川は洋子と山田に声をかけ、走り出した。ふたりは市川とともに怪物に突進する。
「どうなってんの?」
エレンはぼうぜんとつぶやいた。あんな怪物に立ち向かおうなんて、なんて連中だろう!
市川と洋子はサイクロプスの両側にまわりこむと、三村と同じように跳躍した。どちらも人間業とは思えないほどの跳躍力である。楽々と怪物の頭上高く飛び上がると、両肩に飛び降り、サイクロプスの顔めがけて切りかかった。サイクロプスはこの攻撃をなんとかふりはらおうと棍棒を投げ出すと三人をつかもうと両腕をあげた。
ぶすり! と、三村は怪物の頭のうえからその一つ目を突き刺した。
ぎゃあああぁぁぁっ!
怪物は苦痛に身もだえた。その勢いで三人はふりおとされる。
山田は怪物を見上げ、宝石が装飾されている杖をふりあげた。じっと怪物をにらむ。
びしいっ!
杖の先端から青白い閃光が飛び、怪物にぶち当たった。
うぎゃああぁぁっ!
全身に電光をあび、怪物は痙攣しながらあおむけに倒れていく。
ずっしいいぃぃん!
地面を振動させ、サイクロプスは倒れこんだ。ぶすぶすと皮膚は焼けこげ、あちこちまだらになっていた。
ずるり……と怪物の皮膚は抜け落ち、その骨格があらわになった。じゅうじゅうといやな匂いをまきちらし、サイクロプスの遺体は消滅していった。
「お見事!」
デイン隊長が嘆声をあげた。部下たちも賛嘆の表情になっていた。
「あなたがたの技は、とても人間わざとはおもえませんなあ……、あの怪物の頭の上へ飛び上がったときは、羽根がはえているのかと思いましたぞ」
それを聞いて三村は複雑な表情になった。
「いや、無我夢中でした」
市川は口を開いた。
「それより魔王の城へはやくいこうや。これから歩きだから、急がないと日が暮れら」
みな市川の意見に賛成した。隊長は一行の前に進み出ると歩き出した。
「こちらです。このさきに魔王の城があるのです」
全員、オレンジ色の霧の中をぞろぞろと歩き出した。
山田が市川のそばにならび、話しかけた。
「なあ、いまの跳躍、すげえもんだったなあ。かるく十メートルは飛んだみたいだ」
市川はうなずいた。
「ああ、おれも信じられない。三村のやつが最初に飛んだのを見て、おれもできるんじゃないかと思ったんだが、とにかく体が勝手に動いちまったんだ……」
「それだ!」
山田の声に市川は「え?」となった。
「なにが、それなんだい」
「いや、言うと気を悪くするから……」
「なんだよ、言ってくれよ」
「そのう、ますますここがアニメの世界だなあ、と思ってね」
「?」
妙な顔になる市川に山田は説明した。
「あの跳躍、とても普通の人間では無理だ。十メートルを飛び上がるなんて、オリンピックの選手だって不可能だ。しかしアニメの表現ではしばしばああいうことはやるだろう。ようするにキャラクターの能力の表現として信じられないほどの高さに跳躍する、なんてことはあたりまえだ」
「ていうことは、おれたち木戸さんの絵コンテそのままに動いているってわけかい?」
市川の表情がけわしくなった。だれだって自分の行動が他人の思いのままに動いているということになればいい気はしないだろう。山田はあわてて否定した。
「いや、そういうことじゃないよ。木戸さんが怪物を倒す絵コンテを描いておれたちがそのままに動いたのか、もしかしたらおれたちの行動がどこかで木戸さんのインスピレーションに影響して、そういう絵コンテを描くことになったのかもしれない」
市川は舌打ちをした。
「ちぇ、まったく馬鹿馬鹿しい話だ。はやく、この気違いじみた世界から抜け出したいよ」
山田はうなずいた。
「おれもそう思う」
デインは一行を振り返った。
「みなさん、あれが魔王の城です!」
なんだかかれの口調は観光ガイドのようである。全員、かれの指差す方向を見上げた。
オレンジ色の濃霧のなか、無数の尖塔をもった城がシルエットになって見えている。
「あれが、そうか……」
三村は背をのばし、するどい目つきで城を見つめている。
「行こうか……」
一歩、踏み出す。
じゃりじゃりと靴底に荒地の小石が音をたてた。
異様な気配があたりにみちていた。
全員の神経がぴりぴりと緊張している。
濃霧はさらに濃くなっていく。
あまりの濃霧に一瞬、城の全景が視界から消えた。
「や! 城はどこだ!」
山田は驚きでうろたえ、あたりをきょろきょろと見回した。
いまのいままで前方にそびえたっていた魔王の城が消えている。
うしろを振り返った一同はぽかんと口をあけた。
なんと城はかれらの背後にあった。
三村は眉をよせた。
「おかしいな、進む方向を間違ったかな」
ふたたび城を目指して歩き出す。
が、こんども見失った。
かなりの距離を歩いたと思っていたが、いつのまにか全員もとの場所にもどっていた。
「わかったでしょう。なんどもわれわれは魔王の城に近づこうとしたのですが、結局はもとのところへ戻ってしまうのです」
すまなそうな表情でデインは説明した。
ふうん、と山田は髭をなぜた。
「どうやら空間がゆがんでいるみたいだな」
市川は山田に話しかけた。
「わかるのかい?」
山田はうん、とうなずく。
「ああ、SFなんかじゃ古典的な手法だよ。近づこうとしてももとの場所に戻る、っていう場面はこういうファンタジーやSFなんかじゃおなじみさ」
「じゃ、解決の方法はあるのか?」
「そりゃ、おれの読んだSF小説じゃいろいろあるよ。そのなかで、どの方法がこの場面にふさわしいか……だが」
髭をしごきながら山田は一心に考えている。やがて決意の表情がうかんだ。
「ようし、これはファンタジーの世界だ。それならファンタジーの方法論でいくしかないか……」
かれは一同をふりかえった。
「みんな、目をつぶれ! 城を見ていると幻惑される。いいか、かならず城にたどりつくと信じて歩くんだ!」
みな山田の命令に眼をつぶった。
「進め!」
そのまま眼を閉じたまま歩き出す。
ざく、ざく、ざく、と荒地を歩く足音だけが聞こえている。
そのまましばらく進んだ。
「もういいかな……」
山田はそうつぶやくと目を開けた。
にんまりとした笑みがうかぶ。
城はすぐ目の前にあった。
「やったぜ……」
ほこらしげに振り返ると、驚きの声をあげた。
「あれっ、どういうこった?」
城の前にそろっているのは五人だけだった。山田以下、三村、市川、洋子、エレンの五人である。デイン隊長と部下たちは遠くに霧のなかでうろうろとしていた。
「おおーい!」
山田は声をあげた。デインたちは山田たちに気づいてこっちへ走りよった。
「あれ?」
市川は頓狂な声をあげた。
デインと部下は懸命にこっちへこようとして夢中になってかけているのだが、一向に近づけない。足を交互に踏み出しているのだが、その場で一歩も前に進んでいないのだ。そのうち疲れたのか、全員そのばでへたりこんでしまった。
「こりゃ、おいていくしかないなあ。おい、山田さん。どういうことなんだろ? あんたならわかるだろ?」
山田はうなずいた。
「うん……。おそらく、この城にはいれるのはおれたちだけなんだ。たぶん、ストーリーのクライマックスが近づいているから、余計なキャラは邪魔になるのさ」
洋子は目をまるくした。
「クライマックス? じゃ、ついにあたしたち、魔王と戦うのね」
「そうにちがいない」
エレンは地団太を踏んでさけんだ。
「なにあんたたち、わけがわからないこと言っているのよ! ねえ、城にはいるの? はいらないの?」
彼女に言われて全員われにかえり、目の前にそびえる魔王の城をみあげた。
城はのしかかるような圧倒的な迫力でそびえたっている。正面には十メートルはあろうかという巨大な扉が見えていた。
三村は一歩前へすすんだ。
「行きましょう。魔王を倒すんです」
みな、扉に近づいた。
「どうやってこいつを開けるんだ?」
市川が不安そうにつぶやいた。
が、その疑問は扉に近づくと解消された。なんと一同が近づくと、扉は勝手に開きはじめたのだった。
ごごごごごご……
重々しい音をたて、扉は左右におおきく開け放たれた。
ごくり……、と山田はつばをのんだ。恐怖が下半身から胸へとこみあげる。かれはぎゅっと杖をにぎりしめた。
「行くぞ」
かけ声をかけて内部へ足を踏み入れる。
ひやり、と冷たい空気が顔をなぶる。
全員、ぴりぴりと緊張して城の内部へ進む。
見上げると何本もの石の柱が天井をささえ、溶け出したような石のつららが垂れ下がっている。
「!」
洋子はぎくりと足をとめた。
「ね、見て……」
壁を見つめたまま後ろ手で市川の袖をひっぱった。
「なんだよ……?」
洋子の指差す方向を見て市川もぎくりと身をこわばらせた。
「これは……」
ふたりの様子にのこりの三人も洋子が見ている場所を注目した。全員、その正体を知って眼を丸くした。
「人間だ……」
山田がつぶやいた。
洋子の見つめる壁には無数の人体が埋め込まれていたのである。みな苦悶の表情をうかべ、空中にさしのべられた両手はたすけを求めるかのように差し出されている。
洋子はおそるおそる近づくと、その人体の指先にふれてみた。触れると同時にびくっ、とひっこめる。
「つめたい……。それに石のように硬くなってる!」
「その通りよ」
だしぬけにエレンが発言し、洋子は飛び上がった。
「な、なによ。いきなり!」
「みな石になっているのよ」
「あんた、なにか知っているの?」
「ええ、あたしがまだ子供のころ、魔王が城を築くため世界中の人間を狩り立てことがあったわ。あたしの両親もそのなかにいたの。あたしはこの眼でみたのよ。魔物が村をおそって、人々を石にしてさらっていくのを」
「それじゃ、あんた……」
エレンはうなずいた。その両目に涙があふれてくる。
「ええ、そうよ。あたしのさがしているのは両親の体……。魔王は城を築くため、人々を永遠の恐怖にとじこめ、その力でこの城を築いたの」
そこまで言うと、彼女はだしぬけに刀をふりあげ、石像にされた人間にきりかかった。おもわず洋子は剣をとってそのエレンの攻撃をうけとめた。
ぎゃりぃぃーん!
「なにをするのよっ! あなたの言うとおりだとすれば、この石像はまだ生きているということになるのよ!」
「そうよ! だから壊してやるの! 永遠の苦痛と恐怖にとらえられた生から、この人たちを救ってやるのよ!」
「やめろっ!」
市川はふたりに割って入った。エレンと洋子は飛び下がり、ものすごい剣幕でにらみあった。
「エレン、あんたの言うとおりだとしても、まだかれらを救う道はないわけじゃない。魔王がかれらを石像にしたなら、魔王を倒せばその呪いがとけるんじゃないのか?」
市川の言葉にエレンははっとなった。
「本当? 本当にあんた、そう思う?」
ああ、と市川はうなずき、山田を見た。
「山田さん、あんたどう思う?」
山田はうなずいた。
「考えられることだな。たいていファンタジーの定石なら、呪いをかけた大元が倒れれば、その呪いもとけるのが普通だ」
剣をかまえていたエレンは、ふっと力をぬいておさめた。
「そうならいいんだけど……」
三村は声をかけた。
「行きましょう。とにかく魔王を倒すのがなにより先決です」
そう言うと背をのばし、大股に歩き出す。みな、そんな三村をぽかんとして見つめる。 市川は肩をすくめた。
「そうだな……。行こうや」
三村のあとにつづいて歩き出した。市川は山田のそばに近づいた。
「おい、山田さん。あんたの設定画とおりの城じゃないか。どう感じてる」
「どうって……」
山田は当惑していた。
「そんなことより市川くん。きみの描いた魔王のキャラ設定のほうが気になるよ。おれたち、あんな怪物と戦うことになるんだぜ」
「そうなんだよなあ」
市川は嘆息した。
魔王のキャラ設定していたときは、いかに魔王らしく恐ろしげな外見を一心に考えていたのだが、実際こうして対決をひかえて恐ろしさが身にしみる。
あたりをきょろきょろと見回していた山田は、城の内部のある場所を見て足をとめた。
「待った!」
山田の声にみなとまる。山田は奥のほうをゆびさした。
「あっちだ! おれの設定では、あの階段を降りれば魔王の潜む場所へたどりつけるはずだ」
全員、山田の案内で階段をおりはじめた。階段は石造りで、まわり階段になっていた。階段の両側の壁も、また無数の石像にされた人体がうめこまれている。みな無念の表情をうかべ、全身で苦痛を表現していた。そんな石像を見ていると恐怖がきりきりと胃をしめあげてきそうであった。
階段を降りるにつれ、あたりにはじっとりとした湿気がみちてきた。あしもとの石造りの階段はぬるぬるする苔におおわれ、うっかりすると足を滑らせそうになる。
「臭え……」
市川が顔をしかめた。
かれの言うとおり、あたりに瘴気としかいいようのない腐敗臭がみちていた。その臭気にみな口だけで呼吸しようとはあはあと荒い息をついていた。
ついに階段はつき、通路に行き着いた。通路はすべて石造りで、この場所にはうめこまれた石像はなかったが、こんどはあらゆるところに色とりどりの苔や、黴。そして菌糸類がはびこっていた。鼻が曲がりそうな臭気は、その菌糸類から発生しているらしかった。壁にべっとりと付着している苔が青白く発光していて、あたりはほの明るい。
「発光苔ね……」
エレンは手近の壁に手をのばした。ちょっとつついてみる。
と、苔の表面からぶしゅーっ、と茶色い胞子がふきだし、エレンはあわてて顔をぬぐった。
「わっ!」
山田は首を振り、声をかけた。
「気をつけてくれよ、エレンさん。ここは魔王の城なんだから、なにがおきるかわからないんだから」
「わかってるわよ!」
彼女はほほをぷっ、とふくらませた。
みな通路の奥へすすむ。
地下にいるということからか、あたりには奇妙な圧迫感があった。
通路はどこまで続くのかさっぱりさきが見えない。一本道だから道にまようことはないが、どこまで歩いても同じような景色が続いているだけだった。
と、先頭を歩く三村が足をとめた。
声をかけようとする市川にしっ、と唇に指をあてて制止する。
そのまま立ち止まっていると、通路のおくからずるっ、べちゃっ……というような、なにか引きずるような足音が聞こえてくる。
「出た」
市川はつぶやいた。
通路のおくからあらわれたのは数人の人間だった。それらは兵士の格好をしていた。が、その兵士の防具につつまれている体からはぽたぽたと腐汁につつまれた肉片が滴り落ちている。
「ゾンビだ……」
市川はつぶやいた。
その通りだった。あらわれたのはゾンビ兵の集団だった。全員腐り落ちた骨がむきだしになった体で、剣や槍、盾などをかまえている。
奇妙にゆったりとした動きでゾンビ兵たちは五人に襲いかかった。
わあ! と、恐怖のさけびをあげ、洋子はその攻撃を受け止めた。
ぎりぎりぎり……
ゾンビ兵はちからまかせに洋子に剣を押し付けてくる。洋子は必死にその攻撃を押しのけようとふんばっていた。
ぐあぁぁぁ……、とゾンビ兵は口を開けた。その口からどぼどぼと腐った肉汁がほとばしる。
「いやああああっ!」
洋子は首をふり、ちからをこめてゾンビ兵をはねとばした。
どしゃ、とゾンビ兵は地面に倒れこんだ。どぶどぶと全身から腐った汁をたらしつつ、ふたたびのったりと立ち上がる。
「なによう……」
洋子は泣きそうな顔になってじぶんの体を見下ろした。首から下がべっとりとゾンビ兵の放出した汁にまみれている。
「洋子さん! 油断するな!」
山田に言われ、彼女は顔をあげた。見るとゾンビ兵がふたたび剣をふりあげ襲いかかってくる。
ぎいいぃぃん! ちゃりぃぃん! と、あちこちでゾンビ兵と五人の切りあいの音が通路にひびいた。ゾンビ兵の動きはのろく、その攻撃は楽々と受け止めることができるのだが、なにしろ切ろうが突こうが、まるっきり相手にダメージをあたえることができない。みなゾンビ兵の腐った体を一寸刻みに切りつけるほかなかった。洋子もまた必死になってゾンビの体に何度も剣を突き刺し、剣をもつ腕の肉や骨を削り取るようにして戦った。
ようやく戦いがおわったとき、みな疲労困憊のきわみにあった。あたりには切り刻まれたゾンビ兵の体のばらばら肢体がちらばり、床にはいやな匂いをはなつ肉汁が水溜りをつくっている。しかしそれでもばらばらにされたゾンビ兵の肉片はひくひくと蠢いて、完全には死んではいないようだ。
「みな、無事ですか」
はあはあと息をつき、三村は全員に声をかけた。あちこちから「ああ」とか、「うう」とかいう返事がある。
ぐちゃ……
ぬちゃ……
足音にみな新手がきたのかと緊張した。
「エレン……」
どうしたのか、と山田は立ち上がった。
見るとエレンがふらふらとさ迷うような動きで歩いている。
「近づかないで……」
エレンは山田に声をかけた。彼女の声はごぼごぼと沼からふきあがるメタンの泡がこもったような声になっていた。山田はぎくりと足を止めた。
見るとエレンのふたつの瞳にはうすく膜のようなものがかかっていた。
ぐえええ……! と、エレンは身をおりまげうずくまった。その口から臭い匂いの腐汁がどぼどぼとほとばしる。
「エレンさん!」
驚愕に山田は身をこわばらせた。
「あたし……あの苔の粉をかぶったあと……気分が悪くて……。でも、いまわかった。あれは人間をゾンビにしてしまう粉なんだわ……」
エレンは顔をあげた。すっかりふたつの瞳には白い膜がかかり、完全に白目になっている。顔には汗というより肉汁のような黄色い粘液がまとわりつき、顔色はすっかり死人のそれになっていた。
「あたし、もうすぐゾンビになってしまう……、そうなったらもう、あなたがたを殺すことしか考えられなくなる……。お願い、いまのうち逃げて!」
ぐえええ……。
ふたたびエレンは腐汁を吐き出した。
市川がつぶやいた。
「すげえ……ほんとの腐女子だ……!」
「馬鹿なこと言ってないで!」
洋子がかっとなって叫んだ。
山田は決意の表情になった。
「わかった! おれたちはなんとしてでも魔王を倒す。そうすれば、あんたも元の人間に戻れるに違いない!」
ぶるぶると震えつつ、エレンはひっしになって笑顔らしきものをうかべた。
四人はエレンを一瞥すると、くるりときびすを返して走り出した。
うおおおお……、と、エレンの叫びが通路にこだました。それは四人をとりにがしたことによる無念のさけびか、それともゾンビになってしまうじぶんを必死に押しとどめようとする叫びなのかわからなかった。