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聖都

一行は聖都ゲゼンに到着する。そこでかれらは魔王を倒すための聖なる装備の情報をえる。その装備を手に入れるにはある試練をうけなければならないが……。

「これでキャラ設定ぜんぶおわりだな」

 市川はつぶやくと鉛筆をおいた。目の前には恐ろしげな魔王のキャラ設定書がある。

 ここは聖都ゲゼンの城のなかに用意された四人の部屋のひとつである。ヨーリ船長に飛行船ではこばれた四人は、ゲゼン側の歓迎をうけ宿泊施設をあたえらえたのだ。落ち着いたかれらはいまのうちに残った設定をおわらせておこうということになり、仕事をすませたというわけだ。

 三村にできあがったキャラ設定をわたすと、いつものように空中にまいあがり消えてしまう。

「設定がおわった、ということは、この世界に魔王が実在することになったということですね」

 三村のことばに山田はうなずいた。

「そういうことだ。つまりおれたちがいつか市川くんが描いた魔王と戦わなくてはならないってことだ……。なあ、このストーリー本当にハッピー・エンドになるんだろうなあ?」

 魔王との対決がまじかに迫ったのを感じ、山田は不安そうだった。山田はふと窓の外を見やった。からりと晴れ上がった空に、遠くかすむように山脈がそびえている。山脈にはどすぐろい雲がかかり、陰鬱な雰囲気をはっしていた。

 あれが魔王のすむ岩山か……。

 山田はようやく魔王の住処を間近に見るところまでやってきて、つめたい恐怖がこみあげてくるのを感じていた。あの岩山のどこかに、魔王の城があるのだ。

「そう思うようにしようぜ。とにかく、おれたちがもとの世界に帰るには、このお話しをおわらせなきゃならない……おい、もともとこれは山田さんの言い出したことじゃないか。いまさらあんたがそんなこと言い出すなんてどういうことだい?」

 市川に言われ、山田は首を振った。

「そりゃそうだが……なにしろすべておれの推測だからなあ」

 洋子は肩をすくめた。

「まったくあんたらいつまでくよくよ考えているのよ。とにかくこうなったら、やるしかないのよ!」

 と、部屋の外、廊下から複数の足音が近づいてくると、ドアをノックする音が響く。三村は答えた。

「どうぞ」

 ドアを開けたのはヨーリ船長だった。背後に兵士をしたがえている。

「みなさん、法皇さまが面会なさります。謁見室へおいでねがいますか?」

 彼女のことばに四人は立ち上がった。聖都ゲゼンに到着していよいよこの国の支配者との面会なのだ。

 船長は全員が立ち上がったのを確認すると廊下を歩き出した。ぞろぞろと彼女のあとをついていく一行のうしろから兵士がついていく。

 聖都ゲゼンは壮麗な城壁をもつ城砦都市である。幾重にもとりまく城壁のなかには市街があり、市民の食料を確保するための農地や牛や馬を飼うための家畜小屋がたちならんでいる。城砦の中心には岩山がそびえ、その岩山をかかえるように宮殿が建てられていた。

 宮殿の裏手からはもうもうと蒸気がたちのぼっていた。

 そこは工場地帯である。

 ゲゼンはもともと炭鉱であった。その炭鉱から石炭をほりだし、燃料として製鉄所を運営し、さまざまな工業製品をつくりだしていた。この都市ではあらゆるものが自給自足されていた。食料から武器まで、さまざまなものが生産されている。

 廊下をゆく一行の前にエレンがあらわれた。彼女のそばにも数名の兵士が従っている。彼女は四人を目にするとにやりと笑いかけた。

「あんたらも法皇さまに会いに行くの?」

「きみもか」

 三村がこたえるとエレンはうなずいた。

「まあね、あたしは法皇さまなんかには用はないんだけど、どうしてもって言うからしかたないじゃない?」

 エレンのことばにヨーリはむっとしたようだった。

「お姉ちゃん、法皇さまと面会するときは礼儀をわきまえていてね!」

 わかった、わかった、というようにエレンは肩をすくめた。

 ヨーリはことさら肩をそびやかすように歩をすすめた。

 市川はふと窓の外に目をやった。

 ぬけるような青空にときおりぱりぱりと閃光がはしり、網目のような模様がうかびあがる。

「雷にしちゃ、妙だな」

 そのつぶやきに、ヨーリは市川をふりかえった。

「魔王の攻撃です。魔力でこのゲゼンを攻撃しているのです。法皇さまの法力によって結界がはられているので、あのように見えているのです」

「へえ……」

 市川は肩をすくめた。ヨーリのくちぶりから、こういったことは日常茶飯事らしい。常時、魔王の攻撃をうけているということは想像もつかないことだった。四人の目には、聖都ゲゼンは平和で、みちたりたように見えていたからである。

「こちらです……謁見の間です」

 ようやくかれらは謁見の間にたどりついた。

 そこはいままで見た中でもっともひろびろとした場所だった。

 天井は丸屋根で見上げると首がいたくなるほど高く、巨大なシャンデリアが垂れ下がっている。壁も床も、すべて大理石でできていてこまかな彫刻がほどこされていた。どことなくローマ帝国の議事堂という雰囲気である。

 床には青色の絨毯がしきつめられ、一段高くなっている場所に玉座があった。一同が揃っている場所から玉座まではおよそ百メートルはあった。

 山田は壁にほどこされた彫刻を見回し思った。おれの描いた設定画がこんなふうに現実のものになるとはなあ……ラフで描いた設定画がきちんと形になっているのを確認するとちょっとうれしくなってくる。

 床の絨毯の毛足はながく、四人の足音をすっかり吸いとってしまう。

 謁見の間には静寂が支配していた。

 玉座に近づいてようやくこの部屋のあるじのすがたがはっきりとしてきた。

 法皇である。

 それは十才足らずの少女であった。

 巨大な大理石でできている玉座にくらべ、彼女のすがたはあまりに幼かった。ちょこんとすわった両足は床につかなくてぶらぶらとたれている。まっかな法衣をまとい、あたまにはおなじまっかな帽子をかぶっている。法衣にも、帽子にも金の縫いとりで複雑な紋章が描かれていた。彼女の髪の毛はながく、腰のあたりまで伸びた金髪で、まるで本物の金の細糸をたばねたようだった。肌はぬけるようにしろく、瞳はうすいブルーである。彼女は四人がちかづくのをみとめ、かすかにうなずいたようだった。

 まわりには彼女をまもるかのように幾人もの衛兵が武器をかまえ立ち並んでいた。全員豪華な紋章を浮き彫りにした鎧兜を身にまとい、身長の倍ほどもありそうな長い槍を手にしている。

 ヨーリは法皇のまえにすすみでると、さっとばかりに膝まづいた。あわてて四人とエレンもそれにならう。ここにくるまでヨーリは口うるさく謁見の儀式を教えていた。

「法皇さま。ここに魔王と戦おうという勇者たちをお連れしました。ねがわくば、お言葉をたまわりたくぞんじます」

 少女はかるくうなずく。とん、とかるく足を踏みだし、椅子からおりると歩き出した。

「みなのもの、この世界を滅びにみちびこうとする魔王と戦おうという決意、まことに大儀である。わらわはこの聖都ゲゼンで魔王の魔力をくいとめているが、いつまで続けることができるかこころもとない。おぬしらが魔王を倒すことをねがってやみませぬ」

 彼女の声は年相応にほそく、おさなかったが、凛としたひびきがあった。口調ははっきりとしていて、まるでおとなそのものだった。

 少女のくちもとがにっこりと笑みのかたちになり、あどけないといっていい表情になった。

「しかしそなたたちがいくら勇者とはいえ、いまから魔王の城へのりこむのは無謀というもの。わらわがそなたたちにちからをかすことにします。この聖都にはふるくから勇者があらわれたとき、その手にわたるようにいくつかの聖なる武器、防具が所蔵されています。まことの勇者なら手にすることができるでしょう」

 三村は顔をあげた。

「それはどういう意味なのでしょう?」

 少女はこたえた。

「宝物を手にするには試練をくぐりぬけなければなりませぬ。いままで何人もの勇者が試練にたちむかいましたが、残念なことにだれも成功したものはおりませぬ。あなたがたがまことに魔王と戦うだけの資格があるかはその試練にたえなければなりませぬ」

 そんなこったろうと思った……。山田は胸のうちでつぶやいていた。そうそう簡単に魔王と戦えるわけないよ……。

 が、三村はまっすぐ法皇の目を見つめ口を開いた。

「その試練とはどのようなものでしょう」

「城の地下深く、かつて魔王が生を受けた魔窟が存在します。この聖都はその魔窟のちからを封ずるために建てられたもの。ゲゼンがここにあるうちは魔王の魔力は完全なものとはならず、魔王が世界を征服することを阻止しております。しかし邪悪なちからはいまだに魔窟にみちております。かつて魔窟の力を封ずるために幾人かの聖者がなかに踏み込み、魔窟にすくう魔物と壮絶なたたかいを繰り広げました。しかし魔窟にはふたたび魔物が巣食い、危険な場所になっております。それらの魔物を倒し、まことの勇者であることをしめせば、聖なる宝をさしあげます」

 三村は決然と宣言した。

「それならわれわれがその宝物を手に入れましょう!」

 少女はうなずいた。

「よくおっしゃいました! わらわはあなたがたが首尾よく魔窟より生還し、まことの勇者であることをしめすことを祈っております」

 

「まったく信じられないよ、三村くんがあんなこと言うとはなあ」

 一同が部屋にもどると市川が感心したように口を開いた。三村は市川の言葉に恥じ入ったように首をすくめた。

「すいません、どういうわけかじぶんでも意識しないうちにあんなこと言ってしまって……」

 エレンもまた四人にくっついておなじ部屋にきていた。彼女は首を振った。

 四人が注目すると彼女は口を開いた。

「あんたら、ほんとうにわけがわからないよ。いったい法皇さまの前でそこの三村とかいうひとが誓ったときと、いまのあんたはまるで別人だ。それなのに、あんたらはまるで気にしていないみたいだ。いったいあんたらは何者なんだい?」

 くすり、と洋子がわらった。エレンはきっとなって洋子をにらんだ。

「なんだい、なにがおかしいんだい!」

「ごめんなさい……、あたしたちと会う人みんなあんたとおなじこと言うからおかしくなってね。この三村くん、どう見てもどこかの王子様って格好だけど、とんでもない。あたしたちだって戦士なんてがらじゃないし、そもそもこんな冒険にまきこまれたのもあたしたちの本意じゃないのよ。まあ、あたしたちと一緒にくるなら気にしないことね」

 エレンはわけがわからない、といった表情になった。彼女の理解のそとなのだろう。

「聖なる武器、防具かあ……」

 山田がつぶやいた。

「どうしてもそいつを取りにいかなきゃならないらしいな」

 市川がこたえた。山田はうなずいた。

「うん、それがあれば魔王と戦えるらしいからな。まあ、なんとかなるだろ」

 エレンは立ち上がり、ドアに近寄ると、四人にむけて口をひらいた。

「あんたら、そんな軽い気持ちで魔窟にはいろうなんて信じられないわ! 言っとくけど、あたしを頼らないでね。危なくなったらあたしはさっさと逃げることにするから覚えておいて!」

 市川は顔をあげた。

「おいおい……、あんたも魔窟へもぐろうってのか?」

 エレンはふっと笑った。

「あたりまえじゃない! 宝物と聞いて黙っていられるわけないわよ」

 さっと身を翻し、彼女は部屋を出て行った。

 四人は顔を見合わせた。

「どうすんだ? あの女盗賊、ついてくる気だぜ」

 市川の言葉に洋子は肩をすくめた。

「いいじゃない、ついて来たいというなら勝手にさせましょうよ。それよりあんたら、やっとくことがあるんじゃない?」

 え? と山田がぽかんと口をあけた。

 洋子は言葉をつづけた。

「魔窟の設定よ! それに宝物の設定に、魔物のキャラクター設定! わすれたの?」

 ちぇ、と市川は舌打ちをした。

「そうかあ、それがあったかあ! あーあ、面倒くさいなあ。まったく自分で設定した魔物と戦うんだから世話ないよなあ」

 山田はにやにやと笑いながら答えた。

「しょうがないよ。まあ今夜中に仕上げておこうや」

 ふたりは机に紙をひろげ、筆記具を手に取った。


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