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魔王

いよいよ魔王がその姿を現す!

「まだ三村さまはこないの! あたし、いつまで待てばいいのよっ!」

 いらいらした女の声があたりに響いた。

 豪華な装飾にかざられた大広間である。壁にはすきまなく名画がかけられ、床には足首までうまりそうな絨毯がしきつめられている。まるで家ほどもありそうな巨大な暖炉にはあたたかなオレンジ色のほのおがゆらめき、そのまえには重厚な長いす、テーブルがおかれ、いすにはコーラ姫がだらりと横になっていた。彼女のまわりには数人のメイドがはべり、あるものは姫の髪をとかし、あるものは姫の爪の手入れをしていた。ひとりが銀の盆に山盛りのフルーツをもってきてひざまづいた。コーラ姫はものうげにそのなかのひとつをとりあげ、口にもっていった。

 かりっ、と前歯でかむと果汁があふれ、唇からたれる。それをメイドのひとりがすばやく絹のハンカチでやわらかい手つきでふきとった。

「ねえ、なんとか言ってよ。あんた、ずーっと黙ってばかりじゃない……」

 コーラ姫は虚空にむかってさけんだ。まわりのメイドは聞こえないふりをしている。

 あの”声”はふっつりと姫に話しかけるのをやめていた。姫のさまざまな要求をかなえてから、もう彼女のことは関心がなくなったかのようだった。

 豪華な家具、そして贅沢な料理、忠実な召し使いにかこまれ姫は孤独だった。彼女の要求したこれらはつぎつぎとかなえられたが、姫の世話をしてくれる召し使いは彼女がなにを話しかけてもあいまいな返事しかせず、まるで生きている人形のようだった。

 コーラ姫は立ち上がるとのろのろと歩き出した。彼女のすまいは故郷のドラン公国の城にくらべはるかに豪華だった。おそろしく高い天井にはいくつものシャンデリアがさがり、あたりをまばゆく照らしている。

 ここに数ヶ月くらしているがいまだに彼女はこのすまいの全体像をとらえきれていなかった。ちょっとあるいただけで彼女はすぐ迷子になった。しかし姫がひと声命令すればすぐにどこともなく召し使いの一団があらわれて帰り道を教えてくれるから心配はしていなかった。

 また迷った。

 あたりは暗い。

 手をのばしてみるとざらざらした石の面にふれる。彼女のいつも暮らしているエリアはつるつるした大理石ばかりなので、このような感触ははじめてだった。

 どこかしら……。

 姫はいつものように召し使いをよぼうと思ったが気をかえてそのまま歩き出した。

 いいではないか。迷子の気分もわるくはない。

 ほの暗い廊下を姫は後ろ手にくみながらぶらぶらと歩き出していた。暗いとはいってもほのかなあかりが満ちている。

 天井近くの壁面にはなにやら見慣れぬ彫刻がきざまれている。

 人間の彫刻と思ったがよく見ると頭には角がはえ、背中からは蝙蝠のような翼がはえた魔物の彫刻である。反対側には竜の浮き彫りがある。

 気がつくと空気がひやりとしたものに変わっていた。壁面もまたじっとりとした空気のせいでわずかに濡れているようだ。

 あたりの彫刻もまた気味の悪いものに変わってきていた。

 ぞわぞわと姫の背中にさむけが這いのぼりはじめた。

 くるりときびすをかえすと、いま来た道を引き返そうと歩き出す。

 が、姫の歩みはとまった。

 真っ暗な闇があたりをつつんでいる。いつのまにか、じぶんの指先も見えないほどの暗闇に姫は立っていた。

「だれか……」

 姫の声は真っ暗な闇にすいこまれた。反響もなく、いまじぶんがどんな空間にいるかもわからない。

 !

 なにかの気配に姫はぞっとなった。

 なにかいる!

 圧倒的な存在感が闇のむこうから漂ってくる。それはなんと形容していいのかわからないが、たしかな感覚がつたわってくる。

 ……

 …………

 ………………

 なにものかがうごめく気配。

 かちかちという音に姫はぎくりとなった。それはじぶんの歯が細かくふるえてかち合っている音だった。

「だ、だれ……だれかいるの」

 やっとの思いで姫は声をふりしぼった。

 くくく……。

 闇の向こうにしのび笑いがもれた。

「ドラン公国のコーラ姫よ……」

 その声は闇の中からひくく響いてきた。その声がまるでじぶんの耳のすぐそばで聞こえてくるような気がして彼女は飛び上がった。

 だしぬけにあたりに光がみちた。

 それは蝋燭のわずかなあかりであったが、闇にしずんでいた姫にとっては真昼のひかりのようで痛みにさえにた明るさに彼女は目をしばたかせた。

 姫は総毛だった。

 そこにそれはいた!

「魔王……」

 姫はつぶやいた。

 たしかにそれは魔王だった。それいがい、言いようはない。

 巨大な、それじたい家ほどもありそうな石造りの椅子に魔王は腰をおろしていた。魔王の体もまたとほうもなく巨大だった。

 皮膚は甲虫の甲羅をおもわせる光沢のある緑色で、蝋燭のゆらめきにつれさまざまな色に反射する。

 顔はひきのばされた骸骨のようで、くちもとには姫の腕のふとさほどもありそうな牙が上下にむきだしている。

 魔王の瞳に射すくめられ姫は凍りついた。

 まるで瞳そのものの内側にほのおが燃えているかのようにルビー色に輝いている。魔王は目の前の姫をじっと見つめていた。姫はその視線をはずそうとしたが、まるで命令されているかのようにそらすことすらできないでいる。

 魔王はにたりと笑みをうかべた。

 その顔のつくりから笑いをうかべることなどできないと思われたが、まるで部品を組み合わせるかのように関節が変形して笑いの表情をつくったのだ。

「なるほど……たしかに美しい……。わが魔王の花嫁としてもうしぶんない……」

「花嫁……? わたしが?」

 魔王のことばに姫はぽかんと口をあけた。あまりに意外なことだったからだ。

「そうだ。わしはずーっと考えていた。わが子孫をつくることを……。さまざまな手段をつくってさがしてきたが、わが花嫁にふさわしいのはおまえしかおらんとわかった」

 魔王は石造りの椅子から立ち上がった。ずしり、と片足をふみだす。そしてもういっぽうの足もまた前へつきだされた。

 ずしり、ずしり、と重々しい足音をたて、魔王はゆったりと姫にむかってきた。姫は凍りついたように動けなかった。

 無造作に魔王は腕をのばし、姫を手のひらにつつみこんだ。ふわり、と姫の体がうきあがる。姫の体は魔王の手のひらにすっぽりとおさまるほどだった。魔王は姫を自分の顔にちかづけるとしげしげとのぞきこんだ。

「わが花嫁になるのだ……コーラ姫!」

 姫は気をうしなった。


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