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騎士と魔王




「これで村人は全員か?」


「サー、村人なのですが、少女が二人足りない模様です。現在彼女らの両親に灸をすえて居場所を聞き出しているところです。サー」


 むせ返る鉄の臭い。しゃくなげ色の何かを頭から地面に滴らせ、倒れる男達。そこは国境付近の村だった。普段は活気溢れる村も今は静謐の帳が下ろされている。数十件の木製の家や店は全てドアを壊され、中から鎧を着込んだ軍人達が、村人を連れ出している。橙色の斜陽は既に地平線に沈んだ。今は魔の住まう闇があたりを満たしている。村を囲う草むらがまるで誰かを誘うように、その姿を揺らす。雑草を揺らすのは身を冷やす一陣の風だ。風は平等に当たりに吹き、栗毛の馬に乗り、白銀の板金鎧を着込んだ男の肌を冷やす。鎧の隙間から冷風を浴びた、部隊長、セイ・ヴァンは辺りを見回し、制圧が滞りなく終わった事を確認した。

 セイは隣に佇む副隊長の顔を見据える。


「武器を持たぬ者達や女子供には手は出していまいな?」


「サー、徹底させておりますが、子供らを逃がした母親達には危害を与えないので?」


「無論だ。」迷いも無く、セイは答える「戦争とは正義の旗物にしか勝利はあつまらぬ。禍根を残せばいずれ再び世は戦乱を求めてしまうだろう。」


 「御意に」その言葉と共に副隊長は再び村の一軒家に消えていった。平時には国境の付近の宿として有名であったその宿。いまは見る影もない。扉は蹴破られ、中からは男性の悲鳴が響いている。そして、この村から逃走した少女の両親が営んでいる宿だ。男性の叫び声は彼女の父親が拷問される声だった。

 悲痛な男性の声だけが村には響いていた。その声を聞くのはセイの部隊と、生き残った村人である。生き残った村人は皆、武器をセイに向けなかった賢人である。死んだ者は武器を向けてしまった愚者だ。

 見知った男の悲鳴をただ彼らは連れてこられた村の中央広間で聞いていた。唇を噛み締める女性、子供の耳を覆う母親、諦めたように空を見る老人。中央広間には特に何があるわけでもないが、人々が中心がわかるように大きな土の地面を晒した空間があり、そこから東西南北へと道を伸ばしている。

 セイは無力に佇む彼らの前で馬に跨っている。


「村人達よ、矛を向けた事をまず陳謝しよう。だが、我らは向かい来る刃を払っただけ、それを理解して欲しい。」


 剣を取ったら、殺す。

 要約すると、村人達へと脅し文句だ。

 逆らう村人などいるわけのない。武器を持ったものは彼らの前で無慈悲に切り捨てられたのだから。

 セイは空遠くを見据えた。今から侵攻する首都がある場所を。

 だが、彼の視界には村の数件の建物と草原が写るだけだ、草むらの中ですら闇の帳が隠し伺う事ができない。

 

「隊長! 」鎧を着た男が一人、セイのもとにかけよっきた「東、遠方から不可解な格好をした男がこの村に近づいてきます。」


 セイは、なに、と反射的に言葉を返すと、報告にきた部下の男にその場の監視を任せ、馬と共に駆け出す。

 馬のひずめが土を削り、加速をえていく。

 彼の馬が街道の中央を走る姿をみた部下達は何事かと顔をあわせ、剣をかかげ、最敬礼を示した。

 村はそこまでおおきくない。村の東門までは馬で二十秒もかからなかった。


「状況は? 」


「セイ隊長! 」東門を監視していた男はセイに向かい剣を顔の前に掲げ、敬礼をしめす。セイがそれを手でやめろと示すと、男は剣を鞘へと戻し、草原を指差した「アイツです。見たこともない服装ですが、少なくとも平民が着るような服ではありません。」


 部下の騎士が指差した、正体不明の男の上着は黒を基調とした下地に金色の糸が刺繍されたものだ。袖に刻まれた複雑な紋章のような形、胸に飾られた宝石どれをとっても一級品だ。下のズボンもまた黒を基調とした下地に金色の糸が刺繍され、下地の素材が白であれば神官や神父にも見えるかもしれない。しかし、不可解なのはその下地の素材だ。布のような継ぎ目もなく、皮のような滑らかさもない。また、髪の色もまた不可解だ。月に映える銀色の髪。異様なその男の姿にセイは一瞬言葉を失う。

 そして、男が肩に背負う平民の格好をした少女。

 正体不明の男は草むらを踏みしだき、一歩、また一歩と村にへと近づいてくる。

 セイはその瞳を見据えた。普通ならこんな明りの中瞳など見えるはずはない。だが、男の瞳は不気味に光り、月と同じ金色の色をしている。

 セイは本能的に恐怖心を覚えた。生死をかけた戦場を潜り抜けてきた騎士たるセイが、だ。


「どうします? 始末しますか?」


 部下の騎士は何も感じてはいないようだった。セイはこの謎の威圧感を感じない部下を羨ましく思いながらも、静かに、しかし、有無を言わせぬ強さで部下に言い聞かせる。


「いいか、絶対に奴に剣を向けるな。敵意すら向けるな。腹を見せた犬のようにしていれば命だけは助かるかもしれん。」


「え?……」部下はその言葉に無様にもほうける「は、はい。ならば撤退は……」


愚にもつかない言葉にセイは鼻を鳴らして部下の目を見据える。


「なら、お前が囮になる間に私達は西から逃げるとしよう。だが、それでどうする? 村人は私達の事を密告し、討伐隊が組まれてしまう。そして、大前提として、お前を殺すのに恐らく奴は一秒もかからない。」


 下らぬ事をいいました、と部下はセイに謝罪する。

 正体不明の男が一歩近づくたびに緊張がセイに走る。

 一瞬にも数刻にも思えた時間が過ぎ、男はセイの前に立った。

 ゆっくりと銀髪の男の口が開いていく。セイも部下の騎士も固唾を呑んで見守る中、男は言葉を発した。


「水をくれ。」


「は? 」


「聞こえなかったか? み、ず、を、よ、こ、せ!」


 セイも部下の騎士も呆気に取られたが、比較的、思考の復帰が早かったセイは部下に命じ、水をもってこさせる。

 即座に走り去り、ブリキのカップをもってきた騎士はそれを銀髪の男に渡す。

 男は少女を肩から下ろすと、少女の頬を軽く叩き、水を飲ませ始めた。

 水を飲み終えた少女は再び夢の中に誘われ、目を閉じる。


「すまないな。」


「い、いや。」


 セイは思わず声が上擦る、男が何をするのか予想が彼にはつかなかった。


「さて、俺の名前はルーシー・ファルだ。単刀直入に言う、村人は何人殺した?」


 ルーシー・ファルと名乗ったルシファーは明らかな敵意をセイに向けた。この場の頭がセイだと分かっているように。実際わかっているのだろう、水をもってこいと命令したのはセイなのだから。

 先程の頼みは誰が命令系統の上位にあたるか確かめるためとセイは悟ると下唇を噛み締める。嘘を吐くべきか、それとも……。そこまで考えたところでルシファーは口を挟んだ。


「答えろ。答えなければこの場で全員殺す。嘘は吐くなよ? 『嘘を吐けばお前は焼かれ死ぬ』」


 『嘘を吐けばお前は焼かれ死ぬ』、その言葉だけ、妙に鮮明にセイの頭の中に響いた。まるで頭の中に直接響いたように。

 嘘を吐いてはいけない、そうセイは本能的に悟り言葉を紡ぐ。


「正確な数は分からない、しかし10人に満たないことは確かだ。」


「そうか、ならお前の仲間のなかから10人、この村の贖罪のためにおき去れ。そして、即刻村から去るがいい。」


「な……。」


 無慈悲に、意志の曲がらぬ芯の入った口調で淡々とルシファーは犠牲を置きされ、と告げた。

 その横暴なまでの態度にセイは言葉を失った。

 部下の騎士は感情にまかせ、剣を抜こうとするが、それをセイは怒鳴り声を上げ、やめさせる。


「剣を抜かないのか?」


 ルシファーの言葉は明らかな挑発だった。

 苛立つ部下の態度をセイは感じるが、その部下に対し舌打ちをしたい気分だった。

 部下はわかっていないのだ、セイ達は敵意を見せていないために生かされているという事実に。


「交渉を。」セイは頭を回転させその言葉を搾り出す。


「認めよう。私は情報を求める。」


「……。私達はセイグリット共和国の銀獅子団ぎんししだんだ。隠密行動をし、宣戦布告と共にハインツ王国の王都に攻め込むため、ここを制圧した。私の名前はセイ・ヴァン、セイグリット共和国の将軍でもあり、銀獅子団の団長でもある。」


「セイグリット共和国とはなんだ。」


 セイは呆気に取られた。子供でも知っている国名を目の前の男は知らなかったのだから。これではまるで千年眠っていた魔王のようだ。そう思ったところでクスリと微笑みを漏らす。得てして妙だと、感じたからだ。

 こうして、セイから分からない事を全てルシファーは聞き出し、満足する。


「情報提供感謝する。三人、この村においていけ。」

 

 全ての情報と引き換えに七人の命を救えた。セイにはこれは多いのか少ないのかの判断はつかない。だが、三人も失う事ができないのも事実だ。銀獅子団に所属している誰もが変えの聞かない精鋭であるために。

 三人の命と千万円。どちらを取るかと聞かれたら千万と答える者は多いのではないだろうか? しかし、人は成長するまでに一人で千万以上の金を要する。軍事でも同じだ。戦場を生き抜き、生き抜けるだけの力をもつ真の精鋭と、数千万。どちらが大切かなど火を見るより明らかである。精鋭達を見つけ、そのレベルに達するまでに幾らかかるかわかったものではない。

 だからセイはこう答えた。


「所持している軍資金を全て貴方に捧げよう。どうか、ご容赦を。」


「良かろう。しかし、一人は置いていけ。」


 セイが現在所持している軍資金は600万Eイーゼル。日本円にして2億ほどだった。これから首都に潜伏する上での部隊管理費だ。一人一億の命。大盤振る舞いだな、と苦笑を浮かべるが、それでもまだこの魔王のご機嫌を取ることはできないらしかった。

 ただ淡々と告げる魔王に東門の監視をしていた騎士の一人が歩み寄った。


「私がこの村に残りましょう。」


 セイにはそれを止める術を思い浮かべる事はできない。強者に対し、交渉などこの場では愚行以外の何事でもないのだから。

 ルシファーはひとつ、頭を縦に振る。

 東門の管理をしていた男は銀獅子団の中で最も若く、新人だ。古参の精鋭中の精鋭の命にくらべれば安い、そう騎士は判断したのだ。セイもそれは正しいと頭の中では理解できる。が、罪悪感はやはり胸をしめつけた。この目の前の魔王に一矢報いる事はできないのだろうか。戦場では命の取り合いが常だ、ここで引き下がれば戦わずして部下の命を捨てる事となってしまう。その思いにセイは囚われてしまう。

 決死の覚悟でセイは剣を鞘から抜く。が、しかし


「『砕けろ』」


 ルシファーの一言でまるで、剣は爆発したように粉々に砕け散った。セイは今、馬の上で粉になった鉄を握り手を振り上げている形だ。セイには苦笑いしかできない。ここまで力が違うのかと。

 ルシファーはセイの命を奪おうとはせず、セイの横を通り過ぎ、村の中央にへと向っていく。

 彼はセイの隣を通りすぎるときに彼にしか聞こえぬ声で囁いた。


「お前に免じて、部下は殺しはしない。」


 セイにはただその言葉を信じ、村を去るしか選択肢は残っていなかった。こうして村は気まぐれに訪れたルシファーに救われる事となる。セイは共和国へと退却し、村には騎士が一人残った。ルシファーはその後、拷問されていた少女の両親の傷を癒し、村人に感謝される事になる。しかし、その目に畏怖が混ざっていた事は言うまでもない。





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