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ゆきのまちシリーズ

ナンバー・ナイン

作者: 謎村ノン
掲載日:2026/03/08

 一人暮らしで不惑の歳を超えて、そろそろ若さに自信が持てなくなってきた。仕事は、そこそこ順調で、会社でも中間管理職となり、部下もいる。しかしながら、小さな製薬メーカーなので、福利厚生は、それほど良くはない。健康診断も最低限のものしかしておらず、胸の中に積もっていくような不安を、若干、覚えていたところだった。

 深夜、残業を終えて借りている2LDKのマンションに戻り、明日は休日だと、遅い晩酌をしながらパソコンでネットを見ていたら、キャリアメールで送られてきた広告が目に入った。以前から気になっていた、DNA診断の広告だった。


『最新のハイブリッドシリコン・ナノポア型次々世代シーケンサー使用、各種生活習慣病、癌関連遺伝子等による病原因子診断、健康アドバイスあり』


 ――何かと思い調べると、自分が加入している携帯電話大手が始めたサービスだった。どうも、数年前に流行った、新型アデノウィルスのパンデミック関連のアプリ開発を担当した部門が、ウィルスの流行が収束したからと始めた新商売らしい。

 他社と比べると、値段的には大分安かったので、酒の勢いもあって、ついポチっと申し込んでしまった。

 すぐ次の日に、宅配便がきて、検査キットを置いていった。その中には、パンフレットと非常に小さい字でぎっしり書かれた契約書、検査キット本体の小さなチューブと返信用封筒が入っていた。チューブには、同封されたヘラで口腔粘膜をすくって入れるように書かれていたので、その通りにして送った。

 結果は一ヶ月以内にネットで見られて、郵送もされるということなので、少しだけ気になりながらも、休日明けで、普通に出勤した。

 パソコンの前で、仕事の分析レポートをまとめていると、突然、携帯が鳴った。

「失礼致します。わたくし、ナインジーン(Nine Gene)株式会社のハラマツと申します。こちら、ホシノ様の携帯で宜しかったでしょうか?」

「はい、そうです」

 ナインジーン社は、くだんのDNA診断の会社だった。何か問題でもあったのかと、思わず眉をひそめた。

「実は、ホシノ様のDNAのゲノム配列が、とても珍しく、特別なものであることが分かりまして、是非とも弊社の研究にご協力頂きたいのです。勿論、特別な謝礼をお約束させて頂きます」

「えーと……それは、モルモッ――治験みたいなものですか?」

 私は、携帯を耳に当てたまま、慌てて大部屋から建物の外に出た。

「いえ、詳細なDNA検査のため、採血だけはお願いしたいのですが、それ以外の手術、人体への影響があるような機器を使った検査等、一切ございません。ご安心下さい」

「はあ……」

 少なくとも、自分は特別な人間だと思ったことはなかった。平凡な大学を卒業し、就職して、今に至るという感じの人生だった。

「大変、御手数をお掛けして申し訳ございませんが、詳細については、弊社にてお話させて頂ければと存じます。しかしながら、謝礼の金額として、ご協力頂けましたら、少なくとも――」

 その若い女らしい声の担当者は、私の年収を軽く超えるような額を提示してきたので、思わず携帯を取り落としそうになった。会社を訪問するだけでも足代を払う、というので、つい、言われるまま、アポイントメントの日時を決めて、電話を切った。


***


 そのアポの日になり、午後から早退して、指定されたナインジーン社の本社に行った。官庁街にほど近い、最近、建築された高層ビルの上層階だった。

 エレベーターに乗って目的階で降りると、受付に、高精細な立体映像の受付嬢が表示されていた。

「ハラマツ様と約束している、ホシノです」

 その立体映像に話しかけると、流ちょうな合成音声で、ロビーで待つように告げられた。

 しばらく前衛的なデザインの椅子に座っていると、奧のドアが開いて、ちょっと年齢不詳で、妖艶な感じの女の人が出てきた。濃紺のスーツが、いかにも『できる』感じの雰囲気を漂わせている。

「ホシノ様でいらっしゃいますね。わたくし、原松でございます」

 女の人は、名刺を二枚差し出してきた。どちらにも、原松(はらまつ) 保美子(よみこ)と書いてあった。しかし……。

「え、政府関係の方なんですか?」

 一つの名刺の名義はナインジーン社だったものの、もう一つは科学技術省だったのだ。

「はい。わたくし、こちらのナインジーンには出向扱いです。今回のお願いと関係するのですが。さあ、どうぞ」

 未来的な内装の会議室に案内され、席に着くと、原松は、会議テーブルにぽつんと置かれた携帯スピーカーを操作した。

 すると、雑音に歌のような笛のような音が混じったものが再生された。

 その次の瞬間、目の前に、不思議な風景が広がった。無機質な金属のドーム、何かの格納庫のような場所で、ウェットスーツのように身体のラインがそのまま出るような銀色の服を着た、金色の髪の女の子が微笑んでいた。少し耳が尖っていて、目が大きい。彼女は、私に向かって、何か歌を歌おうとして……。

 スピーカーの音が途切れると、とたんに目の前の風景が消えた。

「あ、え?」

 目をしばたくと、原松は、笑顔で頷いた。

「何か見えましたわね?」

「はい。えーと、ごく稀に、何かの切っ掛けで、白昼夢を見ることがあって――それと同じような……母方の曾祖母が、東北で拝み屋、えーとシャーマンのようなことをやっていたという話で、その関係だと思うのですが……」

 動揺して、思わず尋ねられてもいないことを話してしまう。それを、原松は、うんうんと頷きながら聞いていた。

「そのことにも、関係あるかもしれませんわ。これを見てください」

 原松は、ぽちっとリモコンのボタンを押した。すると、半透明なガラスの壁に、鮮明なコンピューター・グラフィック画像が映し出された。そこには、一本ずつ、円柱が交差したような形状のオブジェクトが並んでいた。

「ヒトの染色体の模式図です。一番から二十二番染色体まで並べています」

「あ、教科書で見たことがありますね」

「ここに注目してください。これが、ホシノ様のゲノムの特別な箇所です」

 原松が指を振ると、画像にポインターが表示されて、一つの染色体の一部が点滅した。

現生人類(ホモ・サピエンス)は、アフリカから世界中に広まるにあたって、絶滅した他のサピエンス種と混血していたことは、ご存じですか?」

「あ、ネアンデルタール人とかですね?」

「はい。実は、ネアンデルタール人、デニソワ人の他にも、まだ化石が発見されていないサピエンス種との混血があったことが推定されています。その一つの痕跡が、ここなのです。ヨーロッパ人と、日本人を含む北方の古モンゴロイドに、極稀に含まれているようで、ホシノ様もその一人です」

「はあ……」

「そのサピエンス種、わたくし逹は、仮称『ナンバー・ナイナーズ』と呼んでいますが、彼らは、特殊な能力をもっていたことが分かってきました。『共感覚』というものの一種で、特別な音を聞くと、映像を思い浮かべることができるのです」

「なるほど、先ほどの……」

「はい。どのような映像が見えましたか?」

 ――私は、薄暗いドームと、SFのような服装をした女のことを説明した。

「それは、素晴らしいです! そこまで鮮明なイメージを得られる人は、初めてですよ。ゲノム配列(シーケンス)を調べてみないと分からないけれど、ホシノ様は、ほぼ完全な『伝達領域』――『共感覚』を司る遺伝子が含まれる領域です――をお持ちなのかもしれません」

 私は、あらためて、染色体の模式図を眺めた。左の長い方が一番だから、二番、三番と数えると……点滅する領域は、九番染色体だった。なるほど、だからナンバー・ナイナーズなのか、と思った。

「わたくし逹は、この特別な音と映像の関係を研究しているのです。ホシノ様は、間違いなく、わたくし逹の研究に必要な方ですわ。是非、ご契約をお考えくださいませ」

「それなんですが、場所とか、期間とかは、どうなるのでしょう?」

「はい。学園都市に弊社の研究所がありまして、少なくとも三ヶ月ほど、おつき合い頂きたいです。もちろん、先日、お電話差し上げた謝礼金以外に、マンスリー・マンションと研究所での食事は無料、加えまして、日当扱いの支度金も準備致します」

「それは、思ったより大がかりな話ですね。ちょっと上司とも相談しないと……」

 電話で提示された金額が金額なので、そういうこともあろうかと思ったものの、仕事もあるので、どうしたものかと躊躇した。

「承知しました。じっくりお考え下さいませ」

 原松は、言葉の素直さとは反対に、にやりと妖艶な笑みを浮かべた。

 その後、彼女は細々とした条件を説明し、保健室のような部屋に案内した。個人情報保護、守秘義務や何かの書類にサインし、約束通り採血をしてから帰宅した。


***


 次の日、出社し、どのタイミングで直属の上司に相談しようかと考えていると、その本人から呼び出された。

「ホシノさん。なんか分からんけど、来週から学園都市に出向らしいよ。どうも、上の方から直接の連絡、だって」

「え?」

 上司から書類を受け取ると、それは、紙一枚の辞令と、原松から聞いたのと同じような内容が書かれた書類だった。

 ――原松の笑みを思い出して、冷や汗が出た。政府という話だったが、そこまでの権力を持つ組織であったらしい。そもそも、(くだん)のDNA診断で、職場のことを入力した記憶はなかったから、携帯電話の契約情報から調べられていたのだろうか、と思う。しかし、名刺にあった科学技術省に、そんなことができる権力があるのだろうか――ひょっとしたら、近年発足したと噂の日本版CIAか何かの秘密部署か――と、妄想が膨らんでゆく。

「うーん」

 これは、下手に逃げない方がよさそうだと思った。そもそも、興味はあったので、引き受けます、と原松にメールした。すると、すぐに、お礼と来週から宜しくお願いしますという返信がきた。


***


 十年くらい前に開通した路線で学園都市まで行き、町の外れにある研究所までバスで行った。原松が迎えに行くとメールしてきたが、学園都市には、以前、営業で何度も訪れていて、地理感はあるので断ったのだ。

 しかし、そこは、あまり行ったことのない日本宇宙開発機構(JASA)の研究所だった。

 守衛さんに訪問を告げると、ナインジーン社の研究室があるという建物を教えてくれた。奥まったその建物まで歩くと、入り口で、原松と、いかにも研究者といった風体の白髪交じりで銀縁眼鏡の男が、出迎えていた。

「お疲れ様でした。こちらへどうぞ」

 カードキーを渡され、真新しい建物の中に入り、例のナインジーン社のものに似た会議室へ案内される。

「えーと、なぜ、JASAに、御社の研究所があるんですか?」

 原松に尋ねると、銀縁眼鏡の男が頷いた。

「それは、私から説明しましょう。私は、こういう者です」

 男は、名刺を差し出してきた。そこには、JASAのマークと、研究員、田中 二郎なる名前が書かれていた。

「ホシノ様は、何年か前にニュースになった、『うわぁ!』シグナルのことをご存じですか?」

「え? 異星人からのものと思われる電波を受信したとかいう? 著名な学者が発表したものの、どこからの電波か分からず、再現もしていないとか」

 ……そんな話を、ネットの記事で読んだ記憶があった。

 すると、眼鏡の男は、片頬を上げて、にやりと微笑んだ。

「話が早くて助かります。そうなんです、表向きは、そういうことになっております」

「では、本当は違う、と?」

「はい。すでに、電波の発信源は特定されています。第九番惑星の衛星です――人工的なものか自然の衛星かは、まだ分かっていませんが。逆にいうと、電波の発信源を探したら、幻の第九番惑星を発見した、という方が正しいんですがね」

「第九番……惑星? 冥王星じゃなく?」

「ご存じかもしれませんが、冥王星は、今では惑星未満の『準惑星』に分類されています。第九番惑星の方は、まだ発表されていませんが、太陽の周りを約二万年かけて、極端な楕円軌道で公転している、ほぼ海王星と同じ大きさと推定される天体です。おおむね、以前からの予測通りでしたね」

「その星から――異星人(エイリアン)が信号を送ってきた、と?」

 そう私が尋ねると、眼鏡の男は原松と顔を見合わせた。すると、原松は頷いた。

「まあ、どうもそう単純な話ではなさそうでしてね。そんな遠くまで、今の(・・)人類が行っていないことは間違いないので、明らかに人工的なシグナルと分かった時点で、秘密の国際プロジェクトが組まれて現在に至るのですが……」

「わたくしの方から説明しますわ。受信されたのは、昔のパソコン通信のメニュー画面のような信号だったのです」

「えーと、大昔に、電話でピーピー、ガーガーとかやっていたヤツですか?」

 現代のPC(パソコン)のインターネットが普及する前に、音声の電話を通じて、文字ベースの『パソコン通信』なるものが行われていた、と聞いたことがあった。

「似たようなものですね。割とありきたりな感じの変調方式で、どこかの国が探査機でもこっそり送ったのかと、プロジェクト内で騒ぎになったんですが。しかし、文字コードとかは、既存のどれとも全然違っているようなんで、やっぱり今の人類が作ったものではなかろう、と」

「しかも、こちらから信号を送ったら、ちゃんと反応したのですわ。ずっと信号を発信し続けている通信機かサーバーのようなものが置かれていた、ということらしいです」

「そうなんですよ、異星人そのものじゃなくてね、単に電波信号のコマンドに反応するコンピューターみたいなものが衛星にあることは間違いない。そこで、プロジェクトの方で、あーでもない、こーでもないと色々、解析して、あるコマンドを試しに送ったところ、突然、情報量が凄く圧縮されてそうな信号を、ばーっと送信してきたんですな」

「先ほどの例でいうと、パソコン通信と光ファイバー通信くらい違う、という感じですわ」

「で、世界中の学者やスパコンで解析して、ようやく復号できたんですが、肝心のデータの内容がさっぱり理解できなかった」

 そこまで言って、眼鏡の男は、原松の方をじっと見た。彼女は、頷いた。

「そのデータを単に音声信号に変換して再生しているところに、たまたまナインジーン社で研究していた、わたくしが通りかかったら、理解できたのですわ。送られてきたのは、共感覚を惹起(じゃっき)する信号だったのです」

「え、それじゃ、ひょっとして、原松さんも?」

「はい。確かに幻像(イメージ)が見えました。おそらく、ホシノ様ほどは、はっきりと見えていなかったとは思いますが。わたくしも、先祖は東北ですから。ホシノ様とは、遠い親戚ですわね」

 原松は、にっこりと微笑んだ。眼鏡の男は、ごほんと空咳をした。

「あまり予断をもたれると結果に影響がでますので、これ以上はお話しできませんが、まだ、第九番惑星からの送信は続いております。ホシノ様には、その音声信号を聞いてもらって、見えたものの内容を我々に教えてもらう、という仕事をして頂きます」

 つまり、ナインジーン社の本社で原松とやったようなことを、本格的に行うということか、と納得した。

「現在、ゲノムに『伝達領域』を持つと確認された何人かで、手分けして内容を把握してもらっております。解析が終わるまで、直接、会うことはないように手配されていますがね。それでは、こちらへ」

 田中に言われるまま、小さなスタジオのような部屋に案内され、ヘッドフォンを手渡された。

『それでは、始めます』

 スタジオのガラス越しに、原松が言うと、目の前に幻像(イメージ)が現れた。


***


 それから、私は学園都市に滞在し、原松に指示されるまま、再生された音声により見える幻像(イメージ)の内容を話したり、口述筆記したりした。また、何が見えたか絵でも描いて欲しいといわれたので、そのイメージを紙に描いたりもした。実は、趣味で油彩をしているので、多少の絵心はあったのが幸いした。そして、時折、描かれた絵を見た原松と、眼鏡の男、田中と真剣に議論したりした。

 ところで、例の『共感覚』で見られる幻像(イメージ)は、単なる映像ではなかった。なぜか、単なる映像に意味付けがされているように、すんなりと何が表現されているのかが理解されるのだ。さらには、単なる映像だけではなく、そのときの感情や『思い』のようなものも付加されているようだった。ひょっとしたら、人工知能で映像にタグ付けするのと同じような仕組みがあるのかもしれない、と眼鏡の男、田中は言っていた。

 そして、様々な映像を見ていくうちに、これは、主に一人の男の身に起こったことを日記のようにまとめた、大昔の記録映像だということが分かってきた。彼は、ドキュメンタリー番組のように、『ナンバー・ナイナーズ』に何が起こったのかを記録していたのだ。

 その内容はこのようなものだった――


 目の前にいる、台座の上の透明な水槽に入った、長さ数メートルはある巨大魚と蛸が融合したような見た目の水生生物が、この映像の視線となる男に語りかけていた。

 この生物は、本当の意味で異星人(エイリアン)だった――田中は仮称『ダゴン人』とか言っていた――古代の海の神の名前だそうだ。

 その異星人(エイリアン)『ダゴン人』は、教師のようで、彼らの歴史を説明していた。彼(?)の語りに合わせて、青い縞の球のような惑星の幻像(イメージ)が目の前に広がった――実は、『ダゴン人』は、現生人類と同じような言語を持たない種族だった。『ダゴン人』は、思い描いた幻像(イメージ)を、まるでファクシミリのように――高度に圧縮されているようだが――音声で送信することができ、それを聞いて脳内で映像を再生することができたようだ。つまり、その映像のやり取りが、『ナンバー・ナイナーズ』に語りかける言葉の代わりとなっていたのだ。

 彼らの星系(ホーム・ワールド)は、太陽よりも遙かに年老いた恒星を周回する地球より大きな惑星(スーパー・アース)で、ほとんど陸のない海洋だけの星だった。

 彼らは、その海中で、非常に長い年月をかけて、ゆっくりと進化してきた。しかし、何らかの理由で、その惑星の環境が急激に悪化してきたのだった。

 その説明の後、『ダゴン人』の大会議場のような映像が映された。彼らは、移住先を探していた。そして、候補の一つとして、この太陽系が選定されたのだった。

 苦難の末、星間宇宙船(スターシップ)が建造された。彼らの先遣隊は、長い長い時間かけて旅をして、太陽系の外縁部に到達する。そして、そこにあった第九番惑星に拠点を築き始めた。

 しかし、訪れた『ダゴン人』は、ごく少数しかいなかったので、拠点を拡充して維持するのが難しかった。このため、彼らは、地球在来の生物に目をつけたのだった。

 『ダゴン人』は、星系内シャトルに乗り、原始の自然が広がる地球に降り、調査を行った。調査の後、彼らは、ペキン原人のような旧人を連れ帰った。現生人類(ホモ・サピエンス)は、まだ存在しなかったか、アフリカにいたか、数が少なかったのかで、見つけられなかったようだ。

 そして、彼らは、連れ帰った旧人に遺伝子操作をして、下僕(しもべ)となる生物を創りだした。そう、『ナンバー・ナイナーズ』は、エイリアンに創造乃至(ないし)進化させられた人造生命体であったのだ。彼らの外見が現生人類に似ていたのは、サピエンス属で知能を発達させるための遺伝子の変異が、ほとんど収斂進化のように方向性があったからだろう。

 しかし、『ナンバー・ナイナーズ』は、現生人類とは決定的な差があった。そう、『ダゴン人』は、彼らの映像による言葉を理解できるような遺伝子群を、『ナンバー・ナイナーズ』に組み込んだのだ。ちなみに、この映像言語で何かを表現したい場合、映像で示せば通じるので、物の名前自体をつけることはなかった。このため、『ダゴン人』や『ナンバー・ナイナーズ』自体を示す音声言語はなく、簡単な識別子で呼んでいただけのようだ。

 そして、『ナンバー・ナイナーズ』の献身的な働きにより、第九番惑星の衛星上の基地は発展していった――。

 そこまで説明して、教師役の『ダゴン人』は、ため息をつくように、小さな泡を吐きだした。

 彼(?)は、ためらいつつ、破局の到来について告げた。天変地異か何らかの原因で、『ダゴン人』逹の惑星の住環境が、予想されたよりも大幅に早く悪化したのだった。幻像(イメージ)の惑星の色は、醜悪な感じに濁っていて、終わりが近いことが察せられた。

 彼(?)は、もう移住計画自体が不可能になり、せめて最後のときを自分の惑星で過ごしたいというのが『ダゴン人』逹の総意で、太陽系から撤退する、と告知した。視線の男は、動揺し、引き留めようとした。

 しかし、その時は到来し、軌道上に係留されていた巨大な星間宇宙船(スターシップ)は、『ダゴン人』とともに虚空へと消えていった。

 そして、『ナンバー・ナイナーズ』は、遺棄された基地に取り残されたのだった。

 太陽が天空の星の一つにしか見えず、窒素の雪が降るその極寒の衛星で、『ナンバー・ナイナーズ』は、驚異的な努力の末、数十年、自給自足で生き延びられた。しかしながら、機器の操作や簡単なメンテナンスはできたものの、超科学の産物であるそれらを維持することはできなかった。

 やがて、反応炉の縮退物質は冷えてゆき、経年劣化し耐用年数を越えた施設は維持できなくなってきた。

 絶望が広がっていった。基地内は冷えて、水槽は凍りつき、徐々に閉鎖区画が増えて、食料も不足してきた。しまいには空気まで薄くなり、『ナンバー・ナイナーズ』は、一人一人と亡くなっていった。

 しかし、そこで、長年の試行錯誤の末、ついに残った資材から、星系内シャトルを再現することに成功する。

 そのときには、『ナンバー・ナイナーズ』は、最期の二人になっていた。しかも、残念ながら、性能劣化したシャトルは、一人を地球まで届ける能力(キャパシティ)しかなかったのだった。


***


 ……そこは、最初に、原松に見せられたのと同じ場所だった。

 瞬かない星が見える大きなガラス窓がある、暗く寒々としたホールだ。目の前には、前に幻像で見たのと同じ、耳の尖った女の人が立っている。女の人は、涙を流して叫んでいた。よく見ると、その女の人は妊娠しているようだった。ひょっとして、この映像を記録した人物の妻なのだろうか、と思う。

 やがて場面は、金属のお椀が合わさったような物体――星系内シャトル――が鎮座している空港になった。その周囲には、他のシャトルの残骸が散らばっていた。

 先ほどの女の人は、今度は、ヘルメットのあるタイトな宇宙服を着て現れた。彼女は、映像の視点の男と抱き合い、別れを惜しみつつ、シャトルに乗り込んでいった。そして、底面からプラズマを吹き出して、シャトルは飛び立った。それをどこまでも見送る男の視界は涙でぼやけた。シャトルの推進剤の煙が雪となって降り注いできた。

 他に誰もいない基地で、男は、記録を始めた。地球の人類が進化して、いつかその記録を知ってくれると信じて――唐突に、私は、これまでの幻像(イメージ)は、男が遙か未来の人々に託した記録そのものだということを知った。


「……どうでした?」

「最後の一人、いえ二人が地球へと飛び立ったところで終わって、いました。あ……」

 そこで、自分の頬にも涙が伝っていたのに気がついた。見た幻像(イメージ)に共感したのだろう。

「そうですか、わたくしは、そこまで感じ入ることはできませんでした。ホシノ様は、優れた『伝達領域』をお持ちなのすね」

「彼女達は、地球に到達したんですね」

「ええ。現地のネアンデルタール人か何かと混血して、更に現生人類と混血したと考えられます。その証拠が、我々ですわ」

 原松は、妖艶に微笑んだ。私は、慌てて、話題を変えた。

「……あの衛星の基地には、彼の墓標があるという訳ですね」

「はい、人類の現在の技術では探査機が到達するだけで何十年もかかるので難しいですが、現在製作中の『ダゴン人』の縮退炉と、相対論的プラズマ駆動エンジンが完成すれば、いずれ、直接、調査できるでしょう」

「え、『ダゴン人』の技術が再現されている?」

「ええ。第九番惑星の基地の通信機(サーバー)は、コマンドによって、様々な技術解説映像、『ダゴン人』機器の整備マニュアル映像も送信してきたのですわ。現在、世界中で、鋭意解析中です」

 そこまで話していたところで、スタジオの扉が開き、一人の女の子が入ってきた。

「あ、あなた……は?」

 そこにいたのは、幻像(イメージ)で見たのとそっくりの、耳の尖った金髪の少女だった。

「実は、送られてきたデータには、『ナンバー・ナイナーズ』のゲノム配列一式もあったのです。『ダゴン人』は卓越した分子生物学、生命工学技術をもっていたので、その手引きに従って、画期的な触媒で長鎖DNAを直接合成し、ナイーヴ多能性肝細胞に移植して、胚様体を高速培養したのが……彼女。今は、私の養女となった『かぐや』です」

「それって、生命倫理条約で違法では……?」

「まさか、『ダゴン人』特製培養液で一週間、培養槽で培養するだけで、誕生までしてしまうなんて、常識では考えられなかったのよ。かぐやには、ホシノ様と同じく、映像言語の解析をお願いしています」

 彼女は、私の方を見ると、バイオリンの弦がこすれるような、笛の音が混じるような声で、まるで歌うような音をだした。

 そのとたん、例の『共感覚』で、彼女から、なんとも言えない親愛の念と、暖かな情愛を表したような幻像(イメージ)が目の前に広がった。父親に対する、いや、例の『ナンバー・ナイナーズ』の男に向けられた気持ちと、同じ種類のものを感じた。

「かぐやは、咽頭構造や脳構造の違いのせいか、通常の現生人類の言葉は話せないようです。でも、生まれながら、こうやって、映像言語を音声化することができるのよ。なかなか難しいけれど、わたくしも習っているわ」

 その金髪の少女は、にこにこと微笑んだ。

「我々は、こうして復活できました。これからも、宜しくお願いいたしますわ、ホシノ様」

 原松は、そう言って、私の手を握った。

                                      (了)

これは、たぶん、今はなき『ゆきのまち幻想文学賞』に投稿した最後の作品です。一次は通ったはずですが、入選等はしなかったですね~。とりあえず、これでゆきのまちシリーズは、ネタ切れですね――また、いくつか残ったメモ書きから発展させられるものも、あるかもしれませんが、ここで一旦、区切りとしたいと思います。

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