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地獄を制する賢者

「……?????」


 思考が止まり、止まった思考がさらなる混乱を呼ぶ。

 俺が異世界で受けた第一声。「今日は天気がいいですね」。

 そんなわけあるか? 


 もっとあるだろ。異世界の説明とか自己紹介とか俺への質問とか。

 意味が分からない。

 しかも天気がいいなんてお世辞にも言えない空模様。


 魔法が飛び交い、魔族の死体が降り注ぐ。奇声と断末魔が、空気を裂いている

 これを天気がいいというのならば、普段はどんな地獄が待っているのか。


 そんな世界で生き延びるなんてこと、俺には無理だ。


「…………」


「…………」


 そんなことを考えていると、無言のまま時間は過ぎていった。

 その度にどんどん少女の顔が絶望に染まっていく。


「あ、あははは……いい、天気ですね」


 その過程に心痛め、何か起こせるアクションを考える。

 そうして俺は頬を掻きながら先ほどの彼女の言葉に肯定すると、パーっと表情を明るくした。

 眩しい。でも、何が彼女をそんなに嬉しくさせているのか、さっぱり分からない。

 

「…………」


 俺の方を見て、もじもじしながらも――満足そうに微笑んだ。

 すんごい可愛い。

 そうやって彼女の笑顔に見とれていた時のこと。

 地面が揺れ、大地が割れる騒音とともに、魔族の叫び声が響いた。


「うららああ!! 突破したぞ。全軍進めえ!!」


 魔族がしゃべれるのか、という疑問はさておき重大な問題が発生。

 先ほどまで魔族が苦戦していた境界が突破されたのだ。


 最前線を走るのは四、五メートルほどの大きさを誇っているミノタウロスみたいな魔族。

 牛の頭部とムキムキのゴリラのような体系。青白い毛並みが全体を覆っており、氷でできたハンマーを持っている。

 

 そんな魔族に続き、大量の魔族たちがなだれ込む。

 そうして全速力で俺たちの方に向かってくる彼らを見て、理解した。


「……終わった」


 アサエルの元へと逆戻り。

 今度はこの少女もセットで。

 

 知らなかった。異世界がこんなに厳しいところだったなんて。

 驚きだ。一日で二回も死ぬなんて、昨日までの俺に想像ついただろうか。

 人生の中ですら、二回も死ぬことなんてないと思っていたのに。


「……なんで」


 そんな時だった。

 少女はその大きい瞳で、キリっと魔族を睨みつける。

 瞬間、俺の足元にあった魔法陣が消えた。


 そうして俺は、当たり前のことに気付かされた。

 こんなところに召喚されたということは、彼女はこんな場所で召喚魔法をしていたということだ。


 召喚魔法は普通、落ち着いた場所で行われるものではないのか?

 こんな地獄の中でそんな悠長なことを。本当に何者なんだ? この少女は。

 

「お前だな賢者というのは!! 死ねええ!!」


 走ってきたミノタウロスが、ハンマーを振り下ろしながら言う。


 ……何もできない。足がすくんだ。


 視界が揺れ、音が遠ざかって――死の予感だけが、はっきりと胸に刺さった

 ただ、ミノタウロスの言う言葉に、気になるものが。


 ……賢者? この子が?


 瞬間、ミノタウロスの動きが固まった。

 もがきながら必死に体を動かそうとするも、動かないミノタウロス。

 そんな彼に少女は言った。


「なんで……このぬぼーっとした人と天気の話題で盛り上がったのに。それを邪魔するんですか!?」


 ……盛り上がってたの!? 


 ここにきて衝撃の事実。

 この子によると、あの会話は盛り上がっていたらしい。

 なんでミノタウロスは動けないのかとか、なんか俺がディスられた気がしなくもないとか、ツッコミどころや疑問はいくつもあれど、一番に優先して言及したくなってしまった。

 

 そんな俺の驚きはさておき、その盛り上がった会話に横入れされたことが相当ご立腹らしい。

 

 杖を高く掲げると、その先から黒い球体が出現。

 それをミノタウロスが来た方向に向かい放つと、黒い球体が音もなく膨張。

 耳が割れそうな爆音と、重力が反転したような浮遊感が魔族たちを覆いつくし、吸い込んだ。

 空間が“裂けた”というより、世界の法則そのものがねじ切れたようだった。

 そうして魔族たちが悲鳴を上げながら、黒い球体へと飲み込まれていく。


「……え? あ、、すご」


 というか、これってもう賢者ってレベルじゃないよな。魔王でもやらない演出だぞ。

 大規模な魔法に圧倒される俺。

 思わず出た感嘆の声にもじもじしている少女が満面の笑みを浮かべる。

 

 そうしてさらにすごいことが出来るんだぞと言わんばかりに、杖を天高く振り上げた。瞬間――。


「――ま、まじか」


 集められた魔族たちの中心で大爆発が起こる。

 魔族の軍は壊滅。灰すら残らず、この世界から完璧に消滅した。


(これが私の力……どうだ)


 少女、ルィーズはそうして得意げになると、目の前の少年の顔を覗き込んだ。


 どや顔で決まった一撃を見せびらかしたことで、驚き顔のまま固まった少年。

 やはり、自分の魔法は素晴らしいと、誇らしく鼻を高くしていたのだが、全く動かず、自分にしゃべりかけるそぶりを見せない少年の態度にだんだん顔を強張らせる。 


 そうしてルィーズは、天高く掲げていた杖を恥ずかしそうに元の位置に戻すと、うつむいてはチラチラと少年の方を見つめた。

 

「……」


「……」


 また無言の状態に逆戻り。なんで? 派手にぶっ放して引かれた?


 ルィーズは考える。

 わあ~すげえ!! って話しかけてきて、魔法談議で打ち解ける流れじゃないの?  

 男の子って派手な魔法大好きじゃないの? 


 もう、彼が自分に話しかけてくれるビジョンが思い浮かばなくなった。


(やっぱり……俺なのがいけないのかな) 


 一方シュウジ。

 どや顔で楽しそうに掲げていた杖をそそくさともとに戻す少女を見て、また自信を無くす。


 彼女が話しかけてこない理由は転生特典がないことを見抜かれたから? それかシンプルに俺だから?

 あり得てはいけないけど十分あり得てしまう。こんな人間召喚して喜ぶ奴なんていないから。

 召喚者を見て落ち込み、捨てられ、誰にも頼れない異世界で犬死。


 まずい。考えれば考えるほど彼女と打ち解ける未来が遠ざかってしまう。

 

 卑屈な俺だが異世界に来てまでそれを貫くつもりなどなかった。

 世界を自分で変えることは出来なくて、人生の良しあしは全てくじ引きで決まる、そんな日本で培った思想がまた蘇る。


 だったら彼女は、俺が最後に引けるくじ。

 人と人の出会いも、これまたくじだ。

 そして俺自身がハズレといっても、当たりを願ってはいけない理屈にはならない。

 彼女が義理に厚く、人情に溢れた当たりであると信じて。それを確かめるためにも、話しかけるという、くじを引く動作を行いたいのだが。


 そんな勇気があるはずもなく。一方――。


(あの爆発……得意げにやったの引かれてないかな)


 ルィーズもまた同じ。


その死んだ魚のような目――さっきブラックホールで魔族を吸い込んだときと同じ、底なしの暗さを湛えた瞳と見つめあいながら、気まずい空間を共に過ごす。


 時間にしてほんの数秒。しかし体感では果てしなく長く感じるその時間を、どうにかして必死に終わらせようと頭を掻き回す。


 相手からこの静寂を破ることを待って、待って、しかしその時は訪れない。

 召喚した彼を見捨てない程度には責任感はあるつもりだ。


 だからって初対面の男に話しかけられるほどのコミュ力も、自分から話しかけるほどの勇気は先ほど使った。  


 彼になんて思われているんだろう。


 森の中異世界で頼れる人間などほぼいないというこの状況で、私を頼ろうとしていないのはなぜなのだろう。

 というか私に見捨てられたら詰みなような気もするのに、話しかけてこないなんてよほど自分を嫌悪しているのではないか。


 せっかく異世界に来たのに召喚士がこんなんだから落胆してしまったのだろうか。 


 そんな思考が頭を飽和する。

 しかし見捨てられない。さすがに私という最後の希望を費やすわけにはいかないから。つまるところ――。


(家に招き入れるしかない)


(家に招いてもらうしかない)


 お互い目的が合致した、無駄すぎるコミュ障同士の静かな死闘が幕を開けた。


ほんの一手間で心の支えができるので、ブックマークと評価を押していただけると嬉しいです。

どうか、お願いします。

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