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地獄の中の静寂

「はあ。階級下がっちゃうな。あの愚か者のせいで」 


 シュウジを見送り、一息ついたアサエルは直前に行われた愚かな選択について考えていた。


 自分という天使ガチャ大当たりを当てておきながら、それをわざわざ放棄するなんて。

 変わった人間もいるものだ。


 こちら側から正解の道を示したというのに。

 聡明な自分にはこのような愚行、理解しようがない。


「しかも私様を忘れられないなんて……可愛そうに」


 そうして思考を巡らせていると、彼に伝え忘れていた異世界召喚最大のデメリットが思い浮かぶ。


 彼はこのアサエルという存在を忘れられない。

 しかし彼と自分のいる場所は下界と天界。

 どれだけ願おうと、どれだけ祈ろうと、もう二度と会うことはないだろう。


 大前提このアサエルという存在を見た瞬間から、会いたいと思わせてしまうのが自分という存在の罪深さだ。

 自身の持つ魅力の大きさ故の悲劇。

 そんな悲劇を見過ごしてしまったこと、天使として恥ずかしく思う。


「ああ違う。私様を忘れたくなかったから、あんな選択してしまったのか」


 そうして同情を浮かべていると、逆転の発想から彼がなぜあんな愚かな選択をしたのか、その納得のいく正解が見えた。


 そうだ。

 彼はきっと、私様という存在を忘れたくなかったのだ。

 そう考えると、人間というものの健気さを感じられる。


「え? あれ……? あ。やば」


 そんな悲劇に心痛めたその直後。

 アサエルは自身の起こした重大なミスに気付き、固まった。


 それはシュウジへの召喚特典に関する不備だ。  


「あちゃー。まあいっか。もう会うことなんてないだろうし」

 

 が、黙っていればこの件はそれで終了である。

 もうどうにもならないし、ならどうにかしなくてもいい。


「さて。次の人間の案内でもいきますか。愚かな選択などせず、階級を上げられるかなあ」


 という訳で、アサエルは自身のミスを瞬時に忘れると心機一転。

 次なる迷える人間へ導きを届けるのであった。 


  *** 


(……はあ)


 アサエルが自身のミスに気付き、そのうえで責任を放棄したのと同刻、俺もそのミスの概要をおおよそ理解する。

 

 見当たらないのだ。

 召喚特典の剣が。

 俺が望んだのは最強の剣。

 どのように、どのタイミングで受け取れるかは知らないが、今手元にないのはさすがにおかしい気がする。


 ただ、俺が心の中で溜息を付いたのはそんな些細な問題が原因ではない。


 正確には、そんな重要事項すら些細な問題に追いやってしまうほど、今俺がいる世界の頭はおかしかった。 


(どうなってんだよ……異世界)


 ゴブリンやら、スライムやら、ファンタジー世界でしか耳にしない化け物たちがこちらに向かって進軍中。

 首を少し上に傾けると、ガーゴイルや単眼コウモリなど、これまた定番のモンスターが空を埋め尽くしている。


 逆張り作品はあれど、殆どの作品で雑魚モンスターとして扱われている彼らだが、正直言って滅茶苦茶怖い。


 ゴブリンは思っていた数倍顔怖いし、スライムはうねうねしていて気持ち悪いし。

 ガーゴイルと単眼コウモリに至っては最強モンスターだろ。普通に。


 という訳で、俺のファンタジー脳をその見た目からマジレスしてくる化け物たち。

 しかし見た目とは裏腹に俺が認知しているよりはるかに弱かった。

 

 それはある境界を越えた瞬間、全員ひとりでに死んでいることから出た感想だ。

 ゴブリンの体は捻じれ、スライムは焼かれ、ガーゴイルは爆発し、単眼コウモリは凍り付き、勝手に死んでいる。


 彼らが超えられない明確な境界があり、そこを生きて超えられたものは一体もいなかった。

 故に化け物たちの死体の山はどんどん盛られていき、その標高を着々と高めていた。

 そんな山のスケールが増していくその地獄で、俺は少女と見つめ合っている。


(……どういうことなのだろう)


 そうして俺は、自分が整理した状況に困惑する。


 長々と回想を挟み、状況整理をしたところで、何かが分かるということは一切なかった。


 なんで俺は少女と見つめ合っているか。

 なんで化け物たちが進軍しているのか。

 そして化け物たちは何と戦っているのか。 


 そうやって晴れない疑問を頭に永遠に浮かべながら、少女の方を見た。

 見た目だけ言えば可愛らしい、無害そうな少女だ。

 この空間に最も即していない人物といって差し支えないだろう。

 

 青髪ロリ系魔女っ娘。

 背丈は俺より一回り程小さく、年齢は俺と同じか、少し下くらい。 


 魔法使いのテンプレみたいなとんがり帽子で透き通った淡い青髪を覆い、少し彼女が着るには大きそうに思えるローブにその身を包み込んでいる。


 彼女の背丈より大きい、先端が膨らんでいる杖をその小さい手で支えながら、髪色と同色の瞳でこちらをチラチラと見ている。


 こんな血と死が蔓延る世界に置いてはいけないと、人間としての義務感が叫びそうな、そんな幼気で愛くるしい少女だ。  

  どんな罪人でも、血も涙もない殺人鬼でも、父性が刺激され、守護りたくなってしまうような、そんな少女だ。


 ただ、忘れてはいけない。

 当たり前のようにこの状況を受け入れ、この場に居座り続けている彼女の異常性を。

 この地獄の静寂に最もふさわしくない、静かなる異常。彼女はそれを孕んでいる。


 そうして異常すぎるその空間で、挙動不審にチラチラと俺の方を見ては目をそらしていた少女が、アクションを起こした。


 ジッ。モジッ。キリッ。

 本当にそんな効果音が鳴っていそうな一連の動作を終わらせると、少女は覚悟を決めたように表情を固まらせ、かすかすの声を噛み噛みで出す。


「き、き、き、今日は……い、、いい天気、ですね」


 異様なほどの勇気と覚悟をすり潰し、受験生が最後の五分を使い問題を解くような必死さを顔に出しながら、彼女はその言葉を吐いた。


 そんなカオス状態に放り出されたところから、俺の異世界生活は始まった。





ほんの一手間で心の支えができるので、ブックマークと評価を押していただけると嬉しいです。

どうか、お願いします。

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