第1話 何もない島の浜辺。流れ着く魔導書。
「うおおおおおおおっ! うおおおおおおおっ!」
茶髪を短く切りそろえた、Tシャツ短パンの少女が、森の中を走り抜ける。
右手には黒曜石で作ったナイフを握り、小柄な体からは想像もつかない速度で、森の中を駆けていく。
少女が走る理由は……。
「こらあああああっ! 私のパンツ返しやがれですうううっ!」
口にパンツを加えた熊……身長3メートルほどはあり、普通よりも筋肉質だろう。
本来なら、遭遇したら命の危険を感じなければならない存在が、今は少女から全力で逃げており、少女はそんな熊を追いかけていた。
「ついでにお前は今日の晩御飯にしてやるですうううっ!」
パワフルである。
「む?」
少女が何かに気が付いた。
逃げる熊だが、その爪が光った。
そして振り向きながら、その爪を横に薙ぎ払う。
普通なら何の意味もないが、爪の形をしたエネルギーとして、爪から飛び出して少女に向かう。
「ほっ!」
少女は黒曜石のナイフを光らせると、爪の形のエネルギーに向けて突く。
容易く、ナイフがエネルギーを貫通し、そのまま霧散させた。
「魔力操作が上手いですね。ただ、私の方が上です!」
少女はナイフを手に迫る。
それに対して熊は……口にくわえていたパンツを手にもって、エネルギー……魔力をまとわせる。
「えっ?」
少女が困惑した瞬間、思いっきり、明後日の方向にぶん投げた!
「ぴょえええええええええええっ! 何しやがるですうううっ!」
熊のことなんて頭から消え去ったのか、パンツを追いかけて少女は走る。
「どういう力でぶん投げたらこうなるんですか! 飛び過ぎですよ! 待てえええっ!」
森の中で、真上で空を飛ぶパンツを目で追いながら、ノールックで木を避けつつ走り抜ける。
非常にシュールな光景だが、本人にとっては一大事なのか、パンツを追って爆走。
……数分後。
「よ、ようやく追いついたですぅ。まさか森を抜けるになるとは思ってなかったですね」
浜辺に落下した一枚のパンツ。
それを見て安心した様子で、少女は拾い上げた。
「……む?」
ただ、視界の端に何かが映ったようで、視線を上げた。
「おっ! なんか落ちてるです!」
にぱっと笑って、ソレに向かって走る。
拾い上げたのは……。
「むぅ? これは本ですかね? 初めて見ました!」
鷲の頭と翼、ライオンの体を持つ生き物が表紙に描かれた、一冊の本だ。
「それにしても、こんな荒れた海で流れてきたのに、全然傷がないですね。まるで私の服みたいです」
本をいろんな角度から見た後、海を見る。
紛れもなく、『荒れた海』だ。
漁業はおろか、船を出すことすらできないような、荒れた海。
もう一度、本を見る。
そこには、一切の傷がついていない。
「むぅ……はっ! そろそろ暗くなりますし、適当に果物を採って大樹に帰るです! ついでに、クリファスさんにこれについて聞きましょう!」
わからないことは、考えたところで分からない。
少女は本を手に、道中で果物を集めつつ、島の中央にそびえる『大樹』に向かって走っていった。
★
「クリファスさん! ただいまです!」
「おかえり。ハルカゼ」
「果物をたくさん持ってきました! 今日はこれをお腹いっぱい食べますよ!」
大樹の一部をくりぬいて作ったような場所。
落ち着いた雰囲気がある木製の家具が並んだ部屋に、少女、ハルカゼは帰ってきた。
そんなハルカゼを待っていたのは、艶のある長い黒髪と確かな美貌を持つ美女。
ドレスを着たその姿はとても艶やかで、本人の雰囲気もかなり落ち着いている。
そのスタイルはかなり良く、正直に言って、どこを見ても平坦なハルカゼを比べると驚異的だ。
「うへへ~♪ どれから食べるか楽しみですね!」
「芋や肉はいいの?」
「おいしそうな果物がたくさんあったので今日はそっちを食べるんです!」
「……まぁ、ハルカゼがそれでいいなら、そうしましょう」
クリファスは静かにうなずいた。
元気なハルカゼと比べて、とても無気力な様子。
「あ、そうそう。パンツを取り返したついでに、拾ったものがあるんですよ」
「拾った物?」
「そうです!」
ハルカゼは部屋から出て、すぐに戻ってきた。
「これです!」
「!」
とても無気力だったクリファスの顔に、驚愕が宿った。
「本を拾ったんですよ! まぁ、私は文字の読み書きができないので、全然わかりませんけどね!」
「……そう。ちょっと、貸してもらってもいいかしら?」
「はい!」
ハルカゼが本をクリファスに渡すと……クリファスは、魔力を流し込む。
すると、本が光って……クリファスの傍に、鷲の頭と翼、ライオンの体を持つ存在、『グリフォン』が出現した。
ただ、その翼や体は、非常に、もこもこしている。
「ええっ!?」
「これは『クラウドグリフォンの魔導書』……今は一冊しか残っていない、この大樹の一部のようなものよ」
「むむ? そういえば、この大樹には図書館がありましたね。すっからかんでしたけど」
「昔は、そこに大量の本があったのよ」
「おー……」
グリフォンを見る。
そして、もこもこの翼を見る。
「触っていいですか?」
「もちろん」
ハルカゼはグリフォンに近づいて、その翼に触れる。
もこもこで、モフモフで、触っているだけで気持ちいい。
「おおっ! 気持ちいいです!」
「そうでしょう。今日は、この子も一緒に、果物を食べましょう」
「わかりました!」
良い笑顔で頷くハルカゼ。
果物パーティーは、今までは二人きりだったが、今日は、一人増えたようだ。
★
「むにゃ~。すぴ~……」
ハルカゼはお腹いっぱい食べた後、体を清めて、グリフォンの体でぐっすり寝ている。
「……」
クリファスはハルカゼの頭を撫でながら……。
「グリフォンの力があれば、この島から脱出できる。まさか……生き残りがこの子だけになってから、こんなことが起こるなんて」
クリファスは微笑んだ。
「500年前、私は地球から転生して、魔導書と大樹を作った。大樹と一体化して超常的な存在となって、『主人公になれた』と思ってた。でも、戦争で魔導書を奪われて、『何の奇跡も起きなかった』から、その思いは砕けたけど……」
スヤスヤ寝ているハルカゼには聞こえていない。
「……この子が主人公だったのね。なら、私がするべきことは、一つ」
何か、大きなことを一つ、クリファスは決めたらしい。
作品を読んで面白いと思った方、もっと多くの人に読んでほしいと思った方は、
ブックマークと高評価、よろしくお願いします!
とても励みになります!