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××令嬢は呪われ王子に×××××たい!

作者: 今園透可

「お前はエドワード王子殿下に嫁げ」


 ある日の朝。私はお父様の部屋に呼び出されて早々、冷たい口調でそう告げられた。


「私が、エドワード殿下のところにですか?」


 急な話に驚いた私が尋ねると、お父様の隣に立っている私の継母――お母様が、嫌味っぽい笑みを浮かべて言う。


「そうよ。光栄なことじゃない。ねえ、マーガレット?」


 確かに、普通に考えれば光栄なはずだった。エドワード殿下は国王陛下の長男であり、本来であれば王家を継ぐ立場にあるはずの方だ。

 しかし、エドワード殿下は大変な事情を抱えていた。

 

 それは、殿下が幼い頃に発現させてしまった特異な体質だ。近くにいる者に対し、本人の意思とは無関係に凄まじい苦痛を与えるという恐ろしいものである。


 後遺症などはないと聞くが、その苦痛たるや屈強な騎士でさえ一瞬で根を上げるほどのものらしい。


 王宮の魔術師たちがなんとか治そうとしたが、王国で最も優秀な彼らですら治療する方法を見つけられなかったそうだ。

 

 そんな体では、とても王家を継ぐことなどできない。それで、殿下は離宮に篭って暮らしていると聞いている。

 口さがない人たちの間では、呪われた王子などと呼ばれているとか。

 

「どうして私に決まったのですか?」

「王子が独身のままでいることは王家の外聞に関わる。国王陛下も殿下の妻となる者を探していたのだ。とはいえ、仮にも王子である以上、嫁ぐには相応の家柄が必要だ」


「しかしそれだけの家格がありながら、あの王子殿下に娘を嫁がせたい親はそういない。そこで私が手を挙げたと言うわけだ。このムーンヒル公爵家なら、身分に不足はない」


 ……なるほど、王家に恩を売りたかったのね。

 私は納得した。お父様は王国で自分の立場を高めることしか興味がないのだ。


「あら、どうしたのマーガレット。もしかして嫌だとでも言いたいのかしら? なんて不敬で、親不孝なーー」

「いえ、お母様。全く嫌だとは思っていません! 私、マーガレット・ムーンヒルは喜んでエドワード殿下にお嫁ぎするつもりです」


 私が思わず話を遮って元気に言うと、お母様は嫌そうな顔で舌打ちをした。


「可愛くない子。少しくらい嫌がって見せればいいのに、いい子ぶって」

「別にいい子ぶっているわけではないですよ。実は私、前からエドワード殿下にお嫁ぎしたいと思っていたところなんです」

「……そんなわけないでしょう。そういうところが気に入らないのよ」


 心の底から忌々しげに言うお母様に、いや全部本当ですと言いたくなったが、やめておいた。どうせ信じてはくれないだろうし。

 お母様は私がいい子ぶっていると思い込んでいるようだけど、本当にそんなことはないのだ。急なことで驚きはしたが、エドワード殿下には、本気で喜んで嫁ぐつもりだ。


 ただ、その理由は別に王子殿下の婚約者になれて光栄だとか、家のために尽くすのは貴族令嬢として当然だとか、そういうちゃんとした理由ではない。


正直かなり不純な動機だ。だがそれを口に出してしまうほどの勇気は私にはなかった。

 イライラしているお母様を尻目に、お父様は何の気持ちもこもっていない声で言う。


「立派な心がけだ。公爵令嬢としての務めを果たせ」

「承知しております、お父様」


 自分の内心なんておくびにも出さずに、私は頭を下げた。

……やっぱりお母様のいう通り、私はちょっといい子ぶってるかもしれない。



 お父様の部屋を出ると、そこには妹のメアリが待ち構えていた。いつものように、何を考えているのかよくわからない笑みを、可愛らしい顔に貼り付けている。


「エドワード殿下に嫁がれるそうですわね、お姉様。おめでとうございます」


 着ている服の裾を両手で持ち上げて、メアリは恭しくお辞儀をする。


「知ってたの?」

「ええ、もちろん。そもそも、お姉様を嫁がせるかどうか悩んでいたお父様の背中を押したのは私ですもの」


「そうなの?」

「ええ。お食事の時にその話をされていましたの」

 メアリと私は父は一緒だが母は違う。私の母は私が小さい頃に亡くなり、お父様はすぐに今のお母様と再婚した。そして生まれたのがメアリだ。

いつも食事はお父様とお母様とメアリとで食べているらしい。私は1人で食べてるけど……。


「お母様はお姉様を厄介ばら……嫁がせたいようでしたけど。お父様は政略結婚の駒として、お姉様を今ここで使うのがいいことなのかどうか悩んでおられましたわ」


 メアリは相変わらず言葉選びがひどかった。。


「そこで私がお父様を説得しましたの。だってお似合いでしょう? お姉様のようなどうしようもない人と、呪われた王子様なんて。私、お姉様のことは誰よりも知っていますのよ」


 まだ幼さを残しながらも美しい顔で、くすくすと笑う私の妹は、とても絵になっていた。


「それではお姉様、思う存分苦しんでくださいまし。ただ、お姉様の醜態をこの目で見られないことだけが残念ですわ。では、ごきげんよう」


 言いたいことを言うだけ言って、私の妹は軽い足取りで廊下の奥へと消えていった。


 ……まあ、言い方に問題がありすぎるとはいえ、メアリには感謝しなくてはいけないだろう。私がエドワード殿下に嫁いで幸せな生活をする助けになってくれたのだから!

 明るい未来を夢見て、私はスキップしながら自室へ戻った。


 




 それから1ヶ月ちょうどが経った。

 私は王城の外れにある離宮の一室でベッドに寝転がり、憮然として天井を見上げていた。窓の外に見える美しい青空も、今の気持ちでは色褪せて見える。


「どうしてこんなことに……」


 何度も呟いた言葉が口をつく。

 お父様からエドワード殿下への嫁入りを告げられたてから数日後、私は王城に出発した。あまりにも急すぎる気もしたが、別にそれは構わなかった。


 王城に着き、国王陛下や王妃陛下に挨拶した後、私はエドワード殿下が住んでいるという離宮に案内された。さすがに王子様が住むところだけあって、この部屋も含めて離宮は立派な造りだ。内装や家具もよく整えられている。


 使用人たちは私の立場を理解して隅々まで気を配ってくれていて、何も不自由することのない生活を送っている。

良く整えられた綺麗な庭を散策して花を眺めたり、本を読んだり。料理の出来も素晴らしく、とてもおいしい。


 だから何も不満はない……はずはなかった。私が思い描いていた理想の生活はこんなものじゃない! こういう穏やかな、凪のような生活もまあ悪くはないけれども、それ以上のものを求めて私はここにやってきた。


 そのためにはやはりエドワード殿下に会わなくてはいけないのだ。しかし会ってもらえなかった。

離宮に着いた日に、エドワード殿下にお会いしようと思い、メイドに取り次ぎを頼んだところ、断られてしまったのだ。


 なんでも、エドワード殿下は誰かに会うことで苦しみを振りまくことを恐れ、人に会わないようにしているらしい。使用人に対しても苦しめることがないよう、直接に顔を合わせないようにしているのだとか。


 その気遣いはありがたいことではあるが、だからといってはいわかりましたと言って納得する私ではない。結婚のご挨拶も兼ねて、お会いできないかどうか、着いたその日のうちにお手紙を書いた。そうすると、すぐに返事が帰ってきた。


 私はベッドの脇の台においてある紙を手に取った。その手紙には、とても美しい字で、エドワード殿下から私への返事が記されていた。


『マーガレット殿へ

 手紙を読ませていただいた。丁寧な挨拶をありがとう。あなたのような人が私の妻になってくれることを嬉しく思う。


 あなたとの面会の件だが、その希望に応えることはできない。あなたも聞き及んでいることと思うが、私は周囲の者に苦痛を与えてしまう体質を持っている。


 王宮の屈強の騎士たちでさえも耐えられないような苦しみを、貴族のご令嬢に味合わせるわけにはいかない。


 それでもあなたが私に会おうとしてくれる気持ちはとても嬉しい。有り難く受け取らせていただく。


 先ほど、あなたが私の妻になってくれることを嬉しく思うと書いたけれども、実のところ、あなたにとっては喜ばしいことではないだろう。世間の女性が期待するような結婚生活を送ることは難しいと思う。


 周囲から好奇の目で見られることもあるかもしれない。私と王家の都合であなたをこのような苦境に合わせることは本当に申し訳ないと思っている。


 それでも可能な限りあなたが快適な生活を送れるように、私の両親と使用人たちには頼んである。何か要望があれば周りの者に伝えて欲しい。できる限りのことをしてくれるだろうと思う。


 ここまでの旅で疲れもあるだろうから、今日はゆっくり休んでほしい。ここでの生活が少しでもあなたにとって良いと感じられるものであることを願う。


エドワードより』


 真面目!!!!!!


 読むたびに、あまりにも真面目で誠実な文面に私は申し訳なくなってきてしまう。いや私、そんな立派な人間ではございません……と申し上げたくなってくる。


 ここまで丁寧にキッパリと断られてしまってはもう一度面会を願おうという気はなかなか起きない。私の都合を説明すればあるいは……とも思ったが、なかなか言えることでもないし。


 だが、だからといって、このまま無為に時間が過ぎ去っていくのも耐え難い。1ヶ月の間、何不自由ない生活を送らせてもらってはいるが、それで心が満たされることはなかった。


 食事に激辛スパイスをドバドバ振りかけて食べることだけが私の楽しみになりつつある。そんな人生をこれからもずっと続けるのかと思うと憂鬱で仕方がない。


そんなことをぐるぐると考えているうちに、とうとう心が危険な方向に向いてきた。

 ――やってしまうか。


 この1ヶ月、何度か検討はしたが、踏ん切りがつかずに見送ってきた。でも、もう1ヶ月も経ったのだ。このままこの生活を続ける気がないのなら、やるしかないのでは?


 実家を離れる時、両親は見送りに来ない中、メアリがやってきて言ったことを思い出す。「せいぜいお幸せに」。そう、私は幸せになるんだ。そのためにはやっぱりやるしかないんじゃない?


 いやでもそれは流石にどうか、いやでもやっぱりやるしかないのでは、と考えるうちに、少しずつ心は固まってきた。

 やるしかない。


 私は立ち上がった。部屋にある大きな姿見の前に行き、身だしなみを確認する。軽く服と髪を自分で整えると、部屋の外に出た。


 人気のない廊下を歩く。世話されるべき人が殿下と私しかいない離宮は使用人もあまりおらず、静かだ。


 どうやったら目的地に着くかはもう以前に下見をしていたので迷うこともない。誰とも会わないまま、私はその目的地――エドワード殿下の部屋の前にたどり着いてしまった。


「どうしたんだい? この部屋に近づいたら――」


 中から慌てた声が聞こえる。足音で誰かが部屋の前に来たことに気づいたのだろう。慌てている中でも何か気品を感じる声だった。私は部屋のドアをノックする。


「突然の訪問で申し訳ありません、エドワード殿下。あなた様の婚約者、マーガレット・ムーンヒルです。王子様にどうしても見ていただきたいものがあり、参上いたしました」

「見てもらいたいもの? それは使用人を通してもらって――」

「失礼致します!」


 私は返事を待つことなくドアを開け、中に入った。


 王子殿下の部屋の中は思いの外、質素な様子だった。内装や家具は私の部屋よりもおとなしい感じになっている。目を引くのは大きい本棚で、たくさんの難しそうな魔術書や歴史書などが所狭しと並んでいた。


 エドワード殿下はその本棚の脇にある椅子に座り、テーブルの上の読書台に分厚い本を置いて読んでいたようだった。

 すごく素敵な人だな、と思った。銀色の髪に中性的な顔立ち。美しい紫色の目が私を困惑した様子で見つめている。ずっと部屋にこもっているからなのか、肌の色は真っ白だった。


「お目にかかるのは初めてですね。マーガレット・ムーンヒルと申します。これからも末長くよろしくお願いいたします」


 私は服の裾をつまんで頭を下げた。


「ああ、よろしく……いやそうじゃなくて! 君、今すぐこの部屋から出て行った方がいい。そうでないと――」


 エドワード殿下が言い終わる前に、“それ”は唐突に始まった。

 殿下の全身から、禍々しい色をした霧のような何かが溢れるように出てきた。急速にその霧状のものは濃くなっていく。部屋全体の空気が重く沈んでいくように感じられた。


「……っ」


 殿下の顔が歪んだ。これはいったい……と思う間もなく、視界がぐらりと歪んだ。


 地面が揺れ、波打っているかのように感じる。しかし家具類は元の場所から全然動いていない。地面ではなく、私の感覚の方がおかしくなっているのだ。



 普通に立っていることができず、壁に手をついて体を支える。頭は割れるというか裂けるように痛い。

 そうか、とここでようやく気がついた。これが、殿下の“呪い”なんだ。


 体全体が鉛のように重くなり、身体中をバラバラになりそうな痛みが襲った。臓器が口から全部出てきそうな吐き気に襲われる。

 屈強な騎士でさえも耐えきれない、という話は誇張でもなんでもないらしい。


 自分の息がどんどん荒くなっているのを感じた。肩で息をするとはこういうことを言うのだろう。

 気づいた時には、殿下が私のすぐ近くまで来ていた。


「とりあえず座って! 頭を打つと危ない! うまく動けるかい!?」


 殿下は私の腕に手を添えて、腰を下ろさせようとする。すごく心配してくれているようだ。

 必死そうな殿下を見て、私はものすごく申し訳ない想いに駆られる。その心配は杞憂なのだ。だって私は、


「……ふふ」


 私の口から、声が漏れる。

 それは苦悶の声ではない。喜悦の声だ。


 ぎょっとした殿下が私の顔を見た。


 王子殿下と目が合ってしまう。鏡なんてなくてもわかる。私の顔は今、貴族の令嬢がしてはいけない感じの顔をしていると思う。


 何とか、まともな表情を作ろうとする。無理だった。

 硬直している殿下に、私は口を開いた。


「……あの、ですね。手紙には、書かなかったのですが。実は、私ーー」


 その先を言うのはちょっと躊躇われた。でも、まあ、今更だろう。


「ーー苦しいのが好きなんですよ」

「ーーは?」

「……ですから、苦しいのが、好きなんです」

「……」


 殿下は自体を飲み込めないといった感じで困惑している。それはそうだろう。普通の人間がいきなりこんなことを言われたら当然混乱する。


「えっーっと、ですね……」


 なんと説明していいものか迷う。というか、殿下の部屋に来る前に説明の口上を考えておけばよかった。勢いだけで来てしまった。思い返せば私の人生、そんなのばっかり。


「ほら、普通は人間って苦しい目にあうのは嫌じゃないですか。なんとかして苦しい目に遭うのは避けたいと思うのが人間ですよね。でもその、たいていのことには例外というものがあって!」

「……」


 殿下は固まっている。その気まずさをなんとか取り除いて間を持たせるためにますます私は口数が増え、饒舌になっていった。

私は手を大きく広げて謎のジェスチャーをしながら捲し立てる。


「苦痛を受けることが、えーっとその、なんと言いますか、快感になってしまうような、そういう生き物もいるわけですね。生き物って言い方も変ですけど。まあそれで、まあ、私はそういう人間な訳なんです!」

「……」


 気づけば殿下の周りの霧みたいなものは消滅していて、あれだけ自分を苛んでいた苦痛も綺麗さっぱりなくなっていた。時間が結構短くて残念……とか言っている状況ではないけど。

 というか、殿下って私が喋れば喋るほど引いてませんか? 気のせいだよね?


「ですから私実は全然平気なんですよ! いや平気っていうか、むしろご褒美っていうか! むしろお恵みをいただいて大変ありがたいというか! ですから心配とか全然していただかなくても大丈夫なので! いやぁ、私ったら恐れ多くも殿下の婚約者にしていただけるなんて光栄だなー!」


 ……焦りすぎて言葉が乱れまくってしまった。王子様に対してこの喋り方ってかなり不敬じゃない? まずくない?


 ……が、王子殿下は完全に硬直してしまっている。多分この調子だと私の言葉はあんまり耳に入っていなさそうだった。いや、耳に入ってはいるが理解が追いついていないのかも。


 ということは、失礼な言葉遣いも見過ごしてくださった、はず。よかったよかった。まあそれどころじゃないけど。


 私は王子殿下の顔を見つめた。その整ったお顔は混乱とドン引きの色に染まっている。どう考えてもさっきの捲し立ては失敗だった。

 婚約者、それも素敵な王子様にそんな顔で見つめられるのは正直とても悲しい。でも、その美しいお顔で引いた表情をされると、その、すごく興奮します。心が、二つある――。

 





「えーっと、つまり、君は、その、苦しめられるのが好きだということでいいのかな?」

「そうですね。もっと言うと、苦しめられるだけではなくて、辱められたり冷たい目で見られたり無視されたりしても興奮しますが。基本的には殿下の言う通りですね」

「そ、そうなんだ……」


 王子殿下の体質による私の苦痛が一旦収まった後、私は椅子に座り、ベッドに腰掛けた王子殿下と話していた。


「殿下にはこれを見ていただきたかったのです。殿下は人を苦しめるのを恐れていらっしゃるようですが、苦しめられて喜ぶ人間が相手なら別に気にすることないですよね?」

「いや、まあ、それは、そうかもしれないけど……」


「でも、手紙に『私苦しめられるのが好きですから会ってください!』とお書きしても、意味がわからないでしょうから。実際に見ていただくのが一番かと思いまして。いきなり入り込んで、大変失礼をいたしました」

「いや、別に、気にしていないから……体調の方は大丈夫なのかな?」


「はい、もう完全に平気です。むしろ早く終わりすぎて名残惜しいくらいです」

「そ、そう……」

 殿下は完全に引きながらも、少しずつ事態を飲み込み始めているようだった。


「……ムーンヒル公爵はそれを知っていて、僕のところに君を嫁がせたのかな?」

「いえ、違います。両親は私がこう言う人間だと知らないはずです。いったことはありませんから。単に政略結婚のために私を使っただけでしょう。でも、私にとっては幸運でしたね」

「…………」


 メアリには完全にバレているけどね。メアリが私と殿下の結婚を後押ししたのはあの子なりの思いやりだったのだろう。それにしても、何であの子っていちいち棘のある言い方しかできないのかしら。


 素直じゃないんだから、と昔メアリに言った時のことを思い出す。『はぁーお姉様ったらいったい何をおっしゃってるのですか自意識過剰にも程がありますわねお姉様程度の方がこの私から愛されるだなんて思い上がりも甚だしいですわだいたいお姉様は(以下略)』という感じで散々罵られた末、鞭でバシバシ叩かれた。すごく痛くて気持ちよかったです。


「そういうわけですから、殿下は私に負い目を感じる必要は何もありませんよ。ただ私のことを気遣ってくださるのなら、時々で構いませんので、私と会ってくださると大変嬉しいです!」

「……君の気持ちはわかった。正直とても驚いたけど、君の要望は出来る限り叶えるつもりだよ」

 そう言うと、殿下は目を伏せた。

「ただ、そうは言っても、やはり君の置かれた立場の苦しさに変わりはないだろう。やはり申し訳ないと言う気持ちはまだあるよ。……もっとも、僕が何を思おうが、君には関係のないことだけど」

 

 殿下の徳が高すぎませんか? 殿下には悪いけれども、正直、体質のせいで王様になれなさそうなのはむしろいいことかもしれない。

 ここまで気が優しい人が王様になったらさぞかし大変だろう。


「大丈夫ですよ。私はもともと権力にも社交にも贅沢にも興味はありませんので。それにもうご存知のことと思いますが、憐れまれたり好奇の目で見られたりしても、私にとってはただのご褒美ですからね」

「それはまあ、君にはそうかもしれないけど……」


「……それに、私、王子殿下の体質のことがなくても、王子殿下に嫁ぐことができてよかったと思っています」

「……どういうことかな?」

 本気で不思議そうな顔で、殿下は尋ねてきた。


「殿下は私への手紙で、私のことをとても気遣ってくださいましたよね。私だけではなくて、使用人も苦しまないように気遣われていると聞きましたよ」

「私がこの部屋に入ってきた時も、私が怪我をしないようにしてくださいました。……思いやりがあって優しい殿方と結婚できるのは幸せなことでしょう?」


 比べるのも何だけど、お父様なんてびっくりするほど冷たいし。まあ、あの冷たい視線もちょっと好きなんだけど。でも、夫としてはやっぱり優しい人の方がいいよね。


「……そう言ってくれるのは嬉しいけどね。あまり実感はわかないな」

「殿下は自己評価が低すぎるのだと思います。殿下はとても素敵な方ですよ!」

「そこまで言われると、少し照れるな」


 私が褒めると、殿下ははにかみながら頭を掻いた。こう言っては失礼かもしれないが、かっこよさと可愛らしさが完璧に両立してすごく様になっている。私、もしかして全然釣り合わない相手と結婚してしまったのではないかしら。


「何というか、むしろ私の方が殿下に申し訳なくなってきました。私、趣味は変だし、殿下のように真面目でもないし……釣り合わないと言いますか……」


 言っているうちにだんだん小さくなってきた私に、殿下は軽く首を振った。


「そんなことはないと思うよ。君は僕に、気を使う必要はないって言ってくれたよね。僕のところに嫁ぐことができてよかったって。それは単純に君の本心なのかもしれないけど、同時に僕への思いやりでもあるだろう? そういうことを言ってくれる人が僕の妻になってくれて嬉しいと思うよ」


 優しい笑みを浮かべる殿下はあまりにも魅力が溢れすぎていた。殿下がもしいくらでもパーティーに出られる体だったら、この笑顔と声で令嬢100人は落としてると思う。


「来たい時にはいつでも来てくれて構わないよ。ただ、せっかく夫婦になったんだから、君が良ければ、こうして少し話してくれると嬉しいな。君のことをもっと知りたいしね」

「もちろんです。私も、殿下のことをーー」


 私が言い終わる前。また、あれが起きた。

 殿下の体からあの霧みたいなものが発せられる。殿下は表情を歪めた。

 すぐに強い苦痛が私を襲った。視界が歪み、体がふらついて、思わず椅子から落ちて床に手をついてしまう。


「……ひひっ」


 なんか今出ちゃいけない声が出ちゃった気がする。王子殿下、今何か変な声が聞こえたかもしれませんがそれは気のせいです。


「…………大丈夫?」

「……は、はい。大丈夫、です」


 一瞬反応に困ったらしい殿下は結局何も触れずに(やさしい)、私の顔を心配そうに覗き込んできた。

 って、近い! 距離がすごく近い。殿下の顔がすぐ目の前にあった。殿下の長いまつ毛までよく見える。


 あらためて顔を近くで見ると破壊的な美しさだ。いや、今まで面と向かって話していたんだからその容姿の良さは分かってはいるが、距離がこれだけ近いと何か別の感覚を覚える。


 胸がドキドキするのは苦痛のせいで(おかげで?)興奮しているからなのか、それとも殿下の魅力に当てられてしまったのか、どちらなのだろう。


「どうする? ベッドで寝た方がいいんじゃないかな」

「え? あ、はい」


 私はぼーっとしていて、殿下の言葉をよく聞かないで生返事してしまった。殿下は私の手を取って、ベッドへと導く。私はそれに従ってベッドに倒れ込んだ。


 って、ベッドの上って悪くはないけど微妙だな。ベッドに寝るより床に転がってる方がよりみっともない感じがして興奮するよね。


 でもまあ、殿下からしてみれば婚約者が床に転がっているのは放置できないだろう。床でのたうち回るのは殿下が私に慣れてきたらでも遅くはないと思う。そう考えていたとき私はあることに気がついた。


 ……あれ? もしかして私、殿下のベッドに寝ちゃってる?


 気づいた時にはもう遅かった。男の人のベッドで寝るなんて初めてなのですけれど。なんかいい匂いがしますわね?

 恥ずかしくなってきて出ようかと思ったが、苦しさのせいでうまく動けない。でもその恥ずかしさによって興奮が高まっていく。


「顔が赤くなっているけど、本当に大丈夫かい?」


 殿下がまた、私の顔を覗き込んでくる。また距離がすごく縮まる。


「い、いえ、大丈夫です! 全然、平気ですから! 私、変態なので!」


 私、一体何を言ってるんだろう。正気? まあ正気ならそもそもここには来てないか……。


「本当かい?」

「は、はい」


 あれ今、私が変態なのは本当ですって答えたことになってる? いや、殿下はそういう気持ちで聞いたんじゃなくて、大丈夫って行ったことに対して言ってるんだろうけど。


 殿下は私が変なことを口走ったのはスルーして、素直に私を心配してくださっているらしい。

 意図的に触れないというより、私に対する心配の方が強くなって、私の言葉のおかしさにあまり意識が向いていないという感じ。


「もし耐えられないなら、何とかここを出るようにしないと……」

「いっ、いえ、ほんとに、大丈夫ですから」


 恥ずかしくて顔をベッドに沈めた。するといい匂いがもっと強く感じられてしまう。心臓の高鳴りがさらに強くなった。


 ――正直言って、王子殿下に苦しめられたいという一心でここに嫁いできた。

それは完璧に、いや完璧以上に叶えられて、これ以上付け加えることはない、はずなんだけど。

なのに。


 そんなに優しくされたら私、殿下のこと好きになっちゃうよ〜!


 






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