第一章 ⑤
時は一年前に遡る───
太陽の光を受け黄金色に美しく輝く薔薇たちが咲き誇るこの場所は、黄薔薇邸。
柔らかな朝日が差し込む食堂に僕たちはいた。
「ん〜〜っ美味しい!」
クロワッサンサンドを頬張りながら幸せそうな顔で言うのは、僕の双子の妹カナリアだ。
僕と同じはちみつ色の瞳と黄色の髪。手入れの行き届いた綺麗な髪はツインテールに結われている。
ちょっとお転婆な女の子。
夢中で頬張るカナリアの表情を見ているだけで、僕も自然と笑顔になる。
「ほら、こっちのフルーツも美味しいよカナリア。」
我が家の料理長が作るクロワッサンサンドは絶品。
今朝もその美味しさに舌鼓を打ちながら、それ以外を疎かにしているカナリアに世話をやく僕は、カナリアの双子の兄ミモザだ。
するとそこに、シャツの胸元を少し寛げ、動きやすそうなスラックス姿の父が通りかかった。
その格好を見るに朝の鍛錬を終えた後だということが一目で分かった。
「おはようございます、お父様。」
「おはようございます。」
「おはよう。今日は2人とも早起きだね。
今朝はクロワッサンサンドか〜いいね!僕もシャワーを浴びたらいただくとしよう。
──あ!そうだ、2人とも。今日はこれから赤薔薇家へ訪問する事になっているんだ。
交流もかねて、ミモザ、カナリア、君達も一緒に行かないかい?」
父からの問いかけに僕は隣にいたカナリアを一瞥した後にコクリと頷いた。
「はい。分かりました。ご一緒します。」
「良かった。カナリアはどうかな?」
「もちろん、私もご一緒しますわ。」
「そうか、良かった。
それじゃあ2人共、支度が終わったらエントランスで待っていてくれ。」
「「分かりました。」」
僕たちが返事をすると、父は爽やかな笑顔でひらひらと手を振り食堂を後にしていった。
一方で食堂に残った僕達2人は互いに顔を見合わせる。
カナリアは少し不安気な表情で、テーブルの下で周囲には気付かれない様に僕の袖をくいっと引っ張っり、そして呟くような小さな声で言った。
「…ねぇ、ミモザ。……さっきのお話、どう思う?」
「お父様には何の思惑も無いと思うよ、カナリア。大丈夫、僕がついてる。」
「赤薔薇家の子だなんて、どうせ生意気な子に違いないもの…。ぜっったい仲良くなれっこないに決まってるわ… 」
そう言って深々とため息をつくカナリアを見て、僕はよしよしと頭を撫でて宥めてやる。
(──僕がしっかりしなきゃ。)
───────
この国は皇帝陛下がいる帝都を中心にその臣下となる8つの名家が領地を収めており、黄薔薇家の領地は赤薔薇家の領地の隣に位置している。
隣とはいえど各々の治める領地は広大で、屋敷同士が近いといっても赤薔薇家へ行くには馬車を西へ2時間程走らせなければと辿り着かない。
馬を休ませながらになる移動は、なかなかの距離なのだ。
馬車に揺られてしばらくすると、ようやく赤薔薇家の門の前に到着した。
父の従者が門番と入場の手続きを行なうその様子をぼんやりと窓から眺めつつ、目の前に高くそびえ立つ門へと視線を移す。
赤薔薇家は8名家の中でも、初代皇弟の血筋である為、実質、皇帝に次ぐ力を持つ存在だ。
その権力を表すかの様に、治める領地の大きさは他の名家とは比べ物にならない。
そして目の前に聳え立つ城門は、優雅でありながら堅固な石作りで、城の周りを取り囲む塀も同様だ。
そのため、門が開かれない限り外から中の様子は窺い知ることは出来ない。
手続きを終えた従者が馬車へと戻ると、門はゆっくりと開かれ、御者の合図と共に、僕たちを乗せた馬車は再び走り出した。
───────
門をくぐった向こうに広がっていたのは、想像以上に美しい薔薇の庭園だった。
(うちもまぁまぁ大きいと思っていたけど、流石は赤薔薇家と言ったところか…。)
そんな事を考えながら、庭園を切り開く様に屋敷へと真っ直ぐに整備された道を進んでいく。
僕は、美しい庭園を横目に、長旅の疲れから少し退屈さを感じていた。
(赤薔薇家の子か…一体どんな子だろう。気位いの高いわがままな子だったら面倒だな…。
まぁ、どんなに嫌なやつでも機嫌を損ねたら後々面倒なのは目に見えているし、適当に褒めて話を合わせておくべきか…。)
視線を落としてそんな考えを巡らせていると、僕の視界が突然ふっと陰った。
何事かと窓の外を見上げると、ちょうど馬車が赤薔薇のアーチをくぐり始めたところだった。
僕は先までの退屈さを忘れて、思わず窓を開け顔を出した。
(美しいな…。)
窓を開けた事により、馬車の中は一気に薔薇の芳香に包まれる。
まるで、僕達の他には何もいないような…なんだか別世界への入りこんでしまったかのような、そんな不思議な心地になった。
ふと横をみると、僕と同じ様にカナリアもうっとりとした表情で、薔薇のアーチを見上げている。
すると父がそんな僕たちを横目に落ち着いた様子で、「ここをくぐるともうすぐ赤薔薇家だよ。いつ見ても美しいね。」と言った。
こぼれ落ちそうなほどの美しい赤の花弁。
咲き誇る大輪の赤薔薇の花々とその隙間から差し込む太陽の煌めき。
我が家の黄薔薇とは違うその高貴な美しさに思わず僕は見惚れてしまった。
見惚れていたのはカナリアも同じだった様で、「これを見る為に来たと言っても過言ではないわねっ!」と笑う姿は、朝の落ち込んでいた姿が嘘だったかのように楽しげだ。
邸近くまで続くアーチを通り抜け、ようやく見えた赤薔薇邸はこの国では貴重な黒石をふんだんに使って作られた美しい黒城。
僕たちを出迎えてくれた格式の高そうな執事に案内され、エントランスホールへと歩みを進める。
そこに待っていたのは、圧倒的な存在感を放つ赤薔薇家当主とその子息ルージュ・カーマインだった。




